・晴也とキヨ【第2巻、発売記念SS】
「安倍陰陽師に、追い払ってもらいたい霊がいる」
その打診を晴也が受けたのは、キヨと出会ってしばらく経った7月だった。
打診者は、京都府の統括を務める50代の槇村で、C級上位からの繰り上がり。
打診されたのは、次期統括が内定した10代の晴也で、キヨが憑いてD級からB級に駆け上がった。
故に槇村は、晴也の陰陽師としての力量が、自分よりも上だとは思っていない。
そのため槇村が晴也に斡旋する案件は、まるで修行を積めと言わんばかりに、いつも面倒なものばかりだった。
そんな態度の槇村に対しては、晴也のほうも好印象など抱けない。
――邪魔くさいやつや。
晴也が高校を中退すれば、すぐにでも京都府の統括陰陽師は交代となる。
だが、槇村を追い出すためだけに高校を中退するのも、癪な話だ。
そのため繰り上がりのB級の下に、実力で昇格したB級が居るという、京都府の現状が維持されている。
そして槇村のほうも、明確な言葉で晴也を貶めたりはしない。
なぜなら晴也に憑くのが、式神として使役されていない怨霊のキヨだからだ。
法的にキヨは、ほかの浮遊霊と同じ扱いで、何をしても晴也の責任にならない。槇村がキヨに殺された場合、怨霊を挑発した陰陽師が殺されただけとなる。
『陰陽師協会の京都府支部が、調伏に使用する道具の取り扱い方法を誤った』
協会は、晴也に一切の責任が及ばないように処理をするだろう。
世間は、『10代のB級に嫉妬した50代の繰り上がりが、喧嘩をふっかけて、憑いていた怨霊から返り討ちに遭った』と知ることになる。
故に槇村は、虎の尾ならぬヘビの尾を踏まぬよう、保険を掛ける。
「上級に見合う霊装や呪具の購入費用。それに新婚生活や、今後の子育てなどに、先立つものが要るだろう」
槇村は、いかにも配慮している体の言葉を並べ立てた。
すると、心地良い言葉を並べ立てられたキヨも、噛み付いたりはしない。
「それは必要ですね、御前様」
「せやなぁ」
晴也が資金を得たいのは、事実だ。
5月にB級へ昇格した割には、これまでC級の案件が一度も来ていない。
まずは慎重にとか、キヨとの連携に慣れるためだとか言われて、受けられたのはD級妖怪が数件だけだ。
D級の報酬は1000万円が基準だが、それだけでは上級陰陽師として格式を保って活動するには足りない。
「その霊は、着物姿をした男女の霊だ。雨が降った夜の京都に現れて、これまでに3組のカップルから、すれ違い様に気を吸っている」
「ふむ」
「3組に接点は無くて、出没範囲も京都駅北と広いために、無差別だと見ている。死者は出ていないが、下級に探させても見つからなかった」
「ほんで、中級の案件にしよるさけすか」
「そうだ。とりあえず追い払ってくれれば良い。1ヵ月出なければ、達成となる」
条件が適当なのは、人の気を吸う霊など、無数に沸くからだ。
駅の近くで複数の市民が襲われているので、京都府と京都市が調伏料を払う。だがキリが無いので、支払額は抑えたい。
そのため依頼は、とりあえず追い払うという、最安値で済む内容となった。
霊が妖怪の領域に逃げ込んで、別の妖怪にでも喰われれば、府と市は万々歳だ。
胸ポケットに小型カメラでも入れて、追い払う姿を撮って、実際に1ヵ月くらい現れなければ依頼達成となる。
「ほなら、引き受けます」
報酬は、数百万円くらいだろうか。
B級の晴也を動かすには安いが、調伏対象の評価では相場だ。
今のところ高校を中退する予定が無い晴也は、依頼を引き受けた。
◇◇◇◇◇◇
「京の都には、こんなに人が居るのですね」
雨の天気予報があった夜、晴也とキヨは京都駅を訪れた。
京都駅の利用者は、一日で30万人以上。
かつてキヨが生きていた、西暦928年の京都の総人口よりも、遥かに多い。
「千年も経ったら、それなりに増えるやろ」
「千年も栄え続けるのは、凄いと思います」
「そらそうやな」
晴也とキヨは腕を組んで、傘を差しながら北口を出て歩き始めた。
歩く人々の表情には、霊が出た悲壮感などは、まったく見受けられない。
それは被害者がカップル3組程度で、死者も出ていないからだ。
数十万頭のシマウマが群れで暮らす中、6頭ほどがライオンに襲われたとして、そんなことは想定の範囲内である。
――せやさかい人間は、群れとるよな。
シマウマであれば、ライオンに捕まったのは群れでの位置取りが悪かったとか、危険の察知能力が低かったとか、色々な要因が挙げられるだろう。
それと同様に、人間の社会でも、身に付けていた護符が適当な安物だったとか、人の少ない夜道を歩いていたからだとか、人々が納得する理由が挙げられる。
すでに陰陽師が解決に動いているのだから、騒いでも無駄という納得の仕方で、妖怪が蔓延る世界の人々は、強かに生きている。
「あのタワーは何階建てなのですか?」
キヨが指差したのは、駅北でビルの上に聳え立つ、高いタワーだった。
「いや、わかれへん。130メートルくらいとは聞ぃてんけど」
「あの中には、何が有るのですか」
「せやな。展望台、レストラン、ホテル、大浴場、土産屋……」
晴也が施設を挙げていくと、キヨは瞳をヘビのように細めて訴えた。
「御前様、キヨは連れて行って頂きたいです」
「さよか、ええぞ。仕事が終わったら、その次の日にでも行こか」
「それではお仕事、早く済ませましょう」
キヨは組んだ腕で引っ張るように、晴也を連れて北へと進んだ。
降りしきる小雨が、傘の生地に弾かれて、音を立てていく。
二人は寄り添いながら、大通りを歩き続けた。
霊を探す能力は、晴也よりもキヨのほうが高い。
それは陰陽師が術で探すか、ヘビの怨霊が獲物の霊を探知するかの違いだ。
キヨに先導を任せて、北に1キロメートル。
国道9号線を超えてからは、車が一方通行の狭い裏道を、西へと歩いて行く。
道の両側は、観光客や住民を対象とした小さな店のほかに、民家とマンションが建ち並び、雑多としていた。
そこから広い道路を挟んで、さらに西へと進んだ。
すると店やマンションが少なくなって、民家や駐車場が増えてくる。
人の姿がどんどん減っていき、仕舞いには殆ど見かけなくなった。
「こちらのほうに、何かが居ますね」
左に曲がったキヨは、万寿寺通に踏み入った。
万寿寺通は、その名の通り、かつて万寿寺があった場所だ。
豊臣秀吉の『天正の地割』で、東福寺の境内に万寿寺が移転して以降は、地名だけが残っている。
少しだけ発展を取り戻した、マンションが並ぶ小道の先に、それは居た。
男の霊は壮年、女の霊は二十歳ほどで、どちらも陰気が強い。
両者は手を繋いでいるが、女のほうが男を引っ張っている。
男は虚ろで無抵抗だが、扱われかたは、支配的ではあっても、奴隷的ではない。
年下の女のほうが支配的である時点で、親子関係ではないだろう。生前に夫婦であれば、風聞から周りが止めたはずなので、夫婦とも思えない。
気に入った男を引き込んで支配した女の霊……というのが、晴也の推定だった。
――室町時代やな。
服装から両者は、室町時代と推察された。
例えば女の表着の腰元が、お端折りではなく、細帯になっており、布の色合いと布地の質が鎌倉時代よりも良い。
服装からは身分も推察できるが、男女共に武家階級だと思われた。
女の霊と、キヨは、目を合わせた。
するとキヨが、女の霊と目を合わせたまま、あからさまに嘲る。
晴也の腕を引き寄せて、その頬に口付けをしたのだ。
「キヨ、どうしてん」
「あら、夫婦ですもの。これくらい普通でしょう」
「せやな」
晴也がキヨの勝手を許したのは、相手の反応を引き出せると考えたからだ。
カップルばかり襲うのは、仲の良い男女が妬ましいからなのかもしれない。
それを確定させるためには、晴也とキヨが仲良く振る舞ってみせて、相手の反応を見ることが有効だ。
はたして女の霊は、呪詛を放った。
言葉では何も発していないが、無形の呪いが晴也とキヨを襲う。
だが陰陽師とA級怨霊の二人に、その程度の力が届くはずもない。
雨の夜道で生気を集める女の霊は、力を無為に消費したことで憎々しげな表情を浮かべると、手元の男を引き寄せた。
そして頬ではなく、口と口で行うキスをした。
「キスの文化、あるんやな」
口吸いは、平安時代の『土佐日記』や『今昔物語集』にも記されている。
それを行う事で、自分達も仲むつまじいと証明したかったのだろうか。
だが最初からグッタリとしていた男の霊は、口吸いを受けて、身体の力を失って女の霊に倒れかかった。
そして、ピクリとも動かなくなる。
「あれは、吸い過ぎたんやないかな」
「そうみたいですね」
「……アホやがな」
男の霊の様子に気付いた女の霊は、慌てた様子で男の霊の襟元を掴んで、ガクガクと揺すり始めた。
首の骨が折れるのではないかと心配になるほど、頭が激しく揺れ動く。
だが男の霊は、一向に目を覚ます様子が無い。
女の霊は男の霊を抱き抱えると、大慌てで走り去っていった。
「御前様、追わなくて良かったのですか」
「ちょっと男を、哀れに思うてな」
男女で行動する霊の片方が、動けなくなったのだ。
1ヵ月くらいは行動不能に陥ってもおかしくはないし、女の霊も行動を改めるかもしれない。
――改めると、ええなぁ。
姿を消した男女の霊に向かって、晴也は願った。
なお晴也自身は、キヨを連れて京都のタワーを満喫したのであった。
★書籍 第2巻、本日発売しました。
発売記念SSは、『第2巻で活躍する晴也とキヨ』でした。
第2巻で晴也は、スカイツリーに行ったりします。
挿絵も凜々しかったり、素敵だったりします!
ぜひ、お読み下さい(o_ _)o↓
























