22話 指名依頼
「青森県の統括陰陽師が殉職しました。状況は、極めて深刻です」
青森県の妖怪対策部長が、声高に危機を訴える。
それに対して秋田県の統括である春日弥生は、冷めた眼差しで言い返した。
「春頃に殉職したのは、存じておりますわ。そして原因が、青森県にある事も」
図星を指された妖怪対策部長は、気勢を削がれて押し黙った。
それに対して弥生は、追及を重ねる。
「陰陽師協会が、苦労して配置しているのです。そう易々と、使い潰さないで欲しいですわね」
日本陰陽師協会は、上級陰陽師の枠を72名と定めている。
内訳は、A級陰陽師8名、B級陰陽師64名だ。
そして協会は、72名を『47都道府県に最低1名ずつ』配置する事を目標に掲げていた。
上級陰陽師達に、居住制限が課される訳では無い。
あくまで自発性を期待して、さらに住み易いような後押しも行う。
女性の上級陰陽師であれば、上級陰陽師が居ない都道府県を拠点とする陰陽師の大家から、子弟を結婚相手に立候補させる。そして都道府県の支援や、本家を継がせる等の条件を付けて、お見合いをさせる。
それを受けたならば、送り出した家が逆に困った際は、色々と優遇される。
元五鬼童家の弥生は、そんな昔ながらの互助で、秋田県の春日家に嫁いだ。
それだけでは、全都道府県に上級陰陽師を揃えるのは難しい。
そのため、『B級に認定する代わりに、上級が不在の地域に住む』事を条件に、居住地に拘りの無いC級陰陽師の上位者に昇格を打診するのも、昔から多用される手法の1つだ。
・当事者は、上級陰陽師に認定されて名誉を得られる。
・陰陽師協会と都道府県は、上級陰陽師を配置できる。
・都道府県民は、上級陰陽師が居る安心感を得られる。
青森県のB級陰陽師は、移住条件付きで昇格した他県出身のC級陰陽師だった。
B級陰陽師が殺されたのは事実だが、妖怪の脅威度に関する評価は異なる。
「殉職した場所は、青森県内にある白神ラインの白神山地側でしたわね。青森県が開発のために、進出されたのでしょう。無理をさせたようですね」
白神山地は、青森県から秋田県にまたがる山地だ。
約1300平方キロもの広さがある自然豊かな土地であり、東京都が約2100平方キロのため、白神山地は東京都の約6割もの面積を有している。
それほど広大な白神山地には、相応に妖怪も住み着いている。だが長い歴史の中で、人間とは住み分けが出来ていた。
人間は、どこまで妖怪の住処に近付けば、襲われるのか。
逆に妖怪は、どこまで人里へ近付けば、調伏されるのか。
人と妖怪は、長い時と相応の犠牲によって築き上げた白神ラインという境界線によって、互いに適切な距離を保ちながら暮らしてきた。
それが近代に入り、人間の科学技術が大きく発展した。
E級以下の実体を持った妖怪は、自衛隊の小銃小隊で駆逐できる。
D級妖怪に上がると効き難くなるが、12.7mm重機関銃であれば倒せる。
C級妖怪は、個人携帯対戦車弾などを撃ち込めば良い。
人と妖怪の境界線は、近年に入って何度も引き直された。白神山地の周辺でも、やはり境界線を引き直す開発が行われていたのだ。
そして妖怪に抵抗されて、青森県が白神山地に陰陽師と自衛隊を送り込んだところ、返り討ちに遭った次第である。
「仰るとおり、青森県のB級陰陽師、並びに自衛隊の普通科連隊から100名近い犠牲者が出ました。しかも妖怪による被害は、作戦後に急拡大しています。相手は絡新婦で、人を積極的に害します」
先に白神山地に攻め込んだのは人間だ。
それを意図的に話さず、まるで妖怪側から人間を襲い始めたような青森県の妖怪対策部長の言い分に、弥生は強い不快感を覚えた。
妖怪は人間を襲う。
だが人と妖怪との境界線も知っている。
先に不文律を破って過激化させたのは、今回に限れば人間側だ。
絡新婦とは、人化能力を持った女郎蜘蛛の妖怪だ。
妖気で紡いだ糸で獲物を絡め取り、蜘蛛のように捕食する。獲物は自身の成長に応じて、昆虫、鳥類、動物、人間、妖怪と上がっていく。
子蜘蛛の頃は大した力を持たないが、獲物を沢山食べて長く生き続ければ、巨大化して内包する力も強くなっていく。
そして強くなると子蜘蛛を生み、ある程度育ててから独立させる。
「絡新婦は、子蜘蛛を害せば報復します。子育てを行う大抵の生物も同様ですが、青森県は絡新婦に恨まれたのでしょう。賢さは人間以上で、人語も解しますから、厄介ですよ」
弥生は妖怪対策部長に対して、因果関係を明確化させた。
「藪をつついて蛇を出す。新開発地域を放棄する案は、出ませんでしたか」
「出来る訳が無いでしょう。既に数千億円を投じている上に、県民も住んでいます」
言葉を飾る無意味さを察した妖怪対策部長は、やむを得ず本当の事を話した。
日本は選挙で政治家が決まる。
数千億円を投じた新開発が失敗して、投資分の損失を丸ごと蒙れば、開発を決定した青森県知事と青森県議会が、県民から追及される。
県民が危機に陥ったとあれば尚更で、失敗して撤退するのは認められない。
妖怪対策部長は、引けない理由を補強した。
「それに撤退したところで、絡新婦が襲ってくれば何の意味もありません。ですから、駆除しなければなりません」
手に負えない妖怪に対しては、撤退して境界線を引き直されて終わりだ。今回は、人間が勝てそうなため、渋々と隣県から増援を呼ぼうとしている。
問題の白神山地は、青森県と秋田県にまたがる。
そのため白神山地の妖怪が人間を襲う場合、秋田県民にも被害が及ぶ。
話を持ち込まれた春日家は、秋田県の陰陽師であり、秋田県に被害が出れば対応せざるを得ない立場だ。
立場的には、無視できない。
弥生は不快そうな表情を露わにしながら、受諾の条件を突き付けた。
「原因を作ったのは青森県です。相応の条件と報酬を示して頂かなければ、B級陰陽師を殺した妖怪の調伏依頼は受けられません。無論、他の陰陽師に依頼されても構いませんよ」
「秋田県にも関わりますし、秋田県の陰陽師に協力を要請します」
弥生は青森県の妖怪対策部長を睨め付けた。
「B級妖怪の調伏には、A級陰陽師を呼ぶのが常識で、相場は10億円です。今回はB級陰陽師が殺されているため、2倍の20億円となります。さらに自衛隊も動員して頂きます」
「持ち帰って図りますが、おそらくお願いする事になります」
弥生は厳しい条件を突き付けたが、撤退できない青森県は受諾した。
そして契約が結ばれて、白神山地に陰陽師が入る事となった。
A級 五鬼童義一郎(当主)
B級 春日弥生、五鬼童義輔(当主の弟)
春日一義(長男)、春日結月(長女)
五鬼童義友(義一郎の次男)、五鬼童風花(義一郎の長女)
C級 五鬼童沙羅(義輔の長女)、五鬼童紫苑(義輔の次女)
五鬼童本家からは嫡男のみ参加していない。それは全滅で家が断絶しないように、同じ依頼を受けないからだ。
報酬の取り分は、最初に協会が1割を持っていく。
残った18億円は、本家が7割5分、春日家が1割5分、分家が1割とされて、陰陽師が呼び集められた。
その際、話を聞いた分家の沙羅が、父親に提案した。
「春日家がB級3人で1割5分、うちがB級1人とC級2人で1割。これって、釣り合っていないよね」
「何を言いたい」
「私の取り分をいくらか使って、賀茂一樹さんに指名依頼を出しても良いかな」
「あいつの資格はC級だ。連れてきても、B級を用意した事にはならんぞ」
不満そうな表情を浮かべる義輔に対して、沙羅は過日に配信された、牛鬼と鉄鼠の決戦動画を見せた。
明らかにB級中位以上の力を持つ牛鬼が、B級の強さを持つ鉄鼠に棍棒を振るい、叩きのめしていく。
そして鉄鼠が大きく削られたところに、八咫烏達が五行の術を浴びせ掛けて、鉄鼠の全身を満遍なく削り取っていく。
殴打と五行の浄化を浴び続けた鉄鼠は、絶叫しながら消滅していった。
動画の再生数は、僅か数日で数百万回。比叡山は完全解放された可能性があり、陰陽師協会の調査が始まっている。
「資格はB級じゃないけど、実態はどうかな」
「……正式な陰陽師の沙羅が、自分の報酬で他の陰陽師を呼ぶのは構わん」
かくして一樹は、沙羅から指名依頼を出された。