141話 凪紗の条件
『協力に条件があります。花咲高校に進学する口添え。そして進学したら、賀茂さんの事務所でのアルバイトです』
五鬼王を探すため、一樹は見鬼の力を持つ凪紗に、協力を求めた。
すると凪紗から、そのような条件を出された。
「あー、それは厄介な話だ」
凪紗から条件を聞いた一樹は、面倒な話に思わず嘆息した。
沙羅と凪紗の父親である五鬼童義輔は、一言で表すならば『頑固親父』だ。
あるいは脳筋、大鬼、一人親方、突撃隊長、大戦士、ヤクザの若頭、融通の利かない騎士団長など、何れも話の通じなさそうな相手が思い浮かぶ。
要するに、血筋である鬼神と大天狗のうち、鬼神の気質が色濃く出た男である。
兄である五鬼童義一郎を例えるならば、思慮深い魔王。
姉である春日弥生であれば、お局様ないし、厳しいお姫様。
最も力を持っており、同じA級でもある義一郎と話が通じるのは幸いであった。
だが義輔は、沙羅の実父であり、一樹が関わらないで済む相手でもない。
――お互いに、馬が合わないと言うべきかな。
式神を使って安全に戦う一樹と、突撃していく義輔とでは、相性が合わない。
勝てば官軍の陰陽師であり、互いに戦法を否定するわけではないが、気質や相性が一致しない。
そのように義輔とは馬が合わない一樹であるが、沙羅に関しては何も言われない。
絡新婦の母体との戦いの際、一樹が介入しなければ、義輔の指揮で沙羅は死んでいた。
そして一樹の行動で、沙羅の右手と左足も再生した。切って治すと一樹が伝えた際、それで治らなければ責任を取れと義輔が言って、一樹は完璧に治した。
『お前の指揮では死んでいた。お前の方法では治らなかった。だから黙っていろ』
そのように一樹が言ったわけではないが、沙羅を治して以降、義輔は一切口を出さなくなった。
沙羅が保護者の手続きが必要だと伝えれば、送った書類に署名して送り返してくる。
沙羅に関しては、一樹の側に白紙委任状を出した状態となっている。
――おそらく、生涯に渡って口を出して来ないだろう。
そのように一樹は確信している。
だが凪紗に関しては、沙羅とは話が異なる。
絡新婦の母体との戦いで、陰陽師の資格を持たなかった凪紗は、依頼自体に参加していない。
そのため義輔と凪紗の親子関係に対して、一樹が進学やアルバイトに口を出す理由は無い。
したがって一樹は、厄介な話だと評した次第である。
『父親なので、困っているんです』
「……父親って、厄介だよな」
一樹が想像したのは、自身の父親である和則だ。
和則は道具に資金を注ぎ込み、借金で自転車操業になって、生活を破綻させていた。
そんな父親に対して一樹は、幽霊船の調伏後、アドバイザー料の名目で4億円を振り込んだ。それによって生活は、劇的に改善しているだろう。
困った相手であるとは言え、父親であることに変わりはない。
和則が望んでいた賀茂家の復権や名誉に関しても、願いは叶ったはずだ。
賀茂家から、陰陽大家では手が届かないA級陰陽師を出した。
日本を揺るがす魔王との戦いでは、賀茂家が強行偵察の隊長を務めた。
安倍晴明の師匠だった賀茂家は、今年の国家試験の2位と3位の師匠だった。
現在の日本には、陰陽師としての賀茂家を侮る者など居ない。もはや、和則が高価な道具を買って無理をする必要は、どこにも無い。
――頼む。大人しくしていてくれ。
言って聞く父親ではないし、子供の立場では親に言い難い。
困っていると訴えた凪紗の気持ちに、一樹は深く共感した。
「依頼を受ける条件として、花咲高校に進路希望とアルバイトなら、話してみても良いが」
『とても助かります。私の言うこと、聞いてくれないので』
「俺の言うことも、聞かなそうだが」
かくして一樹は、五鬼王を捜索するために、義輔の説得から始めなければならなくなった。
スマホで説得できるはずもなく、奈良県まで赴いて対話するしかない。
相手は奈良県の統括陰陽師であるが、一樹が会いたいと言えば会える。
学校が休みの土曜日、凪紗と合流した一樹は、嫌々ながら義輔に会いに行った。
◇◇◇◇◇◇
「という次第で、私が五鬼王を探す依頼を打診したところ、凪紗さんから口添えを条件に求められました。それで本日、罷り越しました次第です」
ムスッとした表情の義輔を相手に、一樹は口添えを行う。
「五鬼童家に協力を求めます。対価は、宇賀様から五鬼童と春日への貸しである羽団扇について、私から宇賀様への貸しである風切羽を豪勢にした分を、差し引くように話します」
五鬼童と春日が手に入れた羽団扇は、沙羅の分を除いて11本。
羽団扇1本の加算は、良質な翡翠製の勾玉1個分ほどだ。
風切羽を集める際、一樹が1本300億円でも出すと予想した羽団扇は、現在の半分程度の力。豪勢になった1本を単純に2倍の600億円として、11本で6600億円。
豪勢になった分を差額とすれば、半分の3300億円をチャラにするわけだ。
B級の凪紗が、依頼料1億円のC級妖怪を3年間、毎日1体ずつ狩ったとしても、3300億円にはならない。
陰陽師の凪紗を3年間、仕事で拘束するにしても、報酬は足りている。
「依頼料としては、充分でしょう」
堂々と告げた一樹に対して、奈良県の統括陰陽師でもある義輔は、眉を顰めた。
「仕事の依頼料としては、高すぎて不適当だ」
至極真っ当な指摘を受けた一樹は、すぐに条件を訂正した。
「であれば、差額分は五鬼童家が、賀茂家の次代以降にご配慮頂くということで。元々、五鬼童本家からは、そう言われておりました」
賀茂から宇賀の貸しを減らして、今回の話の対価を引いた分を五鬼童に移す形である。
律儀な五鬼童が、勝手に賀茂と宇賀に二重払いしそうだった部分を正す形にもなるので、一樹としてはこれで良いと考える。
「なぜ五鬼王とやらに拘る」
「それは個人的な事情ですが、五鬼王は、国産みの神々が討伐を頼み、伏見稲荷に祀られる神が退治に向かい、地元では神楽が舞われ続けてきた悪鬼です。倒しても、問題は無いでしょう」
蒼依が山姥化しないと確定するまで、陰陽師協会には事情を話せない。もしも解決前に話せば、陰陽師協会は有害な妖怪を放置できなくなる。
だが神域を作って自給自足が可能になれば、一樹の死後も人を喰わなくて済むので、山姥化しない。山の女神の1柱となって、人間への脅威は無くなる。
――それで蒼依の問題は、解決出来る。
一樹に都合の悪いことをしない沙羅は別として、他に対しては今のところ話せない。
だが事情を話せなくても、明らかな悪鬼を調伏することについては、義輔も駄目だとは言えなかった。
地元から、「神楽を舞って抑えているが負担なので倒して欲しい」と依頼されたなら、陰陽師協会も仕事を受ける。
依頼人が一樹に代わったところで、調伏に問題は無いのだ。
次いで義輔は、依頼内容について確認を行った。
「凪紗の見鬼でも、見つからないかもしれないだろう」
「その時には、改めて考えます」
「……ふん」
一樹の説明に鼻を鳴らした義輔は、凪紗のほうに向き直った。
「それでお前は、なぜ花咲高校に通いたいのだ」
花咲高校は、卿華女学院に偏差値で劣る。
実家から遠くなり、中学の友人とも縁遠くなる。
そして陰陽師を教える学校でもない。
修験道を修めた凪紗が通ったところで、同好会で学んだ内容で強くなるわけではない。
双子の沙羅と紫苑は、一樹のところに行った沙羅がB級中位、五鬼童に残った紫苑がC級上位だ。だが沙羅の呪力が上がった時期と理由について、義輔は承知している。
何をしに行くのかと問う義輔に対して、凪紗は平然と答えた。
「私は、人とは違うでしょう」
それは先祖返りに関することだろうかと、一樹は想像した。
義輔は肯定も否定もせずに、聞く姿勢を保つ。
「そして賀茂一樹さんも、人とは違う」
「賀茂陰陽師は、鬼神と大天狗の血を引いていないが」
「お父さんには、視えないだけ。賀茂さんの魂は、浮世と違うものが混ざっている」
凪紗の話を聞いた義輔が、一樹に視線で問うた。
対する一樹は、肯定も否定もせずに、凪紗に話の続きを促す。
「だから、私達は一緒。動物は、仲間の傍に居るものでしょう」
先祖返りの度合いが強い凪紗は、五鬼童家にあってすら浮いている。
どこか近寄りがたい雰囲気があって、一緒に居るとクラスメイトに違和感を与える。
それは凪紗が、鬼で天狗だからだ。
鬼が傍に居ると、人間は恐怖を覚える。
天狗が傍に居ると、人間は畏れを抱く。
だから凪紗は、広い世界でようやく見つけた仲間のところに行きたいのだ。
「お前の言っていることは、理解できない。だが、賀茂陰陽師のところであれば実力も上がるだろう。姉の沙羅もいるし、五鬼童家は賀茂陰陽師に恩義もある」
父親である義輔は、多弁になって嘘を吐いた。
























