133話 男子の仕事
「提供食品は、男子が保健所に許可を取って、用意して」
リーダーシップを発揮する絵理の要求に、委員長の北村が応じて、役割分担が定まった。
「男子で集まるか。女子は、綾村がまとめてくれ。出す食品は、稼げるやつにしようぜ」
「作るのが楽で、早く用意できるのにしなさいよ。それと非常識な価格は、駄目だからね!」
「おう。男子は、教室の前のほうに集まってくれ」
北村は両手を振り上げて、大雑把に手招きした。
それに応じて男子がクラスの前のほうに集まり、女子がクラスの後ろのほうに移動する。一樹も移動して、北村の周囲に群れる集団に加わった。
輪の中央にある机の上には、模擬店で認められる食品の一覧が置かれる。
「この一覧から、駄目そうなやつを削っていこうぜ」
「駄目そうなのって、何だ?」
「手間暇の掛かるやつ」
宣言した北村は、手間暇が掛かりそうな食品を探し始めた。
みやこ型巡視船の厨房は、花咲高校にある食堂の厨房を軽く上回る大きさだ。模擬店で出す食品程度は全て作れるし、料理スキルの高い主計科の職員も揃っている。
だが立派な環境が整っていても、実際に作るのは、1年3組の男子生徒だ。
男子高校生の料理スキルは、如何ほどか。
――インスタント食品とレトルト以外を作れたら、トップ層だな。
1人くらいは料理の上級者が居るかもしれないが、1人に全てを任せるわけにもいかない。
平均で考えざるを得ず、複雑なことは不可能だ。
「ゆで物、蒸し物は、駄目だな」
じゃがバターは蒸す時間が数十分も掛かるので、模擬店で出すには向いていない。
特に反対意見も出ず、じゃがバター、蒸しぎょうざ、蒸ししゅうまいなどに二重線が引かれて、次々と消されていった。
「汁物、煮物も駄目だろう。味付けとか出来ないわ」
開催時期が10月なので、あまり売れ行きも良くないと考えられる。
豚汁、おでん、煮込み、けんちん汁、おでんなどが、バッサリと切り捨てられていく。
「清涼飲料水は良いよな。積極的に行こうぜ」
ジュースは、市販品を小分けにすれば良いとされている。
スーパーなどで買った紙パックや、ペットボトルの飲料水を、容器に入れて提供するだけだ。
これは誰でも出来るし、利益率も高い。食べ物には、飲み物も必要なので、導入すべきだろう。
北村は清涼飲料水に二重丸を付けた。
「価格は後で決めるとして、食べ物だよな。ご飯類は、カレーとか牛丼のレトルト食品をレンジで温めれば良いのか」
簡単な内容に、北村が迷いを見せた。
そして一樹のほうを見る。
「巡視船って、電子レンジはあるのか」
「何台もあるぞ。厨房は教室よりも広いし、電力だって問題ない」
「それならやるか。仕入れの数は抑えて、売り切れたら終わりにしよう」
北村が周囲を見渡すと、男子達は頷いて応じた。
パックのご飯とレトルトのカレーを使い捨ての容器に乗せて、レンジで温めるくらいは、流石に男子高校生も出来る。
まとめ買いすれば、どちらも安く買える。
カレーであれば1食200円の原価に対して、500円で売れば、300円も儲かる。容器代なども考えなければならないが、それらは誤差だ。
「レトルト食品は、全て認められるのか。すげぇな!」
儲けられる可能性を見出した北村が、瞳をギラギラと輝かせた。
レトルト食品は、1950年代にアメリカ軍が缶詰に代わる携帯食として、開発したのがはじまりだ。
缶詰には重量や、空き缶の処理という問題があった。かくして開発されたレトルト食品は、アポロ計画で宇宙食に採用されたことから世界の注目を浴びた。
レトルト食品は、調理後に高圧加熱殺菌を施し、袋詰めにした保存食品だ。
インスタント食品は、乾燥または冷凍されており、お湯を注いで調理する食品だ。
レトルトパウチされた食品はレトルト食品で、袋入りラーメンなどはインスタント食品だ。レトルト食品は幅広く、カレーのみならず、一度は却下されたおでんも、レトルト食品で提供できる。
レトルト食品が認められるのであれば、提供できる食品の種類は大きく広がる。
「ぜんざい、プリンも、レトルト食品で出せるみたいだぞ」
「マジか。限定食で出そうぜ!」
ノリの良い男子達が、水を得た魚のようにレトルト食品で提供できる食品を探し始めた。
「中川達は、そのままレトルト食品を探してくれ。原価が安い、早い、旨いで頼む」
「任せろ。高く売って、儲けるぞ」
利益に魅入られた男達が、各々のスマホでレトルト食品を探し始めた。
検索に人数を割り振った北村は、食品リストの添削を再開する。
「レトルトが使えるなら、お好み焼き類は、削ろうぜ。時間が掛かるからな」
北村が二重線を引いたのは、たこ焼き、お好み焼、タコス、ピザなどだ。
それらには、保健所からの注意事項が書かれている。
『小麦粉は、出店場所で水に溶き、事前に仕込んだ具と混ぜ合わせて焼いてください』
『ピザ類は、市販のピザ生地に、事前に細切した具をのせて、出店場所で焼いてください』
レンジで温めるレトルト食品に比べて、明らかに手間暇が掛かる。
それらの注意事項を見た北村は、費やす時間を考えて切り捨てたのだ。
――まあ、良いけどな。
売り上げは経費を精算した後、クラスメイトで頭割りされる。
一樹も金が無ければ、簡易で利益率の高い食品を選んだだろう。
北村は意気揚々と、添削を再開する。
「揚げ物、ソーセージ類、バーガーは、止めておくか?」
提供までに調理の一手間が必要な食品類を列挙した北村は、周囲の男子を見渡した。
揚げ物は、串かつ、フライドチキン、フライドポテト、からあげ等だ。
『事前に調理場で下処理した食材を、調整した溶き粉、パン粉につけて、その場で油により揚げること』
そのように保健所が記載しており、そこまで高度ではないが、レトルトよりは手間が掛かる。
ソーセージ類は、市販のソーセージを焼くか揚げる。
ハンバーガーは、市販品のパンを使う。
レトルト食品をレンジで温めることに比べると、いずれも遥かに手間だ。
実際には大した手間ではないかも知れないが、ここで誰かが「大した手間ではないだろう」と言えば、「それならお前が作れよ」と言い返される。
そのため反対者は出ずに、3種類の食品は次々と削られていった。
だが、さすがに削りすぎたらしい。
電子レンジで乗り切ろうとした男子の様子を見かねたのか、担任から掣肘が入った。
「お前ら、文化祭だぞ。思い出に、何か1つくらい、自分達で作ってみろ」
担任の立場からすれば、至極もっともな意見であった。
「えー、効率を追求するのは、間違っていないんじゃないっすか?」
「挑戦しろ、挑戦。焼きめん類に、焼きそばとかが、あるだろう」
言い訳をする北村の真横に来た担任は、食品類の一覧表を指差しながら、消されていない食品を勧めた。
「市販のめんとキャベツ、それを鉄板で焼けば良いんだ。賀茂、巡視船の厨房には、ガスコンロとかIHとか、あるんだろう」
「業務用で、良いのが揃っていますよ」
一樹が太鼓判を押すと、担任は頷いた。
「よし、これにしろ!」
「うぇー」
担任はペンを手に取ると、焼きそばの部分に二重丸を付けた。
北村が嫌そうな声を上げたが、担任はどこ吹く風で押し切った。
「割り箸とか容器の調達も、忘れるなよ。保健所への届け出は、俺と北村で作るからな。それと宣伝は、どうするつもりだ」
「それは賀茂のYouTubeとかTwitterで良いんじゃね」
北村は安直に言ったが、一樹のSNSアカウントは、登録者が異常な数に膨れ上がっている。
それらのアカウントで宣伝をしようものなら、「魔王の侵攻を防いだ御礼に行きます!」や「行けないけれどリツイートで支援します!」というコメントが広がるだろう。
つい先頃、強行偵察隊の隊長を務めたA級陰陽師の一樹が、自らのSNSでお願いするのだ。
一般人のうち「故郷を奪った魔王憎し」や、「自分も何かしたい」と思う者達が、A級陰陽師に協力するという方向性を示されて協力するのは、容易に想像できる。
ほかには「協力しに来ました」と言って、一樹に握手を求めて写真を撮り、SNSに掲載するなどの行為もあるだろう。
一樹達が「来て下さい」とお願いすると、そのような問題も生じる。
「俺は宣伝できないし、陰陽同好会の所属者も、喫茶店の宣伝には名前を使えない」
「どうしてだよ」
「魔王侵攻を阻止してくれた御礼で数万人の客が来たら、30人のクラスメイトで捌けるか」
「……それは駄目だな」
納得した北村は、周囲の男子を見渡した。
「仕方が無いから、俺等のTwitterで宣伝しようぜ。100人くらいは来るだろ」
宣伝は、北村達が行う形で決着した。
その効果は大したことがない……と、一樹は認識していた。だが一樹達のクラスメイトであり、アカウントの内容は監視されていた。
北村達がTwitterで呟いた文化祭の内容は、政府も把握していた。
帰宅後、一樹がメールで『文化祭における式神の使用申請』を送ったところ、連絡を待ち構えていた陰陽長官から、すぐに着信が入ったのであった。
5月10日(水)が、1巻の発売日です!
特典SSは、1本がWeb版の2~3話分です。
本編も大幅に直して、何万字か加筆もしており、
Web版に無いシーンの挿絵が1……2……3……4……
さらに全体で、追加のスペシャル特典があります!
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938:編集者
書籍版に十数ページほど、漫画も載せておきました!
939:原作者
( ゜д゜) ……
(つд⊂)ゴシゴシ
(:゜д゜)……
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お手元に届くのを楽しみにお待ち下さい!
























