15話 五鬼童家
二次試験の結果が発表され、試験を受けた7482人中558人が合格した。
陰陽師協会側が「毎年500人以上は受からせたい」と目標を掲げており、それが達成可能な試験難易度にしているため、概ね計画通りである。
このうち下位458名は、そのままF級陰陽師に認定された。
そして上位100名は、暫定的なE級陰陽師に認定されている。
三次試験は上位100名に対して行われ、そこで合格すれば中級とされるD級陰陽師に認定される。
「さて、どうしたものかな」
二次試験が終わった夜。
今回の国家試験で責任者を務める男、A級陰陽師にして五鬼童家の当主である五鬼童義一郎が、2人の副責任者を集めて質した。
質す態度が気軽いのは、副責任者の1人が実姉の春日弥生で、もう1人が実弟の五鬼童義輔だからだ。
姉弟間で私的に会う時にまで、堅苦しい言葉は使わない。
国家試験の責任者が偏るのは、陰陽師として力がある家が持ち回りで行うからだ。今回を含む3年ほどは、五鬼童の担当となっている。
姉は結婚して苗字が変わったが、元は五鬼童という苗字のB級陰陽師だった。
総責任者を務める義一郎がA級で、副責任者の1人である義輔はB級。
五鬼童家は、1家で総責任者と副責任者2名を揃えられる陰陽師の大家だ。
「どうしたも、こうしたも、無いだろう。儂の娘達が2位と3位になったのは残念だが、そんなものは実力だ。兄者、全て公正にやれば良いのだ」
ガッシリとした体格の義輔が、堂々と宣った。
三次試験は、受験生同士で直接戦う対戦試合が行われる。
中級陰陽師になれば、大口の依頼が入り、強い妖怪との実戦も増える。対戦相手に負けるような人間には、強い妖怪との戦いに駆り出される中級資格は与えられない。
成績上位者のキャリアを下級で開始させたくない陰陽師協会は、1位と100位、2位と99位という形で、対戦相手を上と下から順番に選んでいる。
また成績の下位者には、下級から下積みを経験させた方が、以降の成長を期待できると考えている。
相手に10分耐えられるか、相打ちで引き分けた場合、両者共にE級だ。
勝った50名以下、合格者の10分の1以下だけが、最初から中級となる。
三次試験は、対戦相手を数値化できないために、点数が付かない。
そのため勝った50名は、二次試験の成績順で序列が定まる。
一樹の場合は、三次試験で100位の相手と対戦して、それに勝てばD級陰陽師の資格を得られると同時に、陰陽師国家試験の首席合格者となる。
総責任者の義一郎に対して、慣例に沿って公正にやれと返した義輔に口を挟んだのは、2人の姉の弥生だった。
「そういう話では無いのですよ、義輔。同い年で、沙羅や紫苑に勝てる賀茂一樹は、人間では無い。それでは、正体は何か。それを懸念しているのです」
弥生が指摘した『賀茂一樹の正体』なる問題に、義輔は押し黙った。
一樹と同い年で受験した義輔の双子の姉妹、沙羅と紫苑は2位と3位だったが、2人が負けるのは異常である。
五鬼童とは、前鬼・後鬼という鬼神達の子孫の家系だ。
前鬼・後鬼は、元は生駒山地に住んで、人に災いを為していた。
そこで修験道の開祖である役小角が、鬼神達の5人の子供を隠して、子供を殺された親の悲しみを伝えたとされる。鬼神達は改心し、以降は役小角に従うようになった。
役小角は、『古事記』(712年)に登場した神の一言主を、『日本霊異記』(822年)で使役した逸話すら持つ天上の存在だ。日本八大天狗を上回る力を持った別格の天狗でもあり、石鎚山法起坊の名も持っている。
その弟子の前鬼は、後に日本八大天狗の1狗、大峰山前鬼坊となった。
すなわち五鬼童とは、神すら従えた修験道開祖の弟子にして、鬼神と日本八大天狗の血を引く家柄である。
強大な妖怪2系統の血を引く五鬼童は、気の内包量が尋常では無い。
かの有名な陰陽師の大家、賀茂一族の系譜が相手であろうとも、人間を相手に気の量で負けるはずが無いのだ。
「安倍晴明の師匠の家系であるならば、術式で負けても恥では有りません。ですが3枚目の守護護符に籠められた気は、1枚で沙羅や紫苑に匹敵しました。あれは、人間には有り得ません」
「……そうだな」
義輔は娘である双子の姉妹、沙羅と紫苑の力量を思い浮かべた。
五鬼童は、優れた子孫になる血筋や力量の相手を配偶者に選んでいる。
そして修験道の開祖から直接受けた修験を基に、1300年以上も練りながら修行方法を試行錯誤してきた。
五鬼童が正しく修行すれば、15歳で並の天狗であるC級に届き、落ちこぼれでなければ20歳までにはB級へ届く。
義輔は本家の次男だが、兄に何かあれば当主を代われる経験と力は持っており、その可能性も踏まえて結婚相手も選んでいる。
そのため沙羅と紫苑は、五鬼童本家と比べても遜色ない血統だ。
二次試験では沙羅が紫苑に勝ったが、それは気質の違いが出ただけだ。
姉の沙羅は、落ち着いた性格で、気質が鬼神寄りの防御型だ。
鬼神には、『鬼神に横道なし』という言葉がある。小手先の曲がった事はせず、正面から堂々と受けて立つ。
妹の紫苑は、勝ち気な性格で、気質が天狗寄りの攻撃型だ。
天狗とは、天の犬である。日本では天の狐ともされるが、その名の通りに天を駆け、敵を打ち払っていく。
攻撃型の紫苑でも、鬼神と八大天狗の血統による呪力量で、相応の結果が出る。そして防御型の沙羅が作る護符は、まさしく人外のレベルだ。
総責任者の義一郎は、改めて告げた。
「五鬼童が、同い年の『只の人間』に負けるなど、有り得ない。賀茂一樹は、鬼神と八大天狗の血統を上回る何かだ。それはどんな怪異か。それが陰陽師協会に食い込むと、どうなるのか。さて、どうしたものか」
同じ言葉を繰り返した義一郎は、試験の不正を行いたいのでは無く、突然現れた謎の存在をどうすべきか、それを問うているのだと告げた。
人ならざる血が入っていようとも、陰陽師協会は気にしない。
五鬼童も鬼神と大天狗の子孫であるし、かの有名な安倍晴明も、母親は『葛の葉』という気狐だ。
純血の人間で無ければ陰陽師に相応しくないと言うならば、日本の陰陽道を支えてきた安倍晴明と、その子孫達の功績も否定される。
安倍家と子孫の土御門家は、二大陰陽道の1つである天文道の宗家だった。天文道を欠かせば、日本の陰陽道は半分が欠ける。
故に、妖怪の血を引いていようとも、陰陽師として不適格とはならない。
だが賀茂一樹が何者であるのかは、五鬼童にとって関心事項であった。ましてや、自分達が責任者を務める試験に来たのであれば、尚更である。
一体何を懸念しているのか、弥生は具体的な展開を義輔に説明した。
「賀茂一樹が悪性であって、B級に昇格して、都道府県の現場統括者になったとします」
「……うむ」
「すると担当する都道府県内の依頼は把握できるので、邪魔な陰陽師が居れば、大妖を投じて邪魔者を始末できます。そしてエリア内に、一般人を喰う妖魔の地を作るかもしれません」
それは陰陽師協会にとって、存続に関わるほどの危機だ。
五鬼童直系の1人程度が悪性であっても、陰陽師協会は妨害できる。だが互角の相手ならば防げるが、格上の相手となると困難だ。
賀茂一樹は、既に沙羅と紫苑を上回る成績を上げている。将来のB級は確定的だが、B級に留まらない可能性も大いにあった。
「A級に至る可能性も、大いに有るでしょう。これが悪性であるならば、協会としても、五鬼童としても、看過できません」
そのように弥生は、締め括った。
前鬼・後鬼の子孫である五鬼童は、修験道の霊峰である大峰山麓の下北山村前鬼に修行者のための宿坊を開いた。そして1300年を超える今でも、役行者との約束を義理堅く守って、宿坊を続けている。
五鬼童に生まれた男子の名前には、必ず『義』が入るほどに、五鬼童は義理深い一族でもある。
義輔は目に理解の色を宿して、弥生と義一郎の話に納得した。
「話は分かった。だが、どうやって善悪を確認する。我らが問うたところで、試験に落ちるような事を言うはずが無いぞ」
指摘された義一郎も、陰陽師国家試験を受験しに来た相手に対して、問答で聞き出せるとは思っていなかった。
お前は悪性かと問うて、悪性だと答える妖怪は山と居るが、それは自分が圧倒的に有利な状況で相手を舐るためだ。
陰陽師協会を訪ねて来て、自分が邪悪な妖怪だと宣う阿呆は居ない。
「問答では無く、戦いで気質を見る。陽気や神気で戦い、その中で見せる人間性が善性であれば、一先ず善性で良かろう。悪性であれば、程度によって様々に対応する」
「賀茂一樹は1位だ。100位の奴と戦っても、何も引き出せんぞ」
対戦相手の変更は不可能だ。
あくまで慣例の対戦相手選定であり、ルールとして明確に定まっている訳では無いが、2位と3位に五鬼童が居る時に勝手な変更は出来ない。
もちろん護符の作り方が上手いからといって、実戦で強いとは限らない。
だが五鬼童は、一樹の動画も軽く確認している。
使役している八咫烏5羽が小鬼達を狩っており、その中には中鬼も居て、少なくとも5羽それぞれがD級以上の力は持っていた。すなわち陰陽師としての一樹の実力は、D級5体を超えている。
D級とは、西洋ではリザードマン並の強さだ。
一樹に対する100位の対戦相手が、どれほどの力量であるのかは不確定だが、格闘技の世界1位でもD級を相手に物理では勝てない。そして気が強ければ100位になるはずもなく、軽く敗北するのは必至だった。
「最後にエキシビションマッチを組めば良い。1位の賀茂一樹と、2位と3位の沙羅と紫苑の2人とを同時に対戦させるのだ。それを受けて勝つのなら、五鬼童でC級に推薦するという条件付きで」
「成程」
説明を受けた義輔は、様々に納得した。
日本陰陽師協会は、『日本の陰陽師達が、日本の妖怪変化を効率的に祓う』ために組織される団体だ。
組織で活動すれば、全都道府県に守りの薄い地域が生じず、人々の犠牲が減少する。
そのために、使える新しい陰陽師を選んで格付けするのが陰陽師国家試験であり、使える強い陰陽師に高い等級を与えるのは試験の趣旨に沿う。
そして今年の陰陽師国家試験の責任者は、五鬼童家である。
首席に良い人材が居たから、1つ上の等級で推薦するというのは、対象者が自家と無関係であれば問題視される事では無い。
「賀茂一樹には、予め総責任者の私から伝えておく。義輔は、沙羅と紫苑に説明しておいてくれ」
「だが賀茂一樹が受けるか?」
「わざわざ動画を投稿して、試験で目立っているのは、早く上に行きたいからだろう。金か、地位か、名誉か、何れであろうと、せっかく与えられた機会を逃す事はあるまい」
「……分かった。沙羅と紫苑に話しておく」
かくして一樹と、五鬼童家の双子との対戦が、試験に組み込まれた。
「ところで2人とも、鰹節を2本ずつ持ち帰ってくれんか。うちは双子で、6本になった。流石に喰えん」
「「…………」」
運営側の五鬼童が、鰹節を廃棄していますとは言えない。
義輔の力強い眼差しに見詰められた姉と兄は、2本ずつを引き受けた。
























