198話 最後の機会
『祈理陰陽師に仕事を依頼したいのだけれど』
2月下旬、宇賀からオンライン会議で依頼があった。
陰陽師協会という組織は、世間的には古めかしい印象を与える。設立が明治時代で、設立者達が少なくとも数百年以上は生きている人外達だからだ。
だが協会では、メール、電話、オンライン会議などで用件を済ませることも多い。
協会はSNSも多用しており、魔王領への強行偵察では、ホームページに内容を載せ、Twitterで広報し、YouTubeで動画を公開していた。
宇賀は、最新の技術を積極的に使う一人で、当然の如くオンライン会議で連絡してきた。
「宇賀様がC級の祈理に依頼されるのは、意外に思えます」
『そんな事は無いわ。適材適所って、あるでしょう』
「それは確かに、仰るとおりです」
山の妖怪が相手であれば、妖狐の豊川が向いている。
逆に海の妖怪が相手であれば、人魚の宇賀が向いている。
配置を逆にしても二人は対応できそうだが、結果は得意分野に比べて、1ランク落ちる。
「祈理にしか出来ないこととなると、音楽関係でしょうか」
『察しが良くて助かるわ』
「同じ妖狐で、格上の豊川様が居られますので」
宇賀が妖狐の協力を必要とするのであれば、付き合いの長い豊川に声を掛けるはずだ。
絵馬の世界で750年分の経験を積んだ香苗は、立派な二尾になったらしい。
だが豊川のほうは800歳で、三尾だ。
二尾になった後、250年ほど修行を止めていた香苗よりも経験豊かな妖狐は、ほかにも居る。豊川稲荷で対処できるので、必要なのが妖狐だけであれば、香苗のほうまでは話は降りてこない。
妖狐以外の特性であれば、香苗には音楽がある。
普通の音楽であれば、プロの演奏家でも対応できるだろう。
だが歌唱奉納など、呪力を籠めた特別な音楽は、陰陽師などにしか出来ない。
香苗は音楽に関しては、陰陽師の中で最高峰だと、一樹は確信している。
『各地に、魔王の残党が残っているわよね』
「はい。山魈、玃猿、無常鬼2体ですね」
それら4体は、いずれも中国の妖怪で、魔王の配下と目されている。
目的は気の回収で、復活直後の魔王に捧げるためだったと考えられている。
獅子鬼を倒す直前、魔王領の拡大は宇賀と小太郎で阻み、協会長と五鬼童家で山魈に対応して、豊川が玃猿に対応し、一樹と義一郎で無常鬼2体に相対していた。
だが一樹と接敵した無常鬼達は首都圏から移動して、九州の福岡県に姿を現した。
いずれも豊川稲荷がある名古屋、本部がある奈良県を含めた関西、花咲市などを避けて、すぐにA級陰陽師が駆け付けられない遠方を狙われていた。
そこで問題を根本的に解決すべく、魔王を直撃して倒した。
『魔王を倒したのに、まだ活動を続けているわよね』
「よろしければ幽霊巡視船で、故郷の中国まで送り届けましょうか」
『可能なら、ぜひお願いしたいわね』
生憎と当人達には、帰る意思が無さそうである。
なぜなら帰りたければ、その辺の船を乗っ取れば、簡単に帰れるからだ。日本に残っているのは、本人達にとっては住み心地が良いからだろう。
そんな彼らの居住環境を悪くすべく、協会は頑張っている。
現在の受け持ちは、山魈が五鬼童と春日、玃猿が豊川、無常鬼2体が宇賀と協会長だ。
山魈は爆竹が嫌いなので、周辺の市町村に大量の爆竹を用意させて追い払い、飛行できる五鬼童と春日でカバーしきれない範囲を補っている。
玃猿と豊川の争いは、一進一退だ。気を集めている玃猿は、採算が合わない行動は避けるため、呪力の削り合いに持ち込んで進出を抑えている。
無常鬼2体は、A級2人が行くと場所を移動する。対応しなければ一般人が気を取られ放題で、対応に行っても逃げられて、終わりが無い。
A級1位の諏訪は、代替わりの最中だ。
高校生の一樹と小太郎は、蜃の領域内で魔王を倒した件も考慮されて、外されている。
小太郎の父は殉職しており、グループの継承が大変というのもあるだろう。協会は、花咲家には安定して貢献してほしいはずだ。
協会でA級妖怪に対応できる人材は、以上である。
『魔王は倒したことだし、残党への対応は、諦める選択肢もあるわ』
日本政府が知れば、大慌てで制止するかもしれない。
A級妖怪への対応を諦めれば、魔王領ほどではないにせよ、人間の領域が削られる。
無常鬼が福岡県に現れた時に諦めれば、人口100万人以上の福岡市が失われるかもしれない。
だが協会は、魔王の調伏について、どこからも依頼を受けていない。あくまで自発的な活動で、すべての裁量権は協会が持っている。
そして協会は、陰陽師の互助組織であり、陰陽師と妖怪を相打ちにする考えは無い。
互角の強さを持つA級陰陽師とA級妖怪が戦えば、五分五分でどちらかが死ぬ。
「仕方がないと思います。人間と妖怪の領域は、力関係で増減しますから」
『そうそう。身の丈に合わない服を着ても、身に余るのよ』
少なくとも陰陽師協会は、鉄砲玉になる気は無い。
『でも勝ち筋はあるから、諦める前に試してみようと思って』
「勝ち筋があるのですか」
勝ち筋とは、通常の予想と、人魚の予知能力のいずれであるのか。
その部分に強い関心を抱いた一樹だったが、問い質しはしなかった。
虎狼狸の際、予知で保証されていると手を抜いていれば、一樹は信君に殺されたかもしれない。また豊川が、1000体の霊狐を呼んでいなければ、逃げ延びる虎狼狸が居たかもしれない。
予知があるからといって、安心する理由にはならない。
但し、行動の指針にはなる。
『山魈は、歌好きの伝承があるのよ。逃げたり、擬態したりして捕捉が難しいのだけれど、祈理の音楽であれば、誘き寄せられそうな気がするわ』
「なるほど」
『祈理が誘き寄せて、花咲の犬神に食らい付かせて、貴方の式神で調伏する。式神には、蒼依姫命も含めて考えているわ』
「A級同士で、3対1になるわけですね」
一樹と小太郎はA級陰陽師、蒼依はA級の女神だ。
山魈もA級評価だが、3対1であれば3人の側が勝つ。
しかも直接戦う犬神や信君らは、倒されても術者さえ無事なら復活する。
『りんは手が離せないし、五鬼童と協会長は山魈に呪力を覚えられたから、誘き寄せられないの。五鬼童沙羅も駄目よ』
「山魈の抑え込みに、沙羅は参加していないはずですが」
『双子の五鬼童紫苑を覚えられたから、駄目だと思うわ』
どうやら予想ではなく、予知であったらしい。
予知であれば、一樹を動かす場合と、動かさない場合で、どちらが良い結果になるのかを判断したのだろう。
ここに至って一樹が躊躇うのは、香苗が、陰陽師として活動したいわけではないことだ。
同好会に誘ったのは人数集めが目的で、資格を取らせたのは同好会の成果を作っておくためだ。
A級妖怪との決戦に参加してくれなど、一樹は頼みたくないし、これまでに頼んだことも無い。そして香苗だって、話が違えば裏切られた気になるだろう。
だが一樹が頼まず、香苗も断るのであれば、沙羅を参加させると失敗するとまで予知した宇賀が、わざわざ指名するはずも無い。
香苗が動く理由を想像した一樹は、たった一つだけ、一樹が誘い、香苗も引き受けそうな理由に思い至った。
「お尋ね致します。山魈は、今どこに居ますか」
『場所は、本州の南にある山口県ね』
それを聞いた一樹は、全てに得心した。
「もう少し、具体的な場所をお願いします」
『島根県の最南端にも進出したから、東寄りね。でも、何も無い山中よ』
「錦川がある鹿野のほうでしょうか」
『そんな古い地名、よく分かるわね。もう、人が住んでいない地域なのに』
それは分かるに決まっている。
何故ならその地は、一樹と香苗が暮らした村だった。
 
























