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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第5巻 昇神への道程

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143話 昇神への道程

 山間部にあって、拓けた平地。

 有り体に言えば、何も無い山裾の平地に、五鬼王の領域はあった。

 少しズレた世界に踏み入ると、世界には濃い鬼の気が漂っていた。


「スゥゥゥ、ヴワァァァァッ」


 ふいごのように荒々しい呼気が、ズレた世界に轟く。

 先頭に立って乗り込んだ一樹は、ズレた世界の山中に大鬼を見た。


 身の丈は、牛鬼や羅刹に並ぶほど。

 頭は5つで、顔が3つある阿修羅の両肩に、2つの顔を足したような姿をしていた。

 右手には、身体の大きさに見合う大剣も携えている。それは田中明神と打ち合ったと伝えられる剣ではないかと、推察された。


 ――これは紛れもなく五鬼王だな。


 人違いならぬ、鬼違いではないだろう。

 まずは封じられている土地が、完全に一致している。

 鬼の顔が5つという、他には類を見ない特徴もある。

 ふいごのような息を吐き、言い伝えの大剣も携える。

 そもそも異なる個体であれば、封じられてはいない。


 ここまで完全一致するからには、五鬼王で相違ない。

 冤罪が嫌いな一樹も、流石に相手を五鬼王と見なした。


 ――力は弱い。田中明神が弱らせて、その後も封じられていたからか。


 一樹が感じ取れた力は、A級下位の牛鬼ほどだった。

 A級下位は、神仏であれば辛うじて自身の神域を作れる程度だ。

 五鬼王は、一樹が想定していたよりも弱かった。


「あれは、この地の人々が長らく封じてきた鬼で相違ありません」

「戦闘準備!」


 龍神から派遣された香林が断定して、一樹が蒼依達に鋭い指示を発した。

 沙羅が錫杖を握り締めて身構え、凪紗は両手で薙刀を構える。

 このタイミングで一樹は、事情を説明していない凪紗に声を掛けた。


「あの鬼は、蒼依がトドメを刺す。そうしなければならない事情がある」

「はい、主様」


 一樹の身体からは殺意が滲み出ていたが、身体は一歩後退した。

 その代わりに蒼依が進み出て、手から天沼矛を生み出した。

 そして戦場に在る凪紗からは、立ち回りを確認するために、当然の質問が投げられる。


「何故と、聞いても良いですか」

「見鬼では、蒼依が何に視える」


 一樹が質問を返すと、凪紗は蒼依を視て答えた。


「零落前の山の神です」


 正確に言い当てた凪紗に対して、一樹は一瞬言葉を詰まらせた。

 凪紗が五鬼童家にあっても周りから浮いて、人間から恐れられるのも、納得の能力だった。

 もっとも異常さであれば、一樹のほうが遥かに突出している。

 一樹は凪紗の能力を受け入れつつ、最初の質問に答えた。


「アレを倒せば神格が上がって、蒼依は山の女神として存在を確立できる。それが今回の目的だ」

「分かりました」


 薙刀を手にした凪紗が、一樹に合わせるように一歩後ろへと下がった。

 沙羅も下がり、代わりに進み出た蒼依が矛を構え、恐ろしい形相の五鬼王に向き合った。

 両者の体格差は、牛鬼と山姥が争った時を彷彿とさせる。

 山姥は、疾風迅雷の如く跳ね飛んで、牛鬼に襲い掛かった。


 呪力の繋がる一樹が、蒼依に神気を送り込む。

 そして蒼依は、飛び掛かる寸前の肉食獣であるかのように、膝を曲げて体勢を低くした。


 ――頼むぞ。


 刹那、一樹の意志を受けた式神が、影から飛び出した。

 それは蒼依ではなく、五鬼王に並ぶ気を持つ信君だった。


「ぬおおおおおっ!」


 戦国時代を生き抜いた侍の式神が、電光石火の如く駆け出した。

 それは襲い掛かるためではなく、五鬼王の注意を引き付けるためだ。

 五鬼王は、蒼依が倒さなければならない。

 だが知る術も無い五鬼王は、突如として現れた互角の存在こそが本命だと誤認して、最大の注意を振り向けた。

 その隙を突いて、蒼依が五鬼王に飛び掛かった。


「はああぁっ!」


 それは信君が五鬼王に迫るのと、殆ど同時だった。

 山姥が包丁を振り抜くよりも、遥かに素早く。海原ならぬ五鬼王に向かって、神気が籠められた天沼矛が、突き入れられた。

 しかも同時に、呪力溢れる信君の刀が、別方向から迫っていた。

 五鬼王の大剣が迎え撃たんとしたのは、当然ながら強い信君のほうだ。

 蒼依に対しては、ろくに対応できなかった五鬼王の左肩にある顔の一つに、白光する矛先が突き立てられていく。

 矛先を突き入れた蒼依は、翡翠製の勾玉に籠めた自身の神気を引き出して、注ぎ込んだ。


『伊邪那美ノ祓』


 それは天浮橋から振り下ろされた、女神の一撃だった。

 翡翠製の勾玉は、1個でB級中位の呪力を溜め込める。

 B級中位は、蒼依が有する総呪力の半分であり、五鬼王にとっても呪力の5分の1だ。

 五鬼王に5つある顔の1つ、すなわち5分の1に同等の神気が注ぎ込まれて、弾け飛んだ。


「「「「グギャアアアアアアアッ!」」」」


 消し飛ばされた顔の1つを代弁するように、残る4つの顔が一斉に絶叫した。

 五鬼王は激しい痛みに全身を振り回し、藻掻き苦しんで叫び回る。

 その端では籠めた気を使い果たした勾玉が、地を転がっていった。


「「「「オノレ、コムスメガッ!」」」


 五鬼王の右手が、大剣を振りかぶった。

 それに対して後方の一樹が、大声で高らかに呪を唱える。


『臨兵闘者皆陣列前行。出でよ、牛太郎』

「ブオオオオオオオオオオォォッ!!」


 領域に満ちた五鬼王の邪気が、爆発的に広がった神気に吹き飛ばされていく。

 その中心には、五鬼王に匹敵する椿の神霊が姿を現しており、棍棒を掴んで雄叫びを上げていた。


 牛太郎が発した激烈なる神気が、五鬼王の警戒を引き寄せた。

 新たに出現した牛太郎に気を取られた五鬼王は、咄嗟に大剣を振り向ける。

 その大剣を操る腕の先に、天沼矛の矛先が、蒼依の身体ごと吸い寄せられていった。


『伊邪那美ノ祓』

「「「ギャアアアアアアッ」」」


 右肩を神気が貫いて、矛先を中心に弾け飛んだ。

 邪気ごと顔を吹き飛ばす神気の爆発に、3つの顔から絶叫が響き渡った。


「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァッ」」」


 顔を弾き飛ばされる痛みは、如何ほどのものか。

 普通であれば声を上げられないだろうが、五鬼王には複数の顔がある。余程の痛みであったのか、五鬼王は絶叫しながら後退っていった。

 2個目の勾玉が、蒼依の足元を転がっていく。その間に、五鬼王を挟んだ信君の反対側からは、一体の絡新婦が駆け抜けていた。

 水仙の気量は、蒼依と互角のB級上位。

 一樹達の目的を知らず、本命が分からない五鬼王は、水仙にも注意を振り向けざるを得なかった。


「「「キサマノ、ハラワタ、クイチギッテヤル」」」


 五鬼王は、顔を潰された右肩を水平まで上げて、領域の侵入者達を威嚇した。

 右手に水仙、左手に信君、横合いに蒼依と牛太郎。

 3つの顔で4者に注意を向けていた五鬼王に、つむじ風に乗ったB級中位の鎌鼬が3柱、駆け寄ってきた。しかも3柱は、3手に分かれながら、同時に迫ってくる。

 五鬼王が足元に注意を向けた刹那、神気を籠めた天沼矛が、投げ槍のように投げ付けられた。


『伊邪那美ノ祓』

「「ギャアアアアアアアッ」」


 1本しか無い武器を投げ付けるのは、五鬼王にとって予想外だった。

 意表を突かれた五鬼王の顔の1つに、投げ込まれた天沼矛が突き立てられる。籠められた神気を撒き散らしながら炸裂した天沼矛によって、五鬼王の3つ目の顔が破壊された。


「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」


 破壊されたのは肩にある顔ではなく、頭部にあった顔の一つだ。

 肩の二つよりも甚大な衝撃を受けた五鬼王は、痛みに藻掻き苦しむ。それは五鬼王が見せた最大の隙であり、それを蒼依は見逃さなかった。

 天沼矛は、蒼依の気で生み出している。

 瞬く間に新たな矛を生み出した蒼依は、顔を左手で押さえて痛がる五鬼王に、飛び掛かった。

 2本目の天沼矛が、苦しむ五鬼王の顔面に突き立てられていった。


『伊邪那美ノ祓』

「グギャアアアアアッ……シネェエェッ!」


 4つ目の顔を失いながらも、五鬼王は最後に残った顔から、ふいごのように毒の息を吹き出した。

 その瞬間、一樹が真言を唱える。


『オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ』


 毒を吹き掛けられた蒼依は、一樹の式神だ。

 気が繋がる一樹から、地蔵菩薩の修法である『万病熱病平癒』の気が送り込まれた。

 それは五鬼王の毒を打ち消すには、充分な力だった。


「オノレ、コムスメッ!」


 これまでの行動から五鬼王は、蒼依が1人で自身を倒そうとしていることを理解した。

 理由はまったく分からないが、目の前にあることがすべてだ。

 このままでは拙いと考えた五鬼王は、ほかの全ての式神への警戒を大きく下げて、代わりに蒼依への警戒を最大限に引き上げる。

 そして唯一にして最大の脅威と見定めた蒼依に向かって、大剣を振りかぶった。

 対する蒼依も、最後の一撃を撃ち込むべく、矛を構えて飛び掛かっていった。


 ほかへの警戒を捨てて振り抜かれた大剣の一撃は、それまでよりも鋭かった。

 蒼依の矛が届くよりも僅かに早く、大剣の薙ぎ払いが蒼依に迫っていく。

 その瞬間、蒼依の影から、不貞不貞しい体格の茶トラが飛び出した。


「猫太郎!?」


 それは、蒼依の式神である猫太郎だった。

 猫太郎は、五鬼王に向かって蒼依を押し出しながら、自らは蒼依と大剣の間に割って入った。

 猫太郎の力は、一樹が出会った頃の沙羅や水仙ほどだ。その力の全てを振り絞った猫太郎は、全身全霊で五鬼王の大剣を迎え撃った。

 そして薙ぎ払われて、消えていく。


『伊邪那美ノ祓っ!』

「ギャアアアアアアッ」


 蒼依の矛が、5つ目の顔を貫いた。

 そして5個目の勾玉によって、神気が注ぎ込まれていく。

 さらに吹き飛ばされた五鬼王の顔に次いで、首にも天沼矛が突き立てられる。


「よくも猫太郎をっ!」


 天沼矛が振るわれて、五鬼王の首が撥ね飛ばされた。

 さらに6個目の勾玉が、首元で神気を爆発させる。


 蒼依は翡翠製の勾玉を6つ持っている。

 1つは、槐の邪神退治と虎狼狸退治の調伏に参加した報酬。

 5つは、一樹が得て神域作りの練習用として渡したものだ。

 その全てに籠めた蒼依の神気が、五鬼王に叩き込まれた。


「よくもっ、よくもっ!」


 天沼矛が幾度も突き立てられて、五鬼王を容赦なく叩きのめす。

 猫太郎を斬られた蒼依の荒ぶる神気が、五鬼王を討ち滅ぼしていった。


 ――いや、猫太郎は霊体の式神だから、復活するけどな。


 かくして蒼依は、イザナミが果たせなかった神話を補完したのであった。

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― 新着の感想 ―
猫太郎ないす!身を挺して守るとか良いやつやな
[一言] ゴキ王・・・、いや、違うはず。
[良い点] 猫太郎久々に存在感を示すw [一言] B級上位の蒼依VSA級下位の五鬼王。 だがしかし、A級下位2にB級上位1にB級中位3にC級上位1のフォローがあればこうなるか。
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