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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第8巻 温羅伝説

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224話 八条ヶ渕跡

 4月下旬の土曜日。

 おゆうに請われた一樹は、後輩達の式神使役に付き合うことになった。


『このまま6人が陰陽師に成った場合、死にかねません』


 6人とは、花音を除いた元最下位グループの面々だ。

 霊符作成は上々の結果で、後輩達の中では、上のほうになっている。


 ――今年の試験で、合格する可能性は、充分にあるな。


 火行護法神の世界では、地狐に拾われてから、大蛇に返り討ちとされるまで、6年学んだ。

 生きるだけでも精一杯の平安時代、陰陽道に専念できるはずもなく、下働きが多かった。それを飛ばし見ており、身に付けた内容は、6年という年数に見合わず少ない。

 だが呪力の扱いは、地狐の見様見真似か、堂に入っていた。

 6人が最下級の陰陽師を名乗っても、一樹が違和感を抱かない程度に成っている。


「確かに、今のまま陰陽師に成れば、死ぬかもしれません」


 日本に存在する職業の中で、陰陽師は突出して危険な仕事だ。

 毎年500人以上が合格しており、20歳で合格して60歳の定年まで働くとすれば2万人以上が居るはずなのに、現役は1万人ほど。

 格下と戦うことが推奨されているが、義務ではない。

 そのため傷病や殉職によって、半数が消えている。


「賀茂殿は、陰陽師は6人に限らず、誰もが死のリスクを負うと考えているのでしょう」


 おゆうの問いに、一樹は頷いた。


「はい。自ら選んだ仕事なら、妖怪に襲われる一般人の立場ではありません」

「そうですが、絵馬の世界は、順当な修行の過程ではなく、想定外の呪力成長でした。6人が今年受かり、命を落とすような結果に至れば、私と賀茂殿には、指導者としての責任が生じます」

「……ううむ」


 一樹は、正式には6人の指導者という立場ではない。

 だが妖狐を招聘して指導を任せ、火行護法神の世界に引き込んだ。

 火行の世界に引き込んだのは、香苗に火行を継承させるという自己の利益を追求しての行為だ。

 後輩達も呪力や経験を得られたので、一樹は相互利益の関係だと考える。

 だが6人が負傷引退すれば、相互利益とは言えず、一樹が利用しただけになってしまう。

 F級の陰陽師を使い捨てにしたというのは、一樹の倫理観に悖る。


「それで、どうしろと仰られるのですか」

「式神を持たせてはどうかと、思うのです」

「式神ですか」


 式神の提案を聞いた一樹は、真っ先に牛太郎や水仙を思い浮かべた。

 術者の前衛となってくれる霊体の式神達は、どれだけ傷付いても、呪力を与えれば回復する。

 難点は、呪力を使い過ぎることだ。


 10の呪力を持つ式神に全力を発揮させるためには、10の呪力を与えなければならない。

 普段から勾玉などに呪力を蓄えておき、全力で使役する時に使う手もあるが、そのような霊具は入手困難だ。

 F級陰陽師が使う程度の霊具ならば、勾玉レベルでなくても良いので入手の難易度は下がるが、一樹であればともかく、後輩達が容易に入手できるわけではない。


「式神は有用ですが、呪力を食います」


 F級の術者は、同等の小鬼を使役するのが精一杯だ。

 無理をすると、守護護符を作成する呪力も残らない。

 止めたほうが良いのではないかという一樹の態度に、おゆうが補足した。


「八条ヶ渕跡で、大蛇の犠牲となった霊。それを使役させようと、思うのです」

「大蛇の犠牲となった霊ですか?」

「そうです。大蛇の墓はあるのに、犠牲者の墓は無いのです。酷い話でしょう」


 おゆうは、心底心外だという口調で訴えた。

 八条には、大蛇と化した娘の墓は存在する。

 だが、犠牲者の墓は無い。


「余裕が無い時代でしたからね」


 家族を供養する理由の半分は、自分のところに化けて出るかもしれないからだ。

 だが、他人が自分のところに化けて出る恐れは少ない。少なくとも、理由もないのに執拗に付け狙われることはない。

 理由が乏しい他人の供養までする余裕は、平安時代には無かった。


「殺されたのに供養されなければ、成仏できません」

「確かに、彷徨っている霊は、居るでしょう」


 大蛇に殺された者の中には、成仏していない霊もいるだろう。

 大蛇の調伏に満足した霊も居るはずだが、家族が心配で未練を持つと、成仏できなくなる。


「大蛇は調伏されており、犠牲者達は、怨みを募らせて強大化してはいません」

「確かに、彷徨っている霊は弱いかもしれません。ですが、もう意識も無いのでは?」


 大蛇が調伏されてから、既に1000年が経っている。

 霊になって1000年を過ごしたとして、その間も記憶が蓄積されるのならば、1000年前のことなど覚えていられるだろうか。

 そもそも大蛇に喰われたならば、正気を保っていられるとも限らない。

 犠牲者の霊は、はたして論理的に説得できるような状態なのか。

 一樹には、非常に疑わしく思えた。


「6人の呪力に触れさせて、当時を思い起こさせます。そうすれば6人を仲間と思い、手伝ってくれる者も居るでしょう」

「当時の記憶を思い出すと、怯えて暴れる霊も出そうですが」

「そこは私が押さえて、どうにもならない霊は、祓います」

「それなら使役できる霊は、見つかるかもしれませんね」


 大蛇の犠牲になった者は、それなりに多い。

 娘が大蛇に変じてから、火行護法神が調伏するまで、20年が経っている。

 その間に、八条村の男衆、派遣された兵、通行人、年頃の女達が、続々と犠牲になっていった。人数にして、数百人は下らないだろう。

 分母が多ければ、使役できる霊が見つかるかもしれない。


「自発的で協力してくれる霊であれば、呪力の消費は、非常に少なくて済みます」

「それは、仰せのとおりです」


 労働者が仕事をする場合、やる気が有るか無いかで、成果が変わる。

 使役した式神も同様で、協力的であれば、少ない呪力で良い成果が出る。逆に非協力的ならば、呪力という報酬を示しても、あまり良い成果は出ない。

 その究極の形が、花咲家の犬神や、晴也に憑いたキヨだ。

 当人達が自発的にやっているので、呪力という報酬は、必要最低限で済む。


「下級の霊を使役して、どうするのですか」

「勝てない敵が現れた時、足止めになってくれます。霊も何かの役に立てるほうが嬉しいですし、成仏にも繋がるでしょう。それは私の体験談ですが」

「分かりました」


 一樹が受け入れたのは、火行護法神の世界で利益を得たという思いがあったからだ。

 香苗は火行の世界において、火行、神刀・小狐丸、二神の御利益を獲得した。

 それ以前にB級上位だったので、どう考えてもA級下位に上がっている。


 ――A級なら、三尾だ。


 さらに道教で考えれば、香苗は仙人になる手順を完了した。

 人の場合は仙人だが、香苗の場合は仙狐となる。

 一応、押し掛け式神なので、一樹が頼めば仕事も手伝ってくれる。

 自分と後輩達が得た力を見比べた一樹は、自分が搾取したような感覚に陥った。

 そのため一樹は、おゆうと共に、花音を含めた7人を連れて奈良入りした。


       ◇◇◇◇◇◇


 八条ヶ渕跡は、奈良県の大和郡山市にある。

 協会本部がある御所市からは、北側に19キロメートルほど。

 現代では、大蛇が住み着く余地など無いが、1000年前は大蛇の住処だった。

 今も淀んだ沼があって、霊的にも非常に淀んでいた。


「うぇっ」


 淀んだ気に中てられたのか、呪力の低い6人が、辛そうな表情を浮かべた。

 花音はマシだが、不快そうな表情を浮かべている。


「吐いている場合では、ありませんよ。早く探して、この場から拾い上げてあげなさい」


 おゆうの声が飛び、口を結んだ隼人達が、沼を見た。

 すると蛍のように、小さな人魂が、ふわふわと漂っている。


『水仙、妖糸で引っ張ってやれ』


 一樹が命じると、人魂が何かに引き寄せられるように、隼人の所へ近付いていった。

 隼人が人魂に触れた刹那、脳裏に体験が過ぎる。


『おい紗紀、逃げろ……だったら、誰でも良いから逃げて、地狐でも勝てないと伝えろっ!』


 火傷を負った大蛇が、怒り狂って見下ろしてきた。

 誰かを逃がして、大蛇の脅威を伝えなければならない。

 矛を握る手に、力が籠もる。隼人は正面から、大蛇を睨み返した。


『僅かでも長く保つ。その間に──、』


 隼人の表情が、苦悶に歪む。

 すると隼人の隣に、平安時代の格好をした男の霊が立っていた。

 男の霊は筒袖の上着、衽なしの垂直の前あわせ、そして胸ひもをつけた括袴姿をしている。

 そして隼人と共に、八条ヶ渕を睨んでいた。


『大蛇め、我が娘を返せ……』


 抜き放った刀を構えた男が、悲しげに呟く。

 嫁取り橋の大蛇に、嫁入りする予定だった娘を攫われた父親だろうか。

 夫となる予定だった男は、別の妻を迎えたかもしれないが、父親に育てた娘の代わりは居ない。

 虚しく佇む男に、隼人が呼び掛けた。


「私は、矢田隼人と申します。我が気をご覧下さい」


 霊的に接触した二人の間に、気の交流が発生した。

 大蛇を憎む気持ち、家族を守らねばという気持ちが交差する。

 隼人を仲間だと認識したのか、男の霊は穏やかな表情を浮かべた。


「大蛇は調伏されましたが、世には数多の妖怪がおります。私は陰陽師として、次の戦いに挑み、一人でも救う所存。式神として、何卒ご助力を願い奉ります」

『……えいっ!』


 平安時代の肯定にあたる返事をした人魂は、スッと隼人に憑いた。

 隼人の様子からは、使役による呪力の負担が、まるで見受けられなかった。


 ――霊体を維持できる最低限で済ませているな。


 人魂は、自分の身を犠牲にして隼人を助けてくれるらしい。

 それは式神を使役するにあたり、通常では起こり得ない望外の結果だった。


「これなら2体でも、使役できる」


 そのように呟いた隼人は、周囲を見渡して、思い止まった。

 残っている霊のうち、武装している兵の姿は、さほど多くはない。

 まだ式神を持っていない同級生が、最低でも1体ずつを使役するのが先だった。


 何かに引っ張られた人魂が、次々と同級生達に寄ってくる。

 その後ろには、おゆうが立っていて、使役するまでを見守っている。

 助力の要請には、失敗することもあった。それは疲弊した霊自身が拒否的であることと、おゆうが視て止めさせることと、二通りの理由があった。


『嫁取り橋の大蛇』


 霊には、沼に引き摺り込まれた花嫁も混ざっていたのだ。

 弟子達に要請を止めさせた後、おゆうは丁寧に霊を祓った。


 使役は順調に進み、やがて6人全員が、武装した男の霊を使役した。

 呪力が高くなった花音には、別の霊を紹介する予定がある。

 そんな花音の分を除いても、6人に2体目を行き渡らせるには、霊の数が足りなくなった。


「もう良いでしょう。皆、大儀でした」


 沼の上に燃え広がった狐火が、彷徨う霊と淀みを祓っていった。

書籍版5巻のご予約、よろしくお願いします(o_ _)o

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― 新着の感想 ―
花音たち7人に対して優遇し過ぎという意見が多いですが、これは7人が一樹や講師陣にきちんと交渉した結果なのでどうこう言う謂れは無いのでしょうし…他の182人も講師陣からの指導を受ける事で7人ほど劇的では…
7人に対して不公平という意見があるけど、変な権利や平等を要求したのではなく、説得と交渉でおゆう先生の指導を勝ち取り、かつ運も味方したわけだから、不平を述べるのではなく見習うべきなんじゃないのかなと。 …
コレはコレで微小ながら妖怪の領域が人の手に渡ったということでしょうか お祓いは大事
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