表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第5巻 昇神への道程

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

142/280

138話 神話の補完

 10月も半ばに入り、山の木々は紅葉で鮮やかに彩っていた。

 紅葉は、気温が下がり、日照時間が少なくなっているサインだ。

 樹木は、葉を使って光合成をしている。だが冬になると、光合成で得られるエネルギーが少なくなって、葉を維持するエネルギーを下回る。

 樹木は、冬に葉を付けていると採算が合わないので、秋に葉の栄養を枝側に回収して、不要になった葉を切り離そうとする。

 その際、葉緑体を分解する過程で、日光を浴びて有害物質が発生する。それを抑えるために、葉の色を赤くするアントシアニンを生成しているのだ。

 紅葉は、夏から冬に変わるサインである。


 一つの樹という命名の由来を持つ一樹は、流石に葉は落とさない。

 だが紅葉する山々、弱くなる日差し、空気の肌寒さから、季節の移ろいは感じ取っていた。


「すっかり秋になったぁ」


 一樹が見ていたのは、栃木県の男体山から一望できる中禅寺湖だった。

 青空の下、陽光を浴びた湖面がキラキラと輝き、穏やかに波立っている。

 その先に聳え立つ山々は、秋特有の赤や黄色の彩りを見せていた。


「綺麗な景色ですね」

「そうだな」


 蒼依の一言には、景色を眺めるために要した苦労が籠められていた。

 元々男体山は、ムカデ神の実効支配地だった。

 赤城山に陣取っていた蛇神と、男体山に陣取っていたムカデ神との争いは、西暦313年から399年まで在位した仁徳天皇の時代に遡る。

 当時、毛野国という一つの国だった群馬県と栃木県は、その力を危惧した大和朝廷によって、上毛野国と下毛野国という二つの国に分けられた。

 二国に分けられれば、どこで国境線を引くのかで争いとなる。

 そして両国には、赤城山と二荒山(男体山)という信仰の対象があった。

 両山には、地脈や祈願の力が注がれていた。それらによって蛇神とムカデ神は力を付けていき、やがて争ったと考えられる。


 ムカデ神を呑み込んだ蛇神は、かつて二つに分けられた存在を、一つに纏めた。

 そのため神格が上がり、龍神へと至ったのだ。

 一樹と蒼依が見ている光景は、1600年以上も分割された果てに合一されて、ようやく落ち着いた穏やかな神域だった。


「お二人とも、何をしているんですか。入りますよ」


 感慨に耽っていた一樹と蒼依の背後から、暢気な声が掛けられた。

 おおよそ情緒とは無縁な柚葉に促され、二人は建立された龍神の社に踏み入った。


 ◇◇◇◇◇◇


「よう来たの」


 龍神の社にて、社の主が鷹揚に告げた。


「お久し振りにございます。龍神様におかれましては、益々ご健勝の様子。何よりでございます」

「うむ。近頃は、すこぶる気分も良い。あるべき姿に、戻ったからであろうな」


 あるべき姿に戻っただけ。

 そのように称した龍神は、毛野国(群馬県と栃木県)の神として、赤城山と男体山の地脈から力を得ながら、生み出した神域の中心に座していた。

 誕生の経緯が明確であり、土地に神域を生み出した龍神にとって、人の信仰は不可欠ではない。

 揺るぎない存在と化した龍神であるが、一樹からの寄進は受け取った。


 社の建立費用として、20億円。

 一樹が報告を上げた陰陽師協会による、役所への手続きや業者の手配での支援。

 日光市から男体山へと繋がる道は、龍神自身が龍体で一気に切り拓いた。

 さらに周辺の鬼や魑魅魍魎を支配して、百鬼夜行どころか、万鬼夜行で休みなく働かせ、切り拓いた道を整えさせていった。

 そこに資材と業者が入り、人手と重機に無数の鬼達も使って、龍神の社が完成したのであった。


「最近の電化製品は、便利じゃな」

「ご満足いただけて、何よりです」


 妖怪の領域だが、太陽光発電と業務用蓄電池を入れており、オール電化である。

 水道水は井戸水で、電気で汲み上げられる。

 二車線の道が出来たので、日光市との行き来も出来る。龍神自身は運転免許証を持っていないが、龍神の娘には人間社会で活動して、免許証と車を持っている者もいる。

 基地局が無いので電話やインターネットは出来ないが、すべての娘に意識を繋げられる龍神は、困らないだろう。

 差し当たり、ポットでお湯を沸かした娘の1人が、お茶を煎れて運んできた。


「賀茂様から頂いたお茶とお茶菓子で、恐縮ですが」

「いえ、恐れ入ります」


 軽く頭を下げながら、一樹は龍神の娘を素早く視た。

 それは沢山居る娘の中で、わざわざ選抜した以上、優秀だと思ったからだ。

 外見年齢は20代に見えるが、40代ほどに見える龍神の実年齢は1600歳を超えるので、おそらく20代では無いだろう。

 龍神のような長髪で、雰囲気は真逆に柔らかい。

 そして僅かに、自身の神気を纏っていた。


「……A級ですか」

「今の人の基準では、そうなりますね」


 龍神の娘は、物腰柔らかく微笑んで肯定した。


「そやつは、妾が身罷った場合の後継者に考えていた程度には優秀じゃ。それは不要となったが、新たな神を祀る際には、役立とう」


 土地に神域を作るには、A級下位ほどの力が必要だとされている。

 龍神の補足を聞いた一樹は、その娘がムカデ神と争っていた当時にA級下位の力は持っていたのだろうと想像した。

 であればムカデ神を倒して、龍神達の力が1段階上がった現在は、A級中位の力を持っている。


 ――これだから妖怪の領域は、怖いんだよな。


 A級中位であれば、キヨや赤牛と同等の力を持っている。

 妖怪の領域には、そのような妖怪も、少なからず住む。

 迂闊に踏み入ると、いくら命があっても、足りたものではない。


「香林お姉様は、赤堀道元の娘と呼ばれて、人の記録にも残っているんですよ」

「うむ。どこぞのポンコツ娘と比べて、100倍くらいは優秀な娘じゃな」


 得意気に割り込んだ柚葉に向かって、龍神から厳しい指摘が飛んだ。


「うぐっ」

「ムカデを喰えば、50倍くらいに縮まろう。今日は喰っていけ」

「生憎と、お腹の調子が悪くて……」


 柚葉がムカデを食べて力が増すのは、母親と同じ理屈に基づく。

 2つに分かれた土地の力が、一つになるわけだ。一度もムカデを食べていない柚葉は、ムカデを食べれば力が倍加する。

 蛇神が同格のムカデ神を喰らって昇神したように、同程度の力を持つムカデを食べる必要はあるだろう。

 だが龍神と娘達は、たくさんのムカデを狩っている。

 龍神の社には、柚葉用に封印して取り置きした冷凍ムカデが、沢山ある。


「なぜ嫌がるのじゃ」

「だって、顔が怖いし、たくさん足が生えているし」

「其方は、顔の善し悪しで食べると申すか。阿呆をぬかすな」


 好き嫌いをするなという母龍と、涙目で嫌がる子龍。

 言い負かされた柚葉は、一樹の服の裾に縋り付いた。これは『自分は身請けされたから、旦那様が許可しないと応じません』という最終手段だ。

 呆れた龍神に視線で問われた一樹は、一緒に呆れつつ応えた。


「柚葉がムカデを喰らえば、力が倍になるのでございますよね」

「うむ。相違ない」

「であればC級中位の今よりも、もっと力が強くなった後のほうが、良いのではありませんか」

「一理あるな。まあ、よかろう」


 一樹が柚葉に求めるのは、陰陽同好会の頭数だ。ムカデを食べさせたショックで不登校になられても困るので、問題を先送りした次第だ。

 一樹と龍神との間で取り決めが成された瞬間、柚葉は安堵の表情を浮かべた。

 次いで、得意気な笑みを浮かべる。


「ムカデは別として、修行の一つも、授けてやろうかの」

「龍神様の御思召通りに」

「…………はいっ!?」


 大ポカをやらかした柚葉について、一樹は即座に見捨てる判断を下した。


「さて、本題に入るか。今日は、何用かの」


 真っ青になった柚葉を尻目に、一樹は説明を始める。


「はい。蒼依の神域の件でございます」


 人間は、身体を維持するために、食べ物を食べる。

 それと同様に、妖怪が身体を維持するためには、気が必要だ。

 山姥の孫でもある蒼依は、人を喰えば気を得られるが、人を襲って喰えば山姥化してしまう。


 ほかにも気を得る方法はあって、現在は式神として一樹の気を得ている。

 一樹が生きている間は、それで良い。

 だが一樹が死ねば、蒼依は山姥化に一直線である。そして人間の一樹よりも、妖怪の蒼依のほうが長生きする。


「これまでは、私の寿命が尽きるまでに蒼依に神域を作らせて、地脈から気を得られるようにするつもりでした」

「うむ。練習しておるな」

「はい。龍神様のおかげを持ちまして」


 本来は、A級下位から神域を作れる。

 蒼依はB級上位だが、龍神に導かれて、小さな神域を作る練習を始めていた。

 龍神に教えられてから僅か半年であるが、家と庭くらいの範囲であれば、蒼依も神域を作るようになってきた。

 その範囲では地脈の力など得られないので、もっと修行が必要であるが。


「今は精進あるのみじゃが、何か急ぐ用事でも出来たのか」

「最近、荒ラ獅子魔王なる存在が現れまして、対策に追われています」

「ふむ、それで何じゃ」

「率直に申しまして、私が死んで、気を与えられなくなる危険がゼロではありません。その際、蒼依が山姥化しないように、自給自足できる程度に神域を作れるようにしたいと思いまして、ご相談に参りました」

「ほう」


 龍神は一樹と蒼依を順に観察した。

 一樹は当然の行動だと開き直っており、蒼依は一樹の行動に怒っている。

 蒼依の怒りは、保険を掛ける行動の是非ではなく、「軽々しく死ぬと言うな」であるとか、「危険なら行くな」であるとかだ。


 危険であれば、荒ラ獅子魔王を避ければ良い。

 一樹も蒼依の立場であれば、そのように考えたかも知れない。

 魔王から逃げると、世間から厳しい批判が出るのは明らかだ。だが花咲の殉職を例に挙げれば、安全策を採ることに批判は出ても、強要まではされないかもしれない。

 だが一樹には、魂に染み込んだ莫大な穢れを祓わなければならない事情もある。荒ラ獅子魔王は、一樹が今世での目的を果たすのに適した相手だ。

 その事情を説明できないので、一樹と蒼依との間には、すれ違いが起きている。


「魔王に限らず、陰陽師にはリスクが皆無ではありません。私は、家業が陰陽師でございます。陰陽師を辞める気はございませんので、保険を掛けたいのです」


 行動で妥協できない一樹は、そのような言い分で押し切った。


「難儀なことじゃ」


 不利でもムカデ神から逃げなかった龍神は、一樹の選択を否定はしなかった。


「然らば、手っ取り早く、神格を上げれば良い」

「と、申しますと?」

「そこな娘に、ムカデを食べさせるようなことをすれば良いのじゃ」


 龍神の口から語られたのは、神話の補完であった。

――――――――――――――――――


hakusai先生がTwitterで、キャラデザを載せておられました!

https://twitter.com/hakusai_hiro/status/1657964321572544513


書籍版は、Web版の10倍(当社比)面白いです。

ぜひお読み下さい!


挿絵(By みてみん)

各所でレビューして頂き、ありがとうございます。

続刊に向けて励みになります(o_ _)o

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第7巻2025年12月15日(月)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻 書籍7巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第7巻=『七歩蛇』 『猪笹王』 『蝦が池の大蝦』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報 7巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
[良い点] 柚葉ちゃんも特訓をクリアできなかったら、ムカデを食べるべし。 と言われたら、頑張って特訓をクリアするだろうな。
[一言] A級中位であれば、キヨや赤牛と同等の力を持っている。 妖怪の領域には、そのような妖怪も、少なからず住む。 A級陰陽師は両の指位しかいないのに妖怪側にポンポン居られたらそら劣勢になるわな。
[一言] 神話の再現じゃなくて補完なのついに年貢の納め時って感じだ 黄泉から帰ってきた夫と仲直りするんだろうな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ