222話 模擬二次試験【書籍第5巻、予約開始】
4月に入り、3度目の土曜日が訪れた。
土曜日は学校が休みにもかかわらず、陰陽同好会に入会した新入生のうち186人が、花咲高校に隣接する大学の講義室に集っていた。
不参加は、参集不要と告げられた上位の7人を除き、わずか3人。
いずれも家庭の事情や体調不良で、全員が事前に理由を報告している。
「熱心な運動部とか、大会を控えた吹奏楽部みたいだな」
意欲的な後輩達の前には、霊符サイズの絵馬が、6枚ずつ置かれている。
それらは一樹の式神である塗り潰しの絵馬・大根で、神木の分霊だ。
緊張する一同に対して、講師の春が指示を出した。
『それでは皆様、霊符作成を始めて下さい』
マイクを介した合図を皮切りに、一同が一斉に筆を取った。
一同は絵馬に対して、それぞれの文字や絵を描いていく。
『作成時間は、実際の試験より1時間短い2時間でございます。練習で3時間かかるならば、緊張する本番に、3時間で作れるはずがございません。早く作成する癖を、身に付けて頂きます』
春の念押しが、講義室に響いた。
現在行っているのは、霊符作成の模擬試験だ。
二次試験では、3時間で6枚の霊符を作成して、3枚の能力を測定する。
プレス機の圧力と、霊符が耐えた秒数で、霊符の性能を数値化する。陸上競技の100メートル走で何秒、水泳の50メートル自由形で何秒というのと同じ絶対値を出せる。
過去の受験生と比較も出来るので、今年も行われると予想されていた。
「あの絵馬には、どのくらいの力を籠めているのですか」
会場の端に座るおゆうが、その隣に座る一樹に尋ねた。
2人は、模擬試験の立会人である。
「D級下位ほどですね」
「6枚ではなく、1枚ごとにD級下位なのですか」
大根の力は、A級中位。200人に6枚ずつ配ると、力は1200分の1に落ちるが、それでもD級下位だ。
「現在の花音は、E級上位ほどです。1枚に全力で描き込んでも、耐えられるでしょう」
一樹が練習に大根を使わせるのは、後輩達に呪力を消費させないためだ。
霊符に籠めるなどして呪力を消費した場合、自然回復には半月ほど掛かる。
そのため呪力を消費すると、回復するまでは、呪力を使った練習が出来ない。
だが大根は、一樹の式神だ。
山魈調伏では、香苗が大根に描いた源九郎狐と少女郎狐が参戦したが、呪力は一樹が負担した。
後輩達が霊符を描いても、同様に呪力を消費せずに済む。
「1枚に全力で描き込むことなんて、有り得ませんよ」
おゆうの声色に、若干の呆れが混ざった。
二次試験では6枚を描くが、プレス機での確認に使われる霊符は3枚だ。そのため3枚に全力を籠めて、当たりの3枚が使われることを祈る方法もある。
それでも1枚に全力を籠めて祈ることはないので、一樹が用意した絵馬は過剰と言える。
「呪力は成長しますし、呪力以上のものを描くことが出来るかもしれません」
「それは、そうですね」
守護護符は、仏教、神道、陰陽道、道教、修験道、密教のいずれでも作成できて、梵字、真言、神仏、絵、九字、星形などの何を組み合わせて描いても良い。
すると霊符には、力作、秀作、傑作、会心作、渾身作が生まれることもある。
良い例ではないが、一樹が試験で描いた閻魔大王の守護護符は、顕現してプレス機を破壊した。
描いた本人は不本意だが、あれは一応、入魂の作になる。
「もしかすると、想定外の守護護符が描かれるかもしれません。ですが絵馬は、私の制御下です。私の意に沿わないことは、出来ません」
「絵馬の力は、守護護符の効果に制限しているのですか」
「そうです。概ね、想定の範囲内ですが」
後輩達に一番人気なのは、八咫烏の絵だった。
「やっぱり八咫烏が描かれますね」
「八咫烏は花咲市を飛び回っていますし、テレビに何度も出ましたからね」
八咫烏は一樹の式神で、花咲市を飛び回るので、直に目にした後輩も多い。
昨年は名無しの女神の神使として、首都圏を守るニュースも流れた。
誰もが見慣れたカラスは、絵として描き易く、神使なので守護護符に描くのにも相応しい。
そして過去の国家試験の最高記録が、2年前に一樹が描いた5枚の八咫烏と、その他1枚だ。
飛び抜けて良い結果が出ている八咫烏を選ぶのは、ごく自然の選択だ。
――知らないままに、正解を選んでいるな。
八咫烏を神使とする熊野の神が妙見菩薩であり、72種の護符を司る鎮宅霊符神と習合されることは、186人の後輩達は知りもしないだろう。
鎮宅霊符神は、玄天上帝でもあり、道教の最高神の一柱・元始天尊の化身だ。
鎮宅霊符神は「神通第一にして霊験無比なること、この天尊に及ぶものはない」とされる。
後輩達は、陰陽道の神である牛頭大王の牛王宝印が二系統あって、文字を造形的に書くことと、神使である動物を組み合わせて社寺の名を形作ることも、知らないはずだ。
霊符には八咫烏を描くのが大正解になるが、その理由は分かっていない。
――そもそも紙や木片に呪力を籠める行為は、『道教』呪術系だ。
霊符を司る『道教』の最高神と神使を用いることは、ほかの作成方法に勝る。
真髄を知れば、鎮宅霊符神である妙見菩薩の八咫烏を描くことが、霊符を作成する上で最高の選択だと理解できる。
「狐も稲荷神の神使ですよ」
「あの7人は、流石に狐を描くでしょうね」
おゆうが教えた7人は、狐と親和性が高い。
得意分野があるなら、八咫烏ではなく得意分野を描くのは、間違いではない。
香苗は試験で護法神の妖狐を描いたし、柚葉は母の龍神を描いた。
魂が籠もらない八咫烏を描くよりも、魂が籠もった何かを描くほうが良い。
おゆうが教えた7人は、ほかの者達には不可能な思いを込められる。
「後輩の大半には、過剰な呪力が籠められた絵馬だと思います。ですが、自分よりも大きな呪力を扱う体験があれば、その体験に霊体が引っ張られて、呪力が成長します」
「絵馬の世界を体験した7人のようなものですか」
「あれほど丁寧な成長ではありませんが」
火行護法神の世界では、おゆうが7人に対して、一から丁寧に基礎を教えた。
それに対して一樹は、これまで扱ったことがない消火用のホースを持たせて、的に放水してみろと言うようなことをしている。
感覚や扱い方は学べるだろう、という強引な方法だ。
実際に、自分が持つより大きな呪力を扱う感覚は学べる。だが、それをどのように扱うのが効果的であるのかは、教えていない。
「大半の呪力が、合格の最低ラインです。使い方の教育も必要ですが、呪力自体も必要です」
もしも後輩達が陰陽師に成った場合、最下級のF級として、霊が悪霊化しないためのお祓いなどが主な仕事になるだろう。
人手が足りないので、人が増えるのは良いことだ。
1人で行けば危険な仕事でも、2人で行けば安全性が増す。
日本が主張する国土の3分の2が妖怪の領域なので、人手はまったく足りていない。そのため、増えた陰陽師同士で、仕事を取り合うことにもならない。
「堅実に稼げるので、無茶しないでほしいですね。死ぬ時は、大抵無理をする時ですので」
一樹も魔王戦で無茶をしたが、それはA級よりも上の陰陽師が居ないためだ。
F級陰陽師なら、自分が無理な相手は支部に報告して、上位者を呼べば良い。
「大蛇の調伏で無理をした私としては、耳が痛い話ですね」
「あれは、おゆう先生ではなく、過去に大蛇と戦った地狐です」
「半分私ですよ。私が絶対に行かない性格なら、行かない選択が出来たはずです」
絵馬の世界では、描かれた世界や人物が下地だが、入った人間が自分でも行動できる。
入った者が絶対に行わないことであれば、異なる方向に進んだかもしれない。
「それでは今世では、7人を安全にご指南下さい」
「ええ、そうします」
おゆうが視線を向けた先では、弟子の7人が、熱心に狐の霊符を描いていた。
・第5巻の発売日が、12月20日(金)に決定しました!
今回は、綾華達も本編に登場して活躍します。
妹編は、Web版「晴也とキヨ」で見逃した霊『牡丹灯籠』です。
(牡丹灯籠=『日本三大怪談』)
Web版の10倍面白い第5巻、ぜひご予約下さい!




























