212話 講師の妖狐
「そんな、去年の一次試験は通ったんです」
「後ろがつかえているから、取り敢えず場所を空けてくれ。後で説明する」
入会テストが進む中、鬼太郎に手を触れられなかった者から不満を訴えられた。
その数は、男子4人、女子3人の合計7人に及ぶ。
だがそれは、一樹にとっては想定の範囲内だった。
先に選別を終えた一樹は、不満げに待機していた集団に向かって口を開いた。
「昨年の一次試験で受かったという話は、疑っていない。受かったのだろう。それは認める」
不安や不満の表情を見せる7人の男女に向かって、一樹は肯定から始めた。
「一次試験に使われる霊は、G級であれば良いとされる。つまり試験官が使役する霊は、G級下位からG級上位と幅がある。同じ内容の試験でも、試験官によって難易度が異なるわけだ」
一樹が使役する鬼太郎は、G級上位の力を持っている。
昨年受かった7人は、G級中位以下の霊だったのだろう。
「君達の試験官が出した霊はG級中位以下で、俺が出したのはG級上位だったということだ」
「でも、そんな例は沢山あると思いますけど」
「そうだな。試験に出る霊は、下位、中位、上位で3分の1ずつかもしれない。だが中学三年は、普通に過ごすだけで呪力が伸びる時期だ。斡旋された師匠の下で修行をすれば、触れていた」
努力をしていなかっただろうと告げられた7人のうち1人が、反論を試みた。
「受験を優先したのは、俺達だけじゃないと思いますけど」
「呪力量の増大は、人や環境次第で異なる。俺の予想だと、君達が受けた試験の霊はG級下位で、去年はギリギリ通った。それから、大して伸びなかった」
一樹の説明を聞いた7人は、理屈については理解が及んだ様子だった。
だが納得が出来るはずもなく、一人が不満を訴えた。
「去年、一次試験には受かっています。協会から師匠の斡旋もありました。師匠の推薦があれば、一次試験は免除対象ですよね」
「確かに中級以上の陰陽師に一年以上師事して、推薦を得られれば、一次試験は免除対象になる。去年2位の祈理香苗も、3位の赤堀柚葉も、俺は推薦していないが」
呪力がギリギリの人間に対しては、協会が中級陰陽師の師匠を斡旋することは無い。
さらに一樹は、自分が推薦を行うことも無いと釘を刺した。
「君達は、呪力が足りないし、合格後に修行もしなかった。これから何年か修行をすれば、小鬼と互角には成れるが、生きて引退はできない。陰陽師を止めておけとは言わないが、俺は教えない。やりたいなら、協会が斡旋する師匠に教わると良い」
拒否された男子は、入会届をもらえた同級生達のほうを見た。
だが弁護してくれそうな者は居なかった。
一樹の主張は、「教えると命を落としそうだから、自分は教えたくない」である。それは間違いではないので、諫める道理が無いのだ。
そもそも一樹は、協会や学校から指導料を受け取っているわけでもない。
教えるか教えないかは、完全に個人の勝手だ。
「賀茂先輩に教わらずに、ほかの先輩に教われば良いですか」
「はぁ、困ったことを思い付くんだな」
必死に食い下がる後輩の一人に、一樹はウンザリとした表情を浮かべた。
「沙羅、柚葉、香苗、師匠として教えたら駄目だぞ」
一樹が舞台の袖に居る集団に声を掛けると、そちらから頷きが返ってきた。
「あっちを恨むなよ。五鬼童は俺の事務所員で、仕事に差し障りがあると、所長の俺が判断した。赤堀と祈理は、俺の弟子で、まだ弟子を取るのは早いと師匠の俺が判断した」
香苗の場合は、弟子を取るのは早くないかもしれない。
だがそんな事はおくびにも出さず、一樹は小太郎にも確認を取った。
「小太郎はどうする。小太郎が教えるのなら、俺は口を出さない」
中級以上の陰陽師が教えるのならば、そもそも一樹には、口出しする権利は無い。
上級陰陽師の小太郎が教えるのならば、それは小太郎の勝手である。
ただし花咲グループを継承した小太郎は、とても忙しい。
「手一杯だ」
「了解」
予想通りの答えが返ってきたので、それらをまとめた一樹は、7人に状況を突き付けた。
すると7人は、ついに情に訴えた。
「引っ越ししたから、協会が斡旋した師匠は居なくなりました」
厄介なパターンだと一樹は認識した。
県外から引っ越ししたならば、少なからぬ金銭が掛かっている。親からの期待もあるだろうし、易々と引き下がったりは出来ない立場だ。
入会の受け入れ基準を明確化しておくべきだったかもしれないと思ったが、完全に後の祭りだ。
自分にも手落ちが有ったかもしれないと思った一樹は、溜息を吐き、舞台袖のほうを見た。
「お春先生、指導は可能でしょうか」
一樹が呼び掛けると、袖のほうから二尾の妖狐が姿を現した。
その妖狐は、犬神継承の儀で責任者を務めたお春狐であった。
背筋を伸ばして演台まで歩み寄った春は、7人の顔を一人ずつ見渡した後、一樹に尋ねる。
「指導とは、この者達を一人前の陰陽師にすることでございますか」
「いいえ。7人が必死に学んだとして、在学中に誰か1人が二次試験に受かれば上々と考えます。目的は、機会を与えることですので」
「二次試験の合格基準とは、並以下の小鬼と同等でよろしかったでしょうか」
「その通りです」
「それでは連れてきた妖狐の一人に、教えさせてみましょう」
面白そうに7人を観察した春は、補欠合格者達の指導を引き受けた。
◇◇◇◇◇◇
陰陽同好会、講師室。
以前は「R棟7階多目的会議室A」と呼ばれていた部屋だったが、現在は講師室に変わった。
同好会の講師は、一樹が三尾の良房に依頼して招聘した。
招かれたのは4人で、代表は春が務めている。
そんな春の下に付く幼い顔立ちの妖狐が、講師室で頬を膨らませていた。
「お春様、どうしてお引き受けになられたのですか」
「どうしてとは、何か問題でもあるのですか、おゆう」
「問題だらけではありませんか」
おゆうと呼ばれた妖狐は、ぷんすかと怒り、苛立ちを露わにした。
「私達は、賀茂殿の依頼で、陰陽師見習いの手ほどきに参りました」
「左様でございますね」
春は、うんうんと頷いた。
それを見て、ゆうの怒りはさらに募る。
「あの7人の呪力や意欲は、196人のうち、下から数えて1番から7番です」
陰陽同好会の入会届は、196人が受け取ることになった。
陰陽同好会を目当てに受験した人間は75.9パーセントだったので、単純に考えれば228人が入会を希望するはずだった。
誤差の32人は、偏差値が壁となったか、再受験生が内申点で落とされたと考えられる。
104人が別の部活や同好会に行くことになり、高校側は胸をなで下ろしたかもしれない。
そして入会届を受け取った196人のうち、一樹が一度は弾いたのが7人だった。
「意欲に関しては、分かりませんよ。あの7人は、花咲高校への入学を優先したのでしょう。現に食らい付いておりますので、判断が間違っていたとは言えません」
花咲高校に入学しなければ、協会が斡旋した下級の引退者を師匠とする道しか無かった。
呪力が低い7人が、同じく呪力や力量が低い師匠に教わっても、碌なことが学べない。
その場合、陰陽師に成る未来は、限りなく低かったはずだ。したがって、花咲高校への入学を最優先にして、チャンスを生み出したことは、間違いだとは言えない。
春の指摘には、ゆうも一理あると認めざるを得なかった。
「それなら呪力の自然成長が、下から数えて1番から7番です」
「そうかもしれませんね」
春は、平然とした態度で応じた。
「まったく修行していないにしても、呪力が小鬼の10分の1ですよ。数年で小鬼と互角に育てられるという賀茂殿の話に、私は吃驚しました!」
「そのくらいでしたら、如何様にでも出来ますでしょう」
「それは出来ますよ。正しい手順で願掛けや奉納を行えば、すぐにでも」
神仏にとっては、小鬼程度の力など誤差だ。
漏れ出す神気の欠片でも弾き飛ばせるので、儀式の手間暇を惜しまなければ、調伏は行える。
「毎週、三大稲荷の周辺を清掃でもさせますか。面白がった霊狐の誰かが、力を貸してくれるかもしれません」
「確かに面白がって、与力してくれそうですね」
二人は、確実に悪乗りするであろう霊狐達の姿を思い浮かべた。
単純に力を貸してくれるだけではなく、狐憑きになっておかしな事もする。
それは支払う対価が足りないからで、条件が釣り合うように、何かをされてしまうのだ。
おかしな事をされるのが嫌であれば、きちんとした対価を用意すべきだ。
極端な例としては、一樹が良房に渡したような、非の打ち所のない対価である。豊川稲荷の名を貶められない霊狐達は、充分な対価に対しては、契約を反故には出来なくなる。
もちろん7人には、与力に見合う対価は用意できない。
「碌でもないことになりそうなので、やっぱり霊狐は駄目です」
「それについては同意しましょう」
先輩達を扱き下ろした二人は、話を戻した。
「どこまでやって良いのですか」
「本人達が拒まない限り、どこまででも構いません」
「超スパルタします」
「7人から合格者が出れば追加報酬を出すよう、賀茂様に求めておきましょう」
報酬の中身でも想像したのか、頬を膨らませていたゆうは、ようやく大人しくなった。




























