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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第7巻 継承の愛狐

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200話 帰郷

Web版7巻の最終話(203話)まで、毎日投稿します。


 2月最後の土曜日。

 一樹、蒼依、小太郎、香苗の4人は、鹿野の地を目指すべく山口県入りした。

 山口県周南市の徳山駅で降りた後、山口県支部が出してくれた車で、国道315号を北上する。車はワンボックスのワゴンで、後ろには自転車4台も積んでいる。


「最初の目的地は、人間の領域の最北にある長穂村だ。そこから自転車で錦川沿いに北上していき、鹿野中にある廃村を目指す」


 自転車で目的地を目指すのは、運転手の身を案じたからだ。

 山口県支部が運転手として派遣したのは、D級陰陽師だ。

 小鬼であれば数十体に囲まれても勝てるが、A級妖怪との戦いの場には連れて行けない。

 A級妖怪との戦いでは、統括陰陽師ですら足手纏いになる。戦闘中に守る余裕などは無いので、安全な場所で待機してもらうわけだ。

 一樹が行程を確認すると、香苗が内容の一部を訂正した。


「長穂は、須々万や中須と合わせて都濃町になった後、下松市に編入されて、さらに徳山市に編入されて、もう消えましたよ」

「それは村の奴らも、困惑しただろうな」


 二人の会話は、鹿野と周辺の村々を熟知しているような口振りだった。

 だが一樹は、賀茂家の古い知識を持っている。

 香苗も霊狐達から、古い知識を得ている。

 そちらで知ったのだろうと聞き流した一行は、須々万を経由して、長穂に向かった。


「今回は、八咫烏達を連れて来なかったのか」


 一樹は仕事の際、式神の八咫烏達を連れていることが、少なからずある。

 その際たるは獅子鬼との戦いで、ほかにも無常鬼との戦いに動員し、首都圏も守らせた。

 だが今回は、連れてきていない。

 小太郎に問われた一樹は、理由を説明した。


「あいつらは飛び回って、小鬼を投げ落とすだろう。敵を誘き寄せる作戦には、向いていない」

「確かに、誘き寄せるどころじゃなくなるな」

「1羽だけ連れてきて、蒼依が抱え込んでいたら、流石に大人しくするだろうけどなぁ」


 八咫烏達は、それぞれ幼稚園児並の知性、忍耐力、個性を持っている。

 各自の個性は、何かを追いかける子、悪戯好きな子、やんちゃな子、大人しく積み木で遊ぶ子、保育士の傍にいる子などだ。

 さらに数羽が集まると、一緒になって獲物で遊ぶこともある。

 小鬼を捕まえに行った際、春日山で怪獣大決戦になったことは、記憶に新しい。

 1度しか使えない誘き寄せ作戦で、そういった幼稚園児達を参加させるのは、いかがなものか。

 自分以外が連れてきたのだとすれば、一樹は不安を覚えるだろう。あるいは、こいつは正気かと思うかもしれない。

 連れて来られるわけが無かった。


「熟慮の結果、家に置いてきた」

「ご飯の世話は、沙羅にお願いしています」


 八咫烏達の餌に関しては、蒼依が沙羅に頼んでいた。

 放し飼いなので、自前でも食べ物は調達出来るが、育てていた頃に食べさせていた餌などは好む。


「花咲市には、餌をくれる家も沢山あるのだろう」


 小太郎が尋ねると、蒼依は苦笑した。


「よく頂いているみたいです。お土産の袋を掴んで帰って来たこともありました」

「それは、本当にもらってきたものなのか?」

「テレビの特集で、お土産を渡している映像が流れていました」


 絶句した小太郎は、一樹のほうを向いた。

 小太郎の疑念を訳すと、『賀茂家の式神は、それで良いのか』だろうか。


「市民も面白がっているから、良いんじゃないか」


 動物の神使であるという点では、奈良の鹿のようなものかもしれない。


「八咫烏については分かった。だが五鬼童も留守番なのは、珍しいな」

「確かに滅多にないが、五鬼童と春日は、山魈に覚えられてしまったらしい」


 沙羅は、薬師如来の力が宿る羽団扇を持っている。

 怪我や病、呪いなどの治療に効果的で、頚椎損傷の五鬼童義一郎を治療した実績もある。

 可能であれば連れてきたかったが、沙羅を連れてきて山魈が出て来なくなれば、元も子もない。そちらも熟慮の結果、断念せざるを得なかった。


「判別方法は、視覚と呪力のどちらだ」

「分からないけど、双子の紫苑が覚えられてしまったから、どちらの判別方法でも沙羅は無理だ」


 長穂に到着した一樹達は、自転車に乗り換えて、錦川沿いの道路を北上し始めた。

 最初に通り過ぎたのは、向道ダムだ。

 向道ダムは、工業用水と発電を目的として建設された多目的ダムである。

 1940年に完成しており、多目的ダムとしては日本で最初に運用が開始された。

 現在は下流のほうで、1965年に菅野ダム、2024年に平瀬ダムが作られたものの、向道ダムも引き続き利用されている。


「ダムがあるから、僻地の長穂を人間の領域として守っているのか」

「長穂村が人間の領域なのは、ずっと昔からだな」


 自転車から錦川を眺めた小太郎が疑問を口にすると、併走する一樹が断言した。


「むしろ人間の領域だからこそ、妖怪に襲われる心配をせずに、ダムを作れたんじゃないか」

「賀茂、随分と詳しいな」

「ああ。香苗ほどには知らないが」


 一樹は還暦を超える分、香苗は250年分、鹿野の歴史を体験している。

 もっとも二人が体験したのは、主に江戸時代だ。

 山や川の位置は変わっていないが、存在しなかったダムが建設されており、道も敷かれていた。


「こんなに巨大なダムを造るなんて、信じられない」

「ダムくらい、日本中にあるだろう」

「10の村に賦役を課したとして、川を迂回させるのに30年。城の石垣のように造って10年。完成まで40年くらいか。人生を賭けた大仕事だな」

「着工から完成までは、2年だそうだ」

「……有り得ない」


 理解を拒否するように、一樹は首を横に振った。

 江戸時代の村人達が、一樹に訴えてくる。


『それほど簡単に作れるのであれば、自分達の賦役や年貢は、一体何なのか』

『姥捨てをしたり、女衒に娘を売ったりした家も、沢山あったというのに』


 当時の村人達がダムを建造したわけではないが、賦役が重くのし掛かっていた。

 重い賦役に手を取られれば、作物を育てる手が足りず、山や川に食べ物を獲りに行けず、内職も出来ない。

 すると食べ物が無くなって、山に親を捨て、娘を売らなければならなくなる。


 一樹は、『自分が苦労したから、他人も苦労しろ』という考え方には、賛同しない。

 自分が川に落ちた時、他人も川に落ちたか否かは、自分にとって何の意味も無い。馬鹿なことを考えていないで、さっさと川から上がり、身体を乾かしたほうが良い。

 だが廃村を捨てて小作人になっていれば、一樹も呪詛を吐いただろう。

 ダムの有無は、それほど衝撃的な光景だった。


「錦川が、変わってしまった」


 川底の石まで見えた錦川が、ダムで堰き止められて、真っ暗になっていた。


 ――その代わりに、皆の生活が豊かになった。


 当時の村人は生きていないが、その子孫が幸せになったのなら、皆は受け入れるだろう。

 そう考えて自分を納得させた一樹は、錦川沿いに北上を続けた。

 山間を縫って、ダム建設のために造られた道路を進んでいく。ダムよりも上流のほうに行くと、少しずつ川の水が澄んできた。

 左手に、草木に埋もれた集落の後が見える。

 一樹が住んでいたのとは異なる場所で、一樹が長穂に行く道中、休憩のために何度か立ち寄ったこともある。


「ここじゃない」


 言葉短く告げた一樹は、一行を引き連れて、消えた集落の一つを素通りした。

 そこから一つ、二つ、三つ、四つと、かつての集落を通り過ぎる。

 そしてようやく、350年振りに、長く暮らした故郷へと帰ってきた。


 山が同じ高さで村を囲んでおり、流れる錦川の色が同じだ。

 川沿いには、村で拓いて一樹が受け継いだ畑の地形が、僅かに残っている。


「ちょっと歩くぞ」


 道路が敷かれているのは、錦川沿いだけだった。

 自転車を停めた一樹は、小太郎達を連れて、古い小道を西に歩き出した。

 一樹の身体は、無意識に動いていく。

 基礎だけ残っている朽ちた家々を通り抜けて、小高い山のほうに昇ると、そこには大きくて古い家があった。

 母屋は、流石に崩れて落ちている。

 補強された農耕牛用の牛小屋と納屋もあって、そちらは半壊といったところだ。

 明治の初め頃まで、香苗が住んでいたから、形を残していたのだろう。

 一樹は感情を表に出さないように意識しながら、家の裏手のほうへと回った。


 裏手を進んだ先には、絵馬の世界で一樹が眠り、香苗が通い続けた大木がある。はたして一樹達が向かった先には、大木を引き抜いたような、大穴が空いていた。

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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
[一言] 今の今までは、妖狐と人(陰陽士)の熟年夫婦として、お互いちょっとした仕草とかで通じ合っているけど、周囲には関係性が変わったことは全然悟らせてなかったという感じなんですかね。 香苗の方は、絵…
[一言] やっちまったなぁ 二人は黙って殲滅戦。魂までも擦り潰し。 だな。
[一言] あ、木に取り憑いてそこにいるんじゃなくて動くんだ…… いやお引き寄せって言ってたからそりゃそうなんだけど うーん、激おこ案件ですよこれは
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