148話 新たなA級陰陽師
『ご覧頂いている映像は、神奈川県の相模川河口付近です。漁港に停泊する幽霊巡視船から飛び出した犬神が、続々と分裂して、平塚市を駆けていきます』
政府が許可したテレビ局の中継ヘリが、上空から犬神の姿をカメラに捉えていた。
犬神の数は、沢山だ。
十数軒の民家が映るカメラのフレーム内に、数十体もの犬神が駆けている。
フレームの外側でも犬神達は駆けており、総数は目算で、千体ほどに及んだ。
『犬神と煙鬼が、衝突しました。平塚市の煙鬼達が、次々と消えていきます』
犬神と煙鬼の接敵は、ほんの一瞬だった。
犬神が煙鬼に喰らい付き、顔を振って煙鬼を噛み裂き、引き摺りながら駆け抜ける。すると煙鬼は、まるで紙を引き裂かれるように、容易く霊体を引き千切られて、消滅していく。
それらは一般人にとって、一瞬の出来事だ。
あまりにも早すぎて、まるで犬神が煙鬼に触れ、触れられた煙鬼が消えていくようにも見える。一般人にとっては不可思議な光景が、魔王の占領地域へ広がっていた。
自前のアナウンサーで解説しきれない事象について、テレビ局は専門家を呼んでいた。
『本日は、元C級陰陽師で、現在は後進の育成を担われる大崎さんをスタジオにお迎えしました。色々と、お伺いしていきたいと思います。大崎さん、よろしくお願いします』
『はい、よろしくお願いします』
テレビ局が解説のために呼んだのは、元C級陰陽師だった。
元C級は、テレビ局がコメンテーターとして便利に使える中で、最上級の陰陽師にあたる。
現役のC級は、D級妖怪1体の調伏が1000万円で、テレビの出演料は割に合わない。
番組を盛り上げるために、ディレクターの指示で意に沿わないことを言わされる場合もあるし、それで反感を買って本業に支障が出ることもある。
同業者からの反感は、妖怪調伏の協力を得られなくて自分や子孫の命に係わったり、子孫の婚姻に悪影響を及ぼしたりする。
そのようなリスクを負ってまで、テレビに出てくれないのだ。
また元B級陰陽師ならば、陰陽大家の先代当主クラス。家や子孫の足を引っ張ることは言えず、ほぼ出演してくれない。
元C級の大崎は、テレビの言いなりではなく持論を述べるが、テレビ局が作りたい『ご意見番』的なキャラクター性とマッチしているために出演が続いているタレント的な陰陽師だ。
それでも元C級陰陽師なので、等級相応の知見は持ち合わせている。
『まずは犬神が分裂したことに驚きましたが、あのようなことは可能なのですか』
アナウンサーが話題を振ると、大崎は重々しく頷きながら答えた。
『陰陽の世界では、ごく一般的です。例えば神社を新設する時、ほかの神社から神霊を分霊します。花咲家の犬神は氏神ですから、同様に分霊できるのでしょうな』
『なるほど。それにしても1000体ほど居るようですが、あれほどの数に分散できるのですか』
『ご覧のとおりです。A級とは、領域を生み出す神魔、千年を経た大妖や怨霊などです。人間が軽々しく推し量れるものではありません』
大崎は60歳を超えているが、体格が立派で態度も堂々としており、力強い印象を与える。
そんな大崎が確信を以て断言すれば、素人のアナウンサーは納得するしかない。アナウンサーは、映される犬神の様子を確認しながら、新たな質問を投げた。
『分霊すると、力も分かれるのでしょうか』
『そうなります。神社に祀られる分霊でしたら、地脈や信仰で一定の力を保てます。ですが、今回のような分散をすると、犬神の各個体は分かれた数だけ、力を落とします』
『すると元がA級であれば、1000体に分かれればD級に下がるのですか』
『そのとおりです』
『その割には、強すぎるように見えるのですが』
1000体になった犬神と煙鬼は、分霊になってなお、圧倒的な実力差があった。
100倍もの呪力、人と犬の速力差、索敵能力差。
犬神は、犬の高い身体能力を、D級の呪力で強化している。
煙鬼は、アヘン中毒者の霊で、G級の呪力で強化している。
犬神は一撃で煙鬼を敵を倒せて、物凄く速く、屋内や障害物に隠れた煙鬼も容易く察知できる。
視覚的には見えていないにも拘らず、遠方から容易く感知していく犬神の様子に、アナウンサーは困惑した。
『……建物の中に潜む煙鬼を見つけられるのは、アヘン中毒者の霊である煙鬼の臭いを、同じ霊体である犬神が感知しているからでしょうか』
『そうかもしれません。大海で、一滴の血を嗅ぎ分けるサメのようですな』
犬神の能力は、煙鬼を圧倒していた。
戦闘経験においても、鎌倉時代には存在した犬神と成り立ての煙鬼とでは、比べるべくもない。
熟練した霊体である犬神の戦闘スタイルは、肉体を持つ者とは一線を画していた。
『広範囲に展開した犬神は、民家の壁に突っ込んで、壁をすり抜けて中の煙鬼も倒しています』
犬神は、霊体であることを最大限に活かして、壁を無視した突撃を行っていた。
相手が霊体の煙鬼なのを良いことに、壁に突っ込んではすり抜けて、煙鬼を引きちぎりながら駆け抜ける。
あまりに理不尽な軌道に、アナウンサーは目を剥いて驚いていた。
『あれがA級陰陽師です。B級の陰陽大家では、何をやっても勝てません』
自然災害のように称された犬神は、暴風雨のように平塚市を駆け抜けて、西の大磯町に入った。
妨害に来るはずの羅刹は、何故か未だに姿を現さない。
もっとも羅刹が出たところで、1000体の犬神は倒しきれないが。
『大崎さん。煙鬼は、荒ラ獅子魔王が使役しているのですよね。すると煙鬼を倒しても、復活するのではありませんか』
アナウンサーが口にした煙鬼の使役は、陰陽師協会が出した情報の一つだ。
煙鬼には、荒ラ獅子魔王が使役する個体と、煙鬼が増やした個体が存在する。
直接使役していない個体は倒せるが、使役されている個体は荒ラ獅子魔王の呪力で復活する。
『仰るとおりです』
大崎は、アナウンサーの懸念を肯定した。
『すると魔王が使役している個体は、倒しても無駄になるのでしょうか』
『いいえ。魔王の呪力を削れますし、復活場所も魔王の傍なので、最前線を押し上げられます』
『なるほど』
『呪力は魔王が上ですが、式神は花咲陰陽師が上です。この戦いは、花咲陰陽師の勝ちでしょう』
荒ラ獅子魔王はS級の呪力を持っており、肉体があるので、休めば呪力が回復する。
すべての呪力を消費したところで、半月から1ヵ月もあれば万全に戻るだろう。
だが呪力があっても、戦闘に投入できる式神の能力では、小太郎が上回る。
荒ラ獅子魔王が使役している式神には、御殿場市に蜃気楼を発生させている蜃も居て、小太郎の式神が上と言い切ることには語弊がある。
花咲の犬神は凄まじいが、荒ラ獅子魔王が使役する蜃の能力も凄まじい。荒ラ獅子魔王にミサイルを叩き込んでも通じないのは、蜃が居ればこそだ。
それでも神奈川県に投入できる式神の能力としては、小太郎が勝っていた。
『それは花咲陰陽師が、荒ラ獅子魔王に勝つと言うことですか』
『そうです。式神戦では、花咲陰陽師の勝ちです』
『それは凄いですね!』
興奮冷めやらぬ様子で、アナウンサーは感嘆の意を示した。
『A級陰陽師は、皆様がこれほど強いのでしょうか』
その質問には、小太郎の強さが、どの程度の評価を受けるのかを推し量る意図が垣間見えた。
大崎は即答せず、考える素振りを見せた後に答えた。
『先ほど映っていた賀茂陰陽師の幽霊巡視船も、砲撃すれば周囲を薙ぎ払います』
『はい、そうですね』
『比叡山や瀬戸内海の解放、今年の国家試験での弟子育成、蜃への砲撃や強行偵察。幅広い成果を出している賀茂陰陽師も、A級に見合う力がありますな』
どちらが上とは言わず、戦力以外の貢献もあると指摘して、一樹の顔を立てた形だ。
もっとも今回の場合、小太郎が7位になることは確定している。
なぜなら一樹の式神は犬神を上回り、先だって相川家を訪問した高照光姫が視ているからだ。
牛太郎と信君で、A級中位。それだけで、犬神と互角。
水仙と鎌鼬達で、A級下位。足せば、犬神よりも優位。
幽霊巡視船を出せず、肉体を持つ蒼依や八咫烏達と別行動でも、一樹の式神達は犬神に勝てる。
S級の呪力を持つ一樹は、傷ついた式神を回復できる。
対する小太郎は、D級の呪力分しか犬神を回復できない。
今回の順位付けは、確定している小太郎の順位を決めることではなく、荒ラ獅子魔王の勢力圏を後退させることと、国民に対するお披露目が目的だった。
『現在の犬神は、神奈川県の厚木市、二宮町にまで到達しています。犬神が通った地域は、煙鬼が完全に排除されています』
『安全圏が、大幅に広がりますな』
この日、人類は、犬神が駆け抜けた全ての地域を奪還した。
























