表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第8巻 温羅伝説

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

226/272

218話 嫁取り橋の大蛇

 人通りが少なくなった夕下がり。

 二階堂と筒井を結ぶ街道に、疲れた馬の足音が響いていた。


「随分と、遅くなってしまった」


 馬に跨がった一樹が、溜息を溢した。

 一樹の仕事は飛脚で、大和国を縦で結ぶ「下ツ道」を往来している。

 下ツ道は、大化の改新を行った天智天皇(中大兄皇子)の弟である天武天皇が造営した新益京と、新益京から遷都された平城京を繋いだ道だ。

 平安京に遷都された今でも、重要な道に変わりはない。


 飛脚の朝は早い。

 日が昇り始める前に起きて、暑くなる前に荷を運ぶ。

 そして馬を休ませ、昼下がりに戻る。

 先々の駅には別の飛脚が居て、一樹から受け取った荷を次の駅に運ぶ。

 その先にも飛脚が居て、駅がある最果ての国まで、荷を運ぶ体制になっている。

 荷は、京から勅を下達し、諸国からは大瑞・軍機・災異・疾疫・境外消息などを上奏する文だ。そのような荷を運ぶ者達は、駅使と呼ばれる。

 一樹は、天皇から駅鈴の支給を賜った官人にして、駅馬の乗用が許された精鋭であった。


「霊亀が現れたとか、どうでも良い文を出すなよ……」


 今回運ばされたのは、非常に目出度い大瑞の報告だった。

 大瑞の一つとされる霊亀は、良いことが現れる前兆として姿を見せることがある瑞獣の一種だ。霊亀は、治水の才を持つ者が生まれると、姿を見せると伝えられる。

 ただし大瑞の報告には、致命的な欠点がある。


「どこで生まれた、誰の子供か分からないから、報告を出しても意味が無いだろう」


 才人が生まれたところで、実際に治水に関わらなければ、その人物を見つけられない。

 そのため一樹には、何のために出している文なのか、サッパリ分からない。

 桓武天皇が平安京に都を移してから、早190年。平安の時代が長く続きすぎて、上のほうが平和ボケしたのではないかと、一樹は呆れ果てた。


「物の怪も出たし、今日はついていない」


 意味不明な文を運ばされた上に、物の怪にも追われてしまった。

 一樹は精鋭なので、中鬼くらいであれば苦もなく倒せる。だが従者や馬は傷付いてしまうので、逃げられる状況であれば、逃げる一択だ。

 同行していた従者は、筒井に残している。筒井で交換した馬にも無理をさせており、一樹は馬の疲労に合わせて、ダラダラと帰路に就いていた。

 それでも馴れた道であり、無意識でも進める。

 ふと気付けば、時折寄る茶屋が見えていた。


「みまし、みまし」(あなた様、あなた様)


 ほら声を掛けてきたと、一樹は内心で溜息を吐いた。

 街道沿いは栄えているが、その茶屋は一樹にとって馴染みだ。なぜなら茶屋の娘が、一樹に必ず声を掛けてくる。

 駅使である一樹の実入りは、1日あたり稲4把と酒1升(現代換算で、穀米2.4キログラムと酒720ミリリットルほど)で、それを現物貨幣として、物々交換に用いている。

 庶民にとっては目も眩む額だが、茶屋では懐を軽くされてしまう。

 茶屋の娘は、一樹が急ぐ往路ではなく、急がない復路に狙って声を掛ける。それも一樹の疲れ具合を見ながら、出す品を変えるという手練手管だ。


「柚葉か。今日は、もう寄っている時間は無いぞ。思ったよりも遅くなった」

「夕下がりですからね。帰り着く前に、日が落ちるのではありませんか」

「お前の言うとおりだ。今日は、野宿かもしれん」


 いくら馴れていても、真っ暗な街道は進めない。

 松明を片手に馬を牽く手段も存在するが、それは正気の沙汰ではない。

 飛駅使と呼ばれる緊急の使者になった時には、夜通し突き進むことも有り得る。想定としては、異国の大軍勢が攻め込んで来た場合などだ。

 だが、駅まで辿り着けない場合の定石は、完全に日が落ちる前に寝床を確保することである。


「明日は荷が出ないから良いが、早めに場所を探さなければならない」

「でしたら、うちにお泊まり下さい。嫁に行った姉から、クマザサの新芽(平安時代のタケノコ)を分けてもらいました。きっと美味しいですよ」

「生薬にもなるクマザサか。なんと贅沢な」

「それに道中で見つけたというシイタケも頂きました。どうしようかと困っていたところです」

「何、シイタケだと?」


 古事記には、椎の木に生えた茸を食べたという記述がある。

 そこから椎茸と名付けられたと伝えられるシイタケは、稲のように人工栽培は出来ず、倒木から偶然見つけるしかない。

 シイタケは、容易に見つかるものではない。

 雷が落ちた土地にはシイタケが生えると言われるが、真偽は定かではない。

 少なくとも生立木には生じず、倒木の枯れ木などからしか見つからない。豊穣の地であること、人の入りが少ないこと、ほかにも様々な条件が揃わなければならない。

 人が入る場所に倒木があれば、木材や燃料として持ち帰ってしまう。シイタケの発生条件など、そもそも揃わないのだ。見つかるのは、よほど幸運な時だけだ。


「お前は、俺を破産させる気か」

「えー、そんなことはしませんよ」

「野宿で物の怪に襲われると思えば、泊まるしかないが……シイタケか」

「きっとシイタケも、食べられることを喜んでいますよ!」

「とんでもない出費になるな」


 交換経済においては、需要と供給で交換レートが変動する。

 物の怪に出会い、馬も連れている一樹は、危険な野宿を避けるために言い値で泊まるしかない。クマザサの新芽や、シイタケを出すと言われても、断って去ることは出来ないのだ。


「値段の分、ご奉仕もしますから」

「あまり期待しないでおく」


 渋々と馬を牽いて、一樹は茶屋の隣に向かった。

 その日の夕餉は、ツケ払いにするしかないと覚悟するほど豪勢だった。

 案内された部屋も立派で、一樹の顔は引き攣るばかりだ。

 ここまでされる理由に、一樹は心当たりがある。どうやら柚葉は、一樹に恋慕しているらしい。

 街道を行き交う者は、いくらでも居る。

 だが行き交う数多の者達の中で、飛び抜けて条件が良いのが、駅使の一樹だ。


 天皇から直々に駅鈴を賜れるほどの血筋。

 物の怪が蔓延る土地で、文を運べる能力。

 男が6歳年上で、釣り合いの取れた年齢。

 京の雅な立ち振る舞いも身に付けている。


 だから夜更けに柚葉が部屋に忍び込んできた時、一樹にはやはりという思いがあった。


「起きていらっしゃったのですか」

「まあな。念のために聞くが、何用だ」

「夕下がりに、ご奉仕しますと、申し上げたではありませんか」

「この茶屋が、夜発やほち(夜間の売春)をしているとは知らなかった」

「夜は閉めていますから、やっていませんよ。みましだけ、特別です」


 一樹の視線の先には、獲物を見詰める蛇のような女が居た。

 単に蛇のように見詰めているだけではなく、蛇のような呪力まで発している。


「物の怪が出る街道に、茶屋を出せていたのは、妖怪だったからか」

「ああ、知られてしまいましたね。母が蛇の土地神で、上野国に神域を持っています」

「すると単独行動を認められるお前は、中魔くらいか。道理で、俺を狙うわけだ」


 生き物は、強い子孫を残そうとする。

 それは妖怪も同様で、異性選びの判断基準には、強弱がある。

 弱ければ歯牙にも掛けないし、逆に強ければ垂涎の的となる。

 一樹は、京で名をほしいままとする安倍晴明の師匠であった賀茂の血族だ。中魔が血を欲しいと思う程度には、強い力を持っている。


「大丈夫です。取って食いはしませんから」

「別の意味で、食べてしまうのだろう」

「それはもう、えっへっへ」


 起き上がった一樹は、柚葉の挙動に対応すべく、身構えた。


「どうして逃げようとするのですか。強い子孫を残すことは、みましにとっても良い話でしょう」

「生憎と親が病気で、3年間は女房を持たぬと神に誓っている。別の男を探すと良い」

「なんだか嘘っぽいです。それに、ここまで来てお預けは、無理ですよ」

「だったら……急急如律令!」

「ぎゃんっ?」


 一樹が両手を合わせた先から眩い光が現れて、柚葉の視界を眩ませた。

 思わず目を閉じた柚葉は、一樹に弾き飛ばされて、無様に部屋を転がる。

 その隙に一樹は、茶屋から飛び出していた。

 月明かりの下、暗い街道を走って逃げていく。


「もう、信じられません」


 意中の相手に逃げられた柚葉は、怒りを露わにした。

 妊娠期間の長い女が、相手を選別して、気に食わなければ逃げるのは理解できる。

 だが男のほうが逃げるのは、柚葉にとっては理解不能で、有り得ない行為だ。


「逃げるなーっ!」


 柚葉は一樹の後を追って、二階堂の方向へと駆け出した。

 男の足と、女の足。

 追われる側と、追う側。

 優劣の付けがたい追いかけっこが続き、やがて八条村の渕まで辿り着いた一樹は、下駄の片足を脱ぎ捨てると、1本の松によじ登った。

 そこで何らかの術を唱える。

 柚葉が追い付いたのは、その直後だった。


「何処だ……居ましたねぇ」


 脱ぎ捨てられた下駄があり、その先で一樹が座り込んでいた。

 足を挫いたのだろうと判断した柚葉は、嫌らしい笑みを浮かべた。


「まったく手間を掛けさせて、これは大人のお仕置きが必要ですね。うへへへっ」


 ギラギラと瞳を輝かせた柚葉が、その場で姿勢を低くした。

 そしてビュンと跳ね飛んで、月の光で一樹が映った池の中に、飛び込んでいった。


「ノウマク、サンマンダ、バザラダン、センダ、マカロシャダ、ソワタヤ、ウン、タラタ、カンマン(あまねく諸金剛、不動明王に帰依し奉る)……『慈救咒じくじゅ』」


 不動根本印を結んだ一樹の手から、不動明王の中呪による光が溢れ出した。

 木の上に生まれた光は、そこから地上へ流れ落ちて、池を覆い尽くしていく。

 真言を三度繰り返して唱えた一樹は、ようやく安堵の溜息を吐いた。


「母が上野国の土地神で、執念深い蛇だと、迂闊に殺せない……『隠遁術』」


 松の木から飛び降りた一樹は、夜の街道を走り始めた。

 もちろん京へ、扱いの難しい妖怪の出現を報告しに行くためだ。

 馬を取りに戻ろうなどとは、決して思わない。柚葉に追い付かれるかもしれないし、柚葉が話していた姉に遭遇するかもしれないからだ。

 現在の一樹は、最速で急報を伝える飛駅使と化していた。


 その後、八条村の渕には大蛇が現れるようになった。

 大蛇は女ばかりを殺し、通り掛かる花嫁は渕へと引き摺り込んだ。そのため渕の前にある橋は、『嫁取り橋』と呼ばれるようになった。

 だが如何なる判断か、京の陰陽寮から大蛇を調伏に来る陰陽師は、一向に現れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第7巻2025年12月15日(月)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第7巻=『七歩蛇』 『猪笹王』 『蝦が池の大蝦』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
[一言] >「ああ、知られてしまいましたね。母が蛇の土地神で、上野国に神域を持っています」 上野国って柚葉の出身地である群馬県の事ですよね? もしかして、本当に柚葉のお姉さんだったりしますかね? 思…
[一言] 絵馬の中でもこの柚葉の扱いw(役通りなんだろうが、香苗の想いを感じる気も)
[気になる点] >「もう、信じられません」 ほんとうだよっ! >「逃げるなーっ!」 おとこだろー! あいてしてやれー! 残念で妖怪でも知ったる美少女だろー! 現実世界に帰ったら理由はわからんがも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ