211話 入会テスト
4月に入って二度目の金曜日。
花咲高校に隣接する花咲大学のR棟2階の大講義室に、大勢の高校1年生が集っていた。
彼ら彼女らの外見は、単なる高校1年生である。
下ろし立ての真新しいブレザーが、新一年生であることを如実に表していた。
だが霊視した一樹の評価は、一般人の感性とは大きく異なっていた。
「宇賀様が見れば、喜びそうだな」
「どんな風に喜ばれるんだ」
宇賀と面識の少ない小太郎が、宇賀が喜ぶ理由を尋ねた。
「……それなりに、役に立ちそうだと。宇賀様は陰陽師の層の薄さを、懸念しておられた」
「そういえば常任理事会で、統括陰陽師の不足を憂いておられたな」
「魔王戦では、包囲網を作るために陰陽師を掻き集めて、各地の霊障は放置せざるを得なかった。下の層が増えることも、喜ばれるだろう」
集った大半は、陰陽道を学べば小鬼くらいは殺せるようになる。
小鬼は、チンパンジーに匹敵する力を持つと言われる。
チンパンジーは、成人男性の5倍ほどの握力を持ち、腕力は成人男性を軽々と放り投げる。
シエラレオネ共和国のチンパンジー・ブルーノは、拳で車のフロントガラスを割り、運転手の成人男性を車内から引き摺り出して、残忍に殺している。
どれほどの人間に、同じことが出来るだろうか。
そのように凶悪な相手を殺せる呪力があるのだから、猛獣並に危険な力を持っている。
さらに幾人かは、既に小鬼くらいは殺せて、下級陰陽師に収まらない才能がある。
そして数人、柚葉が戦っても負けるかもしれない陰陽師が混ざっていた。
そのうち一人については、絶対に柚葉のほうが負けると確信できた。もちろん凪紗ではない。
「一人、明らかにおかしい奴が居る。どこの陰陽大家の後継者かな」
「将来のB級候補か」
「いや、凪紗と比べても、どちらが強いか分からない」
「……はあっ?」
小太郎の口から、素っ頓狂な声が上がった。
昨年8月のエキシビションマッチで、凪紗は既にB級中位の評価だった。
陰陽師協会は、B級陰陽師に64席を用意している。だが実際のB級陰陽師は64名未満で、C級上位の繰り上がりで不足を補っているのが現状だ。
B級の力が有れば、47都道府県のどこかでは統括陰陽師に成れる。
子供もB級であれば、継承させる力も充分だと見なされて、立派な陰陽大家を名乗れる。
したがって高校1年生で凪紗に比肩する時点で、陰陽大家より下では有り得ない。
そのような人間が、わざわざ花咲高校に入学することは、小太郎にとって想定外だった。
もちろん一樹も、相手の意図を理解しかねる。
それは花咲高校に入学するよりも、実家で修行したほうが良いと考えられるためだ。
「どこの高校に進学するのも本人の自由だからな」
「そういう問題じゃないだろう」
呆れた小太郎を尻目に、一樹は講義室の中央に向かって歩き始めた。
分からないものは分からない。アッサリと理解を諦めた一樹は、気持ちを切り替えて、状況を進行させることにしたのだ。
200人を超える新入生が大講義室の席から、演台に向かう一樹を見詰める。
注目を一身に浴びながら登壇した一樹は、マイクを手にして、新入生達に声を掛けた。
『本日は、陰陽同好会の入会説明会にお集まり頂き、ありがとうございます。私は、同好会の副会長を務める二年生の賀茂一樹です』
マイクを片手に新入生達を見渡すと、流石に素直に聞き入っている。
少なくとも授業中に寝るような猛者は、今のところ存在しない。
『我々の同好会は、A級陰陽師の私と花咲会長が、陰陽師と学校生活を便利に両立させるために創設しました。陰陽師のための同好会なので、入会希望者には、一次試験に受かる呪力を求めます』
複数のA級陰陽師の権威でマウントを取ったのは、入会させろとごねられないためだ。
私生活の負担は、魔王の残党狩りに悪影響があると言えば、総理でも押し通すことは出来ない。実際に一樹と小太郎は、残党の山魈も狩っているのだから、否定の余地が無いのだ。
さらに一樹は、陰陽師のための同好会だと言って、多数の候補者を心理的な味方に引き込んだ。
『我々の同好会が合わなければ、生徒5人と顧問1人を集めると、新しい同好会を創設できます。あるいは、既存の部活と同好会もありますので、そちらに入ると歓迎されると思います』
最初に「文句があるなら自分で創れるぞ」と言って、一樹は入会拒否の姿勢を鮮明にした。
内容が完全に一致する同好会は新設できないが、素人が趣味で陰陽道を研究するような、方向性の異なる同好会ならば立ち上げられる。
呪力は無いがやりたいならば、指導は出来ないものの、一樹が設立を阻む理由は無い。
ここまで言っても、どうしても一樹達の同好会に入会したいという呪力無しの人間が居るなら、それは大した根性であろう。
もちろん実際に現れたら、一樹も困ったことになるが。
そんな人間こそマネージャー向きかもしれないと妄想した一樹は、気を取り直して話を続けた。
「出てこい、鬼太郎」
「ギッギッ」
一樹が呼び掛けると、壇上に一樹が使役している鬼太郎が現れた。
赤褐色の肌で、頭部に二本の角を生やして、口元を吊り上げて笑っている。また右手には、身の丈に合う棍棒も携えていた。
これが街中に現れたら、凶暴なチンパンジーが現れたのと同等以上に警戒をされる。
だが制御されていることを理解しているからか、数百人の新入生達は恐れる様子も見せず、何が目的だろうかと関心を向けた。
『壇上に、小鬼の霊を出しました。国家試験に受かる呪力があれば、この霊を見て触れられます。霊感が無ければ、陰陽師に成っても霊が見えず、攻撃も出来ず、一方的に攻撃されて殺されます。もしも見えなければ、とても危険なので諦めましょう』
一樹の警告は、万人に通用するものではない。
陰陽師に成りたいわけではないが、同好会には入りたいという生徒には、効果が薄いだろう。
A級陰陽師も名を連ねる陰陽同好会に所属したとか、タダで霊符がもらえるかもしれないとか、おまじないくらいは教えてもらえるかもしれないとか、所属だけでも利があるように見える。
高校の同好会に入会希望をする新入生に対して、高尚なことを求めるのは無理がある。
そのため一樹は、自前で足切りをすると告げた。
『これから1人ずつ、小鬼とタッチしてもらいます。触れられれば入会届をお渡しして、触れられなければ渡せません。入会後でも、呪力が足りないと思えば、再確認のテストを行います。それでは準備が出来た人から、壇上に来て下さい』
一樹が言い切ると、入会届を持った蒼依が、袖のほうから出てきた。
蒼依に手伝いをさせるのは、蒼依が一樹の補助者だと、新入生達に認識させるためだ。
一樹自身は鬼太郎の横に移動して、入会希望の新入生を待つ態勢に入った。
新入生の側からは、大小のざわめきが生まれていく。
「あれって、普通にタッチすれば良いの。それとも力を籠めたほうが良いの?」
「呪力は籠めたほうが良いんじゃない」
「どうやれば呪力を籠められるか、習ってないんだけど」
様子見する生徒が多い中、最初に動いたのは凪紗だった。
周囲を気にした様子を見せず、平然と壇上のほうへ向かってくる。
一樹はマイクを片手に補足した。
『この中には、何人か合格者が居ます。その人達は確認不要なので、入会届を受け取って下さい。去年1位の五鬼童凪紗、4位の九条茉莉花、ほかにも居るかな』
一樹が入会届を持つ蒼依のほうを指差すと、凪紗はそちらのほうに向かって歩き出した。
茉莉花も2人いたお供のうち1人を従えて、凪紗の後に続く。
茉莉花と分かれた一人が一樹のほうに来たので、一樹は苦笑して蒼依のほうを指差した。
「君もあっちで良い」
「はい?」
「君が触ると、鬼太郎の腕が吹っ飛ぶ」
会釈した小柄な少女は、ゆっくりと茉莉花達のほうに向かっていった。
一度流れが生まれたからか、新入生達が列を作って、壇上に向かい始めた。
一見すると、特に変わった風には見えない新入生達の大半が、壇上の鬼太郎とタッチしていく。
手をバシッと打ち合わせて、ある者は余裕の笑みを浮かべ、ある者は痛そうに顔を歪めながら、蒼依のほうに向かって入会届を受け取っていく。
そして一樹が目星を付けた何人かの生徒が、やってきた。
一人は、死の雰囲気を纏った長身の男子だった。
「合格」
「触らなくて良いのですか」
口角を釣り上げた男子に向かって、一樹は口を一字に結んで不満を表す。
目の前の男に触られると、鬼太郎の腕が吹っ飛ぶだけでは済まない予感がしていた。
「憑いているのは中魔か。有力な家が出ない年だったら、国家試験で首席に成れたかな」
「今年は難しそうですがね」
「霊感も高いのか。良いから、入会届を持っていけ」
「仰せのままに、先輩」
不敵に笑った新入生が素通りして、さらに何人かが鬼太郎に触れていく。
それから一樹は、冷たい海の印象を纏った男子と、猫の印象を纏った女子を素通りさせた。
冷たい海の印象を纏った男子は、軽く頷いた。
猫の印象を纏った女子は、薄らと微笑した。
























