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16話 対戦試合 賀茂 対 安倍

「三次試験は、見学できるんですね」


 二次試験が行われた3日後の8月4日。

 蒼依と八咫烏5羽を連れた一樹は、対戦試合が行われる三次試験の会場へと赴いた。

 八咫烏5羽は、大型鳥用のキャリーバッグ2個に分けて入れている。そして一樹と蒼依で、1つずつ運んできた。

 ハシブトガラスの重さは550グラムから750グラム。大型鳥用のキャリーバッグと合わせても2キログラムほどで、中学3年生が持ち運べる程度だ。

 加えてタクシーで移動したので、道中で職務質問されるような事も無かった。


「試験会場は、練馬区の光が丘公園に変わる。凄く広いぞ」


 光が丘公園は、練馬区にある都立公園で、元は飛行場が置かれていた。

 広さは60ヘクタールで都内4位だが、6ヘクタールにも及ぶ広大な芝生広場があるため、野外の対戦試合に向いている。

 人を害する妖魔を倒す陰陽師は、公益に資する存在だ。

 その陰陽師を増やす国家試験であるため、国や東京都も場所を貸してくれる。


「1ヘクタールの試合会場が5つ用意されて、各会場で10試合ずつが行われる」


 1ヘクタールは、100メートル四方、1万平方メートルの広さとなる。

 何かに例えるのであれば、400メートルの陸上競技を行うトラック場や、縦横108メートルの野球場のグラウンドと同程度だ。

 野球場を使って1対1で戦うならば、充分な広さだろう。

 対戦する両者は、白いテープの線で囲われた両端から試合を開始する。

 そして10分以内に式神や術を飛ばしたり、武器を振るったりして、相手を攻撃する。

 二次試験で作成した守護護符は、各自が3枚を残している。そのうち相手の2枚を破壊すれば、勝利となる。


「主様は、その広さで足りるのですか?」


 蒼依の懸念は、五鬼童の双子と戦う事を想定したのだろう。

 100位の相手と戦うのであれば不要だが、2位と3位を同時に相手取るのであれば、広さが不足するかも知れない。


「五鬼童は、飛べるらしいからなぁ」


 エキシビションマッチの連絡があった後、一樹は五鬼童で検索して、戦いの動画を見て回った。

 一樹と異なり、五鬼童家達は動画のアップロードなどは行っていない。

 だが古くから沢山の戦いを繰り返す五鬼童家の動画は、それなりに撮影されている。知名度が高いほど再生数も増えるので、他人の手による動画の転載も行われやすい。

 アップロードされていた動画には、五鬼童の術者が天狗の翼を生やし、空を駆け、急降下して妖怪を狩る姿が映っていた。

 対する一樹も、空中戦が可能な八咫烏5羽を投入予定だ。

 空中戦を行えば、設定されたフィールドを飛び出して行きかねない。


「一応、エキシビションマッチは、6ヘクタール全部を使って良いそうだ」

「それなら安心ですね」


 一樹の勝利を確信する蒼依は、安堵の表情を浮かべた。

 勿論一樹も、戦って負ける不安は持っていない。


(問題は、こいつ等が勝手に明後日の方向へ飛んでいかないかだが……)


 数日間もホテルに居た八咫烏達は、運動不足で、やる気が満々だ。解き放てば、どこまででも飛んで行きかねない。

 一樹は一抹の不安を覚えながら、試合会場入りを果たした。


 会場で受付を済ませた一樹は、キャリーバックから出した八咫烏達に羽ばたきをさせながら、先に行われている試合を見学した。

 既に試合は、50位対51位、49位対52位という形で始まっていた。

 一樹は最後に回されているため、9試合を待たなければならない。

 試合時間が迫るまでは公園を散策しても良いが、他の受験生達の試合は勉強になるので見学を選んだ。

 但し、一番参考になるであろう五鬼童の試合がある時間帯には、自身の試合もある。そちらの見学は、試合時間的に難しかった。

 見られたとしても、98位や99位との対戦は直ぐ終わるだろうが。


「持ち込む物は、何でも良いんですか」


 隣に座って一緒に試合を見学する蒼依に、一樹は試合から目を離さずに言葉だけで返答した。


「持ち込む物は、法律に反しない範囲で、これから陰陽師の活動で使っていく物なら何でも良い。試合だけ高価な符を大量に持ち込むとか、誰かから借りるとか、対人用の重火器を持ち込むのは駄目だけどな」


 試合は、陰陽師として活動していけるのかを見る試験だ。

 試合にしか揃えられない高価な符や、一時的にしか借りられない他人の武器を持ち込んで試合に勝っても、その後に活動していけない。

 また重火器で妖怪を殺したければ、陰陽師ではなく自衛隊に入るべきだ。

 論外な事は禁じられており、その他であれば概ね許容される。


「だけど使って良い守護護符は、二次試験で作って残った3枚だけだな。3枚のうち2枚が壊されれば、負けになる」

「どうして3枚作ったのに、2枚で負けなのですか」

「受験生の安全に配慮しているからだろう。2枚壊れた時点で試合終了の合図を出せば、対戦相手が次の攻撃を止められなくて当たっても、3枚目が壊れるだけで済む。陰陽師協会は、受験生の片方を殺したい訳じゃないからな」


 1枚で10秒保つのであれば、2枚目が壊れてから制止しても、大抵は3枚目が壊れる前に止められる。

 試合終了後の意図的な攻撃は、試合では無く、傷害や殺人未遂だ。

 試合に失格となり、陰陽師の資格も与えられず、警察のお世話になる。

 従って試合終了の合図があれば、止まらない受験生は居ない。


 三次試験は、D級とされるリザードマンの下くらいの戦いが暫く続いた。

 41位から50位と、51位から60位の受験生達は、D級に入れるか否かの境目にいる術者だ。

 呪力は殆ど同じで、それを如何に上手く使うかで勝敗が決する。

 圧倒的な呪力差で押し潰す戦いよりも、創意工夫の余地があって、それなりに参考になった。


(体術とか、頭を使った戦いの組み立て方で、勝敗が変わるな)


 中級のD級と、下級のE級とでは、世間から受ける扱いに大きな差がある。

 そのため受験生達は、試合で敗北しそうになっても容易には諦めず、必死に相手を倒そうとした。

 呪術を放ち、気で大幅に向上させた身体能力で武器を打ち合い、それなりに二次試験の順位を逆転させていく。


「D級って、これくらいなんですね」


 犬の怨霊で作った式神を放った術者が居たが、蒼依は淡々と評価した。

 外見は古風な大和撫子の蒼依だが、山姥の祖母との同居生活のためか、あるいは八咫烏達が小鬼を狩って来るからか、倫理観や情緒は普通の中学3年生では無い。


「この辺の受験生は、実力的にはD級下位だけど、守護護符も作れるし、それを突破できる有効な攻撃も出来る。同格の相手に勝てれば、E級上位の小鬼には負けない。だからD級になれる」


 2人が見守る中、試合に決着が付いて、対戦相手が入れ替わっていった。

 21位から30位と、71位から80位くらいになると、次第にリザードマンの中と、小鬼の上くらいの一方的な戦いに変わる。

 実力差が開くと、下位者は一発逆転を狙って大技を仕掛け始める。

 勝つ手段があるために試合は成立しており、実際に番狂わせも発生するが、それは上位者も経験が浅くて、甘さがあるからだ。


(ここで負けるなら、E級に落ちるのは本人のためだな)


 実戦で妖怪に負ければ、そこで死んでしまう。

 故に「未だ修行不足だから、下級からやれ」と告げるのは、命を失わずに済む本人と、陰陽師を死なせずに済む陰陽師協会の双方にとって、大いに理に適う。

 甘い陰陽師が炙り出されて、弾かれていくのを見守る内に、試合は明確にD級とE級との実力差がある一方的な戦いに変わっていった。

 11位から20位と、81位から90位とでは、大番狂わせにも程がある。

 万が一の可能性も有り得るが、確率論的には極小であり、一樹の目の前では起きなかった。

 試合は順当に流れていき、やがて一樹の順番となった。


「それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃいませ、主様」


 一樹は後ろに5羽を引き連れて、対戦試合の選手待機所へ向かった。



 待機所に入ると、対戦相手である紋付き袴姿の青年が待ち構えていた。

 彼は一樹に向かって、高らかに名乗りを上げる。


「うはははははっ、俺が安倍晴明の子孫、安倍晴也だ!」


 自信溢れる表情の青年は、一樹より少し年上の高校生くらいだ。言葉やしぐさの端々からは、自信と活力が満ち溢れていた。

 試合前に対戦相手に話し掛けるのは、ルール違反では無い。

 敵を威圧したり、挑発したりして掻き乱す事も勝負のうちであり、怯えるような者が悪いと考えられる。

 だが待機所の会話は生中継されており、「わざと負けなければ家族が酷い目に遭う」などの発言は脅迫罪となる。また試合前の攻撃も、傷害罪で逮捕案件だ。

 一樹は怪訝そうな表情を浮かべながらも、対戦相手に聞き返した。


「安倍晴明の子孫は、室町時代からは土御門を名乗りました。そして嫡流の土御門家は、平成6年に36代目が亡くなって途切れました。あなたは、何処の安倍晴明さんのご子孫ですか?」


 安倍晴明は1100年前に実在した人物で、土御門家は36世代を重ねている。

 1世代毎に子孫が2倍ずつ増えた場合、子孫は数百億人にもなる。

 地球にはそれほど人類は存在しないが、ようするに血を引いた子孫であれば、日本中にどれだけ居てもおかしくは無い。

 だが安倍嫡流は土御門に姓を変え、土御門本家嫡流は断絶した。そのため安倍晴明の子孫を自称する相手に対して、一樹は違和感を覚えた次第だ。


「俺が安倍晴明の子孫である証拠を見せてやる。見ろ、これが俺の式神だっ!」


 一樹の質問に対して、晴也は自らの影から、大鷹の式神を飛び立たせた。


「ピィイーッ、ピィイィーッ」


 大鷹の式神は、バサバサと翼をはためかせると、甲高い鳴き声を上げながら、晴也の肩に飛び乗った。

 質問に対して答えとばかりに大鷹を示された一樹は、晴也の肩に乗る大鷹の式神を観察した。

 影から出て来るならば、肉体が存在しない霊体である。

 紙や木片を用いた道教呪術系ではなく、鬼神や神霊を呪力と術で使役する陰陽道系であり、死んだ大鷹の霊を用いている。


「その子は、あなたが育てたのですか」

「いや、コイツは我が家に伝わる式神だ。見ろ、まさしく日本鷹、戦国時代の鷹狩りで使われそうな凜々しい姿。これこそが、我が家が古くから続く陰陽師家である証だ!」


 晴也の堂々とした態度に反して、発言内容では安倍晴明の子孫である事を証明できていない。一樹は、相手がわざと混乱させる精神攻撃でも行っているのかと疑った。

 鷹が怨霊系では無い部分に関しては、一樹も安堵したが。


「霊体の式神は、完全破壊されなければ術者の影に戻り、時を経て復活します」

「それがどうした!」

「うちの八咫烏達には手加減させて、大鷹の霊体も浄化しないので、大鷹が負けたと思ったら、すぐに戻してあげて下さい。安倍さんの身体にも、大鷹の霊体の一部を残して置くと、より安全でしょう」


 一樹は生中継を見る人々に対しても、鷹の式神を殺す訳ではないと説明した。


「カラスよりも、鷹の方が強いに決まっているやんか。試合で思い知れや!」

「それでは試合で拝見します」


 一樹の式神はカラスでは無く、八咫烏である。だが相手も承知の上で、勝つために気勢を上げたのだろうと、一樹は理解した。

 そして気勢を受け流し、フィールドの端に向かった。

 八咫烏達は、一樹の後ろをピョンピョンと付いて来る。そんな八咫烏達に向かって、一樹は優しく言い聞かせた。


「あー、アレを虐めちゃいけませんよ。軽く、軽く、分かりますか?」

「「「「「カァッ?」」」」」


 八咫烏達はチョコンと首を傾げながら、頼もしからざる答えを返した。

 もっとも八咫烏達は、創造神ないし主神が遣わした神鳥で、神武天皇を導いた。そして今は、一樹と式神契約をしている。使役者と式神との意志疎通は、繋がる気を介して明確に行える。

 本来であれば、言う事は聞いてくれる。だが数日間、都内の狭いホテルの室内に入れられた八咫烏達は、欲求不満である。


「パパが普通に試験に合格すると、お金を稼げて、ご飯が美味しくなります。ママも、喜んでくれます。小鬼みたいに殺したら、駄目ですよ」

「「「「「クワアッ!」」」」」


 餌と蒼依で釣ったところ、伝わったらしくあった。

 安堵した一樹は、作戦を説明する。


「玄武と黄竜が、安倍に水と土で、軽く攻撃して下さい。小鬼を引っ繰り返す程度の軽い感じです。青龍、朱雀、白虎は、大鷹と追いかけっこをしましょう。みんな、フィールドからは、絶対に出ないように」


 八咫烏達が理解して、フィールドの反対側に居る晴也と大鷹に目を向けた。

 晴也も最初の位置に着いており、準備完了のランプが青に灯る。


「位置に着いて、よーい、ドン!」


 試合開始のブザーが鳴ったのと同時に、一樹は八咫烏達を嗾けた。

 瞬時に飛び立った玄武と黄竜は、数秒のうちに反対側へ辿り着くと、水と土を混ぜて放った。

 それらは消防車が行う放水の如き勢いで、晴也に泥水を浴びせ掛けた。


「うぉおぉぉ…………ぶべらぁっ!?」


 全身に泥水を浴びせられた晴也は、身体を勢いよく押し出されて、フィールドの外へゴロゴロと転がっていった。

 そして泥まみれに成りながら、転がった先でバタリと倒れて意識を失う。

 試合会場の外側に控えていた救護班が、慌てて走り始めた。

 他方、晴也の式神である大鷹は、青龍、白虎、玄武の3羽に嬉々として追われて、一目散にフィールドの外へと逃げて行った。

 3羽は逃げた大鷹を遠目に眺めながら、一樹に不満そうな鳴き声を向けた。


「「「カァー、カァー、カァー」」」

『戻って来ましょう。美味しいご飯が待っていますよ』


 式神に逃げられた晴也は、式神の制御が甘かったらしい。

 あるいは賢い鷹が、襲い掛かってくる猛禽類の危険性を察知したのか。

 一樹自身は、懐から鳥用の高価な餌を取り出しつつ、自身の気を介して呼び掛け、八咫烏達を手元に引き戻していった。

 程なく、試合終了を告げるランプが赤く灯されて、一樹は三次試験に合格した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お父さんしててにっこりした
[良い点] 宿命のライバルもてんせいしてきた。 今回の試験合格者は黄金世代ですね
[気になる点] 陰陽師が公的に認められている世界なのに安倍(土御門)家は途絶しているのか。血が薄れすぎたかな。 こうして考えてみると賀茂家は確かな血統と知識を継いでいて、高い実力や強力な秘術を持ってい…
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