135話 メイド喫茶 幽霊船店【1巻本日発売!】
花咲高校の文化祭が始まった。
校門に設けられた大きな看板と、華々しい飾りが、来校者を迎え入れる。
風船、ペーパーフラワー、色紙を切って作った手作りの文字。経費は安いが、その代わりに高校生達の手間暇が掛かっており、感情が籠もっている。
色取り取りの華やかな飾りから読み取れるのは、生徒達が文化祭を楽しみたいという感情だ。
300万人が避難民と化した現在、文化祭を行えなくなった高校は、枚挙に暇がない。
当たり前のことが行えないことがあると知った生徒達は、文化祭を行えることに例年に増した感情を籠めたのだ。
「花咲高校の文化祭へようこそ!」
渋谷で行われているハロウィンのように、様々な姿に扮した3年生の集団が、来校者達を迎え入れる。
受験シーズンに入った3年生は、準備に時間が掛かることはしていない。その代わりに衣装を調達して、仮装行列を行いながら校内を練り歩くなど、校内を賑やかせていた。
校内には軽快な音楽が流れているが、昼頃には校庭で、吹奏楽部の生演奏が行われる。
そのほかには、ダンス同好会のパフォーマンスも予定されている。
「フライドポテト、フライドチキン、どうですか!」
「お好み焼き、いかがっすかーっ」
「わたあめ、やってまーす」
校庭に設営された屋台の手前では、はっぴを着た男子高生達が、来校者に声を掛けている。
校内には、3教室を繋げたお化け屋敷も設けられており、白い着物姿の女子高生が、無言で手招きをしていた。
そんな校内の各所には、次の案内ポスターも貼られていた。
『1年3組メイド喫茶 幽霊巡視船店』
『花咲高校から徒歩7分 花咲港ドックにて出店中』
その案内を見るまでの間に、来校者は仮装行列や、お化け屋敷を見ている。
もしも事前情報が無ければ、停泊中の修理船でも借りて出店しているのかと疑ったかもしれない。
だが幽霊巡視船を使役するA級陰陽師の賀茂一樹が、花咲高校の生徒に在籍していることは、あまりに有名だ。
魔王支配地域に対する強行偵察の動画は、日本人の総人口よりも再生回数が多い。
少なくとも国内では、知らない人間のほうが少数派だ。
花咲高校に来た中学生以上の人間で、知らない者はおそらくいない。
「港ドックでやっているのか。それじゃあ移動しようか」
「もう混んでいるんじゃない」
案内ポスターを見た来校者の半数が、幽霊巡視船のほうへと踵を返す。
だが来校者の数は、例年の10倍を超えているために、一向に減る様子がない。校舎側の文化祭は、大盛況だった。
問題があったとすれば、港ドックのほうだろう。
たった1つの出し物……焼きそば店を含めれば2つの出し物であるが、そちらに殺到した人間の数は、1万人に届いた。
花咲高校から港ドックに通じる市道に、途中から行列が伸びている。
港ドックの敷地内に踏み入ると、白い船体に青いラインが入った巡視船と、大きな看板を掲げた全長8メートルの牛鬼が見えた。
インスタ映えの度合いは、今年における国内最高レベルだろう。
なにしろ魔王を追い返した幽霊巡視船で、メイド喫茶というおかしなことをするのだ。
政府であれば、巡視船の運用や税金の使途で批判を受けるために、絶対に企画できない。
『魔王を倒していない状況で、有意な対抗手段である幽霊巡視船を他所で遊ばせる』
日本は批判が厳しいが、大らかな国であっても、認められる余地は殆どない。
他方、一樹は民間団体に属しており、税金から報酬を受け取らずに魔王を撃退した。
瀬戸内海の解放で、あらかじめ幽霊巡視船の自由航行権を持っており、幽霊巡視船を運用することで式神術の力量が上がるという大義名分も持つ。
そのためA級陰陽師の一樹が行うのであれば、世間は批判できない。
堂々と、おかしなことをしている1年3組に対して、世間はお祭り騒ぎで乗ったのだ。
行列に連なる人々は、幽霊巡視船と牛鬼の姿を撮影して、周囲と会話を交わし、満足そうにしていた。
「キタムー、宣伝しすぎっ!」
絵理の罵倒が、北村の右耳から入って、左耳へと抜けていった。
北村が事前に宣伝した結果、SNSやインターネット上で拡散の連鎖が発生した。そのため1年3組のメイド喫茶は、開店直後には収容能力を超えてしまったのである。
1年3組は、臨機応変に対応しようとした。
ヘリ甲板での喫茶店を諦めて、ヘリ甲板を注文と商品の受け渡し場所に切り替えた。
そして巡視船内に入らない甲板上であれば、好きな場所で食べて良いとして、座席数の問題を解決したのである。
すでに巡視船の甲板上には、数百人の来場者が乗船している。
それでも場所が足りず、ヘリ甲板でテイクアウトした商品を港ドックで食べる来場者の姿も増え始めた。
場所は陰陽長官の指示で、陰陽庁職員が借りてくれた。周辺施設のトイレも借りており、僅かでも協力した実績を作りたい陰陽庁が、色々と骨を折った形だ。
「佐竹先生が学校に連絡して、ほかの先生が学校の椅子を沢山持ってきてくれることになった」
「焼きそば麵、キャベツ、もやし、ソース、スーパーに行って追加で買ってきて」
「だったら、飲料水とかも買ってきて。絶対に足りないから」
「もう業務用スーパーで売れそうな物、先生の車に積んで、こっちに運びまくって!」
押し寄せる群衆の勢いから、何が起こるかを理解せざるを得なかったのだろう。
追い込まれた1年3組の生徒達は、それなりに打開策をひねり出していた。
一樹も使役する幽霊巡視船に命じて、船内への入り口を閉じて入場者が入り込まないように防いでいる。
また42名の幽霊巡視船員は、様々な支援も行ってくれている。
高校1年生の生徒が行う販売の補助、厨房の作業補助、乗船タラップや甲板上での誘導案内、個別に話をしたいという厄介な客の対応などだ。
そのほかは、圧倒的な力を持つ牛鬼での牽制だろうか。
そこにティラノサウルスのような怪物が控えているとなれば、群集も暴徒と化しようがない。
1年3組の一員である一樹は、少なくとも高校生50人分くらいの働きはしていた。
「主様、このままで大丈夫ですか」
「これ以上は、どうしようもないんじゃないか」
蒼依に問われた一樹は、一定のラインで見切りを付ける結論を返した。
すでに売り上げ目標は達成しており、文化祭でクラスが頑張ったと言えるくらいには働いた。
食材を追加してまで営業を続けるのは、並んで何も買えない来場者を出すのが申し訳ないからだ。
クラスの誰かを最後尾に並ばせて、売り切れの看板でも持たせておけば良いのかも知れないが、まだ始まって間もないので決心が付かない。
「衣装を貸してくれた卿華女学院の生徒が来たら、蒼依と沙羅、それに柚葉と香苗で対応してくれ」
蒼依と沙羅は、卿華女学院に行ってきた張本人だ。
それに沙羅は、先方と親しい間柄でもある。
2人が対応に出るのが適切だが、相手は人数が多いので補助も必要になる。
今年の陰陽師国家試験で有名になった柚葉と香苗は、話をしたい一般客への応対に使い難いので、御礼で話をすることが前提の接客に回そうとした次第である。
一樹が勝手に決めたが、クラスで最大の活躍をしているために発言権も強い。案が真っ当だったこともあって、委員長の北村も、女子をまとめている絵理も、反対は口にしなかった。
「分かりました。4人で対応しますね。そろそろ到着するので、迎えに行ってきます」
一樹の方針を聞いた沙羅が応じて、柚葉と香苗も頷いた。
衣装を貸してくれた御礼の招待なので、1万人の列に並ばせるわけにはいかない。
そのため店員の衣装を着た沙羅が、迎えに行くと言ったのだ。
それを聞いていた蒼依が、一樹に懸念を呈した。
「商品、売り切れそうです」
「その時は、卿華女学院の生徒だけ特別に、巡視船の主計科の職員に何かを作ってもらう」
一樹の幽霊巡視船が抱える食材で作る料理は、特別な効果を持つ。
村上海賊船団を殲滅した際、一樹の格付けを行った陰陽師協会の御方は、次のように告げた。
『生み出された食べ物は、神に捧げる神饌になった後、神と共に食べる直会として戻されているわ。だから神気を帯びていて、食べると、ほんの少しだけ呪力が上がるわよ』
呪力は、怨霊に対する抵抗力となる。
身体に良いものであるが希少なため、妄りに提供すべきではない。
いわば奥の手を出した形だ。
これで乗り切ったと思った一樹に、北村が新たな問題を持ち込んだ。
「学校の仮装行列が、こっちに来たいと連絡してきたんだけど」
「しらんがな」
ついに一樹は、対応を放り投げた。
「幽霊巡視船員から人手は出せない。対応するなら、北村が男子を使って自分でやってくれ」
「おう分かった。巡視船の甲板を一巡りさせて、焼きそばを持たせて帰らせるわ」
意外に真っ当な対応ではないか、と、一樹は認識した。
なお甲板上の人口密度については、すでに諦めている。
みやこ型巡視船は、総トン数が3500トン。
総トン数が3500トンの客船であれば、載貨重量トン数は464トンとなる。
体重60キログラムの人間が7万7333人くらい乗り込まなければ重量オーバーしないので、沈没することは有り得ない。
発生し得るクレームも北村に任せることにした一樹は、溜息を吐いた。
「よし、これで文化祭を乗り切ったな」
油断した一樹が不用意な発言をした直後、スマホにメッセージの着信音が入った。
一樹のスマホに連絡できる人間は、極めて少ない。
口を結んだ一樹は、画面に視線を落とした。
『遊びに来たから、案内して頂戴』
メッセージの差出人には、宇賀様と表示されていた。
本日は、書籍1巻の発売日です。
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