151話 予防線
「何故か、バズった件について」
「そんなこと、分かり切っていた件について」
動画投稿の翌日、同好会室で疑問を呈した一樹に、香苗がツッコミを入れた。
一樹が投稿した1分の紹介動画は、わずか1日で再生回数が20万回を超えた。
登録者数の多い一樹がTwitterで紹介したが、それにしても早いだろう。
「複数のまとめサイトに取り上げられているので、まだ伸びますよ」
「それほど大した内容では、ないはず……なんだけどな」
小鬼は、チンパンジーほどの力や俊敏性を持ち、武器まで使って人を襲う。
一樹が公開したのは、そんな小鬼の群れを高校生達が狩る動画だ。
YouTubeに上げられる動画の評価は、ほかの動画と比較した相対的な物となる。
ほかの高校の同好会が上げる動画と比較して、一樹達の動画は刺激的で攻めている。すなわち『大した内容』であり、認識としては一樹よりも、香苗のほうが確実に正しい。
すでに動画には、百件を超えるコメントも付いていた。
「ジーッ」
「宣伝活動としては、順調な滑り出しだな」
わざわざ声に出しながら、ジト目で見詰める妖狐のクォーターの香苗。
それに対して一樹は、目を逸らして嘯いた。
なお自然界では、目を逸らしたほうが負けである。ここまで伸びたからには、一樹側の感覚がおかしいのだと察せざるを得なかった。
「叩かれていないから、良いんですけどね」
香苗が追求を止めたのは、相手がA級陰陽師という規格外であることに思い至ったからだ。
小鬼の調伏にA級陰陽師を関わらせることは、スズメバチの巣を壊すためにミサイルを撃ち込むようなものだ。
A級は破壊力が大きいので、何をやっても見た目が派手になるのは不可避である。
「香苗が作ったTwitterも、順調にフォロワー数が増えているな」
「はい。概要欄に載せたTwitterから、来てくれて居るみたいです」
動画の概要欄には、同好会員のTwitterも載せている。
一樹、小太郎、沙羅、香苗を載せており、香苗の場合は同好会に合わせて開設しましたといった体になっている。
香苗は動画出演こそ無いが、今年の陰陽師国家試験ではエキシビションマッチで活躍しており、テレビでも報道されているので、C級陰陽師の中でも知名度は高い。
香苗のTwitterはフォロワー数が急速に増えており、初の挨拶には数百件のコメントも寄せられていた。
「今のフォロワー数、何人になっているんだ」
「ちょっと待って下さいね……もう少しで3500人です」
「それは中々良い数字だな。すぐに収益化も可能か」
YouTubeで収益化を申請する場合、いくつかの条件を満たさなければならない。
その一つが、チャンネル登録者数が500人以上であることだ。
Twitterのフォロワー数が3000人ほどの配信者は、YouTubeのチャンネル登録者数が500人くらいに成り得る。
それはTwitterで動画チャンネルを作りましたと呟いて、動画のリンクを貼って誘導すれば、ある程度の人数が来てくれるからだ。
フォロワーの全員が動画に来てくれるわけではない。
フォロワーを動画に引き込めないことには、『声質が好きではない』や、『動画での段取りが悪い』や、『日常の呟きほどに動画は面白くない』など様々な理由がある。
だが、まったく引き込めないわけではない。
妖狐のクォーターである香苗がアイデンティティを確立するために音楽活動を認めてもらいたいとして、収益化できた自身の音楽チャンネルを持つことは、目標到達の一歩となる。
「順調な滑り出しだな」
満足そうな一樹を一瞥した香苗は、隣に座る柚葉に尋ねた。
「柚葉は、公開用のアカウントを作成したりしないのですか」
「へっ、どうしてですか?」
「今なら、伸びると思いますよ。伝えたいことがある時に持っていると、便利かもしれません」
「うーん」
公式アカウントは、C級陰陽師の赤堀柚葉だと名乗った上で、情報発信をするためのものだ。
だが柚葉は、陰陽師として集客したいわけでも、独自に何かを発信したいわけでもない。
柚葉が一樹のところに逃げてきたのは、ムカデ神との戦いで特攻させられたくないからだった。その問題は解決しており、母龍からは身請けの名目で引き取られている。
一樹に返品されなければ、一樹の死後も母龍の下には帰らなくて良いので、柚葉の勝ちである。柚葉が気にしなければならないとすれば、その部分だけだ。
アカウントについて判断が付かない様子の柚葉は、一樹に顔を向けた。
「下手なことを呟いて、龍神様の神威を傷付けると、怒られそうだな」
「止めておきます!」
ブンブンと首を横に振って、柚葉は公開用アカウントの作成を拒んだ。
先頃柚葉は、母龍の前で不遜な態度を取ってしまったために、修行という名のお仕置きを受けた。一樹が聞いたところに寄ると、強制的に龍気を注ぎ込まれたらしい。
単為生殖で、同一の気を持っていればこそ成し得る技だが、身体への負担は大きくなる。
その負担を軽減する処置を取らなかったことが、お仕置きの内容だ。
母龍のしつけを思い出した柚葉は、怯える子犬のようにブルブルと震えた。
香苗は蒼依のほうも見たが、人間に気安すぎる神は、神威を下げる。
現在の蒼依の神格は、自給自足できる神域を生み出せる段階に至ったところだ。
イザナミが成し得なかった五鬼王を討ち滅ぼしており、その事実が現在の神格を確立したので、神格を下げるようなことをしなければ現在よりは下がらない。
ここでアカウントを作った場合、どうなるだろうか。
アカウントの運用に失敗すれば、神威の低い神だと見なされて、神格が下がるかもしれない。
――SNSの呟きで神格が上がることは、あまり無いだろうな。
蒼依が荒ラ獅子魔王を倒したとして、倒れた荒ラ獅子魔王を踏み付けている写真でも投稿すれば、もちろん信仰は跳ね上がるだろう。
格の高い神として、即座に日本中へ知れ渡るに違いない。
人の信仰が広がり深まれば、人の信仰や地脈から力を得ている神は、力を増していく。
だがそれは、蒼依自身が行わずに陰陽師協会や一樹が発表しても変わらない。
蒼依が公式アカウントを作ることについて、一樹は損得勘定で否定的に考えた。
「とりあえず香苗のTwitterだな。これからやることは、2つあると思う」
「2つですか?」
香苗は首を傾げて、一樹に続きを促した。
「1つは、これからもフォロワー数を増やす投稿をすること。ファンの数を増やすことは、香苗の動画チャンネルに、視聴者を引き込むために必要なことだ」
「そうですね」
商用の公式アカウントは、宣伝が目的だ。
ライブのチケットやグッズを売るためには、客に情報を届けなければならない。フォロワーが多いほど宣伝効果も高いので、フォロワー数を増やすことは正しい。
香苗の場合、人間でも妖狐でもない中途半端なルーツから自身への承認欲求があるケースで、千人に認められるよりは、1万人に認められるほうが嬉しいだろう。
「もう一つは、男と一緒に写った写真を投稿することだ。それも早々に」
「……どういうことですか?」
香苗は本気で困惑したのか、吃驚した表情で一樹に問い返した。
「最初に載せておかないと、あとで唐突に写真を載せた時、ガチ恋勢に本気で怒られて炎上する」
「はぁ?」
「女性だけで絡むグループに男性が入ると、よく炎上するんだ」
ガチ恋勢とは、アイドルなどにガチ(本気)で恋をしている人達のことである。
本気で恋をしているのだから、ガチ恋の相手が自分以外の男性と楽しそうにしている姿を見れば、もちろん嫉妬する。
香苗にガチ恋勢が付いた場合、香苗と絡んだ一樹などに嫉妬して、「俺の女に手を出すな」とネット上で暴れたり、嫌がらせをしたりする人も出てくるだろう。
すると香苗も相手に迷惑を掛けられないので、男性とのコラボが出来なくなり、音楽活動などが制限されてしまう。
「だから最初に、俺や小太郎のような同好会員の男を出して、『あたしにガチ恋してはいけません』と事前警告しておくわけだ」
「なるほど」
「予め警告しておけば、ファンが増え難くなるし、大金を注ぎ込むガチ恋勢も付かなくなるけど、活動の制約も小さくなる」
「理解しました。理解するのは嫌ですけれど……」
とても嫌そうな表情を浮かべながら、香苗は渋々と一樹の説明を受け入れた。
「それでは、写真を撮りましょう」
「ああ。俺と小太郎、それに香苗のほかにも居たほうが良いから、同好会の皆で撮るか」
「それは別の問題が起きそうですが、分かりました」
香苗の呟きに首を傾げた一樹は、それを聞き流して全員を集めた。
そして同好会室がある7階建ての建物の屋上に移動して、海をバックに集合写真を撮った。
ベンチ脇に犬神、ベンチに柚葉、香苗、沙羅が座って、その後ろに小太郎、一樹、蒼依が立つ。撮影者は水仙である。
写真は香苗のTwitterに載せられて、香苗の予想通りに、動画よりもバズったのであった。
https://akanoyo.web.fc2.com/
書籍紹介ページを作り、下の画像にリンクを貼りました。
「このサイト、リンク貼らないの?」などございましたら、
追加したいので、ぜひ教えてください(o_ _)o ゼヒ、カッテクダサイ
























