166話 一進一退【書籍2巻&漫画1巻予約開始】
一樹達が白黒無常と遭遇した4日後。
奈良県の協会本部に、常任理事が全員参集していた。
「現状のまま進めても、解決できないと判断したの」
参集を要請したのは副会長の宇賀で、応じたのは協会長の向井だ。
現在各地には、山魈、玃猿、白黒無常という4体ものA級が現れている。ほかにはS級の魔王とA級の羅刹も居て、総戦力では協会を大きく上回っていた。
協会は、それらを刺し違えてでも倒す考えは、持っていない。
同等の戦力で刺し違えていけば、残るのは魔王陣営である。
そもそも、なぜ自分達が刺し違えなければならないのか。
『安全に戦って、どれかを倒せれば、倒した陰陽師がほかの場所へ増援に向かう』
そのような方針で活動していたが、現状では、それも困難だと判断したのだ。
「順番に確認しましょう。山魈は、会長が対応しているのだけれど」
宇賀が話を振ると、向井は険しい表情を浮かべながら口を開いた。
「山魈は、山の精とも伝えられる巨人です」
山魈という漢字は、現代の中国ではマンドリルにあてているが、妖怪の山魈は山の怪だ。
山の妖怪である山魈は、猿面で、一本足と伝えられる。
中国の『聊斎志異』(1766年)には、『梁に届きそうな身長で、熟れた瓜の皮のような顔色をして、三寸ばかりの歯がまだらに生えている』と記される。
緑色の顔をして、一本足で木に化けるために、見分けが付かない。
「相対している山魈は精で、木に乗り移ります。切り倒しても、次の木に乗り移るので、終わりがありません。槐の邪神が、呪力と特性を強めたものだとお考え下さい」
それは厄介だと一樹は考えた。
槐の邪神である信君の場合は、元領民を慮るように説得して、使役することが叶った。
だが中国の妖怪である山魈に対しては、説得材料が無い。反抗的な相手を呪力で縛るならば、費やす呪力は倍加する。
山魈が反抗的なA級中位だとすれば、幽霊巡視船を使役する倍の呪力が必要になる。
――欲しくないな。
一樹の呪力は莫大だが、無限ではない。
であれば2倍のコストが掛かる相手は、選びたくない。
「幸いにして山魈は爆竹の音が嫌いですので、周辺地域の住民に爆竹を持たせて、山魈の被害を抑えています。その上で、削り合っていますが、倒せる目処は立っていません」
「だそうよ。五鬼童と春日にも手伝ってもらっているのだけれど、抑えるだけで手一杯ね」
会長が伝え終わると、宇賀が補足した。
五鬼童家と春日家は、羽団扇で大きく力を増した。
両家の手を借りて、上空から山魈の森に霊毒を撒いて弱らせるなど非常手段も採られているが、それでも抑えるのが精一杯の現状だ。
「次は、りんのところの玃猿ね。どんな感じかしら」
「玃猿は、女好きの妖猿です」
豊川は、頬を膨らませて、如実に怒っている態度を示した。
中国の『抱朴子』には、次のように記される。
『800年を生きたアカゲザルが猨となり、猨が500年生きると玃となる』
玃猿とは、最低でも1300年以上を生きたアカゲザルの妖怪である。
背丈は人間ほどで、人間の男に化けることや、人を騙すことも出来る。
種族にはオスしか居ないので、子供を残すために、人間の女を攫う特徴がある。
攫われた女が子供を生むと母子共々、家に返してもらえるが、子供の父親の姓が分からないので、子供は仮の姓として『楊』を名乗ることが多かった。
蜀の西南地方に『楊』の姓が多いのは、玃猿の子孫が多いからだと、抱朴子の著者である葛洪は記している。
脹れっ面の豊川に、宇賀が問い質す。
「眷属の妖猿も召喚して、暴れているのよね」
「そうです」
「それで豊川稲荷の霊狐達と、妖猿達との争いになっていると」
「女人禁制でやっています。あの猿……」
何かしらあったのか、豊川は玃猿に対して怒っていた。
豊川のほうが翻弄されている様子で、事態がすぐに解決するようには見えない。
――豊川様が800歳で、玃猿が1300歳以上だと、相手のほうが狡猾か。
豊川には、1200歳を超える良房が付いており、霊狐達も猛者揃いだ。
敗北も無いだろうが、早々に勝利するのも難しそうだった。
全員が概ね理解したところで、宇賀は次の妖怪の説明に移った。
「それで白黒無常のほうは、狩り場を移ったの。九州の福岡県で、使い魔の走無常が確認されたわ」
白黒無常と使い魔である走無常は、首都圏から福岡県に移動した。
A級の妖怪達は単独行動ではなく、荒ラ獅子魔王を回復させるために、集団で呪力を集める目的があると考えられている。
そのため陰陽師との争いよりも、呪力を集めることを優先しているのだろう。
宇賀に続いて向井が、対応が困難な状況を説明する。
「白黒無常の移動は数日ですが、こちらは場所の特定、神社の建立、民衆への周知、信仰を神力化といった手順を踏まなければ、天空の社を作れません。その間、呪力を取られ放題です」
「頭が痛いわ」
宇賀は、現状を一言に集約した。
白黒無常が移動した場合、走無常の痕跡を特定して、当該地域に神社を建立し、信仰を集めて捜索態勢を構築しなければならない。
それを行ったところで、次の場所に移られればやり直しだ。
各地に神社だけ建立しても、八咫烏達が常駐して守護しなければ、信仰は集まらない。
そのため宇賀は、現状のまま作戦を続けることを断念した。
「守れる場所って、本部がある御所市、豊川稲荷がある豊川市、花咲市、首都圏くらいなのよね」
本部がある御所市は、高照光姫大神命の神域でもある。
人間が妖怪の犠牲になったところで、神仏は動かない。
普段から信仰とお供え物を欠かさず、有事に大きな犠牲が出て必死に祈願して、対価に何かを差し出して、神仏の気が向いたら動いてくれるかもしれないといった程度だ。
だが妖怪が神域に踏み込んでくれば、軽々と動いて神罰を下す。
それは人間が、自然界の食物連鎖には介入しない一方で、自分達の被害には対応する姿に近いのかもしれない。
古事記の神世七代は、過去七仏に等しいとされる。
また天照大神は、大日如来の垂迹(仮の姿)とされることもある。
日本神話の神と、仏教の仏が最上位では等しいとするならば、葦原中国の大神である高照光姫大神命は、高天原の主神から二段階落ちて、明王くらいだろうか。
大神でありながら、如来、菩薩、明王、天部のうち天部ということは無いだろう。
すると、天部と戦って敗退した荒ラ獅子魔王が相手ならば、高照光姫大神命は倒せる。
なお建御雷神に敗北して負傷した建御名方神は、大神ではないので天部と考えられる。
土地から肉体を出さない誓約も行っており、御魂を子孫に宿しているので、天部の中でも弱いほうかもしれない。
――御方から、A級上位と評価されているのは、妥当かな。
地上で最上級に安全な場所が、御方が住まう御所市の周辺だ。
豊川稲荷の周辺であれば霊狐達の縄張りで、花咲市には一樹と小太郎が居を構える。天空の社は、白黒無常を追い返せた場所だ。
そこまでが、協会が常時守れている範囲だった。
「使役する八咫烏を増やす意思があれば、卵の回収班は、協会で編制するが」
大して期待していない様子で、向井が一樹に提案した。
八咫烏5羽で、首都圏の監視体制を構築できている。
それが100羽居れば、20ヵ所に社を建立して守れるかもしれないという話だ。4歳児が5人居る家に、新たに新生児を100人単位で増やすような話でもある。
提案された一樹は、やんちゃな朱雀を思い浮かべた。
一樹が移動する度に付いてくる数十羽の黒雲、じゃれ合いで行われる餌の争奪戦、毎日のように降ってくる小鬼、飛び交う五行の術、テレビを付ける度に流れる八咫烏達のニュース。
各地から届く八咫烏達へのお供え物、「将来は地元に来て欲しい」と付け届けをする都道府県、各地で勝手に建立される名無しの女神の社。
新番組に『今日の八咫烏』という視聴者の投稿コーナーが新設されるところまで想像した一樹は、脱力感を覚えて、小さく頭を振った。
「いえ、その予定はありません」
「予算は、C級1羽の育成につき1億円くらいは出せる」
魔王対策に必要な支出は、常任理事会で認められている。
C級妖怪の調伏料は、1億円が目安だ。
C級の味方を1羽増やす場合、1億円は出せるだろう。
だが現在の一樹にとって、1億円は新たな気苦労を背負い込むほどの金額ではなかった。
それに、別々の場所に派遣される100羽もの八咫烏など、一樹は統制できない。
100羽のうち何羽かは、一樹が統制していれば死ななかった状況で、妖怪を相手に殺されることになる。
「予算ではなく、育てるエネルギーと、育てた八咫烏達を統制できずに死なせることの問題です。育成に関わった蒼依姫命も、悲しむでしょうし」
八咫烏達の育成には、蒼依の手を借りる。
無統制で死なせ、蒼依を悲しませると分かっていて応じることは、一樹の倫理観に悖る。
「そうか。だがカラスは、2~3年で性成熟する。放し飼いにしているのであれば、相手を見つけて子供を作る個体も、出てくると思うが」
自然に増えた場合はどうするのかと、向井は確認した。
「蒼依姫命に育成を手伝ってもらうのと、野生で勝手に育つ。その2つは、責任の重さや、悲しみの度合いが異なると思います」
「新たに生まれてくる八咫烏達は、式神にしないのか」
「今のところ、その予定は有りません」
一樹は八咫烏達に対して、将来的には花咲家の犬神のように、自発的に賀茂家に憑いてくれることを目標に育てている。
一樹と蒼依で現状を維持すれば、5羽の八咫烏達は、賀茂家に納まるだろう。
だが新たな八咫烏達に、5羽と同等以上の時間、情熱、愛情を費やして育て、共に龍気を得るなどの経験を積ませることは出来ない。
新たな八咫烏達が賀茂家に憑いてくれるのかは未知数で、5行も5羽で足りている。
そのため一樹は、有限のリソースは、憑いてくれる5羽にこそ振り向けるべきだと考える。
「分かった。その件は、一先ず諦める」
向井は、八咫烏を量産して各地に派遣する思い付きを断念した。
かくして現状は、一進一退の手詰まりに戻った。
どこか一つに集中攻撃を行えば、戦力的には上回る。だが戦力を集中させれば、相手は逃げるし、ほかの土地を荒らされる。
一樹と向井の話が終わったところで、宇賀が口を開いた。
「抜本的な解決策を考えたのだけれど……」
宇賀の提案は、全員を驚愕させる内容だった。
・あとがき
書籍2巻&漫画1巻の予約が、開始されました。
書籍2巻では、千葉県の妖怪が東京都に攻め込んで、
晴也と共に調伏に向かう書き下ろしなども、ございます。
そしてキヨの挿絵が、超可愛いです!
<購入特典情報>
1.妹編 (共通) 『不良疑惑の兄』
2.式神編(電子書籍) 『二体の牛鬼』
3.料理編(TOストア) 『伊佐々王の子孫達』
4.幽霊船編(bookwalker) 『幽霊船・伊呂波丸』
5.小5編(漫画) 『初めての式神』
<書籍第2巻&漫画第1巻 同時購入特典>
6.鎌鼬編(TOストア) 『今日のモフモフ』
7.八咫烏編(TOストア)『地域の妖怪ニュース』
※同時購入用のページからのお申し込みで、両方付いてきます。
http://akanoyo.web.fc2.com/
ご予約、よろしくお願いします↓ <(_ _)>
























