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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第7巻 継承の愛狐

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186話 鹿野の嫁狐

「早起きすぎる。もっと寝ていてもいいんだぞ」

「目が覚めましたから」


 一樹が介抱した女は、熱が引いた後も、家に留まった。

 二尾を見られた時は意識を失っており、本人は人間の女の振りをしている。

 一樹も見たとは言わず、人間の扱いをしていた。


 普通であれば、女を訳アリだと疑う。

 なにか罪でも犯したか、借金のカタで親に売られそうになって逃げてきたか。

 すると役人や借金取りが追って来て、面倒になるのではないかと思う。

 だが女が狐の二尾であることで、それらの心配はせずに済んだ。


 ――仙術を学ぶ妖狐は、修行の旅をするからな。


 陰陽師としての継承が不十分な一樹でも、妖狐の話くらいは知っている。

 妖狐は、100歳を超えて仙術を学ぶと地狐と呼ばれ、500歳を超えれば気狐と呼ばれる。気狐の頃に二尾となり、天命を全うできれば900歳まで生きる。

 だが、稀に三尾に至る個体も出て、1000歳で仙狐と呼ばれる。

 そして四尾に至れば、天仙として天に仕えられるという。


 三尾に至るためには、里で修業するだけでは不十分だ。

 優秀な気狐が1000人いても、三尾に至れるのは、1人か2人だという。

 三尾に至りたいならば、修行の旅に出るのは、ごく自然な話だ。


 ――旅の途中、どこかの妖怪とやり合って、気でも使い果たしたのかな。


 事情を推察した一樹は、人の振りをする妖狐の女を受け入れた。

 どうせ廃村には誰も居ないし、作物も余っている。

 一樹が住んでいる家だって、元は村長の家だ。


「ここは廃村だ。どれだけ居ても良いし、自由にしてくれ」

「はい。ありがとうございます」


 すまし顔で答えた女の名前は、香苗といった。

 見た目は、数え年で15から16くらいだ。

 もちろん人に化けられる妖狐の見た目など、何のアテにもならない。

 それを証拠に香苗は、家事が出来た。


「朝餉が出来ています」

「今日は何だ」

「カブ、ゴボウ、ノビルを煮込んだ汁物です。醤油と塩で味付けしました」

「ああ、香苗に会った頃に植えたやつだな」


 食卓には、育てた沢山の野菜が上る。

 本来は多くの年貢を取り立てられるが、それが無いので食べ物は豊富にある。

 食事は一汁一菜で、ご飯は雑穀入りの分づき米だが、米の比率は高い。

 ほかには漬け物も出る。今は浅漬けだけだが、もう少し経てば梅干しを作ると言っていたので、種類は増えるだろう。


「そんなに手間を掛けなくても良いぞ」

「別に、好きなことをしているだけです」

「それなら良いが」


 香苗は料理が上手くて、漬物も絶品だ。

 針仕事も上等で、見た目に比べて出来過ぎだった。


 ――歳を聞いたら、怒られるだろうな。


 男性の場合は、実際よりも若く見ると、若輩者だと侮っていることになり、礼を失する。

 そのため相手が男性であれば、何歳か多目に見積もったほうが良いとされる。多目に見積もれば、相手が実年齢よりも風格や威厳を備えていると見なしたことになるからだ。

 だが女性の場合は、然に非ず。

 お洒落をするのは、年増に見られたいからではない。

 妖狐の感覚は異なるかもしれないが、一樹は危険を避けた。


「昼には一度、戻ってきて下さい。茶粥を出しますので」

「分かった」


 朝餉を終えた一樹は、牛小屋に向かった。

 一樹の朝は早い。それは日差しが強くなる前に一仕事を終えて、昼に休み、日差しが弱くなってから働くためだ。

 一樹が朝早くに出かけると、香苗も外に出かける。

 それは山菜採りであったり、川での洗濯であったりもするが、ほかの用事の場合もある。


 香苗の用事が何かといえば、音楽だ。

 一樹が山奥の畑に寄った時に、歌、琴、三味線の音色が聞こえてきたことがあった。

 とても上手い演奏と、そうではない演奏が混ざっており、複数の者が交互に弾いたのかと一樹は疑った。

 だが、こんな山奥の廃村に香苗以外が居るはずもない。

 一樹は不思議に思いながらも、香苗が隠しているので、知らない振りをした。


「行くぞ、牛太郎」

「モーッ」


 分かったとでも返事をしたのか、牛太郎は自ら小屋を出てきた。


「今日は、空き家を壊して、廃材集めをする。家の傍に、納屋を建てるからな」


 一樹には不要だが、梅干し作りをする香苗には、あったほうが良い。

 作られた梅干しは一樹も食べるのだから、結局は自分のためでもある。

 遠い家から解体していくかと思った一樹は、同じ村内ではあるが、遠出をした。

 そして大雨に降られて、盛大に濡れた。

 牛太郎の背に積んだ木材を持ち帰ろうとして、濡れるのを我慢してゆっくりと長く歩いたのが、良くなかったのかもしれない。

 春先に濡れた一樹は、風邪を引いた。


 ――最後に風邪を引いたのは、子供の頃だったよな。


 一樹も子供の頃は風邪を引いたが、大人になってからは風邪を引かなかった。

 以前の村でも、風邪を引くのは子供や老人、身体の弱い者ばかりだった。

 原因は分かっており、無理をしたのだと自省するが、後悔先に立たずである。


 手製の熱冷ましを飲んだが、頭がズキズキと、割れるように痛かった。

 何もしなくても咳が出続けており、声も掠れている。

 廃村には医者など居らず、一樹に出来るのは、寝ることだけだ。

 掛布団に包まっていたところ、香苗が麦粥を作ってくれた。


「少し食べて下さい」

「すまないな」


 同じ寝ているにしても、何か口に出来るのならば、ちゃんと食べたほうが良い。そうしなければ、体力は消耗しっぱなしである。

 ノロノロと寝床から這い出した一樹は、香苗が作った温かい麦粥を啜った。

 枯れた咽が潤い、小さな溜息が漏れた。

 麦粥は、少し温かいが熱くはなく、適温にされている。


「何か食べたい物があれば、言って下さい」

「大丈夫だ」


 しっかりと食べきった一樹は、再び寝床に戻った。

 そして横になり、夜着を掛けて、身体を休める。


「田植えの時期を外してしまうのが、手痛いな」


 廃村に1人で暮らす一樹は、自分で種籾を催芽して、苗代に播種している。

 牛太郎を使って砕土した田んぼで、荒代掻き、中代掻き、畔塗り、厩肥の散布、田の葦刈りをして、いよいよ田植えという時期だった。

 ここで休むと、苗用の厩肥で葦のほうが育ってしまい、稲穂がやせ細る。

 そもそも一樹は、自分一人の消費を想定して準備していた。

 そこに、ちゃんと料理をする香苗が増えて、二人分よりも米の消費が増えた。ここから収穫量が減ると、確実に米が足りなくなる。


 だからといって、川下の村々で米を買うのも難しい。

 長穂村や須々万村では、作った米は年貢で持って行かれて、自分達では食べられない。

 必死に納めてすら年貢は足りなくて、口減らしをしたり、娘を女衒に売ったりして、辛うじて食い繋いでいる。

 そこに一樹が行って、米を売ってくれなど言えようものか。

 あちらの売り物は、あちらで手に入り易い塩などだ。いらない物を一樹が買ってくれるからこそ、密告されずに売買が上手くいっている。

 つまり米は、どうやっても買えない。


「明後日くらいには、植えないと……ゴホッ」

「無理ですよ」


 咳き込みながら悔やむ一樹を見て、香苗が冷静に告げた。

 この状態の一樹が田植えをしても、ろくに出来ないに決まっている。

 それどころか水を張った田んぼの中で、倒れ込むだろう。

 だが完全に回復してから田植えをすると、時期は外れてしまう。


「万が一の話だが」


 一樹が呼吸に苦しみながら話し出すと、香苗は黙った。


「俺がもう起きなくなったら、裏手にある大木の根元に休ませてくれ」

「どうしてですか」

「ずっと村を守ってきた大木だ。最後の村人になった俺のことも、ちゃんと見送ってくれるだろう。それと村の物は、何でも自由に使ってくれ」

「寝言は、寝てから言って下さい」


 空になった器を持って、香苗は出ていった。

 温かい食事を摂った一樹も眠気が訪れて、目蓋を閉じた。


 それから少し眠った一樹は、夜中に目を覚ました。

 香苗が薬草でも煎じて混ぜていたのか、身体の調子は良くなっていた。

 だが家の中を見渡しても、香苗の姿は見えない。

 こんな夜中にどこに行ったのだろうと思った一樹は、ふと思い至った。


「まさか、田植えとかじゃないよな」


 香苗は農民ではないので、田植えは出来ないはずだ。

 そう思いつつも一樹は行灯皿を手にして、行灯の小さな灯りを頼りに、慣れた夜道を歩いた。

 そして田んぼに着いたところで、香苗が仙術を使う姿を見た。


 ――苗が飛んでいる!?


 香苗は、苗を持ち出していた。

 目的は、もちろん田植えだろう。

 自分が増えたことで米の消費が増えることくらい、香苗は分かっていたのだ。

 そして一樹の代わりに、仙術を使って田植えをしようとした。


 だが初めてやる作業だからか、なかなか上手くは行かない様子だった。

 一樹が育てた苗が、水を張った田んぼに、頭から突っ込んでいった。


「「ああっ」」


 一樹と香苗は、思わず声を上げた。

 それから香苗は、凄まじい勢いで振り返り、行灯を持った一樹を見つける。

 月明かりに照らされた香苗は狼狽えた様子で、狐の耳と、腰から出していた二尾を引っ込めた。

 そんな香苗に向かって、一樹は咄嗟に声を掛けた。


「大丈夫だ。香苗が妖狐であることは、知っていた!」


 一樹が慌てて叫んだのは、妖狐だと露見した者が逃げる話を、いくつも耳にしていたからだ。

 人間と妖狐は、それほど昵懇の間柄ではない。

 もちろん各国には稲荷神社があって、共存しているところもある。

 だが排他的な田舎では、人間同士でも村が違えば余所者であり、何をしに来たのだと疑われる。人を化かすこともある妖狐であれば、尚更であろう。

 人の村に住んで何かおかしなことがあれば、真っ先に疑われるのは妖狐である。

 幸いにして一樹の村には、一樹しか居ないが。


「うちの村には、俺しか住んでいない。俺は陰陽師の末裔で、妖狐でも気にしない。陰陽師として名を馳せた安倍晴明の母親は、気狐だったそうだ」

「……いつから気付いていましたか」

「香苗が倒れていた時に運んだら、術が解けていて二尾だった」

「最初じゃないですか。そういうことは、早く言って下さい」


 落ち着いた香苗は、耳と尻尾を出して、引っ繰り返った苗を仙術で持ち上げた。

 そして宙で回転させてから、ゆっくりと下ろして慎重に植える。

 今後こそ正しく植えた香苗は、膨れっ面で戻ってきた。


「悩んでいたのが、馬鹿みたいじゃないですか」

「すまん」

「帰りますよ。もう少し、寝ていて下さい」


 香苗は出て行かず、二人は改めて一緒に暮らし始めた。

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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
[一言] 知ってる!これ出てきたら顔真っ赤にして呻きながら床を転がるやつだ! それにしても絵馬の中でも主人を助けてる式神たちは良いですね 牛太郎はやはり1番の式神だよ……
[一言] 戻ってきた時にどういう関係になるのか楽しみだ
[良い点] 女神に泥棒狐扱いされないか心配
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