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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第6巻 彼誰時

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153話 音楽に秀でた妖怪

 愛知県豊川市の豊川稲荷にある、1000体の石像が並ぶ霊狐塚。

 格調高い越殿楽が聞こえそうな厳かな霊場に、ギターを掻き鳴らす明るい少女の声が響いていた。

 ギターを掻き鳴らしているのは香苗で、観客は石像に宿る千体の霊狐達だ。

 霊狐達は、何れも100年以上を生きた地狐や、500年以上を生きた気狐で、100年程度では畏れ多くて来られないほど格の高い場である。


「ギターや最近の流行曲は、皆様の趣味に合わないのではないかと、不安も抱いておりましたが」


 観客の中で、唯一の人間である一樹が尋ねた。

 すると、一樹を含めて2人しか居ない生者の豊川は、しばらく考えてから答えた。


「奉納には、何が求められるのだと思いますか」

「それは奉納する相手に届いて、基本的には満足させたり、鎮めたりするものだと考えます」


 奉納する側が相手を騙して、目的を達成する場合もある。

 芸能事の元となった天鈿女命の踊りでは、天の岩戸に隠れた天照大神を騙して、引き出した。

 だが基本的には、相手を喜ばせて御利益を得たり、鎮めて不利益を避けたりするものだと一樹は考えている。

 当たり前の話だが、贈り物をする場合、受け取る相手が喜ぶ物のほうが、喜ばれる。

 それでは、喜ぶ物とは何か。


「祈理は、真摯な思いと、適切な気を捧げています」


 豊川が指摘したとおり、香苗は音楽に真摯な思いを持っている。

 また妖狐の半々妖であるため、捧げる気には狐の気が混ざっている。

 幼い孫娘のような香苗から、笑顔で「おじいちゃん、おばあちゃん、どうぞ」と渡されれば、自然と顔も綻ぶ。

 生け贄のような犠牲ではなく、奉納者や周囲の負担になっていないところも、気兼ねなく受け取れて良い。


「ですから祈理の奉納は、皆を満足させています」

「はい。ですがギターは、舶来品で聞き慣れていないかと思いまして」


 ギターが生まれたのは16世紀初頭で、鎖国した日本に届いたのは19世紀に黒船が来た時だ。船で来た品なのだから、ギターは舶来品で間違いない。

 庶民の耳に届き始めたのは、大正時代以降。

 霊狐塚の霊狐達は数百歳で、若かりし頃にはギターを聞いていない。琵琶や三味線とは異なり、聞き慣れた楽器ではないはずだ。


「皆、もう慣れています。良房様に、連れ回されたので」

「連れ回されたというのは、調伏後の打ち上げなどでしょうか」


 一樹が想像したのは、虎狼狸退治後に協会長から教えられた打ち上げの慣習だ。

 狐達は悪ふざけをしており、それに未成年の一樹を巻き込めないからと、協会長経由で豊川から代わりの現金を渡された。

 打ち上げの場として、お姉さんがお酒を注いでくれる店、ホストクラブ、ゲイバーなどを列挙された。

 そのような場で、ギターの生演奏なり、バックミュージックが流れるなりしたのかもしれない。豊川に呼び出される調伏が数年に1回だとしても、二桁の回数を練り歩けば流石に聞き慣れる。


「そのほかでも、遊び歩いています」

「打ち上げ以外でも、遊び回られるのですか?」

「……未練を残した者達を、成仏に導く意図もあるのでしょうが」

「なるほど。リーダー気質ですね」


 意外に評価しているのだ、と、一樹は感心した。

 そんな白面の三尾は、自身が宿る石像の台座に腰掛けながら、特等席で香苗の弾き語りを聴いている。

 ほかならぬ良房が香苗の立ち位置を指定して、自分の石像を特等席にしたのであるが。

 ほかの霊狐達も人魂ならぬ狐火を浮かび上がらせながら、歌唱奉納を霊体で受け取っていた。

 なお撮影係は、水仙である。


「今日はここまでです。聞いて下さって、ありがとうございました」


 1時間ほど歌った香苗は、お辞儀をして感謝を述べた。

 すると良房が拍手をして、狐火が浮かぶ数多の石像からも、沢山の拍手が聞こえてきた。


「実に素晴らしかった。香苗君は、音楽と巫女の才能を併せ持っているようだ。そのまま技能を伸ばせば、大成していくだろうね」

「本当ですか」


 褒められた香苗は、純粋に喜色を浮かべた。


「勿論だ。歌唱奉納は、なるべく行うと良いだろう。香苗君が、霊狐達から力を借りたい時には、先払いしておいた分だけ、召喚に必要な呪力が下がる」

「そうなのですか。あんまり危険なことは、しようと思わないのですけれど」


 一樹と出会った頃にE級上位だった香苗は、最初からの陰陽師志望ではなく、音楽活動への協力と引き替えに勧誘された口だ。

 第一志望は音楽活動で、陰陽師として活動する意思は、それほど強くない。

 世間体を考えて最低限の活動はしそうだが、それが危険な妖怪と戦うことにはならないだろう。


「危険を避けるのは正しい。その上で、さらに自分の安全性を高めるために使いなさい」

「はい。分かりました」


 弾き語りを聴きたい良房達に、香苗が言いくるめられた感も否めない。

 復讐心で行動していない香苗は、調伏相手を選択する際、冷静な判断を下せる。そのため協会が推奨する『1等級下の相手』としか、戦わないと考えられる。


 通常の調伏で、同格以下の相手であれば、雪菜が倒せる。

 想定外の事態で、同格以上の相手ならば、源九郎狐達が特攻して倒してくれる。


 香苗は滑石製の勾玉を2個持っており、それを使って源九郎狐達を呼べるのだ。

 滑石製の勾玉は、いきなり充填できなくなって使い物にならなくなる品だが、呪力を充填できた分は使える。

 そして勾玉が使えなくなれば、香苗は一樹に相談するだろう。

 虎狼狸退治で豊川が行った千体の霊狐による殲滅戦などは、香苗にとっては有り得ない事態だ。


 ――まあ本人達が良いなら、構わないか。


 自分の音楽を聞いて欲しい香苗と、無聊を慰めたい良房達との利害は、一致している。

 その極端すぎる例が、安倍晴也とキヨだろうか。それに比べれば、歌唱奉納と多少の与力は、実に健全な関係だ。

 互いに満足している香苗と霊狐達は、最後に水仙が構えるカメラで、Twitterに投稿するための心霊写真を撮った。


 ガチ恋するファンを避けるために、同好会で撮った写真を載せたこと。

 陰陽師の分野に偏りすぎており、批判されずに音楽を投稿したいこと。

 豊川稲荷で承認を得た歌唱奉納であれば、世間も文句を言えないこと。

 それらは説明済みで、狐達は撮影に協力してくれた形だ。


「それでは失礼します」


 目的の写真が撮れた香苗は、沢山の狐火に見送られて、一樹と豊川のところに戻ってきた。


「頑張りましたね」

「ありがとうございます。歌は全然、苦ではないですから」


 迎えた豊川が、澄まし顔で香苗を褒める。

 すると予定を超過して、1時間ほど歌い続けたはずの香苗は、恐縮しつつ答えた。

 マイク無しで、声を張りながら歌うのは、咽に負担が掛かったはずである。

 それでも霊狐達の希望を叶えた香苗に対して、豊川は歩み寄って、頭を撫で始めた。

 豊川の手が、香苗の頭の上で、お婆ちゃんが孫の頭を撫でるようにナデナデと優しく前後した。


 一樹の視線は、香苗の後ろを歩いていた水仙に向かう。

 すると水仙は撮影を続けており、豊川が香苗の頭を撫でる瞬間も撮っていた。


 ――よし、使えるな。


 豊川の承認があるということを示す上で、豊川が香苗の頭を撫でている動画は、最適だ。

 子供扱いされた香苗は恥ずかしがるかもしれないが、その動画を載せれば、もはや誰にも文句は付けられないだろう。

 想定外にバズる可能性は想像できるが、『概ね大丈夫』だと、一樹は確信した。


「ところで祈理は、このまま一人で歌唱と演奏を続けるのですか」


 歌唱奉納と撮影が終わり、一樹達が目的を果たしたところで、見学していた豊川が香苗に尋ねた。


「はい。今のところ誰かとバンドを組む予定はありません。1人で歌と演奏を両立するには限界があるので、組んでみたいとは思いますが、一緒に活動できそうな相手が居なくて」


 香苗の説明を聞いた豊川は、なぜ組めないのかと、一樹に視線で問うた。


「香苗とほかの高校生が組むのは、A級とF級の陰陽師が、調伏でチームを組むようなものです。対等な関係なのに、極端な差があると、不満が溜まるかと」


 バンドの人気は香苗に依存して、主役も香苗になる。

 そのほかのメンバーは、バックミュージック扱いとなって、誰にも認められない。

 音楽をやりたい高校生が、ほかのメンバーばかり褒められて、自分の音楽を認められなければ、活動していて嫌になるだろう。

 香苗は収入を求めておらず、活動に付き合ったメンバーが大金を得られるわけでもない。

 するとバンド内の人間関係は、香苗とほかのメンバーとの対立構造となる。

 一樹が軽く想像しただけでも、メンバーの香苗に対する陰口が、聞こえてきそうだった。


「それは良くありませんね」


 陰陽師で例えたところ、豊川は理解を示した。その上で、さらに言葉を繋げる。


「それでは祈理が、歌や演奏が出来る妖怪を使役しては、どうですか」


 豊川の提案を理解しかねた香苗が、小さく首を傾げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 豊川と豊川稲荷の狐達に歌のお墨付きもらったから、歌の動画も出せる。歌の修行ですってことだからね。
[良い点] 豊川稲荷の圧倒的大家族感 狐火でオタ芸が始まる日も近い [一言] 全国お稲荷様お参りツアーありますよこれ 絶対やめらんなくなる奴だ…
[一言] 香苗さんは元々歌で承認欲求を満たそうと考えていたから、アイドルとか歌手になりたかったのかな? 良房のお勧め通りにしていくと狐巫女キャラになっていきそうだけど、狐巫女アイドルというのもキャラ付…
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