205話 動画構想
「入会のハードルが、盛大に上がる動画を作れと、言われたわけだが」
「最初に高いハードルって言ったのは、賀茂さんですよね」
放課後の同好会室で、一樹がうそぶいたところ、柚葉からツッコミが入った。
もっとも、呪力が無い新入生が入会を諦める説明を入れろと言ったのは、顧問の佐竹だ。
自分が無実であるかのように知らん顔をした一樹は、パソコンで昨年の動画を探しながら、皆に意見を求めた。
「動画は、どんな構成にしようか」
「昨年は一分でしたよね」
「明日出せと言われて、制作する時間が無かったからな」
蒼依が確認したとおり、昨年の一樹は制作期間一日で、1分の動画を作成した。
出演者は、一樹と蒼依と沙羅、それに野生の小鬼である。
最初の20秒は、沙羅と蒼依が霊符を作る姿だ。一樹は蒼依に作り方を教えた。
次の10秒は、夕焼けの山を眺める沙羅で、最後に翼を生やして飛び立つ。
後半の20秒は、薄暗い森の中で、撮影者が居る木の下を取り囲む小鬼だ。
小鬼は小刀を振いながら叫んでおり、木の上からは、最初の映像で作成した霊符が放たれる。
最後の10秒に朝日が昇りながら、『花咲高校 陰陽同好会 設立』のテロップが流れた。
「あの時は、やっつけ仕事だった」
「俺は、映画の宣伝かと思ったぞ」
一樹の主張に対して、小太郎がツッコミを入れた。
実際に動画を流した後、複数の同級生が入会を希望している。
もっとも主観は、人それぞれだ。
異を唱えられた一樹は、弁明を試みた。
「霊符を作成するシーンを撮影するにしても、手元だけを撮るのか、制服も映る後ろ姿を撮るのか、同好会室全体を撮るのか、色々と凝れるだろう。何も工夫しなかった」
「まるで映画研究会みたいだな」
花咲高校には26種類の部活と同好会があるが、映画研究会は名を連ねない。
映画研究会があれば、紹介動画を作成する時期には、大活躍だったかもしれない。同時に、陰陽同好会への新入生の一極集中で、廃部の危機に瀕していただろうが。
「もちろん陰陽道の部分でも凝れた。1年前は、牛王宝印を施して八咫烏の力を入魂した。だけど応用で、異なる力も籠められた」
「異なる力とは、具体的に何だ」
「蒼依が力を籠めるなら、猫太郎でも良かった。あの時も、使役していたからな」
一樹がそう言うと、蒼依が手元に猫太郎を顕現させた。
すると、ずんぐりとした茶トラがポンと現れて、不貞不貞しく蒼依の両手に収まった。
「なぁーん」
蒼依に抱きしめられた猫太郎が、猫っぽく鳴いてみせた。
すると沙羅や柚葉が寄っていき、猫太郎の頭や腹をモフり始めた。それに対して猫太郎は、蒼依に抱えられて、されるがままになっている。
それはあたかも、泰然自若を体現するような姿だった。
そんな無抵抗主義の猫太郎を注視した小太郎が、一樹に疑わしい表情を向けた。
「それは役に立つのか」
「……どうだろうな」
蒼依が、式神の猫太郎に求める役割は、家猫だ。
しかも懐かない猫ではなく、いくらでも撫でさせてくれる猫である。
癒やし効果を考えれば、かなり役に立っている。
但し、肝心の守護護符の効果については、作ったことが無いので未知数だ。
「猫太郎にする意図は、一般的ではない猫又の力を入魂して、霊符作成に応用が利くと示すことだ。分かる人間には、凄い同好会だと分かる」
「A級陰陽師が2人も所属している時点で、凄くないわけがないが」
「それはそれとして、やっている内容も凄いってことだ」
霊符の効果で考えれば、もちろん八咫烏のほうが高い。
それは『鎮宅霊符縁起集説』(1708年)によると、八咫烏を神使とする熊野の神が妙見菩薩で、72種の護符を司る鎮宅霊符神と習合されているからだ。
すなわち八咫烏は、霊符神の神使でもある。
そのため八咫烏達を霊符に描くことは、陰陽道に正しく則っており、霊験あらたかである。
だが、だからこそ霊符に八咫烏を用いることは、特異な話ではない。
実際に熊野大社で護符を買い求めれば、八咫烏達が描かれている。
それに対して猫又の力を入魂するのは、極めて特異だ。
猫又の力を入魂して護符に出来る時点で、霊符作成の基礎と応用が充分に身に付いている。
素人には分からなくても、陰陽師や見習いには、同好会が高度なことをしていると分かる。
そんな創意工夫を入れられなかった前回、一樹は「やっつけ仕事をした」と思っている。
正しい作成方法だったが、それは教科書に書かれている表面的なことを教えたようなものだ。
安倍晴明の師匠であった賀茂家の継承者としては、不充分だった。陰陽道の師匠である父親の和則が知れば、一言くらいは苦言を呈したかもしれない。
一樹の言い分を聞いた小太郎は、理解を示した。
「そういう意図があるのなら、賀茂の方針で構わん。任せる」
同好会の会長は小太郎で、副会長は一樹だ。
二人の方針が一致した以上、あえて反対意見も出されず、一樹が動画を制作することになった。
腕の中で不動の構えになっている猫太郎をモフりながら、蒼依が尋ねる。
「それで今回は、どうするのですか」
「今回は制作期間もあるし、長さも10分以内だから、ちゃんと撮ろうと思っている。前回は蒼依と沙羅が出演したから、今回は柚葉と香苗が中心で良いだろう」
「分かりました」
「蒼依と沙羅は、霊符作成のほうで出てくれ。作る霊符は、猫太郎だな」
一樹と小太郎との会話の流れで、霊符に描く神仏は、猫太郎に決まった。
「なぁーん」
「本人も、乗り気なようだ」
気の抜けた鳴き声を、一樹は勝手に『やる気が有る』と解釈した。
一年前と異なり、現在の猫太郎は蒼依姫命の神使だ。
弁才天の神使である小白のように、猫太郎も蒼依姫命が司る力を御利益として与えられる。
東京天空櫓に神使を使わした名無しの女神にして、広域を荒らした獅子鬼を倒した蒼依姫命は、守護の力を司るはずである。
多少の効果は有るだろうと考えた一樹は、霊符については猫太郎で決定とした。
「10分だから、霊符作成と実践のほかにも入れたいな」
「何を入れますか」
「やっぱり1年間の活動の流れじゃないか」
蒼依から無限にモフられる猫太郎を眺めながら、一樹が答えた。
「6月までは、霊符作成の練習と戦闘の特訓をするだろう。7月に一次試験を受けて、8月に二次試験を受ける。試験後に打ち上げのクルージングをして……後は何があったかな」
「幽霊船でバーベキューをした後、魔王が出ましたから」
「そうだよな。あまり企画できなかった」
「文化祭では、同好会の出し物を出しませんでしたけれど、全員で船上喫茶店をしましたよね」
文化祭では、クラス単位の企画と、部活や同好会単位の企画がある。
とりわけ8種類ある文化部にとっては、腕の見せ所だ。
吹奏楽部は中庭や体育館で演奏していたし、茶道部はお茶会を開いていた。書道部や美術部なども展示をしたし、英会話部も来校した外人の通訳と案内を受けていた。
5種類ある同好会も、料理同好会は校舎でお菓子を販売していた。ダンスと演劇は体育館で発表をしたし、歴史同好会は展示をしていた。
そんな中で、陰陽同好会は発表をしていない。
強いて挙げれば、メンバー全員が1年3組に所属しており、幽霊巡視船を用いた船上喫茶店に参加したことだろう。
「今年は、2年3組で船上喫茶をしないなら、同好会でやっても良いかな」
「クラス全員でも大変で、卿華女学院にも手伝って貰いませんでしたか」
「事前に食材を買っておいて、新入生を動員すれば、出来るんじゃないか。とりあえず今回の動画には、入れないでおくが」
一樹は口で楽観論を唱えつつも、動画の候補からは削除した。
いずれにせよ2年3組が、船上喫茶店を開かなかった場合の話である。
クラス委員長の北村や、女子を取り纏めた絵理は最終的に楽しんでいたので、可能性について一樹は半々くらいに思っている。
動画に入れる霊符作成と、一年間の流れが定まり、残るは実践の部分となった。
女優の一人に指名された香苗が、一樹に尋ねた。
「小鬼ですけれど、もう花咲市の周辺には居ないですよね」
「少なくとも、八咫烏達が見つけられる範囲には居ないな」
「それなら、また奈良県に行くのですか」
遡ること二ヶ月前。
一樹は新入生のために、一次試験の練習として、小鬼を使役しようとした。
生憎と花咲市に小鬼は居なかったため、沙羅の地元である奈良県まで赴いて、紀伊半島の広大な妖怪の領域で小鬼を捕まえようとした。
そして八咫烏達に小鬼を連れて来いと命じたところ、やんちゃな朱雀達3羽が小鬼ではなく、イノシシの妖怪『あから』を連れてきた。
A級妖怪の出現によって、春日大社の裏手にある春日山原始林は、盛大に吹き飛んだ。
近隣では、鹿せんべいの販売所が引っ繰り返り、観光客の重い手荷物が投げ捨てられ、寺の坊主も全力疾走した。
1300頭の鹿も逃げ出して、奈良公園と周辺は、大パニックに陥っていた。
後始末は、魔王を倒したA級陰陽師の一樹にとっても大変だった。
「……もう行かない」
良房のところへ謝罪に行ったことを思い出した一樹は、流石に自重した。
「鬼ヶ島とか、暴れても怒られないところに行こう」
かくして一樹達は、僻地へと旅立つことになった。
























