表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第8巻 温羅伝説

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

234/272

226話 おゆう班の模擬戦

 目の前には大きな沼と荒れ地が広がっていた。

 人工物は見当たらず、遠くには大きな森が見える。

 この地を目にした人間の大多数は、人が踏み入れない妖怪の領域を思い浮かべるだろう。

 妖怪の領域であれば人間は踏み入れず、ほぼ手付かずの自然が残る。

 数百年から数千年の樹齢を誇る大樹が、無造作に林立し、人間の領域からは駆逐されたニホンオオカミなどが、堂々と闊歩しているのだ。

 そのような人跡未踏の秘境を彷彿とさせる大地で、何かが争っていた。


「そっちに行ったぞ」

「早いっ!」


 戦っている陣営の一方は、6体の式神だ。

 平安時代の村人らしき服装を身に纏っており、刀や木の棒などで武装している。

 式神と判別が付くのは、身体が幽霊のように透けているからだ。

 それは顕現させている術者の力量が低くて、術が不安定だからだ。身体が不安定な式神は、攻撃なども不安定になってしまう。

 どこか使役者に似た顔立ちの式神達は、大きな影を追っていた。


「ウモーッ」


 彼らが追っているのは、たいそう立派な体躯をした、それは見事な牛であった。

 牛のほうは完璧に顕現しており、荒れ地を力強く疾走して、式神達を軽やかに引き離している。そして筋骨隆々とした体躯を翻して、追ってきた式神の一体に突進を始めた。

 一瞬ではなくとも、不意を打たれた人間が咄嗟に回避できる速度は、明らかに超えていた。

 無防備に身体に突進を喰らった式神は、ツノに突かれて、盛大に放り投げられた。


「うぼぁーっ」


 宙に舞い上がった身体が、グルグルと回転しながら、重力に引かれて落下していく。

 そのまま落ちていった式神は、頭から荒れ地に衝突して、身動ぎしなくなった。

 高校生である6人の術者は、医学の知識など皆無だ。

 だが式神の首はおかしな方向に曲がっており、それが物凄く拙いことくらいは知っていた。


「ああっ、智哉の式神がやられたっ」

「なんて凶悪な牛なんだ」


 それは牛を使役する側にとって、褒め言葉である。

 訂正を求めるとすれば、当初は牛のつもりで描いたわけではなかった点だろうか。


「立派な牛ですね」

「……どうもありがとうございます」


 おゆうに褒められた一樹が、顰めっ面で礼を述べた。

 塗り潰しの絵馬を使役した一樹が、自分で最初に描いたのが、牛……太郎である。

 物事は、練習するほど上手くなる。

 絵には才能の有無もあるが、同じ人間が練習をした場合、10よりも100の練習をしたほうが上手く描けるだろう。

 であれば牛鬼を描いたことが無かった一樹の絵は、上手いはずがない。

 そのような言い訳を内心で並べ立てながら、一樹は立派な牛……太郎を見守った。


「ウモオォーッ」

「ぐぼあーっ」


 二体目の式神が、ツノに引っ掛けられて放り投げられた。

 不安定な霊体が相手でも、しっかりと顕現して霊気も帯びた身体であれば、吹き飛ばせる。

 平安時代の格好をした男が、牛に襲われて、宙へと舞い上がっていった。

 どこか現実離れした光景だが、これは実際に起きている戦いだ。場所は塗り潰しの絵馬の中で、新たに描けるようになった八条ヶ渕の付近である。


 一樹が重なった飛脚は、不動根本印を結び、この沼全体に中呪の慈救咒という術を放った。

 慈悲で救う呪いと書いて、慈救咒という。

 不動明王の中呪は、柚葉が重なった娘に対する哀れみと思いやりを以て、放った術だった。

 襲ってきた娘を外に逃さぬように、だが娘にも仏の救済があるように。

 この沼と周辺を術で満たした一樹は、この地を描けるようになった。


 ――火行を継承した香苗は、火行護法神の世界を描けたが。


 一樹の絵馬であるにも拘わらず、描ける内容には差があった。

 絵の才能について一樹が思いを馳せていると、おゆうが一樹の意識を引き戻した。


「あの式神達は、実際の式神ではなくて、賀茂殿の絵馬で描いているものなのですよね」

「はい、その通りです」


 各々が出している式神は、塗り潰しの絵馬を経由して描かれている。

 そのため牛太郎は、牛になっていたりするわけだ。

 この行為には、大きなメリットがある。


「ここに現れる式神は、私の絵馬と呪力で出しているので、彼らは呪力を消費しません」

「絵馬で守護護符を描くのと、同じ理屈ですか」

「そういうことです」


 この世界で式神を出しても、呪力を消費しない。

 正確には、絵馬の世界を維持する一樹が、負担を肩代わりしている。

 国家試験に受かるか否かの後輩達ならば、高呪力の一樹にとっては負担にすらならない。

 後輩達は、呪力も時間も消費せずに、式神を使った訓練を行えるわけだ。

 もっとも、精神的な疲労はあるはずだ。

 いくらでも呪力を使えるからといって、何度も連続して戦闘することは出来ないだろう。一樹も戦闘を繰り返せば、集中力が尽きてしまう。

 もちろん、とても有用な式神であることに間違いはない。


「賀茂殿も、花咲の犬神くらいには理不尽ですね」

「私の場合は一代限りなので、花咲ほどおかしいわけではないと思いますが」


 朱雀達を賀茂家に憑かせる予定の一樹は、おゆうから目を逸らしながら答えた。

 最近の一樹は、自身が陰陽大家に呆れられる立派なA級陰陽師になってきた自覚が無くもない。もっとも最大の理不尽は閻魔大王で、それが流転しているに過ぎないとも認識するが。

 そんな先輩のところへ来た後輩達は、当然の如く、理不尽を体感する羽目に陥っている。


「ぬおわあっ!」


 吹っ飛ばされた三体目の式神が、淀んだ大沼に落ちていった。

 盛大な泥飛沫が舞い上がり、倒された式神が沈んでいく。


「くっ、残る3人で同時に攻撃しろ」


 判断が遅いだろうと、一樹は後輩達に赤点を付けた。

 これが実際の妖怪調伏であれば、戦力の半数が倒された時点で、敗北確定だ。

 この場合は、残る式神を足止めに使って、四方に分散して逃げるのが最善手であろう。


 ――大蛇に挑んだ時は、出来ていたよな。


 相手が一樹の式神では、大蛇が相手のようには相対できないのかもしれない。


「死の危険が無い場で、経験を積ませ続けることは、良くないかもしれませんね」

「三次試験に出るなら有効ですよ」

「二次試験で好成績になるのは、霊符の作成が得意な者なので、可能性が皆無とは言いません。ですが下級の呪力者が、三次試験でまかり間違ってD級に成ったら、後が大変です」


 陰陽師は結果が全てなので、三次試験で勝てば、D級に成る資格はある。

 だがD級になれば、D級向けの依頼も斡旋されるようになる。むしろD級陰陽師に対して、D級向けの依頼を斡旋しないほうがおかしいとすら言える。

 D級陰陽師向けの依頼は、E級妖怪で小魔クラスだ。


「小魔と戦うなら、3年くらいは欲しいですね」


 おゆうが見詰める先では、3体で集まったF級の式神達が、次々と牛に突き飛ばされていた。

 その様は、スペインの牛追い祭りで牛に突き上げられる人々を連想させる。

 牛が相手の場合、鋭いツノが危ない。

 首を振って自在に動かせるツノは、凶器を持って暴れ回るにも等しい。

 瞬く間に蹴散らされた平安時代の男達は、抵抗虚しく消えていった。


「それでは選手交代で、お福の番ですよ」

「はーい」


 のんびりとした声が上がって、狐耳を生やした妖狐の霊が前に出てきた。

 恰好は、白の千早に、紅の切り袴で、少し昔の巫女服だ。

 牛の前に出た彼女は、ジッと牛の瞳を見詰めた。

 すると牛のほうも、大人しく福を見詰め返す。


「戦ったら、駄目ですよ。あなたは、良い子です」


 福は牛に向かって、暴れないように言い聞かせ始めた。

 これは模擬戦だぞと一樹は思ったが、相手を化かすのも、術をかけるのも、戦いのうちである。牛……太郎を小魔程度の脅威に抑えると、口出しを控えて様子を見守ることにした。

 福は、牛を興奮させないようにゆっくりと動きながら、牛飼いのように牛の首を軽く動かして、一樹のほうを向けさせた。

 すると牛は誘導に従って、素直に一樹のほうへ歩いてくる。


 ――鹿野でも思い出したか。


 鹿野で一樹が飼っていた牛は、頭が良かった。

 一樹の言うことは聞いたし、一樹が言い聞かせると、香苗の言うことも聞くようになった。

 麓の村人の言うことは聞かなかったが、香苗と村人との識別が狐耳であったならば、福のことも言うことを聞く対象だと誤認したかもしれない。

 何しろ一樹が攻撃を命じていない。


「これは、どう判断すべきでしょうか」


 牛を従えてしまった福の様子に、おゆうが困惑を示した。

 一方で、陰陽師協会の基準は明確だ。

 陰陽師は結果が全てであり、何をやっても勝てば良い。


「相手を従えるのは、調伏の一つでしょう。花音とお福の勝ちです」


 変則的だが、なかなか悪くない式神を使役したかもしれない。

 そのように一樹は評価しつつ、おゆう班の模擬戦を終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第7巻2025年12月15日(月)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第7巻=『七歩蛇』 『猪笹王』 『蝦が池の大蝦』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
>人間の領域からは駆逐されたニホンオオカミなどが、堂々と闊歩しているのだ。 てことは様々な絶命種が生きてるんだろうな。学者とかは興味有るだろうが、探しに行くのは自殺行為だからなぁ。 牛太郎描きたいの…
>人間の領域からは駆逐されたニホンオオカミなどが、堂々と闊歩しているのだ。 モ□の君のような存在もいるんだろうなぁ
模擬戦で大幅な手加減をしているとはいえ、格上相手に勝つなんてまた花音の呪力の格があがってないです?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ