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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第8巻 温羅伝説

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220話 神刀・小狐丸

 大蛇が現れた八条村の西には菅田村があり、菅田の森と呼ばれる大きな森も広がる。

 そんな森には、製鉄と鍛冶の神である天目一箇神あめのまひとつのかみを祀った菅田神社があって、地元ではそちらに馴染みが深い。

 今日も一人、熱心にお参りする村人が居た。


「一人だけ生き残っちゃった。みんな、ごめんね」


 3年前、地狐と7人の弟子が『八条ヶ渕』の大蛇に挑んで、返り討ちにあった。

 花音が逃げ切れたのは、逃げ込んだのが菅田の森だったからだろう。

 菅田神社の主祭神は『天目一箇神』で、天照大神とスサノオの誓約で生まれた5柱の1柱を、父とする。

 すなわち天目一箇神の祖父母は、国津神の大神・スサノオと、天津神の主神・天照大神だ。


『神々の神格は、系譜、神話、信仰で定まる』


 天目一箇神の神格は、大抵の国津神を大きく上回る。

 大蛇どころか国津神でも、天目一箇神の神域に入った者を殺すことは出来ない。

 神域に踏み込めば、神々の間では「踏み込んだ側が悪い」と見なされる。越えてはならない一線を越えた侵入者は排除されるし、その際には神々も庇い立てなどしない。

 大蛇は怒り狂ったが、神の手の内に入った花音を追うことは諦めて、沼に帰っていった。

 そこで花音は力尽き、菅田村の名田を管理する名主みょうしゅに拾われて、妻となった。


「ちゃんと、おゆう様が言われたとおりにしましたよ」


 当然ですと、鼻を鳴らしてプンスカ怒りながらも褒める。

 そんな師匠の姿を思い浮かべて、花音は僅かに微笑んだ。

 生憎と、名主の夫から京に行ってもらった報告には、色好い返事は無かった。

 京は、地狐を殺した中魔級の大蛇調伏を躊躇っている。

 京には安倍晴明を筆頭とした陰陽師が揃っており、大蛇如きを恐れるはずはない。躊躇う理由について、花音にはまったく想像が及ばなかった。


「どうか大蛇が、調伏されますように」


 座礼による二礼二拍手一礼を終えた花音は、軽く掃除した後、神社を後にした。

 神社の周囲には、菅田の森が広がっている。

 木漏れ日の差し込む小道を歩いて行くと、道端から小さな狐が顔を覗かせた。


「一人なのかしら。お母さんはどこ?」


 乳飲み子の狐が、親と離れて一匹で顔を見せることは、無いと言って良いほど珍しい。

 花音は不思議がり、親の姿を見渡した。

 するとボオッと、霊が浮かび上がってきた。


「……おゆう様?」


 それはおゆうに似た、まだ若そうな妖狐の霊だった。

 菅田の森で妖狐が暮らすことは、不思議な話ではない。

 むしろ人里で暮らすよりも納得できる。

 そして弱っていた母狐が、出産で衰弱して死んでしまうことも、珍しい話ではない。

 そのような場合は父狐が何とかすべきだが、妖怪が闊歩する世界で、父親が常に生きているとは限らない。

 死んだ母狐の霊が、我が子の生存を願って人間の下まで導いたのだと、花音は察した。


「わたし、親が居なくなって、妖狐に育てられたの。逆の話があっても、良いかな」


 母狐の霊は、花音に頷くと、そのまま薄れて消えていった。

 それを見送った花音は、小さな子狐を抱き上げた。


「それじゃあ、わたしがお母さんね。牛の乳で良いかな」


 花音が嫁いだ名主の家には、ちょうど仔牛が生まれていた。

 牛の乳で良いのかと悩みながら、花音は小さくて暖かい温もりを抱きしめ、家に持ち帰った。

 それから花音は、妖狐の子供を育て始めた。

 いずれ、おゆうのように賢くなる。

 そう思った花音は、我が子に接するように話し掛けて、言葉や道理を教え、褒めて叱り、かつて習った妖術を見せ、方々へと連れ歩いた。

 もちろん菅田神社にも、可能な限り連れてきた。


「ここで本当のお母さんと出会ったんだよ。赤みがかった髪だったから、きっと赤狐だね。だからあなたには、火行の才能があると思うんだ」


 本当の母が居ると言うと、まるで花音が本当の母だと訴えるかのように、小狐は嫌がった。

 それでも花音は小狐を連れて、毎日のようにお参りを続けた。


「どうか大蛇が、調伏されますように」

「どうか大蛇が、調伏されますように」

「どうか大蛇が、調伏されますように」


 3年が過ぎ、5年が過ぎ、そして7年が過ぎた。

 いつ死んでもおかしくない世で「七つまでは神のうち」とされる年月を育てられた小狐は、赤い瞳と毛並みを持つ立派な狐に育っていった。

 ちゃんと育てられた花音は、豪勢な食事を出して、小狐と出会って7年の節目を祝った。

 そして次の夜、1匹の妖狐が菅田神社に訪れて、人の姿に変化した


 小狐は慣れた様子で境内を進むと、赤き妖気を身体に渦巻かせる。

 そして本殿まで歩み寄り、その奥に語り掛けた。


「7つを過ぎた。大蛇調伏に御加護を賜りたい。神供は、大蛇の調伏に見合う分だけの寿命」


 はたして本殿からは、鉄火の如き光と共に、厳つい男が姿を現した。

 その男と同時に、立派な装飾品を纏った美しい女性も姿を見せる。

 両者がいずれの神であるのか、もちろん小狐には分かっていた。


『天目一箇神と、稲荷神』


 菅田神社に祀られる天目一箇神は、祖父がスサノオ。

 稲荷神は、父がスサノオ。

 両神は、甥と叔母の関係にある。

 生まれた頃から甥の元に参拝を続ける妖狐がいれば、狐を神使とし、妖狐達に祀られる稲荷神が知らぬ振りを続けるはずがない。

 稲荷神と天目一箇神は、すでに小狐のことを知り尽くしていた。

 最初に口を開いたのは、大岩のように厳つい男神だった。


『汝を備前国の刀工、義憲の下へ導く。そこで刀工の弟子となり、向槌で神刀を作刀せよ』

「神勅、承った」


 男神は言葉少なげだったが、神刀が大蛇を倒す力になることを、小狐は確信した。

 弟子となれば1年や2年では済むまいが、大蛇を倒す最短の道に違いない。


「神刀に、我が魂を入魂する」


 自分が赤狐であるならば、持てる火行の全てを注ぎ込む。

 覚悟を口にした小狐に向かって、次に女神が語り掛けた。


『神刀の作刀後、剣に優れた大和国の源九郎に、助勢を求めなさい』

「神勅、承った」


 素人が刀を持つだけでは、地狐を殺した大蛇には勝てない。

 稲荷神の導きであれば、たとえ自分が果てても、大蛇は始末される。

 大蛇の調伏こそが母の願いだと、小狐は神勅を受け入れた。

 炎のように燃え盛る小狐に向かって、稲荷神は哀れんだ。

 愚かな請願は、成立している。


『汝は誓約に基づき、寿命を失います。神供とせねば、いずれ玄境に至ったでしょうに』


 仙狐を目指す妖狐が学ぶのは仙術であり、仙人や仙術は、神仙信仰の道教だ。

 玄境とは、仙の一つ手前であり、入神段階となる。

 玄境に至れば、人生を証明する自らの心象を、概念として顕現させる境地に達する。

 少なくとも、玄境には届く才能があったと、稲荷神は惜しんだ。


「それで母の願いを叶えられる。元々、拾われた命なれば」

『ならば、せめて継承の機会を与えましょう。汝は死後、導きます』

「継承のアテなど無い。母の子孫であれば構わぬが、狐の血が混ざらなければ、引き継げぬ」

『何れ、巡り合わせがあるでしょう。ですが、まずは勝利なさい』


 言われなくても……と、小狐は固く心に誓った。

 そして世界は暗転し、激しい炎の中で鉄が打たれる音が響いた。


『汝が継承する神刀・小狐丸は、剣術の道具に非ず。道を切り拓く術なり』


 男が鉄を押さえ、小狐がカンカンカンと鎚を振い、焼けた鉄を打ち延ばしていく。

 小狐が呪力を注ぐ度に、打たれた刀は力強い輝きを放った。

 それは一体、何年続いただろうか。

 やがて光を携えた小狐は、白狐の下を訪ねていた。


『我が入魂し、二神の御利益を得た神刀なれば、切り拓けぬものは無い』


 小狐は白狐の下で、木刀を振い続けた。

 多彩な剣術を身に付けた小狐は、やがて木刀同士で白狐と打ち合うようになった。

 それから何年かの月日が流れた。

 小狐は幼い顔立ちながらも、母が大蛇に相対した頃と変わらないほどに、大きくなった。

 当時の母と異なるのは、小狐が必殺の準備を整えたことである。


 神刀を携え、剣を学んだ小狐は、仲間の妖狐と共に夜道をひた走り、八条ヶ渕へと辿り着いた。

 まるで隠さない妖気を前に、顔に火傷の跡が残る大蛇が現れて、憎々しげに睨んでくる。

 大蛇を見た小狐は、神刀を抜き放ち、何の躊躇いもなく跳びかかっていった。小狐の身体には、いつの間にか二つの尾が生えていた。

 それとまったく同時に、源九郎狐も大蛇に向かって、地を駆ける。


「大蛇如き」


 2体の妖狐を同時に警戒した大蛇にとって予想外だったのは、妖狐の1体が、その身をまったく顧みなかったことだ。

 捨て身となった小狐が、神刀を構えて突っ込んできた。

 大蛇が仰け反るが、小狐は躊躇わずに突き進み、源九郎も逃げ道を塞ぐべく回り込む。大蛇は引くのを諦めて、大口を開けて小狐に向かってきた。

 小狐の神刀が大蛇の口に差し込まれ、大蛇の牙が小狐の身体を貫いていく。

 相打ちになった瞬間、香苗の世界が暗闇に閉ざされた。


 暗闇の中に、小狐の声が聞こえてくる。


『お前は、俺を継承した。最早、届く』


 それが如何なる意味を持つのか、香苗には正確に伝わった。

 道教で仙に至る修養は、先に性(精神)の修行、次に命(身体)の修煉となる。


 仙に至る手順は、『1+2+3+丹田』だ。

 1、心法を鍛え内功を蓄える

 2、仙に至る霊薬(仙丹)を作って飲む

 3、身体を修煉する。

 ※丹田の大きさ(器)で、霊薬(仙丹)に蓄えられた気の受容量が変わる。


 大抵の妖狐が、仙道を理解できても仙狐に至れない理由は、すべてを同時に満たせないからだ。

 源九郎狐の場合、3は玄境に達し『人生を証明する自らの心象を概念として顕現させる境地』として雨を顕現させられるが、仙丹が不足していた。

 だが香苗の過程は、道教で仙へと至る正しい修養に則っていた。


 ・香苗の状況

 1、鹿野の地で、250年分の精神修養を行った。

 2、神木に200年分の気を籠めて作った霊薬(仙丹)を飲んだ。

 3、火行護法神の修煉と神刀を継承した。

 器、五狐の魂の欠片を継承して、丹田が強大化した。


 元から香苗は玄境に達しており、楽器を顕現させる境地に至っていた。

 全てを満たしており、仙へと進める。


「あたしは、土行護法神の力も継承して、五行循環を万全にします」

『如才ない。それが天狐の境地か』


 妖狐は100年で地狐、500年で気狐、1000年で仙狐と呼ばれる。

 二尾の寿命は900年で、仙狐に届くのは三尾以上だけだ。

 木行護法神の750年を追体験して、二尾だった香苗は、次の段階に至った。

 五狐の魂を継承しており、1000年以上と見なして良いかもしれない。

 三尾で仙狐となる香苗にとって、次の段階の一つが、四尾で天に仕える天狐だ。

 少し考える素振りを見せた香苗は、やがて口を開いた。


「あなたのように、あたしにも譲れない生き様があります。今のところ、天に仕える天狐には、成れません」

『我が母も、意志が強かった。流石は子孫、似ているな』

「ですが三尾には、成っておきます。あなたの力を継承します」

『千年待っていた。全て受け取れ』


 満足そうな笑みを浮かべた小狐の魂が、香苗の身体に溶け込み、眠るように消えていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄かった。 お見事!! 香苗ちゃんを応援したくなりますねえ。 感情移入しちゃう。
[一言] 蒼依がこの火行護法神の世界を体験して修練したり、天沼矛を神刀へと打ち直したりできれば、蒼依の実力や矛の扱い易さや性能が上がって、妖怪退治の時に一樹の身の安全に繋がるでしょうけど……花音の位置…
[良い点] 仙狐って事はA級になったんかな?香苗の蒼依への猛追がヤバイな(強さ的に同格にならないとって考えを感じる) [一言] 7人のパワーアップイベントではなく、香苗のパワーアップイベントだったんだ…
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