168話 逆襲の魔王
三体の鬼が現れた場所は、蜃が生み出していた霧の中心部、御殿場駅付近だった。
ビルの高さで5階建てほどの獅子鬼。
3階建てほどの黒鬼と、青鬼。
想定していた荒ラ獅子魔王と羅刹、そして初確認の鬼である。
『魔王の傍らに、2体の鬼を確認。1体は羅刹、もう1体の大きさは、羅刹に匹敵』
観測員の報告が、無線機から周囲を囲む陰陽師達に流れた。
「なんやて」
晴也の発声に、緊張の色が混ざる。
それもそのはずで、羅刹のほかに同等の鬼が居るなど、想定外だ。
『一旦停止。その鬼を判別しろ』
協会長の向井が全体に指令を出して、駆け出そうとしていた霊狐達の足が止まった。
一樹達が乗る車も路肩に停車して、指示を待つ。
「大きさが羅刹と同等であれば、強さも同じくらいか?」
「そうやろうな」
小太郎の独白に、晴也が賛同した。
「相手が魔王で、ワイらを矮小な人間と考えとったら、戦力を分散させるために見かけ倒しの小細工なんてしぃひんやろう」
晴也の想像には、一樹も賛同できた。
獅子には、獅子の戦いかたがある。
2000年前の魔王が、餌に過ぎない人間に怯えて囮を出すなど、おそらく有り得ない。
『新たに確認された鬼は、男。肌は藍色、耳は突き立ち、牙を咬み出しています』
車内で会話が交わされている間、魔王の周囲を観察した観測員が、無線機で特徴を報告してきた。
特徴を耳にした一樹は、相手が夜叉だろうかと想像した。
「夜叉かな」
「なんでそう思うんや」
「魔王の傍に侍る羅刹と、夜叉は、どちらもインドの三大鬼神だ。羅刹を従えた過程があるなら、夜叉も手下に出来るだろう」
「夜叉やとしたら、強さの幅が、ありすぎるな」
安倍家である晴也は、家に相応しい知識を持つ。
毘沙門天が夜叉族の長であったことや、荒ラ獅子魔王に勝ったことくらいは知っている。
魔王の傍に侍る藍色の鬼が、魔王よりも強いわけはないだろうが、強さ次第では作戦を中止しなければならない。
今回の作戦は、魔王の傍には羅刹だけが居ると想定して、決行されたのだ。
――A級陰陽師7人の力は、S級中位の魔王に匹敵する。
そして羅刹対策として、小太郎を省き、小太郎に晴也と堀河を付けた。
小太郎が抜けた分は、五鬼童と春日を足して、穴埋めしている。
魔王は弱っており、豊川が召喚する霊狐達を加えて、勝てると踏んだのだ。
夜叉が羅刹並の力を持つ場合、小太郎達3人と鬼2体で、戦力差は3倍から1.5倍に縮まる。
犬神、白蛇、赤牛のチームと、2000年以上も長らえた鬼2体とでは、絶対に前者が勝てるとは限らない。少なくとも一樹は、そのように考える。
だが今回を逃せば、魔王は二度と配下と別れて行動しないかもしれない。
『青鬼は、羅刹と同じくらいの呪力です』
無線機から流れてきたのは、凪紗の声だった。
それに次いで白蛇の半妖であるキヨが、その鋭い感知能力で、遠方に在る鬼達の力を推し量った。
「同じくらいで、合っていますよ」
一樹達が居るのは、御殿場市の南にある裾野市だ。
キヨの感知能力の高さに感心した一樹は、かつて晴也がキヨに取り憑かれた際、どうやっても逃げ切れなかったのだと理解した。
通信機のマイクを手にした一樹は、自身も情報を発信する。
「賀茂と安倍も、五鬼童凪紗と同様に、もう一体をA級中位と感知しました」
自身の感知と合わせて、一樹も判断を報告した。
一樹の言葉が無線機から各所に流れると、即座に協会長の向井が反応する。
『向井より総員。作戦を継続する。鬼2体は、後続で受け持て』
若干の作戦変更と共に、作戦続行が決定された。
小太郎達3人に加えて一樹も参加すれば、2倍の戦力差になる。
一樹は呪力が多くて、霊体の式神を復活させられるので、ダメージを無視した特攻も可能だ。
――それなら勝てるか。
一樹の不安は拭えないが、反対するほど不利な状況でもなかった。
羅刹に関しては、復讐心に猛る犬神と、堀河に任せるしかない。犬神をほかに当てても言うことを聞かないだろうし、堀河も願掛けで呪力や将来が掛かっている。だが2対1であれば、勝てる。
すると残る夜叉には、一樹と晴也に憑くキヨで対応することになる。
どれだけ呪力があっても、格上の敵と戦うのは厳しい。
だがA級中位くらいが相手であれば、牛太郎と信君を前面に出して、水仙や鎌鼬3柱を支援に回らせれば、概ね抑え込める。そこに同等のキヨが加われば、夜叉1体であれば勝ち得る。
肉体があって、死ぬかもしれない八咫烏達は、なるべく温存する方針だ。それでも一樹と蒼依を守るためであれば、一樹は式神として戦わせるつもりだった。
『後続の賀茂、了解しました』
『突入開始』
向井の指示に応じて、待機していた霊狐達が、緩やかな進撃を開始した。
東西の野山や、南北の田舎町から、緩やかに御殿場駅へと向かう。全速力で突っ込まないのは、全体が接敵するタイミングを合わせるためだ。
先陣を担う霊狐達の後ろからは、A級陰陽師が移動を開始した。
北から義一郎、東から宇賀、西から豊川、南から諏訪。いずれも一樹よりも強いと、高照光姫大神命が太鼓判を押した者達だ。
続いて五鬼童と春日も、大きく弧を描きながら、ゆっくりと魔王の上空に向かう。
そして堀河が運転していた車も路肩に停車した。一樹、蒼依、沙羅、小太郎、晴也、堀河が、次々と車から降りていく。また八咫烏達も、蒼依に前後して飛び出した。
「行くぞ、皎」
「ヴオンッ」
小太郎の傍に犬神が現れて、みるみるうちに巨大化していく。
犬神は象よりも大きくなると、魔王達が居る北に頭を向けた。
『杜若……召喚・護法一龍八王大善神』
『キヨ、頼むで』
続いて赤牛とキヨが、次々と巨体や蛇体を現す。
一樹も式神達を呼び出して、召喚された氏神、護法神、怨霊達の傍に並べた。
「よし。羅刹と青鬼に向かって、進撃してくれ」
一抹の不安を抱きながらも、一樹が後続部隊に進撃を指示した。
駆け始めた犬神と赤牛、それに少し遅れてキヨ、牛太郎、信君、水仙、鎌鼬達が進む。
全員が包囲網を狭めていくと、魔王のほうに動きがあった。
『魔王の手元に、蜃が出現。小型です。魔王が、蜃を振り回しています』
状況が掴めず、唖然とする一樹達の遥か前方で、それは始まっていた。
自分より小さなサイズで蜃を顕現させた獅子鬼が、蜃の尻尾を両手で掴み、振り回し始めたのだ。
瞬く間に高速回転した獅子鬼は、蜃をハンマー投げのように投げ放った。
それと同時に、羅刹と夜叉も飛んでいた。
『蜃が投げ飛ばされて、それを羅刹と夜叉が追って飛びました』
蜃が投げ飛ばされ、羅刹と夜叉が飛んだ先には、一樹達が居た。
そして獅子鬼も、蜃を追って地上を疾走していた。
『いけない、後続が襲われる!』
宇賀の警告に、上級陰陽師と霊狐達が反応した。
豊川と霊狐達は地を跳ね飛び、駆け出した獅子鬼を追った。
空からは五鬼童と春日が滑空しており、犬神達は進路を反転させて駆け戻る。
投げ放たれた蜃は、羅刹と夜叉に抱えられながら、一樹達のほうへと落ちてくる。そして吐き出す息で、一樹達の上空に、蜃気楼の領域を作り始めた。
犬神達が駆け戻り、獅子鬼が飛び込み、煙を掻き分けた諏訪が入ったところで、世界が閉じた。
隔離された世界の外側では、霊狐と天狗達の身体が、煙を虚しく突き抜けていった。
























