158話 各地の異変
陰陽師協会の常任理事会は、毎年5月と11月の2回開催される。
一樹は2回目の参加で、小太郎にとっては初参加だ。
いつも宇賀が説明役を買って出ているのか、一樹が初参加した時と同様に、小太郎も常任理事会について説明を受けていた。
「5月は前年度の決算報告で、11月は次年度の予算報告。あとはB級の定期昇格と、配置共有。5月の決算は結果報告だけれど、意見を出せば、次の予算作成時に考慮されるわよ」
「なるほど」
宇賀の説明に対して、小太郎が素直に頷いている。
前回とは話題が異なるが、父親がA級だった小太郎は、一樹よりも知っている部分がある。
そんな小太郎に対して宇賀が説明する内容に、一樹も耳を欹てていた。
「11月の予算報告では、意見を出して常任理事会で認められると、予算案が変更されるわ」
「常任理事会で意見が割れると、どうなりますか」
「常任理事が最大8人で、私達3人と調整役の会長1人を除くと、4人でしょう」
「はい」
「人間4人で意見が割れると、最大で3対1。そこに私達3人が付けば、どちらかになるわよ」
少数派の意見であっても、宇賀達3人が揃って支持すれば、3対4で宇賀達の意見が通る。
非人間が決定権を有するように見えるが、そもそも4人の意見が纏まれば、人間の案が通る。
会長の意見は聞かれていないが、そもそも予算案を出したのは会長だ。
常任理事に「これで良いか?」と聞いた立場なので、会長を除いた常任理事の多数が反対ならば、再考が必要になる。
陰陽師協会は、有害な妖怪を調伏する組織である。
妖怪を調伏できるA級達が、方針を是とするならば、目的を果たせる。
逆にA級の半数が、困るならば、目的を果たせないので再考すべきだ。
「急ぎの場合、会長と3票分を持った副会長で決めるけれど、その時は会長と副会長を含めた4票が揃うから通るわ」
「分かります。1位から3位の方針ならば、陰陽師の不文律にも沿いますし」
小太郎が述べた不文律は、『対妖怪で共働するに際しては、最も優れた陰陽師が指揮する』や、『自分より上の陰陽師には従え。然もなくば引っ込んでいろ』だ。
常任理事会という組織自体が、「B級以下はA級の方針に従え」と言っているようなものなので、同じ理屈で「1位から3位の方針ならば従え」と言われても、主張が一貫しているので納得できる。
もっとも今般の魔王対策では、魔王出現の4日後に臨時の常任理事会が開催されている。
健在だったA級が全員集まり、必要な対策は無制限で行うことが正式に決められたので、好き勝手にやっているわけでもない。
一樹が白紙委任状を出したのは、いちいち確認していると、その間に状況が悪化するのが目に見えていたからだ。
結果として、大量発生した煙鬼を押し込める対策は、上手くいった。
魔王が居て、A級陰陽師が「押し留めるためにこれが欲しい」と思ったならば、確認しなくても好きにしてくれというのが現状だ。
協会の内部留保金は消えていくが、東京が陥落するほうが拙いので、仕方が無い。
「そろそろ定刻ですので、常任理事会を開催します。お手元の資料をご覧下さい」
宇賀と小太郎の話が一段落したところで、協会長の向井が声を上げた。
――現在進行形で白紙委任状が出ているけれど、予算報告は意味があるのか。
資料に目を落とした一樹が予想したとおり、予算は大赤字だった。
収入見込みは護符販売の収益が大幅増で、支出見込みは魔王対策費が大きい。
魔王対策に従事する陰陽師への報酬は正当に支払っており、収支は1000億円ほどの赤字で、内部留保金を使って補っている。
「日本政府からは、魔王対策費をいくらか補填したいと申し出がありましたが」
収支の改善案を述べた向井に対して、宇賀が冷たい眼差しで指摘する。
「お金を出すと、口も出してくるでしょう」
「それは有り得ます」
口を出す筆頭は、魔王の支配地域から出た国会議員達だろうかと、一樹は考えた。
票が欲しい国会議員は、票が得られるように、地元に都合の良いことを主張する。
それは「早期に解放しろ」、「戦果を上げろ」、「解放した地域を維持しろ」などで、実際に無理をさせられるのが、常任理事会のA級陰陽師達だ。
報酬を受けていなければ無視して良いが、報酬を受け取れば仕事なので、無視はできない。
「だったら駄目よ。蜃で、懲りたでしょう」
過日の大失態を指摘して、宇賀は向井の反論を封じた。
「S級妖怪を調伏する仕事なんて、引き受けられないわ。魔王対策は、協会の内部留保金を使って自主的に行っている善意の慈善事業よ。政府の指揮下には入らないし、命令されるなら撤収するわ」
「分かりました。それでは、政府の提案を断ります」
諏訪と豊川も賛同するであろう宇賀の意見に、向井が応じて、合計4票の多数決で政府の提案は否決された。
常任理事の1人である一樹には、話に割って入って意見を述べる資格もある。
だが「格上の魔王と戦うならば、自由裁量権が無いと困る」という話は、至極もっともなので、特に反対意見は無かった。
自分自身が大怪我を負った義一郎も、初参加の小太郎も反対せず、大赤字の予算案は承認された。
「続きまして、各地の陰陽師の配置と、B級への昇格審議に移ります」
魔王が現れた4日後の8月13日、臨時の常任理事会を行った協会は、B級陰陽師を増やした。
それによって、昇格時期を見計らっていた静岡県の堀河陰陽師、沙羅、凪紗などが昇格している。
ほかにも統括陰陽師が不在だった都道府県に、C級上位の陰陽師が昇格して配された。5月の常任理事会で宇賀が主張したことが、魔王出現によって遅ればせながら実現した形だ。
協会長の胃痛を想像した一樹が渋面を浮かべる中、昇格の審議が行われる。
「8月の審議後、新たに対象となったのは1名。C級上位だった五鬼童紫苑です」
紫苑の呪力は、羽団扇を除けばC級上位で、羽団扇を足せばB級中位だ。
呪力が高くても、それを戦闘力に転換できなければ、呪力相応の力を発揮できない。
だが鬼神と大天狗の子孫である紫苑は、呪力があれば身体能力を引き上げたり、術に力を籠めて放ったりできる。
力の使いかたは、同じ五鬼童一族にB級が沢山居るので、いくらでも参考に出来る。
推薦者には、伯父である義一郎の名が記されていた。
「良いんじゃないかしら。B級下位の陰陽師と戦わせたら、現時点で勝率は6割以上でしょうし、まだ伸びるわよ」
「五鬼童紫苑は、どれくらいまで伸びますか」
向井が尋ねた相手は、五鬼童当主の義一郎だ。
「羽団扇を除いて、最大でB級中位だろうね。彼女は典型的な五鬼童だよ」
即答した義一郎は、確信している様子だった。
成長した小鬼がF級、中鬼がD級、大鬼がB級に至るように、五鬼童一族は、基本的には当主がA級、男子がB級上位、女子がB級中位に至る。
1300年の歴史で、種族の限界まで能力を引き上げられる術を身に付けたのかもしれないと、一樹は考える。
その術は門外不出であり、本家と分家1家までがB級で、それ以外の者達は力が落ちていく。
B級に至るための修行をしておらず、呪力を引き継げる血筋も下がるのだから、力が落ちていくのは当たり前だが。
「分かりました。反対が無いようでしたら、本日付けでB級に昇格としましょう」
現時点でB級下位に勝てて、数年で羽団扇を使わなくてもB級に至るのだから、敢えて反対する理由も無い。
奈良県に戦力が偏っているが、五鬼童は本部戦力のようなものなので、今更である。
誰からも異論は出ずに、紫苑はB級陰陽師に昇格した。
「それでは、その他の事項に移ります。宇賀副会長より、報告があります」
「ええ。嫌な話をするわよ。資料を見て頂戴」
宇賀に従って、一樹は資料を捲った。
すると資料には、各地の異変と題された霊障事例が、記されていた。
「ここ最近、各地に中国系の妖怪が、現れるようになったわ。犠牲者は、気を吸われている」
その説明だけでも、出席者達には犯人の予想が付いた。
「A級の山魈とか、分かり易い妖怪も居るし、判別し難いのも居るのよね」
山魈とは、中国に住む山の妖怪だ。
猿面だとか、巨人だとか伝えられており、山の神ともされる。
中国の南北朝時代の『荊楚歳時記』には、次のように記される。
『正月一日、鶏が鳴くと起き、まず庭で爆竹をして、山魈や悪鬼除けをする』
現代の中国で、元旦に爆竹を鳴らす習慣は、山魈除けに由来している。
「こんな連中を連れてくるのは、魔王くらいでしょう。放置すると魔王に力を与えてしまうから、手分けして早々に片付けたいわ」
そのように述べた宇賀は、資料のページを捲った。
それに合わせて一樹がページを捲ると、そこには発生した事例と対応予定者の案が載っており、一樹の名前もしっかりと明記されていた。
 
























