196話 花咲市の受験事情
「花咲市の私立高校って、どこも同じ日に入試をしているよな」
「それは他校と併願されないためだ」
一樹が疑問を口にすると、小太郎が端的に理由を話した。
花咲市と周辺市町村では、毎年同じ日に、私立高校の一般入試を行っている。
それでは他校と併願できないが、まさにそのために入試日を合わせているらしい。
花咲市で中学生が受験する場合、私立高校一つ、公立高校一つ、進学先はその二択になる。
「あとは中学生全体の何割を公立に受からせるか、教育委員会が決めておく。中学校の教師には、私立も含めて、生徒の偏差値に応じた高校受験を勧めさせる」
「どうしてそんなことをしているんだ」
「花咲市に7つある高校を潰さず、教職員の雇用を守るためだ。」
一樹は教育委員会が、教師の組織であることを思い知った。
最初から受験日が被っていて、情報も乏しければ、中学校の誘導に従うしかない。
「少子化対策で、受験生を均等に分けているわけか」
「そういうことだ。それに花咲以外の私立高校では、単願の推薦入試もやっている」
「単願って、受かると絶対に入学しないといけないやつだったか」
単願の推薦入試は、受かれば絶対に入学する約束をする受験だ。
目的は生徒の確保で、中学が成績や内申点を踏まえて推薦した時点で、高校も落とす気は無い。
生徒側には受験浪人にならないメリットがあるが、他所を受験したくなったとしても、中学側が「単願で推薦した」と言って、ほかの高校を受験させてくれなくなる。
「受験日や生徒数の調整は、県外には行っていない。だから県外を受験すれば、別の私立高校との併願も可能だ」
「でも県外に通うのは大変だろう」
「だから、そこまでは調整しない。対等な県外の教育委員会への調整も大変だからな」
「そういうことか」
一樹は高校に入学した後になって、ようやく花咲市の受験事情を理解した。
但し今年は、花咲市の教育委員会にとって想定外の出来事が起こった。
県外から、花咲市への高校受験が増えたのだ。具体的には、昨年の花咲高校の受験者が366人に対して、今年は1520人になっている。
増えた大半が、陰陽同好会を目当てとした県外からの受験だと推定される。
田舎にある人口17万人ほどの市で、1154人もの受験生増は、中々の出来事だろう。
――花咲高校の合格者枠は300人で、落ちたら花咲市には来ないだろうけど。
教職員の雇用を守りたい教育委員会は、市内の中学校に働きかけて、中学3年生に花咲高校以外の受験を勧めさせるかもしれない。
親には花咲グループで働く人間も多いので、受験先の変更には同意しないかもしれないが。
一樹は頭を振って、親と学校が繰り広げる三者面談の攻防について、妄想を振り払った。
「入試がある土曜日だけど、呪力を持った連中が、沢山集まるよな」
「そうなるだろうな」
「霊障の抑止で、俺も来ようか」
「どういうことだ」
「呪力が高くて制御できないと、霊障を引き起こすことがある。受験生が霊障を引き起こした場合の抑え役が必要かと思った」
一樹が懸念したのは、受験生が引き起こすかもしれない霊障についてだ。
普通に生活していれば、さほど問題は無い。
だが受験で感情が高ぶれば、リスクが高まる。
自宅で測った血圧は低いのに、病院の診察室だと血圧が上がるようなものだ。
本人が倒れるだけならマシだが、周りの受験生に被害が出ると大変だ。何しろ受験の合否には、陰陽師に成れるか否かの人生が掛かっているかもしれない。
懸念を伝えられた小太郎は、やや考える素振りを見せた。
自分の犬神だけで完全に防げるのかを検討しているのかもしれない。
「そんな事があるんですか」
霊障を引き起こすと耳にした柚葉が、不思議そうに首を傾げた。
「動物であれば、遊びながら力の使い方を覚えるだろう。だけど人間で親が呪力を使えなければ、力の使い方を教えてくれる相手が居ない」
純血の人間は、種族的に呪力を操れるわけではない。
家業が陰陽師であれば、親が教えるし、教えずとも親を見て育った子供は勝手に覚える。
だが親が呪力を使えなければ、子供も制御方法を身に付けられない。
呪力は、先祖返りで継承することもあるし、後天的に身に付くこともある。
後天的に身に付く切っ掛けは『事故や病気で生死の境を彷徨った』、『霊に取り憑かれた』、『御利益を得た』など様々にあって、身に付ける年齢もバラバラだ。
「協会が斡旋した師匠は、制御の方法を教えないのですか」
柚葉に続いて、香苗も不思議そうに首を傾げた。
「もちろん教える」
「それでは、なぜ心配するのですか」
妖狐と人間では、教育レベルが異なる。
適切な例えについて想像を巡らせた一樹は、学校教育を例に挙げた。
「学校では英語を教えるが、教わった生徒達は、全員が外人と英会話を出来るようになるか」
「なりませんね」
「それと同じだ。下級陰陽師の指導レベルは、妖狐に比べると遥かに低い。それに今回の連中は、教えた期間も半年程度だ」
「理解しました」
香苗は納得したが、一樹は不本意な表情を浮かべていた。
一樹としては、呪力の制御は『オモチャを投げてはいけませんと教える程度』だと思っている。
呪力を使う姿を見て、数分指導すれば済む話である。
協会が宛がった指導者達は、半年も費やして、一体何を教えたのだと困惑せざるを得ない。
授業で30人を同時に教えれば、教室の端で聞いていない者も居るだろう。だが徒弟制で個別指導すれば、教えられないはずがないのだ。
――綾華は、3歳で出来ていたけどな。
教師の質が異なるのは、徒弟制の弊害であろう。
学校教育における学習指導要領のようなものが、陰陽師には存在しない。
陰陽大家では、陰陽大家を保てるレベルの技術継承が行われている。
陰陽大家になったことがない家は、陰陽大家に成り得ないレベルの教育をしている。
下級陰陽師ともなれば、もはや感覚でやっているところもあるのかもしれない。
「下級の師匠に教わっても、制御を学べるとは限らない。そもそも下級は、柚葉よりも下だぞ」
「どうして引き合いに出すんですか!」
一人が抗議の声を上げたが、ほかの面々は納得の表情を浮かべた。
柚葉は予め説明したにも拘わらず、龍神を納得させる名目の身請けを本気にするポンコツだ。
そんな柚葉よりもポンコツなのが下級陰陽師だと言われれば、弟子の制御力にも不安を抱かざるを得ない。
「それじゃあ賀茂、悪いが来てくれ。試験会場はR棟だから、待機場所は同好会室で問題ない」
「それは楽で良いな」
「賀茂さん、訂正して下さいよ!」
江戸時代に身請けされた娘の扱いは、どの程度だったのだろうか。
そんな風に思いながら、一樹は小太郎との話に結論を出した。
そして無事に受験が行われ、一樹達の後輩が定まった。
























