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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第7巻 継承の愛狐

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181話 絵馬の怪異

 三学期が始まってから最初の土曜日。

 一樹は蒼依と沙羅を連れて、奈良県の桜井市にある長谷寺に赴いた。

 桜井市は、海に面していない奈良県でも中部のほうで、寺は海抜215メートルの地点にある。すなわち海沿いから離れた山のほうだ。

 そのような地域には人が少なくて、妖怪の領域に成り易い。


「こんなに山のほうにあるのに、人が暮らせているのですね」


 蒼依が感心したのは、長谷寺の付近まで国道165号線が繋がっていたからだ。

 周囲が山だらけで、山には鬼などが住んでいるはずなのに、国道沿いには家が立ち並んでおり、人々が普通に暮らしていた。

 そのおかげで一樹達は、楽々と移動できている。

 相川家も山のほうにあって一樹が暮らしているが、元々は山姥の住処だった。

 近年は、八咫烏達の趣味で鬼が絶滅危惧種にされたり、山の女神に神域化されたりしているが、そのようなことは普通では有り得ない話だ。


「すぐ近くに、陰陽師協会の本部がありますから」


 奈良県の北西部が通常とは異なる理由について、沙羅が指摘した。

 奈良県は、協会のお膝下だ。

 本部がある御所市から、桜井市までは、わずか十数キロメートル。

 御所市から長谷寺までは、車で40分ほどだった。

 常任理事会で参集した最強のA級陰陽師達が、その場から式神や犬神を送り込める距離である。

 花咲家などは代々のA級陰陽師であり、犬神に遊んで来いと言えば、喜んで走っていくだろう。血気盛んな大妖怪は、協会の設立から百数十年の間に、遊び尽くされたかもしれない。


 ――何度倒しても復活するんだから、妖怪側も嫌だよな。


 大妖怪が激怒して派遣元に乗り込んでも、そこは協会本部だ。

 本部にはA級上位の人外達がいて、その中の3位ですら、千体もの霊狐を召喚できる。しかも、召喚された霊狐の中には、召喚主と同格の三尾まで混ざっている。

 その理不尽を突破できても、本部に祀られるのは、大神の高照光姫大神命だ。

 A級1位の諏訪に宿る建御名方神よりも神格が上で、世間を大混乱に陥れていた獅子鬼ですら、勝てない相手である。

 一樹が大妖怪であれば、このような魔境からは、粛々と引っ越す。

 奈良県の北西部が安全になる由縁である。

 中鬼程度であればA級陰陽師は取り合わないが、ほかにも奈良県が安全になる理由はある。


「五鬼童家の本拠地も、奈良県だからな」


 一樹の指摘に、沙羅が笑みを浮かべた。

 五鬼童は、「五鬼童ばかりA級を占めるから、五鬼童はA級一席」と制限されるような一族だ。

 鬼神のごとき強さを持ち、大天狗のように飛び回る一族が本拠地にしていれば、奈良県の妖怪は堪ったものではない。

 奈良県北西部の地価は、妖怪の界隈では最安値であるに違いない。

 猛獣が彷徨く荒野には、誰も住みたいとは思わないだろうが。


「でも奈良県は北西部を除くと、大半が妖怪の領域ですよ」

「妖怪が人の領域に来ないのは、五鬼童家が行ってきた『しつけ』のおかげだ。充分だろう」


 そんな五鬼童の沙羅と、A級陰陽師の一樹が訪問することで、長谷寺は絵馬を見せてくれた。


       ◇◇◇◇◇◇


 昔、ある絵馬が長谷寺に奉納された。

 その絵馬には、牛若丸と弁慶が五条大橋で争う姿が描かれていた。

 その日以降、夜になると、寺で剣戟の音が響いてくる。

 音を聞いた寺の僧が、音の聞こえるほうに忍び寄っていったところ、なんと絵馬の姿そっくりの牛若丸と弁慶が争っていた。

 翌朝、件の絵馬を墨で塗りつぶしてみたところ、音は聞こえなくなった。

 だが墨が剥げると音が聞こえるようになるので、寺では毎年一度、その絵馬を塗りつぶすようになったという。


 なお牛若丸とは、源義経の幼名である。

 香苗の水行護法神である源九郎狐に名を与えた人物であり、鎌倉幕府の初代征夷大将軍である源頼朝の弟にして、壇ノ浦の戦いで平家を討ち滅ぼすも、兄と決裂して、最終的には自害に至った。

 源九郎とも呼ばれるが、それは源家の九男だからだとされる。


 弁慶とは、源義経に仕えた武蔵坊弁慶だ。

 乱暴狼藉を繰り返し、人々から999本の刀を奪い、1000本目に義経の太刀に目を付けた。そして太刀を奪おうとするも返り討ちに遭い、以降は義経の家来となった。

 そんな2人の戦いの場として知られるのが、五条大橋である。

 但し当時は五条大橋が存在せず、別の場所であった説や、五条通りや五条天神社に架かる橋での出来事だった説もある。


「どうして絵馬から、牛若丸と弁慶が現れるのでしょうか」


 黒く塗り潰された絵馬を見た蒼依が、首を傾げた。

 絵馬から何かが飛び出してくるのであれば、怨霊や付喪神などが想像できる。

 だが1つの絵馬に何かが憑くとすれば、普通は1体であろう。

 なぜ二体なのかと不思議がる蒼依に対して、一樹は可能性を口にした。


「俺の式神符も、字や絵を描きながら呪力を籠めれば、鳩と化す」


 一樹の術をよく知る蒼依は、紙から鳩が生まれる話に頷く。


「鳩の式神は、紙や木片に呪力を籠める道教呪術系だ。素材の絵馬は木片で、紙より長持ちする。木片に神木を使って、絵を何重にも描き込んで呪術図形にすれば、俺も同じ物を作れるぞ」

「そうなのですね」

「ああ。あるいは神木の霊魂が分霊として絵馬に宿れば、地脈から気を補える。神木の霊魂と呪術が合わされば、偶然作れるかもしれない」


 牛若丸と弁慶が現れる現象は、陰陽道で説明が出来る。

 蒼依は解説に納得したが、傍で話を聞いていた和尚は、困った表情を浮かべた。


「絵馬を奉納したかたは、分かっていたのでしょうか」


 意図的であれば、手に負えない呪物を押し付けたか、寺への悪意で渡したことになる。

 絵馬を代々受け継いできた寺としては、堪った話ではない。

 和尚に問われた一樹は、異なる可能性も指摘した。


「作為とは断定できません。情熱を注ぎ込んで描いた結果、偶然生まれた可能性もあります。同じ奈良県の山添村で、神波多神社に伝わっている『壁画の怪異』は、意図せず生まれました」

「神波多神社の壁画の怪異ですか」

「はい。そちらの絵は、紛れもなく偶然の産物です」


 神波多神社に伝わる壁画の怪異は、室町時代の旅絵師が、意図せず生み出したものだ。

 迷惑さは、長谷寺にある塗りつぶしの絵馬どころではないが、送り主に悪意は無かった。

 悪意が無かった可能性もあると聞いた和尚は、落ち着いた表情に戻った。


「ほかにも、中国では五色筆という話が伝わっておりまして、描いたものが現れます。そちらは筆が神器になっており、絵に霊を宿せます」


 五色筆は、『いかなる絵でも思った通りに描けて、しかも絵には霊が籠もる』というものだ。

 筆を授かったのは、魯の康広という男だった。地方官の李令に描けと強要された彼は、100人の兵を地方官の家の塀に描いた。

 すると武官の趙にも「李令には描けて自分には描けないのか」と言われ、同様に描いたところ両軍が塀から現れて戦いを始め、両家の塀や家を壊してしまった。

 主達の意を汲める魂が宿った、立派な兵士達である。


 あるいは弁天堂に奉納された『浮かれ猫』の絵馬には、外部から弁才天の神使が宿った。

 絵に描かれたものが姿を現す話は、いくつも伝わっており、それには様々な理由がある。


「神木の分霊と呪術が合わさった。神木が妖怪化した。妄執が宿った怨霊。いずれも危険ですので、陰陽師である私が引き取らせて頂きたく存じます」

「引き取りでございますか」

「はい。絵を塗りつぶしているそうですが、絵馬が恨みを募らせ、牛若丸と弁慶を放って報復すると、人に被害が出ます」


 絵馬を毎年塗りつぶすのは、絵馬の力が消えておらず、それを抑え込んでいるからだ。

 ただの言い伝えであれば構わないが、実際に現れるとなれば、塗り潰していては危険だ。

 怨みを募らせて力を増した絵馬が、1年に1回の塗りつぶしでは封じられなくて解き放たれたり、何かの理由で塗り潰す行為自体が途切れたりと、様々な可能性がある。


「その代わり魔王を調伏した陰陽師の一人である私が、お寺に地蔵菩薩の木像を奉納いたします。何卒、ご理解を頂きたく」

「……承知しました」


 お前が代わりに封じられろと言わんばかりに、神気を籠めた閻魔大王の木像を奉納した一樹は、目的の絵馬を手に入れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 能動的に何がするわけじゃないのに、印象に残る度重なる閻魔大王へのヘイトの高さに笑う
[良い点] 毎年、墨で真っ黒にされる地蔵菩薩像を想像してしまいました。w
[気になる点] 海に面していない奈良県とあるけど、以前、花咲高校の学園祭で高校のそばの花咲湾に幽霊巡視船を浮かべましたよね。異世界だから奈良県は海に面していると設定されているのだと思っていました。その…
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