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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第8巻 温羅伝説

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225話 伊勢福

 隼人達が式神を使役した後、花音にも式神を持たせるべく、一樹達は次の目的地を目指した。

 場所は、八条ヶ渕から北に7.4キロメートルほどの距離にある孫太郎稲荷だ。

 徒歩で1時間40分、車では17分。

 仕事で妖怪を探し回るわけでもないのに、わざわざ歩いて行く選択肢は無い。


「俺達はタクシーで向かうから、お前らは最寄りの駅から花咲市に帰ってくれ」

「えーっ」


 厄介払いされた6人から、不満の声が上がった。

 他人が式神を使役する姿を見学することは、勉強になる。

 7人には仲間意識もあるので、6人が自分達の使役に付き合わせて、花音の使役に付き合わないのは不義理だという思いもあったかもしれない。

 もっとも6人が弟子ではない一樹は、6人に勉強させてやる義理はない。

 同好会の後輩ではあるが、196人のうち6人だ。


「タクシーの乗車人数を考えろ。嫁取り橋を渡り、南へ歩いて行けば、二階堂駅だ」

「「「えーっ」」」


 一樹の提案を聞いた6人が、さらなる不満の声を上げた。


「嫁取り橋を渡っていくんですか」

「大蛇は、調伏されているだろう。居ないものを恐れてどうする」


 否定した一樹は、6人が殺された疑似体験を持っており、思い起こした直後だと考え直した。


「嫁取り橋を渡るのが嫌なら、来た時と同じように、一つ手前の橋で川を渡れ」


 一樹は、ぞんざいに手を振って、6人を追い払った。

 渋々と踵を返した6人に対して、一樹は注意事項を伝達した。


「使役した式神を顕現させる時は、自分の呪力が尽きないように注意しろ」

「呪力が尽きたら、どうなるんですか」

「お前らは大丈夫だろうが、隙を見せたら、使役者に反逆する霊も居る」


 だから一樹は、式神を厳選した上で、呪力が尽きないように注意を払い、式神には情理を示し、ほかの式神も同時に使役して牽制する。


「危うい式神は、使役しない。不満を持たせないよう注意する。ほかの式神という抑止力を持つ。それらも大切だが、第一に余力を残せ。以上だ」


 大人しく従った6人を見送った一樹は、スマホでタクシーを呼んだ。

 事前に呼ばなかったのは、6人が式神を使役するのが、いつ終わるか不明瞭だったからだ。

 待機料金を払えば待ってもらえるが、いつ出発するか分からないのは、流石に気が咎めた。

 一樹が呼んだタクシーを待つ間、花音がおゆうに、式神の由来を尋ねた。


「おゆう様、紹介して下さるのは、どのような霊なのですか」

「知っている妖狐の霊ですよ。『義残後覚』に載る伊勢福という名に、聞き覚えはありますか」

「いいえ、すみません」


 元々の花音は、呪力が高かっただけの一般人だ。

 中学3年生で、呪力確認を目的として国家試験を受ける者は多い。

 まったく知らない花音に対して、おゆうは伝承を語り始めた。


「16世紀末の話です。大和国添上郡に、百姓の太郎左衛門が暮らしており、一人娘が居ました。大和国添上郡とは、現在の奈良市、大和郡山市、天理市、山添村などです」


 16世紀末頃に成立した『義残後覚』には、次のように記される。

 数えで17歳の時、洗濯物から帰ってきた福が言い出した。


『私は神である。家内を清め、生臭物を絶ち、心身を清めよ。三種の智と六種の神通力を以て世間を見渡そう。何でも尋ねよ。特に病に侵されている者がいれば治そう』


 親は、娘に神が乗り移ったのだと信じて、家の畔に舎を作った。

 すると娘は、自らの宣言通りに、様々な病を治していった。

 失明、腰痛、難聴、くる病、疝気(下腹部痛)、中風(脳卒中の後遺症各種)の患部を切開し、護符を押し当てて、次々と治したのである。

 伊勢福と呼ばれた娘の下には、京、大坂、堺や各地から、大勢の者が訪れるようになった。

 そして治療を始めてから、三年の月日が流れる。

 伊勢福は父に対し、毎晩夜明け前に、森で百桶の水垢離をすると伝えていた。

 気になる父が、密かに娘の後を付けたところ、森で百を超える狐達が集い、頷き合っていた。

 神が乗り移ったのではなく、狐憑きなのかと驚いた太郎左衛門は、森から帰る狐に斬り掛かり、長刀で斬り殺した。すると狐の死体は、娘の伊勢福になった。

 太郎左衛門は、これまでの病人が、すべて狐の化けた姿だったのかと思った。

 だが、伊勢福が御守りを授けた村の子供には、疱瘡に罹った者は一人も居なかった。

 また、御守りで顔や身体を拭うと、病が軽くなったという。


「福には妖狐の血が混ざっていて、覚え始めた仙術で、病人を助けようとしたのですか」

「そのとおりです。お福は、母方が妖狐でした」

「どうして父親に、それを言わなかったのですか」

「妖狐だと言えば、村から追い出される時代だったのです。人間なんて選んだら駄目ですね」


 江戸中期、紙漉きの男の家に居座っていた妖狐が、プンスカと憤った。


「福は、数えの20歳で、死んだのですよね」

「そうですよ。現代の数え方では、19歳になります」

「100歳未満は、地狐にもなっていないのですよね。それで仙術を使えたのですか?」


 不思議がる花音に、おゆうは一例を挙げる。


「去年、国家試験で2位だったのは、当時15歳だった妖狐の半々妖でした」

「はい」


 火行護法神の世界で小狐役だった香苗のことは、花音も人並み以上の関心を持って、それなりに調べている。

 香苗はエキシビションマッチにおいて、2人掛かりとはいえ、B級の五鬼童凪紗に勝った。

 そしてC級になったが、C級は100歳以上の地狐どころか、500歳以上の気狐に並ぶ。


「人間の15歳も、一般人から魔王を調伏する陰陽師まで、強さに幅があります。ならば、妖狐も強さに幅があると思いませんか」

「それもそうですね」


 横目に一樹を見た花音は、納得の表情を浮かべた。

 地狐が100歳以上で、D級からC級。

 気狐が500歳以上で、C級からB級。

 だがそれは、あくまで妖狐という種族の一般的な力の目安だ。

 母親が気狐だった安倍晴明は、妖狐の半妖であるが、100歳未満で推定S級だった。

 S級と推定される根拠の一つが、四尾の妖狐が仙になるのに対して、安倍晴明は仙よりも上位の神に昇神していることだ。

 安倍晴明が、三尾でA級上位の豊川りんよりも、上位であったことは疑いない。すると最低でもS級であろう。

 100歳未満だからといって、仙術を使えない地狐未満とは限らないのだ。


「お福との待ち合わせは、奈良市の孫太郎稲荷神社です」

「孫太郎稲荷って、どんな神社ですか」

「藤原北家の末、1022年に鎮守府将軍であった藤原頼行が創設した稲荷社です」

「藤原北家ですか?」

「そこは、大切な部分ですよ。藤原頼行の子孫である足利家綱、別名・佐野孫太郎義綱が再興させたことに因み、孫太郎稲荷と呼ばれている稲荷社です」


 花音は不思議そうに首を傾げたが、おゆうは話の寄り道をせず、本題を続ける。


「本山は栃木県佐野市にあり、姫路にも分霊されましたが、ある出来事で奈良市に遷されました」

「ある出来事ですか?」

「ええ。天明の大飢饉が起きた時、姫路城から大量の小判が消え、飢饉に喘ぐ城下の貧しい家々に投げ込まれる出来事がありました」


 さらりと語られたとんでもない出来事に、花音は困惑を示した。


「お城の小判が消えて、城下の家に投げ込まれたのですか」

「そのようです」

「それって、大事件じゃないですか」


 現代で考えれば、集めた税金が、政治家を介さず国民に還付されるようなものである。

 飢饉に喘ぐ民は大喜びだろうが、お殿様は憤慨したであろう。


「城主は、孫太郎稲荷の妖狐の神通力だと判断しました。そして寛政年間に、孫太郎稲荷を他所へ遷しました」


 江戸四大飢饉でも最悪とされる天明の大飢饉は、1782年から1788年の出来事だ。

 全国の人口減少は、90万人以上。

 青森県の弘前藩では3人に1人が餓死しており、江戸では1000軒の米屋と8000軒以上の商家が襲われた。

 そして孫太郎稲荷が遷された寛政年間は、1789年から1801年である。


「小判を盗った証拠は、無かったのですよね」

「有りませんでした。ですが当時、姫路の孫太郎稲荷には、生前に身を厭わずに大勢を治療した、神通力に秀でた妖狐の霊が居ました。そして彼女の前には、餓えて死んでいく人々がいました」

「……クロですね」

「城主も、確信したようですね。実際にお福なら、やると思いますが」


 おゆうは、確信しているかの口振りで語った。

 城から千両箱を盗み出すとは、とんでもなく過激な妖狐が、居たものである。


「おゆう先生、花音には人の生活があります。その妖狐を使役して、大丈夫なのですか」


 花音の式神という立場で同じことを再現されると、流石に洒落にならない。

 不安を抱いた一樹に対して、おゆうは見解を述べた。


「あの頃は、緊急避難や生存権の行使だったと思います」

「人々が餓死していくのを座視できなかった、正義感のある妖狐ということですか」

「溜め込みすぎる性格ですが、善性です」


 生物が群れるのは、それが生存に有利だからだ。

 法律的には、大名が正しいのだろう。だが生物としては、自分や子孫が死んでしまう群れに属することは間違っている。

 3人に1人が餓死する状況で、過剰に集めた税を返せと歯向かうことは、理解不可能ではない。

 投げ込まれた小判で、餓死を免れた子供がいたなら、それは生物的に正しい行為かもしれない。

 お福の行為は、法律違反だからと安易に否定できなかった。


「血統的には人寄りなので、並の妖狐よりも、助けてくれるでしょう」

「おゆう先生ご自身も、かなり助けておられますが」

「私は、絵馬の世界で花音達を拾って、6年も育てた記憶があるのですよ」


 妖狐だけど仕方がないと、おゆうは不可避を主張した。

 やがてタクシーが到着して、孫太郎稲荷に向かった一樹達は、予定通りに式神契約を行った。

・あとがき

書籍版5巻 2024年12月20日(金)発売です。

TO以外の予約サイトも作られてきましたので、順次張っております!


ご予約下さった皆様、ありがとうございます。

予約数を見れるサイトもあって、

「予約して下さる方がおられる!」とモチベーションが上がり、

もっと書こう!と、意欲が沸いてきます。


先週、5巻の再校ゲラ(紙で印刷して再チェック)が終わって提出しました。

全て読み返して書き直しており、「書籍版、面白く書けた!」と、心の底から思っています。

イラストが初出の各キャラも、私の理想を越える姿にして頂けました。

中身を言いたいけど言えない、でも面白いっ……

皆様、ぜひ楽しんで下さい!

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本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第7巻2025年12月15日(月)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
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漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第7巻=『七歩蛇』 『猪笹王』 『蝦が池の大蝦』 巻末に付いています

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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
母親が気狐だった安倍晴明は、妖狐の半妖であるが、100歳未満で推定S級だった。 100歳未満でもS級にまで成長出来たって事考えると、一樹もS級に至る可能性有りそう。
Sの血も今の世ではどれくらい薄まったか しかし、時折でもS級が人側に現れていないとやっていけない世界ですよね
安倍晴明が人間の寿命でもS級になったのなら、S級の呪力でA級評価の一樹はまだ十分に力を発揮できていないのかな?
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