202話 天地一切清浄祓
hakusai先生が、水行護法神と金行護法神のイラストを公開しておられます
https://x.com/hakusai_hiro/status/1791306819505447398
よろしければ挿絵的に是非!
水行の黒色と、金行の白色。
白黒の強烈な光が渦巻き、灰色の竜巻が現世に顕現した。
莫大な光と呪力を撒き散らした竜巻は、やがて収束して二つの人影を作り出す。
二尾の白狐、源九郎狐。
源頼朝の手勢から静御前を護り、源義経から源九郎の名を譲られた妖狐。
大坂夏の陣で、城下町を焼き払おうとした豊臣方の軍勢を防いだことで、毒殺された。
二尾の金狐、小女郎狐。
源九郎狐の妻で、源九郎狐が暗殺されてから60年ほど後、伊賀忍者の里があった伊賀市の広禅寺に住んでいた。
――豊臣と徳川が争っていた当時、伊賀忍者は、豊臣方に付いていた。
小女郎狐の目的は、夫を殺した仇達への復讐だったのかもしれない。
伊賀忍者を化かして里に入り込み、堂々と居座り続けたことで、その実力は窺い知れる。
忍者を含めた人間如きでは足元にも及ばない、遙か高みの力を持った術者だ。
「お二方に、助力を願います」
木行護法神と同化した香苗の声が、朗々と響き渡った。
それは人が神に願い奉るのではなく、使役者が式神に命じるのでもない。
長い付き合いの友人に頼むような、気安い印象を与える声掛けだった。
「アレをどうにかすれば良いのだな」
周囲を見渡した源九郎狐が、式神達で抑えている山魈を見据えて問う。
「お願いします。ここは、あたしと夫が添い遂げた村です」
香苗は一樹に視線を向けながら、譲れない心情を訴えた。
「わたしの義により、助太刀いたします」
香苗の人生の歩みは、五狐の魂の欠片も共有している。
小女郎狐が夫に視線を送ると、源九郎狐も刀の柄に手を添えて、僅かに腰を落とした。
それを確認した小女郎狐は、弓を顕現させて、矢を番える。
そして深呼吸した小女郎狐の瞳は、射殺すような眼差しに変じた。
「祓えの真髄をお見せしましょう」
引き絞られた弦が、放たれた。
すると神気で輝く光の矢が、山魈の上空へと駆け抜ける。
今の小女郎狐は、一樹から呪力を引き出していた。それは一樹と式神契約を交わした香苗が、一樹の式神・大根を使って顕現させているからだ。
一樹からA級下位並の神気を引き出した小女郎狐は、それを山魈の領域に送り込んだ。
『天地一切清浄祓』
山魈の上空に達した神気が、小女郎狐が祝詞で炸裂した。
途端に全方位に向かって、光と音を伴う、強烈な神風が広がっていく。
強い光が一樹達の視界を覆い、大きな音が聴覚を麻痺させた。
『天清浄、地清浄、内外清浄。六根清浄と祓給ふ。天清浄とは、天の七曜九曜、二十八宿を清め……』
神風の後に、小女郎狐の祝詞が聞こえた。
九曜とは、木、火、土、金、水、日、月の七曜に、日食、月食を入れる宿曜道という天文学だ。
二十八宿のほうは星座で、四方向を七宿ごとにまとめている。
すなわち七曜九曜、二十八宿を清めれば、天の全てが清められる。
小女郎狐が祓ったのは、天上だけではなかった。
『地清浄とは、地の神、三十六神を清め。内外清浄とは、家内、三宝大荒神を清め……』
地の神三十六神とは、仏教の地を守る三十六天だ。
三宝荒神は、仏法僧の三宝を守護して、不浄を厭離する佛神だ。文殊菩薩と同体とされており、貪多利魔王を倒した伝承も伝えられる。
清浄の光は、山魈の領域にされた天と地と家の内外を清めて、なおも続く。
『六根清浄とは、其身、其體の穢を祓ひ給へ……』
六根は、眼、耳、鼻、舌、身、意を指す仏教用語だ。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、意識を清らかにする意味がある。
天を清め、地を清め、家の内外を清めた祝詞は、最後に人の身を清めた。
小女郎狐の強烈な祓えが、山魈の領域を打ち払っていく。
山魈の妖気に塗り潰されていた鹿野の廃村が、小女郎狐の護気へと置き換わっていった。
「何かが見えます」
蒼依が指差した路傍に、男と妖狐が歩く幻影が、浮かび上がってきた。
農具を持った男の後ろを、妖狐が楽しげに付いていく。
妖狐が何かを話し掛けると、男は農具を掲げて笑い、首を横に振った。
膨れっ面を浮かべてそっぽを向いた妖狐は、山菜として食べ頃なコシアブラの若芽を見つけて、嬉しそうな顔を浮かべた。男の袖を引き、山菜を指差す。
すると今度は男も、嬉しそうに頷いた。妖狐が手を伸ばすと、若芽がふわりと浮かび、手元に引き寄せられていった。
男と妖狐の幻影は、鹿野の各地に浮かび上がっていた。
それらは浮かび上がる度に、山魈が支配していた領域を塗り替えていった。
「A級中位以上が支配する領域を、A級下位の力で奪い尽くせるのか」
今や、一樹が感じ取れる空間の全てが、一樹と香苗の領域に置き換わっていた。
コシアブラの若芽を摘んだ横道は、一樹と香苗の領域だ。
一樹と香苗は、地脈の流れの一切を、意のままに操れる。
そのように周囲のすべてが、完全に一樹と香苗の支配下に置かれていた。
鹿野の地脈が、まるで暖かな春の陽光のように、一樹達へと流れ込む。
逆に山魈に対しては、凍て付く冬の刃を突き刺していく。
そんな全てが反転した一樹と香苗の領域を、源九郎狐が駆けていた。
まるで天狐が、世界を駆け巡るが如く突き進んだ源九郎狐は、腰元から刀を抜き放った。
『清め給ふ事の由を、八百万の神等、諸共に』
源九郎狐が唱えたのは、小女郎狐の祝詞の続きだった。
山魈の足を貫いた刀から、強烈な祓となったA級下位の神気が注ぎ込まれる。
源九郎狐が注いだ清浄の神気が、山魈の妖気と反発し合った。
すると山魈の一本しか無い足が、骨に達するほど深くまで吹き飛ばされていった。
「ヴァアアアアアアッ!」
赤ら顔の猿面から、生命の危機に陥った者だけが発する絶叫が轟いた。
足が傷付いた山魈は、両手を振り回しながら、横倒しに倒れていく。
「術を封じた。今ぞ」
源九郎狐は、山魈の足を吹き飛ばしただけではなく、同時に術まで封じていた。
鳴神兼定を構えた信君が、駆け出した。
それを迎撃しようと山魈の右手が伸びたが、犬神が体当たりで手を弾く。
さらに横合いから、牛太郎が乱入した。
「ウモオオオオオオッ」
牛太郎が全身で、山魈の左腕を抑え込んだ。
牛太郎の身体に次々と枝が突き刺さるが、牛太郎は抑え込んだ左腕を離さない。
その間に迫った信君が、猿面の下にある首筋に、鳴神兼定を突き入れた。
『鳴神』
首に突き立てられた刀から、雷光が迸った。
A級の呪力から変換された稲妻が、山魈の身体を駆け巡っていく。
「ギャアアアアアッ」
山魈は悲鳴を上げながら、身体を振って信君を弾き飛ばした。
さらに足を振り回して、噛み付いていた犬神を弾き飛ばす。
左手は地面に叩き付けて、牛太郎を叩き伏せた。
――山魈は、A級中位じゃなくて上位か。
羅刹や夜叉と同等と見積もっていた一樹は、山魈の力を上方修正した。
それが地脈の力まで得ていたのならば、協会が祓えなかったのも無理はない。
もっとも今回の山魈は、相手が悪すぎた。
山魈にとっては3ヵ月も領域化した土地だが、一樹は60余年で二百数十倍、香苗は250年で千倍の年数を押さえていた。
一樹と香苗が居る時点で、鹿野の主は入れ替わる。
A級上位がS級下位であろうとも、この地に限れば、一樹には負ける気がしなかった。それほどまでに、地脈を完全に押さえたという圧倒的なアドバンテージが感じ取れていた。
『小男鹿の 八の御耳を振立て、聞し食と申す』
山魈の身体を駆け上がりながら、源九郎狐が刀を振った。
すると源九郎狐に迫ってきた枝が、まるで野菜でも斬られていくかのように、いとも容易く斬り捨てられていく。
斬り飛ばされた枝が、次々と宙を舞っていった。
――大根が、歓喜している。
元々は牛若丸と弁慶が描かれていた大根が、それを超える武芸者の顕現に歓喜していた。
表面を明け渡した甲斐があったと、一樹を使役者と認めて真に従う意志が、繋がる呪力を介して伝わってくる。
一方で斬られた山魈のほうは、悲鳴を上げながら、足を大地に突き立てた。
「大地の力を直接吸う気か」
「無駄です」
二尾の妖狐は、この場に三狐が居る。
三狐目の香苗が、一樹の陽気を使って仙術を放った。
すると巨大な山魈の足が、大地から浮かび上がる。
尋常ではない力を目の当たりにした一樹は、香苗が同化した木行護法神も、霊狐塚で勝ち抜いた五狐のうち一狐だったと再認識した。
「ここは、あたしと夫の村です。それに農作業にも、慣れています」
最初の田植えでは、浮かせた苗を逆さに突っ込んだ。
そんな初作業から250年を村で過ごした香苗の仙術によって、山魈の顎が上に向けられた。そして傍には、山魈の身体を駆け上った源九郎狐が居た。
白狐が瞬時に飛び込み、山魈の首を斬り裂いていった。




























