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【6巻5/20発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介
第1巻 転生陰陽師
21/272

21話 寺門、めかかう

「鉄鼠の間引きって、カボエネさんは採算が合うんですか」


 一樹に対して、クラウドファンディングで鉄鼠の怨霊を間引きする依頼を出したのは、チャンネル登録者数が数万人ほどいるYouTuberの青年・カボエネだった。

 YouTuberとしての名前はカボエネで、配信に使う為にカボエネと呼ぶように求められた一樹は、そちらの名前で呼んでいる。依頼料を貰えれば、一樹としては名前など何でも良いのだが。

 生憎と中学生の一樹は、事務所を立ち上げられていない。

 そのため一樹の父親が、契約者に記される請負人となる。一樹は父親の事務所に属する担当陰陽師として、派遣されて来た。


 生配信用の器材や電源用バッテリーを積んだカボエネの車は、一樹を乗せて京都から比叡山へと向かっている。

 依頼人が生配信するため、蒼依はお留守番だ。せっかくのネズミ退治だが、蒼依の式神である猫太郎も、今頃は家でゴロゴロしている。


「直接的には還元されなくても、社会貢献は評価してもらえるからね。やらない善より、やる偽善って言うし」


 カボエネは運転しながら、助手席に座る一樹に説明した。

 行政が実施する鉄鼠の怨霊間引きは、熊を人里から離す対症療法と同様だ。

 行政の予算・依頼先・実施時期は決まっており、延暦寺だけに掛かりきりにもなれない。根絶は断念せざるを得ず、被害がゼロにはならない。

 そんな鉄鼠の一部でも祓って数や力を弱めれば、地元には助かる人達がいる。助かる人は感謝するし、直接助からなくても活動を評価してくれる人もいる。

 クラウドファンディングの立ち上げから一樹の送迎までを行ったカボエネは、様々な労力に採算が合うのかは微妙だが、動画配信者としては株を上げられる。


「社会貢献だからか、50万円の大口支援も、6つありましたね」

「そうそう。大口スポンサー様のお名前は、動画に載せるって書いたら、作った枠が全部埋まって驚いたよ。将来有望な陰陽師との人脈も出来たし、イベントを企画するのも悪くないなぁ」


 全国に1万人しか居ない陰陽師は、貴重な人脈で間違いない。

 しかも一樹のような中級以上は、陰陽師全体の2割程度だ。

 医療を医師に相談したり、法律関係を弁護士に相談したりするように、悪霊を知り合いの陰陽師に相談できれば心強いだろう。

 緊急事態では、直ぐに対応できる地元の陰陽師に相談するので、知り合いだからと言って、必ずしも遠方の陰陽師が役に立つとは限らない。だが依頼人が満足しているので、人脈に関して一樹は掘り下げなかった。


「三井寺や延暦寺は、こんなにも京都に近いんですね」


 三井寺や延暦寺がある滋賀県が、京都府の東に位置するのは一樹も習った。

 だが距離までは知らず、京都から両寺まで車で1時間未満と聞いて驚いた。

 京都から三井寺までは、徒歩ですら数時間で行ける。


「如意越えっていう古道があってね。銀閣寺から大文字山、如意が岳、長等山を越えて大津に入るなら、11.5キロメートルほどの距離かな。女性の足でも、4時間で行けるね」


 交通の不便な大昔、白河天皇が三井寺に祈祷を依頼できた所以である。


「平家物語にも登場する道だよ。昔の道は、もっと険しかっただろうけどね」


 カボエネは平家物語を口にしたが、実は三井寺の頼豪と白河天皇の話自体も、平家物語に記されている。生憎と一樹は、由緒正しき道は使わずに、車で進める道路で移動したのだが。

 かくして戦闘前の疲労を避けて延暦寺に到着した一樹は、八咫烏の足に再生機を取り付けた。

 そしてカボエネが配信準備を整えて、生配信が始まった。


「どうも皆さん、カボエネです。今日は事前告知通り、C級陰陽師の賀茂一樹君に、クラウドファンディングで延暦寺の鉄鼠を倒してもらいます。詳細は前回の投稿をご覧ください。さてと一樹君、その再生機は何かな」


 向けられたカメラに再生機を見せた一樹は、再生ボタンを押した。

 すると一樹の声で、2つの音声がループ再生される。


『山門、めでたげなり』(延暦寺って、りっぱだよね!)

『寺門、侮らはし』(三井寺って、軽い扱いで良くね?)


 再生機からは、頼豪が聞けば憤死するようなメッセージが流れ始めた。

 視聴者の誰かがコメントで解説してくれる事を期待した一樹は、どのような意味があるかの詳細な説明は省いた。

 その代わりに、作戦名を口にする。


「今回は『鉄鼠ブチギレ、誘き寄せ作戦』を実行します」


 再生されている言葉の意味を察した視聴者達は、一斉に反応した。

 9割ほどは悪魔のような所業に恐れ戦き、1割ほどは作戦を不安視している。

 鉄鼠は、尋常では無い恨みを持つ。普通に調伏するのとは比較にならないほど、鉄鼠の恨みを引き寄せるのでは無いかと不安を抱いたのだ。

 だが鉄鼠を引き寄せる事こそが、まさに一樹の狙いであった。


「それでは再生状態で、八咫烏達を比叡山の各所に飛ばします。依頼人のカボエネさんは、式神と護符で守っていますので、ご安心下さい。よし、遊んで来い」

「「「「「カァアアアッ!」」」」」


 解き放たれた5羽の八咫烏達は、比叡山の各所を自由に飛び回った。

 そして脚に取り付けられた再生機から、鉄鼠が燃やす憎しみの炎に向かって、盛大に油を撒き散らしていった。


『山門、目も及ばず』(延暦寺って、イケてるよね)

『寺門、悪しげなり』(三井寺とか、無様だわぁ)


 その効果は、絶大だった。

 比叡山を飛び回る八咫烏達の後ろに、八咫烏を追うネズミの怨霊が次々と生じ始めた。怨霊の集団は群れて合体し、小型犬、中型犬、大型犬の大きさへと瞬く間に巨大化していった。

 鉄鼠の怨霊は激怒しながら、悠々と跳び回る八咫烏達を追いかけていく。

 それをドローンで空撮するカボエネと視聴者に向かって、一樹は解説した。


「鉄鼠に変じた頼豪は、8万4000匹のネズミの怨霊を率いて、比叡山に攻め込みました。1匹ずつ倒すのは時間が掛かるので、まずは集めます」


 まるで料理番組で行われる調理の手順であるかの気軽さだ。

 他方、比叡山の各地で怨霊を集めた八咫烏達は、1ゕ所に集合した。

 すると怨霊も合体して、アフリカ象とまではいかないが、サイくらいの巨体と化した。

 ネズミの重さは20グラム程度で、それが8万4000匹集まっても、メスのアフリカ象の半分程度の重量だ。サイくらいの大きさは、概ね妥当なサイズと考えられる。

 巨体となった怨霊が、比叡山を跳び回る八咫烏達を地上から追いかける。


「確かに、まとまっているねぇ。あれは大丈夫なのかい」


 ドローンで観察するカボエネは焦らず、視聴者の疑問を代弁した。

 もちろん一樹には、倒す自信がある。

 頼豪程度の恨みを抑えられずして、大焦熱地獄の穢れを抑えられるはずが無い。それだけの気は持っているのだ。


「もちろん、余裕で大丈夫です。出てこい、牛太郎」


 一樹が呼びかけると、ゆるく名付けられた牛鬼が姿を現した。

 周囲の木々すらも上回る全長8メートルの牛鬼は、巨大な棍棒を天上に振り上げると、八咫烏を追い回す鉄鼠を睨め付けて、雄叫びを上げる。


「ブォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「行け、牛太郎。鉄鼠を叩き殺せ!」


 牛鬼の雄叫びに呼応した一樹が命じると、牛鬼は勢い良く比叡山を駆け上がる。そして鉄鼠に向かって、振りかぶった棍棒を全力で叩き付けた。

 それは人間サイズの鬼が、中型犬をバットで殴り付けたのをスケールアップした光景だった。

 鉄鼠の腹部に、棍棒が深くめり込んだ。

 明らかに肋骨を折られる深さで棍棒が沈み込み、鉄鼠の巨体を浮き上がらせて、盛大に弾き飛ばした。

 背の高い木々が、バキバキバキと薙ぎ倒されていく。鉄鼠は土煙を上げながら、比叡山の斜面を盛大に転がっていった。

 それを追って、牛鬼が走り出す。

 転がった鉄鼠に追い付いた牛鬼は、巨大な足で鉄鼠の身体を踏み付け、両手で棍棒を振りかぶって、全力で叩き付けた。

 叩き落とされた棍棒が、鉄鼠の頭部を激しく殴打した。棍棒が頭骨の一部を陥没させて、怨霊の霊体を擂り潰す。


「ギイイイイイイッ!」


 巨大ネズミの絶叫が、比叡山に響き渡った。

 鉄鼠は咄嗟に逃げようと藻掻いたが、上空の八咫烏達が掴む再生機が、再び挑発した。


『山門、有識なり』(延暦寺って、優れているよね)

『寺門、めかかう』(三井寺、あっかんべー)


 三井寺を揶揄された鉄鼠は、激怒しながら牛鬼の左足に噛み付いた。

 すると牛鬼は痛がるそぶりを見せた後、先ほど棍棒で殴った鉄鼠の腹を、右足で蹴り飛ばした。

 さらに牛鬼は雄たけびを上げながら、棍棒で鉄鼠の背中を二度、三度と殴り付けていく。

 牛鬼の左足に噛み付いた鉄鼠も意地になって、決して離さずに食らい付いた。


「BGMは、怪獣映画に出る自衛隊のテーマでお願いします」

「いやいや、どっちも怪獣だからね!?」


 怨霊の鉄鼠は、肉体の一部を削り取られる程度では、行動を鈍らせない。

 上空をゆったりと飛び回る八咫烏達が、再生機で挑発を続けるので、怒れる鉄鼠は逃亡しない。周囲から怨念を集めて回復しながら、憎き敵を噛み続けた。

 対する牛鬼も、噛み付いて動きが止まった鉄鼠を殴り続けた。

 攻撃を続ける牛鬼は、鉄鼠が集める怨念を削り続けていく。牛鬼も傷付くが、その傷は一樹から流れ込む気で回復していった。


 そんな怪獣大決戦を配信するカボエネのチャンネルは、過去最高の同時視聴者数と、盛り上がりを見せていた。

 依頼と配信の成功を確信した一樹は、カボエネに尋ねた。


「このまま戦闘を継続すれば、鉄鼠が掻き集められるだけの恨みを集めてくれます。その後、八咫烏達を参戦させて鉄鼠の全身を浄化し尽くしますので、もう少しだけ、地味な戦いを続けても良いですか」

「もちろん許可するよ。比叡山を解放しちゃおう!」


 許可を得た一樹は、牛鬼に命じて鉄鼠を殴らせ、怨念を削り続けさせた。

 そして弱ったところで八咫烏達を参戦させて、鉄鼠の全身に五行を浴びせ掛ける。

 棍棒の連打と五行の浄化を浴び続けた鉄鼠は、挑発され続けて逃げるに逃げられず、やがて絶叫しながら消滅していった。


 怪獣大決戦の動画は、僅か数日で、数百万回も再生された。

 比叡山は完全解放された可能性があり、現在調査が行われている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み返してふと思った。 延暦寺って、鉄鼠に襲われた此処では延暦廃寺になっているのではなかろうか?
[一言] 三井寺に鉄鼠調伏させれば良かったのに
[気になる点] これ実際の依頼料はいくらになったんでしょう? 50万の大口が6件で埋まったとして小口分はあったんでしょうか クラファンの仕様は良くわからんですが大口埋まった時点で募集終了ですかね?
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