160話 天空の社の取材
『東京天空櫓の神社には、今日も多くの人が、参拝に訪れています』
12月に入った東京の一画に、珍妙な光景が生まれていた。
それは電波塔である東京天空櫓に向かい、二拝二拍手一拝をする人々の集団だ。
その多くは、東京天空櫓の周辺で見られるが、遠方でもお参りする人は居る。
それでいて参拝した人達が中に入れば、普通に観光を楽しんでいく。
世界から見れば、実に珍妙な光景であろう。
年末にクリスマスを楽しみ、お正月に神社へ参拝し、お盆にお寺でお墓参りをする日本人らしい光景だと言えるかもしれない。
『神社が建立されたのは、都内に発生している霊障を抑えるためです』
テレビがお参りする人々を映す中、スタジオのアナウンサーが解説を始める。
『11月以降、日本各地に、魔王の配下と思わしき妖怪や霊障が発生しました。東京では走無常と呼ばれる死神の使いが次々と現れ、犠牲者が続出しています』
大元の無常鬼は死神だが、使いっ走りの走無常は、操られた人間だ。
その時々で与えられる力は異なるが、人間を殺して気を回収することが目的なので、大した力は与えられていない。
殺そうとしたタイミングで偶然邪魔が入り、人間側にとっては運良く取り押さえられて、事件が発覚した。
それで協会が行政と協力して各地の死者を調べたところ、都内を中心として、首都圏に被害が広がっていた。
『そこで陰陽師協会は、東京天空櫓に女神の神社を建立し、神使を派遣して対応にあたっています。その女神は、国生み・神生みと謳われるイザナミから発生した後、黄泉津大神となったイザナミと袂を分かって、人に力を貸してくれています』
アナウンサーの解説内容は、陰陽師協会が記者会見を行い、大々的に発表した対応策だ。
その女神は、八咫烏などを神使にできて、呪力を回復させられる。
そのため一樹が八咫烏を派遣して、女神の下で霊障対策にあたらせているという形である。
『魔王と争っている最中であり、対策される恐れがあるので、女神の名前は伝えられていません。ですが八咫烏達は、発表された翌日から都内の空を舞い、様々な霊障を祓っています』
テレビの画面が、都内で撮影された活躍の一場面に切り替わった。
夜間、警察が包囲するビルの合間に、赤い双眸が怪しく輝く。2体、3体……と姿を現したのは、人を食べる小鬼だった。
人が住む場所には、それを餌とする鬼が必ず現れる。
小鬼の腕力は、チンパンジー並の約300kgfで、成人男性の6倍と目される。
想定外の数に、包囲している人々が思わず後退った。
それを見た小鬼達が嘲笑うように口元を歪め、一歩前に出る。
次の瞬間、黒い影が降ってきて、瞬く間に2体の小鬼を弾き飛ばした。
その影は、残る1体の小鬼を素早く捕まえると、獲物を連れ去るように空へと舞い上がっていった。
『カァーッ』
気の抜ける声が、空を遠ざかっていく。
遠巻きに包囲していた人々は、唖然として空を見上げ、構えていた防護盾を地面に下ろした。
『東京天空櫓から、数十キロメートル以内の妖怪や悪霊による被害は、僅か数日で激減しています。発生した霊障は、通報を受けた警察官が駆け付ける前に、解決されています』
外を出歩く都民で、八咫烏達を1度も見ていない人間は、既に居ないほどだった。
それが東京天空櫓の神社への参拝に繋がっている。
『今日は池田リポーターが、現地に行っています。池田さん、お願いします』
「はい、東京天空櫓の地上497メートルからお伝えします」
アナウンサーが紹介すると、テレビの画面が飛び去る八咫烏から、東京天空櫓に切り替わった。
画面に映ったリポーターは、ヘルメットを被り、工事現場で見るような反射安全ベストを着て、手には白い手袋を付けている。
靴も踵の高いヒールなどではなくて運動靴だ。
アンテナの付け根部分にあたる497メートル地点は、東京天空櫓の外側だ。
業務用エレベーターで460メートルまで上がった後、階段とハシゴで上がった先にある。
一般人が入れない場所なので、安全対策は不充分だ。
胸部くらいの高さの手すりはあるが、それを乗り越えれば、地上まで真っ逆さまである。
『池田さん、大丈夫ですか』
「大丈夫ですと言いたいところですが、風が強くて、怖いです」
『落ち着いて、景色でも眺めてみて下さい』
「嫌です。A級の賀茂さんに取材できると聞いて来たのに、こんなの聞いていませんでした!」
テレビ局に騙されたのか、それとも本人が勘違いしていたのか。
リポーターの口振りからは、本人にとって想定外の取材を行わされているようだった。
――整えていた髪、ヘルメットで駄目になっているな。
リポーターが頑張った化粧と服装のすべてが、地上497メートルの世界では台無しである。
それでも気を取り直したのか、リポーターは気合いを入れ直して取材を開始した。
「普段は立ち入り出来ませんが、本日は特別に取材させて頂けました。取材に応じて下さったのは、A級の賀茂陰陽師です。本日はよろしくお願いします」
リポーターが一樹の名前を挙げると、スタジオ内に感嘆の声が上がった。
――さっき、名前を口走っていなかったか。
内心でツッコミを入れつつ、カメラを向けられた一樹は、表情を引き締めてお辞儀をした。
「陰陽師協会の賀茂一樹です。よろしくお願いします」
一樹が説明に駆り出された理由は、説明できる人間が一樹しか居ないからだ。
餌を用意しているのは協会の東京都支部だが、支部が答えられるのは、与える餌の種類くらいだ。その餌が、なぜお気に入りなのかも、支部の職員は知らない。
一樹が取材に応じる義務は無いが、テレビで解説をしたほうが、人々の関心と気が集まって、蒼依の神格が上がり易くなる。
そのため不得手を自覚しつつも、応じた次第であった。
「A級のかたが取材に応じて下さるなんて、初めてではないでしょうか。ありがとうございます」
「不慣れですが、お手柔らかにお願いします」
カメラに向かってお辞儀した一樹に合わせて、肩に乗っている朱雀も器用にお辞儀した。
青龍、朱雀、白虎、玄武、黄竜と名付けた八咫烏達の性格は、それぞれ異なる。
別の生き物に例えるならば、蛇、烏、猫、亀、竜。
性格は、したたか、やんちゃ、じゃれる、のんびり、穏やかだ。
好奇心旺盛で、典型的なカラスの性格をした朱雀は、リポーターを観察した後にヘルメットの上に飛び乗った。
「あううっ!?」
普段であれば喜ぶシーンなのだろうが、ここは電波塔の外側にあたる地上497メートルだ。
思わず身を竦めたリポーターは、縮こまりながら声を上げる。
「都内で活躍している八咫烏は、今日も元気一杯です」
一樹が耳元に付けているイヤホンから、スタジオの笑い声が聞こえてきた。
笑い処なのだろうが、当事者が本気で怖がっているので、一樹はフォローする。
「八咫烏達は、仙人のように術でも飛べますから、大きくて重い物も運べます。人間くらいなら、ここから落ちても掴んで、地上まで安全に降ろしてくれます」
「そうなんですか」
「はい。この取材で事故が起きることは、絶対にありませんので」
「わ、分かりましたぁ」
八咫烏達は、生まれて数ヵ月で、人間よりも大柄な中鬼を運んでいた。
問題は、朱雀が掴んだ物を放り投げて落とすことだが、その部分について一樹は説明を避けた。
「それでは、現在の都内での活動について教えて下さい」
「はい。派遣した八咫烏達は、倒して良い妖怪と駄目な妖怪を見分けられます。女神様から神気を分けてもらって、それを使って都内の悪霊や妖怪を倒しています」
八咫烏は式神で、術者の一樹とは気で繋がっている。
互いにイメージを伝え合えて、倒して良い妖怪と駄目な妖怪は、これまで一樹が逐一教えてきた。
一樹と蒼依の顔色を窺うことで学んだのか、妖怪の周囲に居る人間の反応も判断の参考にする。
さらに一樹が気を探る様子を見て学んだのか、妖怪が持つ気に、喰われた人の気が混ざっているのかも判別できる。
判断できない時は攻撃せずに、一樹に確認するので、正解率は100%だ。
「実績は、花咲市と周辺市町村で積んでいるとおりです」
「間違って攻撃することは、無いのですか」
「これまでに小鬼の集団など、合わせて1万体以上の妖怪や悪霊を倒していると思いますが、間違えたことは1度も無いですね」
「1万体ですか!?」
「花咲市と周辺市町村の妖怪、ほとんど居なくなりましたので、多分それくらいは狩ったかと」
八咫烏達と小鬼の強さは、同じではない。
朱雀は小鬼の集団に対して、スズメバチの巣に火炎放射器で火を放つレベルで攻撃できる。
周辺の陰陽師は、廃業間近かもしれない。
「都内の怨霊や妖怪も、そんな風になるのでしょうか」
「流石に数が多すぎるので、呪力が足りないかも知れません。こいつらは鬼を狩るのが趣味なので、皆様が神社にお祈りして気を与えれば、頑張ると思いますが」
「それは頼もしいですね。わたしも、ここでお参りしていきます」
宣言したリポーターは、背後に設置されている小さな社に向き直ると、二拝二拍手一拝を行った。
社に向かって拝むリポーターの姿が、テレビの画面を通して全国に放映される。
それから数秒後、社が淡く輝き出した。
そして輝いた社からは、朱雀を含む5方向に、五色の光が伸びていった。
























