204話 同好会のお仕事
日本の高校では、3月1日に卒業式が行われることが多い。
それは公立高校の授業料が無償化される以前、3月の授業料を徴収したからだ。
『2月に卒業する場合、3月の授業料を徴収するのはおかしい』
そう指摘され、至極もっともなので、3月1日が卒業式になった次第である。
私立高校も横並びになったのは、2月には大学の前期試験があって、卒業式のタイミングとして好ましくなかったからだ。
そんな全国一律の行事が終わり、卒業生の分だけ校舎が広くなった3月。
帰りのホームルーム中、一樹達のクラス担任である佐竹教諭が、教壇で偉そうに宣った。
「お前達に朗報だ。2年生になっても、担任は俺のままだぞ」
一瞬きょとんとした30名は、進級によるクラス替えや担任交代が無いのだと理解した。
佐竹が担任を継続することが朗報になるのかは、生徒が担任に求める内容次第だろう。
例えば『海外に留学したい』場合、佐竹よりも、留学経験を持つ英語の教師のほうが望ましい。あらゆる生徒にとって満点の教師は、おそらく居ない。
だが、そういった特異な事情を持つ生徒を除けば、佐竹の教師としての偏差値は高いはずだ。
佐竹の強みは、花咲高校の卒業生であり、生徒の立場で学校の全行事を体験済みであることだ。すなわち、生徒側の視点に立って考えられるので、生徒の感情に寄り添える。
クラスメイトの一人である柚葉が、自信満々の佐竹に尋ねた。
「先生、なんだか自信満々ですね」
「俺は三十路を1歳過ぎたが、まだ若くてピチピチだ。俺が担任で良かったな」
あえて冗談で応えた佐竹は、実際に教師の中では若いほうだ。
少子高齢化する社会では、生徒が減った分だけ、教師の必要数も減る。
クラスの少人数制や、副担任制を導入しても、それ以上に少子化が進めば余ってしまうのだ。
雇用していた教師を解雇することは出来ないので、新規の採用を見送る方向にならざるを得ず、若い教師の比率が下がる次第である。
もっとも高校生にとっては、若いといっても三十路のおじさんである。
佐竹の主張に対して、柚葉が軽口を叩いた。
「うーん。女子校なら、モテたかもしれませんね」
「くそ、お前らもいつか三十路になるんだぞ」
地団駄を踏んで悔しがる佐竹は、確かに精神年齢が若い。
そんな風に一樹は呆れながら、隣の席の沙羅に尋ねた。
「佐竹先生が卿華女学院の先生だったら、モテたと思うか?」
一樹が気になったのは、共学と女子校の違いだ。
結構失礼な話題だが、担任自身が「ピチピチ」などとふざけている。沙羅は窘めずに、佐竹の頭から爪先までじっくりと観察した後、評価を口にした。
「佐竹先生が卿華女学院の教師でしたら、小さなファンクラブがあったかもしれませんね」
「「「おおーっ」」」
沙羅の評価に、聞き耳を立てていたクラスメイト達が響めいた。
共学校の生徒にとって、女子校は未知の世界だ。
教師のファンクラブなどは、未知なる存在の典型であろう。
共学の花咲高校では、絶対に起こり得ない事象だ。
「卿華女学院では、元生徒と結婚した先生は、何人も居ましたよ。二十代の先生はモテて、中年になると嫌われて、お爺ちゃん先生になると再び人気になりますね」
「それは良いのか」
「卒業後でしたら、生徒ではないので、付き合っても問題ありません」
「まあ、それもそうか」
教師と未成年である生徒の付き合いには、様々な問題がある。
肉体関係があれば法に触れるし、それが無くても成績に手心が加わるのではないかと疑われる。公正な教育が行えないのではないかと疑われて、学校の信頼を損ねることになる。
だが卒業後であれば、成人同士であるし、利害関係もない。
「1年後の同窓会に先生も招いて、そこで付き合ったという話は聞きました。本当にその時点からの付き合いなのかは、当事者しか分かりませんけれど」
沙羅が示唆すると、柚葉は面白がって、佐竹に転職を勧めた。
「先生、今から卿華女学院の先生になったら、モテるかも?」
「アホか。赤堀は、俺を何処に行かせる気だ。刑務所か」
速攻でツッコミを入れた佐竹は、沙羅に尋ねる形で非現実的なことを確認する。
「あれくらいのお嬢様学校になると、そもそも募集していないか、身辺調査が厳しいだろう」
「厳しいと思いますけれど、先生の選び方までは知りません」
「そうか。ともかく、俺はお前らの担任だ。来年もビシバシ行くぞ」
「「えー」」
スパルタを宣言した佐竹に対して、クラスから抗議の声が上がった。
「ところで先生。いつもは、クラス替えをしているんですよね」
「去年は、コース内で入れ替わりがあったぞ。お前らは、無いがな」
花咲高校は、1学年300人で10クラスがあり、3つのコースに分かれる。
それらは特別進学2クラス、進学4クラス、普通4クラスで、一樹達は進学の1年3組だ。
コースが変わると生徒側も困るだろうが、同じコース内であれば問題は無い。コース内でのクラス替えは、例年行われていた。
「そのクラス替えって、成績順ですよね」
「そうだな」
2年生への進級時、同じテストの成績順で、クラス替えが行われていた。
進学コースの120名は、成績順で30位までが3組、60位までが4組、90位までが5組、120位までが6組という形で、振り分けられていた。
義務教育であれば、『学業・体育祭・合唱コンクールの成績を均等化して、クラス間の上下格差を作らない』などと配慮されて、ピアノを弾ける生徒が分けられたりする。
だが高校は義務教育ではないので、進学コースであれば、成績で分けられたりするわけだ。
もっとも今回は、それは行われないことになったが。
「どうしてクラス替えをしなかったんですか」
「なんだ。赤堀は、クラス替えをしたいのか?」
「いえ、そうじゃないですけど」
「それなら別に良いだろう。お前ら、引き続き仲良く頑張るように」
質問を混ぜっ返して誤魔化した佐竹の様子から、一樹は大人の事情を察した。
担任の佐竹は、陰陽同好会の顧問も兼ねる。そのため一樹は、活動や公欠を報告する相手が一人で済むので、とても便利だ。
そんな同好会には、花咲学園の理事長であり、花咲学園を運営する花咲グループの会長も兼ねる小太郎も所属している。
むしろ小太郎自身が、同好会の会長をしている。
――答えは出たな。
花咲学園は、花咲家にとって都合が良いように運営されている。
それは学園の創設者が花咲家で、学校の運営目的には花咲グループの将来の人材確保もあって、赤字も補填しているからだ。
そのためクラス替えを行うか否かは、小太郎にお伺いが立てられただろう。
現在のクラスには、A級の一樹、女神の蒼依、五鬼童家の沙羅、龍神の娘の柚葉らが在籍する。小太郎にとっては、ここで関係を構築しないで、一体いつするのだという絶好の機会だ。
そのような事情で、善きに計らわれたわけだ。
「お前ら、高校2年生は、一番楽しい時期だ。高校生活に不慣れな1年生や、進路に悩む3年生と違って、気兼ねなく活動できる。色々なことに挑戦してみろ。大いに青春するように。以上だ」
サラリーマンな担任は、都合が悪い話を強引に纏めて、帰りのホームルームを終了させた。
すると解き放たれたクラスメイト達は、部活や同好会に移動を始める。
一樹も移動しようとしたところで、佐竹から呼び止められた。
「賀茂、陰陽同好会の紹介動画を作ったことは、覚えているか」
「それは去年の4月に、新入生向けで流した、部活と同好会の紹介動画ですよね」
花咲高校には、21種類の部活と5種類の同好会がある。
入部先を検討するにあたって、その全てを見学して回ることは不可能だ。
そのため当たりを付けるために、手短に纏められた紹介動画を流している。
それぞれの持ち時間は2分間だが、どこも時間を使い切らないので、授業1コマ分の50分で紹介が終わる。
「そうだ、前に作っただろう。また作ってくれ」
佐竹の用件は、担任ではなく、顧問としての動画作成依頼であった。
クラスのホームルームが終わった後に話し掛けるのも、道理である。
動画は顧問と生徒の裁量で作られており、顧問がカメラで撮影する部活もあるが、生徒がスマホで自撮りしているところも少なからずある。
「了解です」
生徒が引き受ける範疇であり、一樹は気安く請け負った。
それを確認した佐竹は、満足そうにしながら付け加えた。
「1つ変更点だ。陰陽同好会の紹介動画は、持ち時間が10分まで許可された」
「はあ?」
26の部活と同好会ではなく、陰陽同好会に10分という話に、一樹は怪訝な表情を浮かべた。
「それって、陰陽同好会だけなんですか」
「そうだ。陰陽同好会だけだ」
陰陽同好会だけ10分の持ち時間があるのは、不公平だ。
陰陽同好会が花咲高校に貢献したのは事実で、魔王の調伏は、甲子園の優勝常連校どころではない効果があったと一樹も認識している。
ほかの生徒も文句を言えないレベルで、優遇されるに足る理由は有る。
だが同好会は5名が所属していれば良くて、陰陽同好会には既に6名が所属している。新入生が一人も入らなくても、一樹達の卒業まで人員不足で困ることはない。
優遇など不要だという顰めっ面と態度で、一樹は質した。
「どうしてでしょうか」
「新入生の大半が、陰陽同好会目当てだ。それを紹介しなくてどうするというのが、一つ」
佐竹の主張には、一理ある。
今年は陰陽同好会を目当てに、沢山の生徒が入学すると予想されていた。
根拠は受験生で、一樹達の年が366人に対して、今年は1520人だった。
花咲高校は、一樹達や陰陽同好会に関することを除けば、一年間で特に変わっていない。
単純に考えれば、今年の1520人は、366人ほどが一般人で、残る1154人ほどが同好会目当てだ。
受験生に占める同好会目当ての割合は、およそ76パーセント。
4分の3が説明を聞きたがっているのに省略すれば、一樹達や教師が、沢山の新入生に同じことを何度も聞かれてしまう。
陰陽同好会だけ10分掛けるのは、むしろ皆のためと言える状況だった。
「それと同好会の方針を、最初に伝えるためだ。呪力が無い生徒は、入会を断るのだろう」
昨年の一樹達は、呪力が低いクラスメイト達の入会希望を断っている。
それは同好会が単なる研究会ではなく、実践も行うからだ。
呪力が無ければ霊符を作成できず、同好会の活動に参加が出来ない。
そのため昨年は、呪力が高かった柚葉と香苗だけを勧誘して、ほかは希望されても断った。
「そうですね。呪力が小さいと、活動自体が出来ませんので」
「それを説明に入れろ。そうしないと、ほかの部活や同好会に体験入部する機会すら無くなる」
佐竹の話を理解した一樹は、大いに納得した。
どうせ入れないのなら、最初からきちんと説明しておくべきだ。
そうしないと、新入生が部活や同好会を選ぶ貴重な時間を失わせてしまう。
「分かりました。入会を諦めてくれるように、一般人にはハードルが高い動画を作成します」
「おう。盛大にハードルを上げろ」
一樹を後押しした佐竹は、なぜか諦めの表情を浮かべていた。




























