表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/272

223話 師匠の贈り物

「どうして、こんなに高いのでしょうか」


 陰陽同好会の講師室に、悲嘆の声が上がった。

 嘆いているのは、講師の中で一番若い地狐のおゆうだ。

 彼女は自分の机に置かれたパソコンで検索をしており、検索結果に呻り声を上げていた。


「先程から、何を見ているのですか」


 講師の代表を務める春が、ついに見かねて声を掛けた。

 するとおゆうは、聞いて下さいと言わんばかりに、春へ訴えた。


「私が担当している7人に関することなのですが」

「あの7人ですか。先週の模擬試験では、上々の結果でしたね」


 春の高評価に、おゆうは嬉しそうな表情を浮かべた。

 過日の模擬試験では、プレス機の代わりに、春が使役する中鬼達で確認が行われた。

 作成した6枚から3枚が選ばれて、中鬼の攻撃に何秒耐えられるかで順位が付けられたのだ。

 最大でD級下位の霊符を描けるとはいえ、製作者の技量が不足していれば、D級には届かない。多くの霊符は、春の予想通りに、秒で中鬼に破壊された。

 その結果を以て、作成した霊符の甘さを指摘する。そして精度を高めさせ、5月、6月、7月と耐えられる秒数を伸ばしていき、本番を迎える予定だ。

 そんな中、おゆうが受け持った7人は、最初にしては上々の結果を出した。

 そして186名中の1位は、花音だった。


「まさか中鬼が1分を費やして、揺るがせない護符があるとは、想像だにしませんでした」

「1枚だけでしたけど」

「それでも充分でしょう。あれは一体、何だったのか……」


 絵馬に描かれた絵など、春は一々見ていなかった。

 186人を呪力で判断して、中鬼には及ばないと結論付けていた。

 そのため舐め切って、見事な不意打ちに遭った。

 陰陽師は、結果が全てだ。

 春が試験官であれば、中鬼の攻撃を防ぎ切った花音は、中級陰陽師にする。

 残念ながら二次試験は6枚のうち3枚を選ぶ形式なので、肝心の1枚が選ばれなければ、花音の評価は低くなってしまうが。


「それで7人に関して、どうしたのですか」

「はい。三次試験に進めるのかは別として、全員が陰陽師には成れると思っています」

「確かに成れるでしょうね。花音は、今年で成ります。残り6人も、卒業までには確実に」


 春達の指導対象は、花咲高校の陰陽同好会に所属する生徒達だ。

 おゆうが教える7人は新入生で、卒業までに3年の猶予がある。

 今年受からなくても来年、来年受からなくても再来年の機会がある。おゆうが教育に熱を入れている以上、7人が真面目に教わる限り、合格の可能性は極めて大きい。


「弟子ですから、死なせたくはないのです」

「それは善きことです」

「それで武器を持たせようと思ったのですが、どれも高くて」


 おゆうが春に、パソコンのモニターを見せてきた。

 春が画面を覗き込むと、そこにはネットショップのサイトが開かれている。

 検索項目は『矛』で、1本10万円を下らない価格が表示されていた。


「7本で、70万円ほどですか」

「はい。賀茂殿からの報酬もありますから、買えないわけではありませんが」


 おゆうが受け取っている報酬は、月数千万円に相当する。

 支払いの大部分は、一樹が良房に渡した霊物になるが、一部は金銭で受け取っている。

 外見に反して大人で、高収入のおゆうは、弟子達に贈り物が出来ないわけではない。

 問題は、値段に相応しい品が、まるで見当たらないことだった。


「矛の質も、値段には見合わなさそうですね」

「そうなのです。どこの木で、樹齢は何年か。先端は、何の金属か。まったく書いていません」


 樹齢の短い木では、呪力の巡りも悪くなる。

 金属も同様で、銀や銅は伝導率が高いが、鉄やステンレスは低い。

 呪力が通らない武器を与えて霊と戦えというのは、死ねと言うにも等しい行為だ。

 一番重要な部分のはずだが、販売サイトには、肝心な部分が書かれていなかった。


「質が悪いから、都合の悪い部分を載せていないのでしょう」

「やはり、そうですか」

「妖狐が人に騙されるのは、恥でございますよ」

「これでは買えません」


 ネットを探し回れば、見つけられるのかもしれない。

 だが妖狐はネットが下手だと、人間から指摘されることが多い。

 おゆうにも得意な自信はなく、色々と探したが見つけられなかった。


「ネットオークションでも探しましたが、不揃いで、不確かでした」


 そう言ってネットオークションのサイトを開けば、表示される一覧が不自然だった。


「金額がおかしいですね。本物は、この価格では売られません」


 日本で矛が活躍したのは、平安時代までだ。

 鎌倉時代の半ば以降は、安価で強力な槍に取って代わられた。

 祭具としての需要はあったが、一般人が槍を使うので生産が減り、矛は高級品となっている。

 そのため矛は、安価に売られるはずがない。

 価格が安いのであれば、それは模造品か、中身がない上辺だけの品だ。


「刀剣の販売店には、真っ当な品もあったと思います」


 春がパソコンを操作して、別のサイトを検索した。

 すると、日本刀などが売られている古物商のサイトが開かれる。

 そのサイトには矛こそ売られていなかったが、江戸時代に打たれたという刀は売られていた。

 実店舗があり、電話番号や古物許可番号も明記されている。

 少なくともネットオークションの個人販売よりは、遥かに信用できそうだった。


「この日本刀などは、200万円のようですね」

「それだと普通の刀ですよ。霊刀なら、1桁は上ですし」

「1位の花音を除いて、霊刀を与えるほどの実力には思えません。日本刀で充分でしょう」


 過ぎた武器を与えると、無謀に走らせて、身を滅ぼさせるかもしれない。

 それも懸念したであろう春の意見には、おゆうも賛同した。


「はい、霊刀は渡しません。普通の品でも霊刀のように呪力が通る矛が、一番良いのですが」

「矛に限るのですか。確かに悪くはありませんが、古風なものを作りますね」

「素人が使い易くて、呪力も通しますから」


 刀に比べて矛は、あまり強そうには見えない。

 そのため新人に持たせても、暴走の可能性は低く抑えられる。

 だが呪力の巡りは、安い霊刀に比肩する。


「それでは自前で木材と金属を入手して、業者に柄と鋳型を作らせては如何ですか」

「自前ですか」

「神木とは言わずとも、樹齢が数百年の木くらいは簡単に手に入るでしょう」

「それは、日本中にありますし」


 神木に至る樹木は、スギ、クスノキ、イチョウ、ケヤキ、ヒノキ、シイ、松などと幅広い。

 スギ、クスノキ、イチョウ、シイの最高樹齢は、千年以上。

 ケヤキ、ヒノキ、松の樹齢も数百年で、台湾のヒノキであれば千年を超えるものもある。

 春が再検索すると、スギの価格が表示された。


「樹齢500年のスギで、数千円だそうです」

「……安いですね」


 人の手で500年を育てるのは、並大抵の苦労ではない。

 だが山の奥に行けば、いくらでも勝手に生えている。

 世界全体で見ても、日本はフィンランドに次ぐ第二位の森林率だ。


「青銅も、キロ単価で数千円です」

「7本の材料費は、合わせて数万円ですか」


 1本10万円とは何だったのかと、おゆうは困惑せざるを得なかった。


「あとは加工業者と鋳造業者への依頼でございますが、豊川稲荷か、賀茂様を経由した協会を間に挟めば、無下にはされないでしょう」

「ご教示ありがとうございます。豊川稲荷を頼ってみます」

「どうせなら2本ずつ贈って、予備を用意する心構えも教えなさい」

「そのように致します」


 おゆうは通話機能しか使えないスマホを取り出して、ぽちぽちと操作を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第7巻2025年12月15日(月)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第7巻=『七歩蛇』 『猪笹王』 『蝦が池の大蝦』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
地狐さんおばあちゃん可愛い 青銅で鋳物……物理的に使うには怖い強度になりそうな気はするけど、本人が振って使う事も無さそうだしいいのかな?
>だが妖狐はネットが下手だと、人間から指摘されることが多い。 いつか知りたい歴代妖狐ネット炎上事件
おゆう先生凄い情わいてるな。絵馬の修行に武器のプレゼントと、補欠組だったハズの7人は逆にラッキーでしたね。花音にいたっては1位だしw(加工と鋳造しても百万はいかなさそうだから、餞別として過剰とまではい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ