223話 師匠の贈り物
「どうして、こんなに高いのでしょうか」
陰陽同好会の講師室に、悲嘆の声が上がった。
嘆いているのは、講師の中で一番若い地狐のおゆうだ。
彼女は自分の机に置かれたパソコンで検索をしており、検索結果に呻り声を上げていた。
「先程から、何を見ているのですか」
講師の代表を務める春が、ついに見かねて声を掛けた。
するとおゆうは、聞いて下さいと言わんばかりに、春へ訴えた。
「私が担当している7人に関することなのですが」
「あの7人ですか。先週の模擬試験では、上々の結果でしたね」
春の高評価に、おゆうは嬉しそうな表情を浮かべた。
過日の模擬試験では、プレス機の代わりに、春が使役する中鬼達で確認が行われた。
作成した6枚から3枚が選ばれて、中鬼の攻撃に何秒耐えられるかで順位が付けられたのだ。
最大でD級下位の霊符を描けるとはいえ、製作者の技量が不足していれば、D級には届かない。多くの霊符は、春の予想通りに、秒で中鬼に破壊された。
その結果を以て、作成した霊符の甘さを指摘する。そして精度を高めさせ、5月、6月、7月と耐えられる秒数を伸ばしていき、本番を迎える予定だ。
そんな中、おゆうが受け持った7人は、最初にしては上々の結果を出した。
そして186名中の1位は、花音だった。
「まさか中鬼が1分を費やして、揺るがせない護符があるとは、想像だにしませんでした」
「1枚だけでしたけど」
「それでも充分でしょう。あれは一体、何だったのか……」
絵馬に描かれた絵など、春は一々見ていなかった。
186人を呪力で判断して、中鬼には及ばないと結論付けていた。
そのため舐め切って、見事な不意打ちに遭った。
陰陽師は、結果が全てだ。
春が試験官であれば、中鬼の攻撃を防ぎ切った花音は、中級陰陽師にする。
残念ながら二次試験は6枚のうち3枚を選ぶ形式なので、肝心の1枚が選ばれなければ、花音の評価は低くなってしまうが。
「それで7人に関して、どうしたのですか」
「はい。三次試験に進めるのかは別として、全員が陰陽師には成れると思っています」
「確かに成れるでしょうね。花音は、今年で成ります。残り6人も、卒業までには確実に」
春達の指導対象は、花咲高校の陰陽同好会に所属する生徒達だ。
おゆうが教える7人は新入生で、卒業までに3年の猶予がある。
今年受からなくても来年、来年受からなくても再来年の機会がある。おゆうが教育に熱を入れている以上、7人が真面目に教わる限り、合格の可能性は極めて大きい。
「弟子ですから、死なせたくはないのです」
「それは善きことです」
「それで武器を持たせようと思ったのですが、どれも高くて」
おゆうが春に、パソコンのモニターを見せてきた。
春が画面を覗き込むと、そこにはネットショップのサイトが開かれている。
検索項目は『矛』で、1本10万円を下らない価格が表示されていた。
「7本で、70万円ほどですか」
「はい。賀茂殿からの報酬もありますから、買えないわけではありませんが」
おゆうが受け取っている報酬は、月数千万円に相当する。
支払いの大部分は、一樹が良房に渡した霊物になるが、一部は金銭で受け取っている。
外見に反して大人で、高収入のおゆうは、弟子達に贈り物が出来ないわけではない。
問題は、値段に相応しい品が、まるで見当たらないことだった。
「矛の質も、値段には見合わなさそうですね」
「そうなのです。どこの木で、樹齢は何年か。先端は、何の金属か。まったく書いていません」
樹齢の短い木では、呪力の巡りも悪くなる。
金属も同様で、銀や銅は伝導率が高いが、鉄やステンレスは低い。
呪力が通らない武器を与えて霊と戦えというのは、死ねと言うにも等しい行為だ。
一番重要な部分のはずだが、販売サイトには、肝心な部分が書かれていなかった。
「質が悪いから、都合の悪い部分を載せていないのでしょう」
「やはり、そうですか」
「妖狐が人に騙されるのは、恥でございますよ」
「これでは買えません」
ネットを探し回れば、見つけられるのかもしれない。
だが妖狐はネットが下手だと、人間から指摘されることが多い。
おゆうにも得意な自信はなく、色々と探したが見つけられなかった。
「ネットオークションでも探しましたが、不揃いで、不確かでした」
そう言ってネットオークションのサイトを開けば、表示される一覧が不自然だった。
「金額がおかしいですね。本物は、この価格では売られません」
日本で矛が活躍したのは、平安時代までだ。
鎌倉時代の半ば以降は、安価で強力な槍に取って代わられた。
祭具としての需要はあったが、一般人が槍を使うので生産が減り、矛は高級品となっている。
そのため矛は、安価に売られるはずがない。
価格が安いのであれば、それは模造品か、中身がない上辺だけの品だ。
「刀剣の販売店には、真っ当な品もあったと思います」
春がパソコンを操作して、別のサイトを検索した。
すると、日本刀などが売られている古物商のサイトが開かれる。
そのサイトには矛こそ売られていなかったが、江戸時代に打たれたという刀は売られていた。
実店舗があり、電話番号や古物許可番号も明記されている。
少なくともネットオークションの個人販売よりは、遥かに信用できそうだった。
「この日本刀などは、200万円のようですね」
「それだと普通の刀ですよ。霊刀なら、1桁は上ですし」
「1位の花音を除いて、霊刀を与えるほどの実力には思えません。日本刀で充分でしょう」
過ぎた武器を与えると、無謀に走らせて、身を滅ぼさせるかもしれない。
それも懸念したであろう春の意見には、おゆうも賛同した。
「はい、霊刀は渡しません。普通の品でも霊刀のように呪力が通る矛が、一番良いのですが」
「矛に限るのですか。確かに悪くはありませんが、古風なものを作りますね」
「素人が使い易くて、呪力も通しますから」
刀に比べて矛は、あまり強そうには見えない。
そのため新人に持たせても、暴走の可能性は低く抑えられる。
だが呪力の巡りは、安い霊刀に比肩する。
「それでは自前で木材と金属を入手して、業者に柄と鋳型を作らせては如何ですか」
「自前ですか」
「神木とは言わずとも、樹齢が数百年の木くらいは簡単に手に入るでしょう」
「それは、日本中にありますし」
神木に至る樹木は、スギ、クスノキ、イチョウ、ケヤキ、ヒノキ、シイ、松などと幅広い。
スギ、クスノキ、イチョウ、シイの最高樹齢は、千年以上。
ケヤキ、ヒノキ、松の樹齢も数百年で、台湾のヒノキであれば千年を超えるものもある。
春が再検索すると、スギの価格が表示された。
「樹齢500年のスギで、数千円だそうです」
「……安いですね」
人の手で500年を育てるのは、並大抵の苦労ではない。
だが山の奥に行けば、いくらでも勝手に生えている。
世界全体で見ても、日本はフィンランドに次ぐ第二位の森林率だ。
「青銅も、キロ単価で数千円です」
「7本の材料費は、合わせて数万円ですか」
1本10万円とは何だったのかと、おゆうは困惑せざるを得なかった。
「あとは加工業者と鋳造業者への依頼でございますが、豊川稲荷か、賀茂様を経由した協会を間に挟めば、無下にはされないでしょう」
「ご教示ありがとうございます。豊川稲荷を頼ってみます」
「どうせなら2本ずつ贈って、予備を用意する心構えも教えなさい」
「そのように致します」
おゆうは通話機能しか使えないスマホを取り出して、ぽちぽちと操作を始めた。
























