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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第7巻 継承の愛狐

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187話 鹿野の大木

 幾許かの月日が流れた。

 廃村に暮らす夫婦の話は、川下の村にも知られていた。

 時折、村と取り引きをしたためだ。

 藩の年貢は相変わらず重くて、いつか百姓一揆が起きるのではないかと一樹は懸念していたが、だからこそ売買は続けられた。


 一樹は香苗と連れ立って、萩まで祭りを見に行ったこともあった。

 藩を跨ぐには届出と許可が必要だが、鹿野と萩は同じ萩藩なので往来できる。

 萩の城下町は流石に立派で、沢山の出店が並んでいた。

 果物売、すし屋、焼いか売、蕎麦屋、麦湯売、団子売、ほおずき売、汁粉屋。

 ほおずき売を気に入った香苗は、珍しく「また来たい」と強請った。


 ――ほおずき、綺麗だったからな。


 連れて行ってやりたかったが、萩まで行くのは大変だ。

 余所者で無宿人という弱い立場の一樹は、萩で捕まると廃村には戻って来られなくなるために、二度は行けなかった。

 その代わりに、川下の村で手に入れた飾りを渡して誤魔化した。

 正しくは、香苗が分かっていて誤魔化されてくれた。


 香苗の姿は、何年経っても変わらなかった。

 歌うのも、相変わらず好きだった。

 香苗が妖狐であることを知っていると一樹が明かした後、香苗は隠さず歌うようになった。

 さらに、どこからともなく三味線や琴を出して、練習するようになった。


「十分に上手いじゃないか。そんなに上手くなって、どうするんだ」


 問われた香苗は、じっくりと考えてから答えた。


「あなたは、『炭焼き一生』と言いますよね」

「ああ。炭焼きは奥が深い。どれだけやったって、まったく同じ物は作れない。色々な条件が少し変わるだけで、違う物が出来る」


 だからこそ『炭焼き一生』という言葉があるのだろうと一樹は思う。

 それでも最近は、なかなか上手く作れるようになってきた。

 指導者が居ないので試行錯誤だが、かつて村に住んでいた老人達と同じくらいには、作れるようになったのではないかと思っている。


「良い物が出来たら、嬉しいですよね」

「極上の物が出来たら、やったと思うな」

「また作りたいとか、いつも作りたいとか、もっと良い物を作りたいとか、思いませんか」

「それは思うな。つまり音楽も、炭焼きみたいなものなのか」

「そういうことです」


 炭焼きを例えにされた一樹は、大いに納得した。

 それから香苗は、遠慮せずに音楽をするようになって、時折は複数の楽器が聞こえてくることや、別人のような歌声が聞こえてくるようにもなった。

 一樹は首を傾げたが、仲間の妖狐でも来ているのだろうかと思い、気にしないことにした。


 一樹と香苗は、廃村で静かに、だが楽しく暮らした。

 もちろん大勢で、お祭り騒ぎの大宴会をするような派手さとは無縁だった。

 だが春の暖かさを感じ、夏の錦川で涼を楽しみ、秋の実りで食を楽しみ、冬には家で暖を取りながら穏やかに暮らす生活に、一樹は満足していた。

 香苗も険が取れたのか、張っていた気が抜けたのか、純粋に音楽を楽しむようになった。

 最初は隠していたが、今では屋内でも色々な楽器を弾くようになり、一樹が好きだと言った曲を奏でるようになった。

 そんな暮らしを続けていたが、やがて終わりが訪れた。


 ――もう歳か。


 一樹が農作業をしていると、息切れするようになってきた。

 食も細くなったので作業も減ったが、代わりに香苗が、食事に山菜を足しているようだった。

 一度は香苗が鹿を獲ってきたこともあったが、一樹が不甲斐ない顔を浮かべてしまったからか、二度目は無かった。

 木炭は、上手く作れるようになっており、そちらは密かな自慢だった。


 それから、また暫く月日が流れた。

 ある時、畑で座り込んだ一樹は、どうにも起き上がれなくなった。

 昼下がりに心配して見に来た香苗が、家に連れ帰ってくれたが、布団から起き上がれない。

 一樹が自分の手を見てみると、しわくちゃを通り越して、骨と皮のようだった。


 ――自分で自分の顔は、見られないからなぁ。


 一緒に居る香苗が歳を取らないので、「自分も若いままだ」と自分自身を誤魔化してきたが、ついに限界が訪れたのだ。

 それを自覚した一樹は、陰陽師の末裔として身体に張っていた気が抜けた。

 すると、もう駄目だった。

 寿命というロウソクの灯りが、消えていくのを自覚した。

 身体は震えるように寒いが、畑に出る時期なのだから、本来は寒いわけがない。

 身体の熱が無くなっていくことが寒いのか、死ぬことが恐ろしくて寒いのか。

 そのように一樹が思っていると、香苗に意識を引き戻された。


「粥は食べられますか」

「……いや」


 一樹には、もう粥を食べられる体力は無かった。

 食べなければ、体力が消耗しっぱなしで、間もなく死ぬだろう。

 だが生憎と、食べる体力など無いのだ。


 ――俺は、もうすぐ死ぬ。


 それが分かった途端に、一樹は香苗に対して申し訳なくなった。

 人間と居て、時間を使わせてしまった。

 妖狐の仲間のところに居たならば、同じ時を歩んでいけだだろう。

 謝罪の言葉が出そうになって、それを飲み込んだ。

 それは、最期に言うべき言葉ではない。

 一樹は、自分が思う正しい言葉を発した。


「香苗、一緒にいてくれてありがとう」


 寝床に寄り添った香苗は、黙って聞いている。

 一樹はうわごとを呟くように、香苗に伝える。


「一人暮らしだったが、香苗が来てくれてからは、ずっと楽しかった」


 ややあって、香苗が返事をした。


「あたしのほうこそ、楽しかったですよ。あなたと一緒に居られて、幸せでした」

「それなら、良かった」


 一樹は、満足そうに息を吐いた。


「次に眠ったら、裏手にある大木の根元で休ませてくれ」

「まだ早いです。あと……1年くらいは、一緒に居て下さい」


 香苗は、本当は50年とでも言いたかっただろうか。

 一樹の様子を見て、妥協して、妥協して、妥協して、1年に抑えたに違いない。

 1年あれば、一樹と香苗が過ごした山の季節を一巡りできる。

 せめて最期に、それくらいはと願ったのかもしれない。

 ずっと一緒に居た一樹は、そのように思った。


「もう、動けない」

「一緒に居てくれるだけで良いんです」

「……それなら、大木で休んでいるから、たまに歌でも聴かせてくれ」

「良いですよ」


 最期に一樹が聞いたのは、その言葉だった。

 抗いがたい睡魔が訪れて、一樹は目を開けていられなくなった。

 それでも僅かに手を動かすと、香苗が握り返してきた感触があった。


 ――良く分かったな。


 それから優しい歌が聞こえてきたような気がしたが、一樹には、もう分からなかった。


       ◇◇◇◇◇◇


 それからも妖狐の娘は、鹿野の地で暮らしたと伝わる。

 廃村を訪れる人は、滅多に居なかった。

 だが立ち入った者の耳には、歌声や様々な楽器の音色が、楽しそうに、悲しそうに、そして幸せそうに聞こえてきたという。

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前作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 苗を逆さまに植えるところで、子供のころに読んだ昔話を思い出すことができ、懐かしい気持ちになりました。ありがとうございます。
[良い点] とても上質なロマンティックファンタジー。 このエピソードだけで独立した短編としても成り立つ気がします。 [気になる点] 本作における妖狐の特性を正しく理解できているか分かりませんが、、香苗…
[良い点] まさかの精神と時の絵馬でヒロインレースを猛追。 それどころか擬似的に夫婦関係を終わりまで追体験w [気になる点] 香苗は意識はどうなってるのだろうか? 練習してるのは無意識?使役陣とは疎通…
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