136話 巡視船での展望
「せっかくの文化祭なのに、相手をさせて悪かったかしら」
「いえ。そもそも文化祭は、来校者を予定していますので」
文化祭では様々な高校が、外部からの来校者を迎え入れている。
来校するのは生徒の保護者、受験を検討している中学生、卒業生、近隣住民など、学校に関わりのある人間が多い。
だが来校者は、関係者に限定しているわけではない。
誰でもどうぞと告知している以上、来校者に宇賀が居ても、何ら問題ない。
ただし混乱を防ぐために、宇賀は一般人と異なる扱いをした。
みやこ型巡視船で、もっとも豪華な第一公室。
本来は幹部用の多目的室であり、要人を迎え入れる部屋としても使われる。
その公室に宇賀を迎えた一樹は、幽霊巡視船員に紅茶と洋菓子を出させて、自ら応対した。
第一公室に同席しているのは、一樹のほかにはA級陰陽師に昇格する予定の小太郎だけだ。
宇賀と初対面の小太郎は、頻りに恐縮していた。
――A級陰陽師には慣れているはずだが、勝手が違うか。
年2回開催される常任理事会で顔を合わせ続けるので、いずれは慣れる。
他方、宇賀は最初から気にせずに、マイペースで話している。
「あたしは表で売っていた焼きそばでも、構わないけれど」
メイド喫茶のメニューに載っていないものを提供する一樹に対して、宇賀は念を押した。
「クラスの馬鹿が、ノリと勢いで作っていますので」
「文化祭なのだから、郷に入っては郷に従うわよ」
一樹は困った表情を浮かべて、首を横に振る。
『来客した宇賀様に、キャベツの芯が塊で入った焼きそばを出した』
そんな話を人々が耳にすれば、非難囂々だ。
世間からは「厳しい、怖い」と知られる宇賀だが、日本には不可欠の人材である。
日本を妖怪から守る陰陽師協会は、人外であるトップ3者の絶妙なバランスで成り立っている。厳しい宇賀と、善狐である豊川との間で調整が図られ、諏訪が重石になってきた。
日本が主張する国土の3分の2は、妖怪の支配領域だ。
そして妖怪との争いは、全国各地で起きている。
日本人にとって宇賀は、3柱ある守り神の1柱にも等しい存在なのだ。
「宇賀様に対して、キャベツの芯が塊で入った焼きそばは、出せません」
「それは、流石に困るわね」
人魚の食性では、キャベツの芯の塊は、対象外だったらしい。
大人しく引き下がった宇賀は、ティーカップを静かに口元へ運んだ。
「校舎のほうには行っていないのだけれど、あちらも貴方達が、手伝っているのかしら」
「それは、お化け屋敷などについてでしょうか」
魑魅魍魎が跋扈する世界であるが、お化け屋敷の需要は有る。
殺人事件が起こる世界で、殺人事件に向き合う刑事ドラマに需要があるのと同様だ。
『おどろおどろしい空間を歩かせて、霊障現場を体験させる』
『登場させたお化けを倒れさせて、爽快な調伏を体験させる』
ようするに、体験型のアトラクションだ。
ほかにも、仲間内での遊びの罰ゲームや、度胸試しになる。
あるいはカップルで入って、彼女が怖がって彼氏に抱きつくなどの用途もある。付き合う前段階の男女が、吊り橋効果を狙うのも有りだろう。
――花咲市の水族館でも、同様の水槽を見た気がするな。
お化け屋敷には、一定の需要がある。
もっとも文化祭は、生徒が自分達の手で行うことに意義がある。
模擬店よりも立派な店は、街中には沢山あるだろう。だが、店の立派さで劣っていても、自分達で挑戦することで高校生は経験値を得られる。
目的などに鑑みれば、プロの一樹達は手を貸すべきではない。
自分のクラスで行われる出し物であれば一樹も手伝うが、他のクラスにまで出しゃばるつもりはなかった。
「私も花咲も、手伝っていません」
「あら、そうなの。同じ学校のよしみで、小鬼や怨霊でも使役して派遣してあげれば、リアリティが上がったでしょうに」
「相手から相談があれば、名目と相談の仕方次第では、検討したかも知れませんが」
お化け屋敷を出すクラスの生徒が、一樹に交渉して手配するのであれば、自分の力で調達することになる。それであれば一樹も、バランスを考えながら手を貸したかもしれない。
その場合は、本格的なお化け屋敷が生まれただろう。
なにしろ本物の鬼や怨霊を放り込めば、そこは紛れもなく、本物のお化け屋敷となる。
お化けが式神であるために、呪詛を撒き散らしながら襲い掛かってくるわけではない。
しかも入場者は、陰陽師が通学する学校の文化祭という事前知識を持っている。
そのため本物の霊障現場ほどに、恐ろしい空間とはならないだろう。
それでも体験型のアトラクションとしては、充分な恐ろしさだろう。
『床から伸びてきた白い手が、足首を掴んで、ジワジワと握り締めてくる』
『ふと振り返れば、恐ろしい形相の化け物が、背後からジッと見詰めてくる』
入場者は、一刻も早く、お化け屋敷から出たくなるに違いない。
だがお化け屋敷から出たとき、付いてきていたはずの同行者の姿は、どこにも見えない。
振り返ると、出口から見える床には手が伸びていて、それが奥へと引き摺り込まれていった。
そんな恐怖の館が、式神を使えば作り放題である。
「レジャー施設には、引退した陰陽師が協力したお化け屋敷もあったわよ。楽しかったわ」
「そんなところもあるのですね」
「ええ。一般人には怖すぎたみたいで、あまり流行らなかったけれど」
「然もありなん、ですね」
本格的すぎて廃れた結末に、一樹は納得した。
人間が危機に際して、危機感を抱くのは正常な反応だ。
餓えたライオンの群れにジワジワと近寄られれば、人間は危機感を抱く。
それと同様に、殺意を持った怨念から狙われれば、人間は危機感を抱く。
捕食される恐怖を体験したい人間は、基本的には居ない。少なくとも、商売として成り立つほどには居ないだろう。
「素人が、ちょっと脅かすくらいが、ちょうど良いですよ」
一樹と宇賀が雑談を交わす間に、場の空気が弛緩していった。
頃合いを見計らった一樹は、宇賀に本題を尋ねる。
「宇賀様がお越しになられたのは、過日報告しました、花咲の件でございますか」
そう言った一樹は、小太郎に視線を向けた。
「ええ、そうよ。犬神の呪力が、強まったそうじゃない」
「バウッ」
宇賀が肯定すると、小太郎の傍に、紀州犬の霊が現れた。
大きさは、普通の紀州犬と何ら変わりない。
口を開けて舌を出し、ハッハッと荒い呼吸を繰り返しながら、大きく尻尾を振っていた。
代々の花咲と共闘してきた宇賀は、犬神との付き合いが長い。少なくとも明治時代には、宇賀と花咲には親交があった。
宇賀と花咲の関係が良好であれば、花咲家の犬神も友好的に接するはずだ。宇賀と犬神は、それなりに親しいと考えられる。
しばらく犬神を観察していた宇賀は、微笑を浮かべた。
「確かに、強くなっているわね」
「上手く隠していますが、読み取れるのですか」
小太郎の傍に居る犬神は、ごく普通の犬の霊に見える。
隠形でも身に付けているのか、呪力も殆ど感じさせない。
犬神の呪力がA級下位か、A級中位かを判断することは、現状では一樹ですら不可能に近い。
「どうかしらね」
言葉を濁した宇賀は、犬神の主である小太郎に顔を向けた。
「賀茂の時も行ったのだけれど、A級陰陽師に成るときは、順位付けを行うの」
「はい」
神妙な態度で頷く小太郎に向かって、宇賀は話を続ける。
「あたしが視た限りでは、賀茂と花咲の順位は、変わらないのだけれど……」
その先を宇賀は言語化しなかったが、一樹には予想が付いた。
一樹の格付けは、村上海賊船団の調伏時に行われた。その時は、将来性も見込んでのA級6位であり、花咲との差は殆ど無かった。
程なく龍神の加護を得て、一樹の使える呪力は5割増した。同時に式神が強化されて、牛鬼がA級下位になるなどした。
その時点で確実に花咲を上回り、A級6位が確立されただろう。
さらにA級下位の信君も使役して、現在はA級5位の向井会長に勝るかもしれない。
――4位の五鬼童当主は、羽団扇も得たからな。
格付けをし直す場合、一樹はA級5位になるかもしれない。
陰陽師には不文律があって、会長を上回ると面倒が増えるために、中途半端な差での入れ替えは、一樹も望んでいないが。
「花咲の犬神って、たくさんの分霊を同時に出せるでしょう。煙鬼対策に有効で、五鬼童と合わせたら第二段階は完了するのよね。早々に順位付けを受けて欲しいわ」
「はい、かしこまりました」
一樹が妄想する間も、宇賀は小太郎への説明を続ける。
「第三段階は、魔王との直接対決になるのよね。東京が近いから、協会も放置は出来ないのよね。貴方も準備をして欲しいわ」
「……はい」
東京が陥落したとき、力を持ちながら対応していなければ、人々は陰陽師を責めるだろう。
日本に住んでいなければ無視しても構わないが、逆に日本に住んでいれば、無視はできない。
断る選択肢は、一樹には無かった。
――――――――――――
・あとがき
書籍版の1巻、どんな感じか
お問い合わせも頂きましたので
ピッコマ様にて、無料で読める部分です
https://piccoma.com/web/viewer/136159/3444487
――――――――――――
「牛鬼も人を喰うと知られているのに味方するなんて、とんでもない陰陽師だね!」
「……何だと」
一樹は俯くと、弓の弦を引き絞り、離して振るわせた。
『鳴弦』
一樹が振るわせた弦が、突如として世界に悲鳴を上げる。
震撼する空気が、一樹の呪力に染め上げられて形を変えていく。
「な、なんだいっ!?」
無色だった世界に、大焦熱地獄の穢れが染み込んだ一樹の魂が、一滴落とされた。
それが世界にとっての猛毒であることは、もちろん一樹には分かっていた。本来であれば、軽々しく使って良いものではない。だが──、
世界を覆う空気が、まるで水を溢された紙であるかのように、一樹の色へと染まっていく。
夜空を照らす星のような淡く綺麗だった白色の世界に、灼熱と血に染まる濃い赤色が混ざって、世界は危機感を抱く真っ赤な色に塗り変わっていった。
おぞましく変容した世界には、おぞましい住人達が存在する。
「おれは……」
人には、絶対に許せないことがある。
一樹は、大きく息を吸い込んで、呪詛と共に吐き出した。
「冤罪が嫌いだ」
「ひいいいっ」
牛鬼に冤罪を掛け、輪廻転生して果たす一樹の陰陽師としての生き様を罵った山姥の行為、言葉は、一樹の琴線に触れた。
思わず悲鳴を上げて飛び退いた山姥の足元からは、亡者の手が無数に湧き出していた。
ボロボロになった血の通わない真っ白な手が、山姥を掴もうと、あるいは救いを求めようと、必死に伸びていく。それらは、大焦熱地獄から逃れようとする亡者の手だ。一度掴めば、手がもげようとも、身体が千切れようとも離さない。
その苦しみを一樹は知っており、襲われる山姥も本能で危険を知覚した。
――――――――――――
編集様が、「売り上げが見えたら連絡します」と言っておられました
…………ぜひ買って下さい!(・∀・;)


























