20話 初依頼
「式神に猫又が増えました」
旅行から帰った一樹は、自身のYouTubeチャンネルで、鬼猫島から連れてきた猫又の紹介を行った。
紹介を正確に行うのであれば『蒼依の式神』となるのだが、蒼依は一樹のチャンネルには登場していない。
蒼依を登場させると、次の問題が生じる。
・蒼依が山姫と露見して、生活に支障を来す恐れがある事。
・山の神を使役できる一樹の陽気に、警戒されてしまう事。
・一樹の宣伝チャンネルでありながら、メインが変わる事。
とりわけ3番目に関して、一樹は確実に起きると確信している。
(男より可愛い女の子の方が、確実に伸びる)
蒼依は未だ人を殺して喰っていない山姥、零落前の女神イザナミの分体だ。古風な女神の外見は、着物が似合う純和風の大和撫子である。
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』
そんな蒼依が一樹のチャンネルに登場すれば、視聴者は食い付くだろう。
そして一樹が、蒼依に式神契約をしていると知られれば、大騒ぎは免れない。
そのような騒がれ方は不本意であるため、蒼依は撮影者として裏方に徹しており、YouTubeに登場していない。
一樹が依頼人と会う際は、マネージャーの肩書きを与える予定だ。
(猫又の霊が出る分には、問題ない。そもそもコイツ、オスだし)
猫又はメスの姿で描かれる事も多いが、「和漢三才図会」(1712年)には、オスの記述がある。
『おおよそ10年以上生きた雄猫には、化けて人に害をなすものがある。言い伝えによれば、黄赤の毛色の猫は妖をなすことが多い』
現代で10年を生きる猫は珍しくもないが、それ以上を生きたオスの茶トラであれば、猫又になった前例があるわけだ。
「ちなみに名前は、猫太郎です」
猫太郎の名付け親は、使役者の蒼依だ。
名前のセンスが古風なのは、山姥に影響を受けたからか、それとも本人のセンスであるのか、判然としない。
だが猫太郎は、蒼依の式神だ。
使役者が式神に行う名付けは大切で、一樹は命名に一切干渉しなかった。
名は体を表す。
蒼依が猫又に求めた役割は、敵を倒す式神ではなく、猫だった。猫太郎は、使役者から猫である事を求められた。
故に、山姫の蒼依を介した一樹の莫大な神気を得て、中魔くらいにまで強化された後も、家猫のように長閑に寛いでいる。
一樹が、経緯を省いて猫太郎の名前を紹介したところ、視聴者達からは否定的な意見が殺到した。
『ひ・ど・す・ぎ・るw』
『どうして誰も止めなかった』
『猫太郎は、主人に噛み付いて良い』
猫太郎の名前は、確かに古風だろう。
だが悪いとは思わない一樹は、蒼依のために視聴者に対して反論した。
「否定された方、全国の猫太郎さんに謝って下さい」
一樹は表情を引き締めながら、カメラに向かって言い放った。
すると視聴者達は、コメントで一斉に反論した。
『そんな奴は、全国には居ないw』
『おい。まさか牛鬼の名前、牛太郎じゃないよな?』
牛鬼の名前を指摘された一樹は、命名の失念に気付いた。
八咫烏達は卵から孵しており、命名するのが自然だった。
猫又は野良猫を拾っており、こちらも命名は自然だった。
だが牛鬼は、椿に宿った神霊であり、逸話を考えれば生前の名前があるはずで、命名は考えていなかった。
「牛鬼には、名前を付けていませんでした」
陰陽師が使役するのであれば、使役対象の名前は有った方が良い。
一樹は莫大な気で牛鬼を使役しているが、さらに名前でも縛れば、制御の精度が確実に上がる。
また使役時に消費する気が減り、牛鬼自体も強化される。
「先程のコメントは、普通に『うしたろう』と読むのでしょうか。それとも『ぎゅうたろう』でしょうか」
真面目な表情の一樹が尋ねると、コメント欄が慌てふためいた。
『強大な怪物を、ゆるキャラ化するなっ』
『うしたろう君に狩られる鬼達が、不憫すぎる』
牛鬼の名前が『うしたろう』では、威厳に乏しいかも知れない。
人間には、近い名前で『きんたろう』も居る。
前掛けを付けて、マサカリを担いで、熊の背に乗った絵姿が日本に浸透しているが、それと同種と考えれば威厳に乏しいのは明らかだ。
だが一樹は、ギリシャ神話に登場する怪力の『ヘラクレス』などは、日本の牛鬼の名前には相応しくないと思った。
そして日本神話から探しても、天岩戸に隠れた天照大神を引き摺り出した天手力男神などは名前に逸話が付随しており、やはり牛鬼には相応しくない。
(牛太郎で良いんじゃないか)
牛太郎の名前であれば、牛に関連している事が一目瞭然だ。
万が一にも2体目以降が増えれば、牛次郎、牛三郎、牛四郞と付けていけるので、太郎も悪くない。
名前を決定した一樹は、視聴者に宣言した。
「牛鬼は、うしたろうと名付けます。ありがとうございました」
『おい馬鹿、やめろっ』
『これはヒドイ』
響めく視聴者に構わず、一樹は牛鬼の名前を牛太郎にした。
「それと猫又の件とは別に、もう一つ報告があります」
『牛鬼の件がサラリと流された件について』
未だに視聴者が反対し続けているが、一樹は話を切って捨てて、強引に先へと進めた。
配信画面に『300万円達成』というロゴを載せて、鬼猫島に赴く前に持ち掛けられていた調伏依頼が、目標額に達した旨を説明した。
「以前、配信中に視聴者の方からご提案頂いた、クラウドファンディングです。ご提案者様と一緒にTwitterなどで告知させて頂きましたところ、1日くらいで目標に到達しました。調伏対象は『鉄鼠』で、ネズミの妖怪です」
一樹がネズミと口にしたところ、猫太郎が背後から忍び寄ってきた。
そして一樹の頭の上に乗り、二又の尻尾を振って、鳴き声を上げる。
「なぁーん」
「……ぐぇっ、重い」
大量の気を与えられて実体化した猫太郎は、殆ど猫と遜色ない。
そしてネズミ狩りには、意欲的であるらしかった。
だが依頼人が生配信するために、あまり目立たせたくない蒼依は、連れて行けない。従って蒼依の式神である猫太郎も、自宅待機である。
「お前は留守番だ。そもそも鉄鼠は、ヤバいんだよ」
鉄鼠とは、平安時代に僧侶が変じた妖怪だ。
当時、后に子が生まれず世継ぎを欲した白河天皇は、三井寺の僧侶・頼豪阿闍梨を呼び、后が懐妊するように祈祷を命じた。そして成功した暁には、褒美は望むものを与えると約した。
頼豪は100日間の祈祷を行い、やがて承保元年に敦文親王が誕生する。そして褒美に、三井寺に戒壇を建立したいと望んだ。
その時、当時勢いのあった延暦寺が、横槍を入れた。
そのため山門(延暦寺)と寺門(三井寺)との争いになることを憂いた白河天皇は、頼豪の望みを退けた。
約束を破られた頼豪は、白河天皇と延暦寺を恨んだ。そして「皇子を魔道の道連れにする」と口走りながら、断食の行の果てに死んだ。
程なく、皇子が死んだ。
それでも恨みの晴れなかった頼豪は、鉄の牙を持つ大鼠に変じた。
そして8万4000匹ものネズミを従えながら、比叡山を駆け上がり、延暦寺に襲い掛かったのである。
以降、比叡山は鉄鼠の怨念に占拠されている。
比叡山からは、頼豪の怨念が溢れ出しており、周辺の京都府や滋賀県にも被害を出し続けている。
鉄鼠の強さはB級とされる。
だが8万4000匹を根絶しない限り、残った怨霊が周囲の穢れを取り込んで、鼠算式のように増えて復活してしまう。
白河天皇が仕事の正当な対価として、約束通り三井寺に戒壇を作れば済んだ。そして延暦寺も、横やりを入れるべきでは無かった。
おかげで行政は、今でも定期的に依頼を出して、間引きを行っている。
そのような経緯があるため、陰陽師が間引きに協力すれば、周辺地域の安全性が高まって地元から歓迎される。
公益性が高く、クラウドファンディングを立ち上げ易くて、理解と支援者も得られ易かった。
「依頼者さんは、調伏を生配信されるそうです。クラウドファンディングの日数は未だ残っていますので、引き続き、ご支援をお願いします。金額が増えれば、調伏の量を増やしますので」
かくして一樹の初仕事は、鉄鼠の間引きとなった。