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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第7巻 継承の愛狐

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182話 塗りつぶしの絵馬

 長谷寺で塗りつぶしの絵馬を手に入れた一樹達は、即日相川家に帰った。

 一樹の目的は、描かれたものが現れるという絵馬の使役だ。

 4月になれば、陰陽同好会に後輩が入ってくる。

 その後輩達が、守護護符を作成する練習に使えそうに思えたので、一樹は絵馬の使役を考えた。

 だが妖怪調伏のためであろうと、夜中に寺で大決戦を行えば、絵馬以上に一樹達が迷惑だ。そのため相川家まで、絵馬を持ち帰った次第である。


「固形石鹸よりも効率良く墨を落とす方法、無いかな」


 塗りつぶされた絵馬を庭で洗いながら、一樹が呟いた。

 絵馬を固形石鹸で擦り、水を張ったバケツに浸し、食器を洗うようにスポンジで擦り、バケツから出して再び擦る。

 1月に外で行えば、手が冷たくなるのは必至だ。

 蒼依と沙羅にお湯を沸かしてもらい、バケツにお湯を足しながら、一樹は改善策を尋ねた。


「代わりましょうか」

「いや、それはしなくて良い」


 過酷な作業なので女子に交代してもらいましたというのは、一樹の感性では有り得なかった。

 ほかの式神に任せるのも、論外であろう。


 牛太郎は、身体が大きすぎて、洗い物などできない。

 八咫烏は、くちばしで突いて振り回すに決まっている。

 水仙は、おさんどんをさせると後が怖い。

 鎌鼬達は、絵馬を叩くか、斬るか、回復させるだろう。

 幽霊巡視船員は、そこまでこき使うには、憚りがある。

 信君は、洗い物をさせると鳴神兼定を出さなくなりかねない。

 洗い物に向いた式神は、生憎と使役していなかった。


「ほかの方法でしたら、ご飯粒や歯磨き粉を練り込むこともあるようです」


 スマホで検索した沙羅が、固形石鹸の対案を報告した。


「それって効果は有りそうか」

「墨汁に混ぜられている合成樹脂のせいで、落ち難いそうです」

「駄目なのか」

「ほかにも強い薬剤は有りますけれど、下の絵までも消えてしまいそうです」

「それは良くないな」


 妖怪を使役するためには、妖怪を従わせなければならない。

 不服従や反抗的な妖怪を呪力だけで使役すると、十全には力を発揮せず、呪力の消費も増える。

 信君は獅子鬼と戦うまで、風神雷神の力が宿った鳴神兼定を使わなかった。

 風切羽を毟り取られた天津鰐は、反抗が予見されたので、使役の対象外だった。

 蒼依は納得させ、牛太郎は生来の性に合わせ、八咫烏は卵から育てた。

 水仙は力関係を明確化させて利も示し、鎌鼬は捕まえて言い聞かせ、幽霊巡視船は意に沿って国に使用も公認させた。

 式神の能力を十全に発揮させるためには、相手に合わせて適切に使役しなければならない。


「この絵馬は、自分に描かれている牛若丸と弁慶を倒してみせないと、使役者を認めないと思う」

「どうして、そうなるのですか」


 一樹が確信する理由が分からなかった蒼依は、その理由を尋ねた。


「自分の専門分野で負けないと、相手を上と思わない。俺は剣術で負けても、陰陽術では負けないと思う。だけど陰陽術で正面から負けたら、相手のほうが上だと思う」

「そうなのですね」


 一樹自身という具体例の提示を受けて、蒼依は得心がいった様子だった。


「自分の専門分野で負けたら、その分野に詳しいほど、相手が上だと分かる。そうすれば従うさ」


 やがて石鹸で擦られた絵馬から、五条大橋が浮かび上がってきた。


       ◇◇◇◇◇◇


 夜中、一樹達は川を渡った。

 目的地は、かつて牛太郎と蒼依の祖母が争った杉林で、明るいうちに絵馬を置いている。

 山は暗闇に包まれていたが、沙羅の天狗火が無数の提灯となって、周囲を明るく照らしていた。


「家で、チャンバラをさせるわけにはいかないからな」

「家が壊れてしまいますよね」

「ああ。絵馬次第だが、戦って屈服させる場合、派手になる」


 一樹が散々説明しているので、絵馬のほうも意図を分かっている。

 一樹が辿り着いた先には、絵馬に描かれた牛若丸と弁慶が揃っていた。

 両者は、争ってはいない。二人を叩きのめすと言ったのだから、二人で争っている場合ではないことくらいは分かるだろう。

 決戦の場に着いた一樹は、最初に自身の式神を出した。


『出でよ、牛太郎、信君』


 一樹の正面で神気が膨れ上がり、激しく渦巻いて、強大な牛鬼と、浮世絵に描かれる伝説の武将を顕現させた。

 両者の力はA級。

 一樹は易々と使っているが、魔王領を削り回った犬神とすら互角に殺し合える怪物達である。

 自らの守りを出した一樹は、絵馬に向かって宣言した。


「絵馬の怪異よ。我は、陰陽師の賀茂一樹だ。これより汝が受け取れるだけ、我が呪力を与える。故に汝は、我が式神達に敗北しようとも、呪力不足を言い訳にするなかれ」


 そして絵馬に向かって、陽気を放つ。

 一樹の陽気が届き始めると、牛若丸は太刀を輝かせ、弁慶は薙刀を巨大化させた。

 絵馬が吸収する陽気は、一樹が想像していたよりも桁違いに大きかった。


 ――こいつ、A級くらい吸ったぞ。


 世の中には、様々な神木がある。

 例えば群馬県太田市は、昔は大根村と呼ばれた。それは太古に、途方もなく大きな神木が生えており、その神木が倒れたことから大根村という地名になったのだ。

 そして群馬県には、江田町という土地もあって、そちらには神木の枝(江田)が落ちた。

 大根村と江田町は、40キロメートルほど離れている。

 神木が地脈から集められた力は、A級程度では収まらないだろう。その分霊であれば、描かれた五条大橋の激戦でも何でも引き起こせる。

 小さな絵馬であろうとも、油断すべきではなかったのだ。


「信君殿には、牛若丸を倒して頂きたく。牛太郎は、あの大男を倒せ。蒼依は俺の守りだ。沙羅は式神ではない故に、すまないが灯りと見届け役に徹してくれ」

「分かりました」


 蒼依が返事をして、残る面々は無言で指示に従った。

 一樹は絵馬に向かって、念を押す。


「絵馬の怪異が生み出した牛若丸と弁慶に対して、陰陽師の賀茂一樹が、式神術を以て相対する。いざ尋常に勝負」


 宣言を終えると、蒼依に守られた一樹は後ろへと下がっていった。

 その代わりに信君が牛若丸、牛太郎が弁慶と間合いを計りながら、ジリジリと動き出す。


 ドンという強い振動が、周囲に響き渡った。

 牛若丸の足元で、土煙が激しく吹き上がる。

 牛若丸の姿は消えており、天狗火に照らされた太刀が、信君の鳴神兼定と激しく打ち合っていた。

 目を見張って驚きを露わにした牛若丸は、華麗に身体を捻って太刀を手元に引き戻し、空中で身体を回転しながら再び太刀を振う。

 そんな牛若丸の太刀と引き合うように、鳴神兼定が振われた。

 莫大な呪力が籠められた二振りの刀がぶつかり合う。

 その衝撃で、周囲の杉林の一画が吹き飛んだ。


「あれを寺に奉納した馬鹿は、誰だ!」


 衝撃波から顔を庇った一樹は、最初に想定していたよりも大きく後退した。

 戦いは、二ヵ所で同時に起こっている。

 巨漢の弁慶が、全身を使って巨大な薙刀を振う。すると牛太郎が振り下ろした棍棒が、弁慶の薙刀に軌跡を逸らされて、山肌に叩き付けられた。

 弁慶の薙刀のほうが、小回りが利く。

 牛太郎の棍棒をかいくぐった弁慶は、牛太郎の右足に向かって薙刀を振った。

 一樹が危ないと思った瞬間、牛太郎の右足が跳ね上がった。

 それは薙刀を避けるのではなく、薙刀ごと弁慶を蹴り飛ばす動きであった。


「グモオオオッ!」


 雄叫びを上げながら振われた右足が、弁慶の身体を激しく蹴り飛ばす。

 建設現場の高所から鉄筋が落とされたような猛威が降り掛かり、爆風と共に弁慶は舞い上がった。

 だが撥ね飛ばされた弁慶は、空中で刀を生み出す。

 そして刀を振りかぶり、地上の一樹に向かって投げ付けた。


 その瞬間が一樹には、スローモーションのように見えた。

 世界の体感時間が遅くなっていき、天狗火に照らされた刀が、妙にゆっくりと迫ってくる。

 一樹の身体は、もちろん加速しない。

 思考だけが加速して、ゆっくりと迫ってくる刀を避けきれないと思い、身体をどちらに動かして致命傷を避けようかと考えた。

 だが刀の軌道に、天沼矛が割って入ってきて、刀を叩き落とした。

 ガンと鈍い音が響いて、一樹の体感時間は通常に戻っていった。


「ナイス」

「今度は、ちゃんと守れました」


 刀を叩き落とした蒼依は、誇らしげに語った。

 目的を阻止された弁慶は、さらに刀を生み出す。

 だが今度は、弁慶のほうに攻撃が降り掛かった。

 まるで銃撃を浴びせるように、五行の術が降り注いでいく。それらは一樹の式神である八咫烏達が、空から放つ攻撃であった。


「ここは、うちの庭です」


 神域内での動きなど、蒼依には手に取るように分かるのだろう。

 それは蒼依の神使である八咫烏達にとっても同様で、弁慶の二度目の攻撃は徹底的に阻害された。

 さらに水仙の妖糸が絡み付き、動きの鈍った弁慶に牛太郎の猛攻が襲い掛かる。


「信君殿のほうも、大丈夫そうだな」


 信君と牛若丸の戦いも、信君の一方的な優勢となっていた。

 牛若丸の太刀は信君を崩せず、返す刀で信君は牛若丸を斬り払う。

 それもそのはずで、信君の鳴神兼定には風神雷神の力が宿っている。

 風神雷神は、元々はインドの神で、風神がヴァーユ、雷神がヴァルナと呼ばれた。

 それが仏教で護法神となり、観音菩薩の眷属として、天部の八方天に数えられている。

 八方天とは、東西南北の四方と東北、東南、西北、西南を護る諸尊のことだ。ほかに天地の天部を合わせて十天、さらに日月の天部を合わせて、十二天ともいう。


 風神は、仏教では風天。八方天の一尊として、西北を護る。

 雷神は、仏教では水天。八方天の一尊として、西を護る。


「信君殿は、仏界を護る八方天の力を二つも操れる。対して源義経は、一体どのような力を持つ。絵馬が描き出す力は、我が式神術に及ばず!」


 一樹は絵馬に向かって、勝敗を宣言した。

 決着は、それで着いた。

 最初に膝が折れた義経が、薄れて消えていった。

 すると満身創痍の弁慶も、仁王立ちで威厳を保ったままに消え失せた。

 絵馬は、一樹の呪力と式神術によって、完全に塗りつぶされた。


『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。我は陰陽の理に則り、霊たる汝を陰陽の陰と為し、生者たる我が気を対の陽とする契約を結ばん。然らば汝、この理に従いて我が式神と成り、顕現して我に力を貸せ。急急如律令』


 契約は成り、塗りつぶしの絵馬は、一樹の式神となった。


コミカライズ最新の第7話最後に、

謎の美少女2人が出ているのは、お気付きでしょうか?


書籍版を読んで下さっている皆様は、よく知る二人です!

ちなみにhakusai先生が、デザインして下さっています(*- -)(*_ _)


以降も出そうですので、ぜひチェックしてみて下さい

https://to-corona-ex.com/comics/106884972232777

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1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
[良い点] 絵馬がA級とは嬉しい誤算! [一言] >「今度は、ちゃんと守れました」 >刀を叩き落とした蒼依は、誇らしげに語った。 信君使役の時は守れなくて落ち込んでたから、良かった良かった。
[一言] 牛若丸だから知名度補正バフが義経よりも弱かったのかね?まぁ義経状態でも天狗系強化追加されるくらいだから厳しかったかもだけども。
[良い点] 奉納した方が絵も描いただろうから確信犯では・・・
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