195話 講師の善し悪し
月曜日の放課後。
一樹は同好会室で、2日前に使役した鬼太郎をお披露目した。
「これが練習用に使役した小鬼だ。名前は鬼太郎という」
「へぇ、普通の小鬼なんですね」
柚葉が普通だと驚いたのは、使役者が一樹だからだろう。
一樹の式神は、牛鬼や幽霊巡視船だ。
ほかにも女神、八咫烏達、絡新婦、鎌鼬、槐の邪神などが名を連ねており、先だってはA級の力を持つ神木・塗り潰しの絵馬を使役した。
一樹に限っては、普通の小鬼を使役するほうが珍しい。
「大きさは並で、呪力は並以下になる」
鬼太郎の身長は人間の小学生くらいで、小鬼としては平均的な体格だ。
鬼として重要な肌の色は赤褐色で、色濃く出ている属性は火行と水行。これは悪い組み合わせで、呪力は一樹が使役してすらG級上位だった。
小鬼はF級で、平均よりも弱いが、一次試験の練習用には適している。
使役した式神にも意思はあるが、陰陽師の恐ろしさを知った鬼太郎は、非常に従順だった。
土曜日の大騒動、日曜日の豊川稲荷、月曜日の陰陽同好会と、立て続けに強者へ会わせている。その結果、逆らう選択肢を本能的に捨てたのかもしれない。
「小鬼を使役するなんて、面倒なことをしたな」
ひとしきり鬼太郎を観察した小太郎は、呆れた声を上げた。
「小鬼の使役は、面倒なんですか?」
陰陽道を学び始めてから、未だ1年も経っていない柚葉が疑問符を浮かべた。
すると小太郎は、試験官の立場に立って答える。
「人間の霊は、言葉を理解できるだろう」
「怨霊は、言うことを聞かないこともありませんか?」
「それでも言葉の意味くらいは、理解できる。だが小鬼の霊では、そもそも言葉を理解できない。小鬼を使うのは、サーカスでチンパンジーに芸を教え込むくらい難しい」
「あっ、そうかもしれませんね」
自分自身の一次試験を思い出したのか、柚葉は納得した様子だった。
チンパンジーは、体格、力、賢さなどが小鬼と同程度で、よく比較に挙げられる。
小鬼は武器を使うのでチンパンジーよりも強いが、武器を取り上げれば良い勝負になるはずだ。そして賢さのほうは、どちらも人間の3歳から4歳児ほどだと言われている。
人間の3歳児には言葉を教えるが、野生のチンパンジーに教育は施していない。数年訓練すれば多少は理解できるだろうが、数年教えるのが大変だ。
「大抵の試験官は、無縁仏から連れてくるそうだぞ」
小太郎は暗に、そうしたらどうだと告げた。
無縁仏は、弔う親族が居ない故人のことだ。
現代日本では、死者全体の3パーセントほどが無縁仏で、縁者に弔われないので怨霊化し易い。「怨霊化しそうだったので使役しました」と言えば、世間からも納得されやすい。
陰陽師は、法的にも、社会通念的にも、霊の使役が認められている。
一樹も幽霊巡視船員を使役していなければ、無縁仏を選択したかもしれない。
「俺は目立つ立場だから、墓から連れてくるのは自重したんだ」
「そうか。奈良でも、派手だったからな」
痛いところを突かれた一樹は、さっと目を逸らした。
小太郎が知るのは、奈良県支部の公式見解と、テレビの報道内容だ。
春日山の怪獣大決戦は、テレビで全国ニュースになった。奈良公園で鹿を撮影していた観光客が撮った映像が、全国でも流されている。
稜線に現れた、民家よりも大きなイノシシの妖怪。
迎え撃つ牛鬼、吹き飛ぶ春日山原始林、逃げ惑う鹿と観光客。
一夜明けた日曜日の番組では、牛太郎と相打ちになった『あから』の強さをA級下位と見積もり、妖怪の領域の恐ろしさについて討論していた。
ちなみに、全てのテレビ局の大手スポンサーには、三戸グループの系列各社が名を連ねている。そのため陰陽師に批判的な報道はされていない。
「人の霊を避けて、鬼太郎を使役した。人の霊に比べて手間は増えるけどな」
そう言った一樹は、呪力で右手を上げるように念じた。
すると鬼太郎は、命じられた通りに右手を挙げる。
「グギャッ」
「ほう」
「ちゃんと手を挙げましたね」
一樹は矢継ぎ早に、手の上げ下げを念じた。
すると鬼太郎は、指示されたとおりに両手の上げ下げを繰り返していった。
「ギャッ、ギャッ、ギャッ」
人間は、脳から発する電気信号で手を動かしている。
それと同レベルで、鬼太郎は一樹の呪力に条件反射しながら、自在に手を動かしていった。
「賀茂の場合は、杞憂だったな」
「自分で判断させるよりも、早いかもしれませんね」
最後に柚葉と握手をして、鬼太郎の使役確認は終わった。
「八咫烏達で、言葉を使わない指示には慣れている。それと霊符の講師には、豊川稲荷に妖狐の派遣を依頼した。講師費用は、俺が持つから問題ない」
「賀茂が持つのか」
花咲学園の理事長である小太郎は、悩む素振りを見せた。
一樹は魔王戦で300億円を稼いだA級陰陽師だが、花咲高校では生徒だ。
生徒に対して、後輩を教える講師の人件費を払わせるのは、おかしい。
だが妖狐は、雇いたいと思っても雇えない。
一樹が招聘できるのは、良房の伝手と対価があるからだ。
小太郎が招聘を試みても、同じA級の豊川りんに頼んで、格落ちする妖狐の子孫を紹介される形になるだろう。
「賀茂の父を講師に呼ぶのはどうだ」
「……何故だ」
小太郎の提案を耳にした一樹は、思考停止に陥った。
「賀茂家の陰陽道は、レベルが高いだろう。妖狐が教える内容と比べても、遜色ないはずだ。C級陰陽師ということだが、花咲グループの宣伝広告費と考えれば講師料を出せる」
細かく説明された一樹は、衝撃を受けた頭を再起動させて考えた。
小太郎が言ったように、一樹の父である和則は、陰陽師としての技術は高い。
呪力がD級であるにも関わらず、同じD級妖怪を相手に、五体満足で百戦百勝していた。一樹が手伝ったことは枚挙に暇がないが、一樹が手伝い始める前までは自分でやっていた。
同格の相手と戦えば、普通は半々で死ぬし、生き延びても大きな傷を負う。
一度くらいは運良く圧勝できるかもしれないが、何度も繰り返せば運も尽きる。
それで勝ち続けられるのは、運ではなく、相手よりも呪力を活かせる技量があるからだ。
肉食獣が全身を活かして戦うように、妖怪も妖力を活かして襲ってくる。それを技術で覆すのだから、卓越した技術があることに疑いの余地は無い。
だが一樹が考える問題は、技術ではない部分にある。
「うちの父親は、道具を惜しまずに戦うタイプだ」
「つまり、どういうことだ」
「美味い弁当屋があるが、食材に金を掛けすぎている。店の収支は、赤字だ。それを真似しても、後輩が出す店は次々と潰れてしまう」
後輩達が続々と廃業しても良いのかと、一樹は目力で訴えた。
























