17話 エキシビションマッチ
「先程は随分と、手加減されたのですね」
エキシビションマッチの待機所に入った一樹に向かって、対戦相手の1人、双子の姉である五鬼童沙羅が声を掛けてきた。
沙羅は、一樹と同い年の中学3年生。
小柄でスリムなのは、空を飛ぶ大天狗の子孫だからだろうか。クラスが身長順に整列したら、前から5番以内に入るだろう。
柔和な表情に、垂れ目で、声も優しく、一樹は穏和な印象を受けた。
沙羅の髪は左右に分けて、垂らして結んだ『おさげ』だ。双子の妹である紫苑は、ミディアムストレートで、両者は髪型で見分けが付く。
他には、妹の紫苑が額に眉を寄せて、気難しそうな表情を浮かべており、沙羅よりもキツい印象を与える。
そんな沙羅と紫苑の双子は、簡易な山伏様の衣装を身に纏い、神木から削り出した霊験あらたかな金剛杖を手にしていた。
一樹は、話し掛けてきた沙羅に向かって答える。
「あれは流石に、力量差が有り過ぎた。五鬼童家は、手強いと認識している」
手加減したのを知っているのであれば、見学していたのだろう。
一樹と沙羅の会場は別であり、先に19試合が行われるのであれば、同じ時間に終わるはずも無い。
隠す内容でも無いと判断した一樹は、試合結果については否定しなかった。そして五鬼童に対しては、手強いと認識していると無難に述べる。
そんな一樹の回答に対して、沙羅は言動の不一致を質した。
「その割には、2対1の勝負を引き受けられましたよね」
「……引き受ければ、C級に推薦して貰えると聞いた。推薦して頂く以上、C級に充分な力量は見せるつもりだ」
その様に答えておけば、一樹が活躍した際、推薦した五鬼童の期待に応えようと頑張ったのだという形になる。
そして実力者を推薦した五鬼童は立派と言う事になり、五鬼童の顔も立つ。
慎重に答えた一樹に対して沙羅は、さり気なく尋ねた。
「賀茂一樹さんは、B級くらいの力量はお持ちですよね」
沙羅が問うのは、戦闘前に一樹の力量を推し量ろうとしているからなのか。
意図を把握しかねた一樹は、若干考えてから答えた。
「開業する予定だから答える。俺の力量は、B級以上は有る。そして五鬼童一族は、受験の時点でC級の力量だと聞いた。君達がB級に届いていないのであれば、今回は相手が悪かったのだと思ってくれ」
両者の会話は、生配信されている。
そして依頼人にアピールしたい一樹は、実力を誇示して勝利を宣言した。
すると同世代から、「自分の方が圧倒的に強い」と宣告されたのは初めてだったのか、沙羅は驚いた様子で尋ねた。
「C級で、グリフォンやマンティコア並ですよ。そんなに、お強いのですか?」
沙羅は戦闘前の舌戦や力量の推定ではなく、素で問うた様子だった。
純粋に聞かれた一樹は、やや気勢を削がれながらも、頷いて答えた。
「君達がC級だったのに俺が負けたら、俺は自戒の意味を込めて、陰陽師を引退するまで、毎年2人分の守護護符を作って2人に贈ると約束しよう」
実況掲示板では、大いに盛り上がっているだろう。
偉そうに宣い、随分と派手に宣伝した一樹に対して、控えていた紫苑が口を挟んだ。
「そんなに絶対に負けないと思っているなら、毎月にしなさいよ」
「良いぞ」
挑発に対して即答された紫苑は、神気を帯びた金剛杖で地面を突いて、怒りを露わにした。
「だったら、後悔させてやるわ。毎月くれるなんて、ありがとう!」
怒った紫苑が捨て台詞を残して、待機所から歩み去って行った。
残った沙羅は、少し困った表情を浮かべた後、一樹に一礼した。
「それでは、お言葉を試させて頂きます」
「ああ、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
双子の性格差に感心した一樹は、沙羅と頷き合って待機所を後にした。
これで負ければ目も当てられないが、相手は五鬼童一族だと分かっている。五鬼童一族は、国家試験の受験時にはC級の実力があり、20歳頃までにはB級に昇格する。
対して八咫烏達は、D級の中鬼ですら遊び道具に出来るので、C級の力は持っている。そして一樹の気が尽きない限り、回復し続けられる。
八咫烏達と、紫苑と沙羅は、同じC級だ。5対2の戦いであり、まともに戦えば勝敗が明らかである。
そして一樹には、B級の牛鬼も控えている。
一樹は試合の開始場所に移動しながら、八咫烏2羽ないし3羽で、沙羅と紫苑を相手取れば良いと考えた。
そして移動する間、一樹は5羽に向かって、制限の解除を伝えた。
「フィールドが広くなった。フィールドから出なければ、自由に遊んで良いぞ。あの2人に、全力で沢山遊んで貰え」
「「「「「カァアアアッ!」」」」」
自由に遊んで良いと許可を得た八咫烏達は、バサバサと翼を羽ばたかせながら、鳴き声を上げ始めた。
位置について、青いランプを確認した一樹は、呪を唱える。
『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。汝等を陰陽の陰と為し、我が気を対たる陽と為さん。然らば汝等、我が陽気を悉く汝等の力と変え、疾く天駆け、敵を征討せよ。急急如律令』
試合開始ブザーが鳴ったのと同時に、一樹は八咫烏達を解き放った。
三次試験と異なるのは、式神である八咫烏達に莫大な気を流し込んだ事だ。
八咫烏達に送り込まれた気は、五行のエネルギーと化して、八咫烏達の身体を包み込み、大砲から放たれた弾丸のように撃ち出した。
5色に輝く巨大な光が、芝生を巻き上げながら、高速で突き進んでいった。
「飛ぶよっ」
「くっ!」
その遥か先、強ばった表情を見せた沙羅と、引き攣った表情を見せた紫苑が、背中から天狗の翼を生やして、瞬く間に空中に跳躍した。
すると砲弾は弧を描くように上昇して、空に逃げた2人を2手に分かれて追尾した。
沙羅を追いかけるのが、土行の黄竜と、水行の玄武。
紫苑を追いかけるのが、木行の青龍、火行の朱雀、金行の白虎だ。
「「カァー」」
一鳴きした黄竜と玄武は、陰気を土と水に変えて、晴也を攻撃した時よりも遥かに強力な高圧の土石流を沙羅に浴びせ掛けた。
空中の沙羅は、翼を羽ばたかせて攻撃を回避する。
すると土水の放水は、1本の線からシャワーのように形を変えて、広範囲に撒き散らされた。
撒き散らされた泥水は、流石に回避し切れない沙羅の服に重石となって、容赦なく纏わり付いていった。
一方で紫苑には、さらに苛烈な攻撃が行われていた。
「ふーざーけーるーなーっ!」
木行の青龍が木矢を作り、金行の白虎が金属の鏃を作り、火行の朱雀が炎を纏わせて、紫苑に火矢の雨を降り注がせていた。
紫苑は、変換された多数の矢で刺され、あるいは焦がされた。
そして避けきれないと判断したのか、全身に気を纏わせてダメージの軽減を図りつつ、八咫烏に向かって飛び、振りかぶった金剛杖を鋭く振るった。
だが天狗の翼を生やした紫苑の飛行能力は、神鳥の八咫烏には遥かに劣る。
紫苑は八咫烏達を全く捉えられないまま、一方的に火矢を浴びせられて、自身の気と守護護符の護りを削られていった。
「沙羅ぁーっ!」
紫苑が金剛杖を振り上げながら、大声を上げた。
すると沙羅が紫苑の方を向いて頷き、おさげを解いて紫苑と同じミディアムストレートの髪型になった。
そして2人は跳躍して、空中で交差する。交差した2人は入れ替わり、互いを追う八咫烏に向かって、金剛杖を振るった。
(同じ髪型にして、交差して入れ替わって、追っ手を混乱させたのか)
双子は背丈も格好も同じで、髪型くらいしか大きな違いがない。
近くでゆっくりと観察すれば目付きが異なるが、戦闘中の沙羅は、流石に待機所で話していた時ほど穏やかな表情では無い。
髪を下ろされた後の双子は、泥水を被った沙羅と、焦がされた紫苑の服装が無ければ、一樹には見分けが付かなかった。
八咫烏達も、一瞬だけ戸惑った様子だった。
だが沙羅と紫苑には、既に八咫烏達の気が纏わり付いている。八咫烏達は、直ぐに元の標的を追いかけ始めた。
「互角の力量ならば、2対1、あるいは3対1で戦って、勝てる訳が無い」
交戦する八咫烏達と双子の強さについて、一樹は1人と1羽が、概ね互角程度だと見積もった。加えて八咫烏達は、一樹の気で回復している。
負ける事は無いだろう、と、一樹は判断した。
交戦して不利を悟ったのか、2対1で紫苑よりは押し込まれていない沙羅が、空中から急降下して術者である一樹に直接迫った。
「俺を直接狙ってきたか。極めて常識的な判断だ」
沙羅が空中で金剛杖を振りかぶり、一樹に狙いを定める。
対する一樹は堂々と沙羅に向き合い、迎え撃つ様に式神符を出して構えた。
だがそれは、常識的な対応に見せかけて、沙羅を引き寄せる罠だった。
「……すまないな。相手が非常識なパターンだ」
急降下で迫る沙羅に向かって、一樹の影から巨大な腕が伸びた。
そんな腕の次には、巨大な厳つい牛頭、鬼の巨体が現れていく。
急降下で迫っていた沙羅は、迎え撃つ巨大な鬼の手に悲鳴を上げた。
「きゃあああああああっ!?」
巨大な手に身体を掴まれそうになれば、悲鳴の一つも上げるだろう。
沙羅は回避する間もなく、牛鬼の巨大な左手に身体を掴まれた。
「沙羅ああっっ!」
紫苑が叫んだが、3倍の敵に追われていては、他に為す術も無い。
さらに一樹は、混乱に乗じて状況を有利にすべく、捕まえた沙羅を追い回していた黄竜と玄武にも指示を出した。
『黄竜と玄武は、残った1人を追うのを手伝え。5対1だ!』
「「カァーッ」」
一樹に命じられた2羽は、翼を翻すと、先に紫苑を追っていた3羽に加わった。そして5羽で五行を使い、紫苑1人を追い回し始めた。
火矢の雨で追われていた紫苑に、土石流の追撃が追加された。
「そちらが双子なら、うちは5つ子だ」
厳密には巣が異なるが、生まれた時から同じ場所、同じ親、同じ餌で育てた。
カラスは群れで暮らす生き物であり、一樹の気とも繋がっているため、連携は双子並には得意だ。
「いやああああっ! ばかあああっ、ふーざーけーるーなーっ!」
一樹が見上げる空の彼方から、悲鳴が響いてきた。
火矢の雨で焼かれていた紫苑が、攻撃を避けた先で土石流を浴びせられる。
他方、牛鬼に身体を掴まれた沙羅は逃れようと藻掻いたが、叶わなかった。
牛鬼にとっての人間は、人間にとっての女性用の薄い靴であるパンプス並の大きさだ。
牛鬼は鬼の身体を持つ神霊で、一樹の陽気で強化されている。そんな牛鬼の手に掴まれた沙羅が、掴まれた状態から脱せるはずが無い。
一樹は沙羅に聞こえるように、発声して牛鬼へ指示を出した。
「牛鬼、お前の棍棒で地面を一回殴れ」
牛鬼の持つ棍棒は、人間よりも遥かに大きい。その巨大な棍棒を振り上げた牛鬼は、それを勢い良く地面に叩き付けた。
直後、鈍い衝撃音が響き、芝生が抉れて土が弾け飛んだ。
驚いて抵抗を止めた沙羅に向かって、一樹は声を掛けた。
「左手で掴んでいるB級の牛鬼が、右手の棍棒で君を殴れば、C級の護符を破壊するどころではない。牛鬼には莫大な気を送っているから、相手がB級の大鬼であっても、棍棒で殴れば身体が陥没する」
牛鬼は人間では無く、鬼の身体を持っている。
その力で棍棒を叩き付ければ、打ち据えられた人間は身体が陥没して、全身の骨が砕ける。
一樹は沙羅に対して、何が起こるのかを説明した。
「勿論、そんな事はしないが、これが実戦だったら決着している。だから降参しろ。俺の牛鬼は、B級の力を持っている。それも下位ではない」
身体を掴まれている沙羅は、牛鬼が保有する神気の大きさを肌で感じ取れる状態にあった。
降伏を求めた一樹に対して、沙羅は紫苑に目を向けながら答えた。
「分かりました。私は牛鬼に捕まります。ですが紫苑は頑張っているので、紫苑が降伏するのかは、紫苑に任せたいのですが」
沙羅は、牛鬼の手を塞ぐという微妙な降伏条件を付けた。
もっとも5対1では、八咫烏達が負ける可能性は皆無に近い。それに牛鬼の左手は塞がったが、右手と棍棒も空いている。
一樹は鷹揚に頷いて答えた。
「別に構わないぞ。八咫烏達は、1羽でも互角の力が有る。そして5羽を奇跡的に突破できて、牛鬼すらかいくぐっても、俺には符術がある」
「本当に、お強いのですね」
一樹と沙羅の視線の先では、紫苑が八咫烏達に追い回されていた。
先端が加熱した金属の火矢の雨を浴びせ、水弾の暴風雨を撒き散らす。
5羽は、『遊び相手として、獲物役になってくれている紫苑』にトドメを刺さないように、程々に手加減しながら撃っていた。
それを戦っている紫苑も理解しており、何やら怒って叫んでいるが、その声は遠すぎて一樹には届かなかった。
牛鬼が近くに寄せた沙羅と共に、戦いの様子を見守りながら、一樹は沙羅に話し掛けた。
「あっちは諦めが悪そうだな」
「紫苑は、負けず嫌いなんです」
三次試験と異なり、エキシビションマッチには時間制限が設けられていない。八咫烏達が楽しんでいる様子を見た一樹は、暫く好きにさせる事にした。
すると沙羅からも質問が飛んでくる。
「私のトドメを刺しませんでしたけれど、悪しき妖怪なら倒しましたか」
「倒せるなら、当然倒すだろう。逃したら被害が出るんだぞ」
逃してしまった山姥を思い浮かべながら、一樹は無念そうに答えた。
「それでは実戦で、善き妖怪が相手だったら、どうしますか」
「その牛鬼が、善き妖怪のパターンだった。牛鬼を倒せと依頼を受けて赴くと、椿の神霊だったんだ。だから倒さずに式神化して、手伝って貰っている」
「そうなのですね」
牛鬼の手の中で動く気配がして、一樹は沙羅に振り返った。
沙羅は牛鬼を見上げた後、一樹に向き直って尋ねた。
「八咫烏達は、親元から卵を取ってきたのですよね」
「あいつらの親は、首輪が付いた飼い犬を食べていた。子供もそうなるから、俺が育てている。子犬が可哀想だからではなく、俺の良心に咎めないからだが、あいつらを殺す気は無いぞ。怨霊系は嫌いだ」
沙羅と目を合わせた一樹が答えると、沙羅は待機所で話した時のような穏やかな表情で尋ねた。
「私に仰られた事は、全て本当ですか?」
「八咫烏達の親は、動画を撮ってあるから渡しても良い。牛鬼は、神気を感じ取れるだろう」
エキシビションマッチの目的を察した一樹に対して、沙羅は頷き返した。
「一樹さんがどのような方か、少し分かりました。ところで一樹さん、携帯番号を教えて頂けませんか。誤解やすれ違いがあれば、解けるかもしれませんし」
「了解。牛鬼、離してやれ。五鬼童家の用件は終わったらしい」
一樹に指示された牛鬼は、左手をゆっくりと降ろして、沙羅を解放した。
飛び降りる際に沙羅は蹌踉めいて、一樹が咄嗟に抱き留めた。
「……そこまで調査するな」
「ちょっとしたお詫びという解釈で、如何でしょうか」
蹌踉めいた振りをした沙羅が、上目遣いで微笑むと、一樹は溜息を吐いた。
そして沙羅に纏わり付いた泥水に向かって、気を送る。
『還れ』
すると一樹の気から変換された泥水は、光球と化して霧散していった。
「「「「「カァー、カァー、カァー」」」」」
「ふーざーけんなーっ、きゃあああっ」
一樹と沙羅が抱き合う間、5羽は紫苑を追い回して、存分に遊んでもらった。


























