132話 衣装調達
「それじゃあ、衣装だね」
花咲高校の文化祭における1年3組の出し物は、船上メイド喫茶に決まった。
絵理は女子全員の代表と言うわけではないが、話し合いにおける唯一の反対者だった。
その絵理が「公平性は担保された」と納得した以上、廃案にするには別の点で、新たに反対意見を述べなければならない。
――たぶん反対意見は、出ないだろうな。
場の流れが、すでにメイド喫茶に傾いている。
その理由の最たるは、他校まで見学に行って、出店する手順や工夫などの詳細を持ち帰ったのが、一樹達だけだったという点が挙げられる。
花咲市と周辺の市町村では、他校の普通科が文化祭を行っていなかった。
そのため県外までの交通費を払って、他校の文化祭へ見学に行かなければならなかったが、それを行ったのが一樹達だけだった。
すると当然ながら、一樹達が持ち帰った他校の文化祭が、最大の検討材料になる。
その是非を話し合う流れで、絵理が男女間の不公平を指摘して、解決案が提示された。
メイド服を着るのが嫌であれば、調理や盛り付けなど、ほかの仕事もある。
あるいは「部活の出し物に参加する」と、名目を立てて不参加も出来る。
全員の意見が一致しなければ、多数決となるだろうが、そもそも一樹達の対案を持ち込まれていないので、大勢は決した雰囲気だった。
「衣装だけど、時間がないから手作りなんて無理だし、購入するしかないよね」
「それで良いんじゃないか」
絵理が司会進行の北村に念を押すと、北村は力強く頷いた。
「女子だけが着る衣装は、女子だけで決めて良いよね」
「おう、良いぞ」
「それで予算って、いくらなのかな?」
「むっ……どうなんだ」
首振り人形のように応じていた北村は、情報を持ち帰った一樹に尋ねた。
それに対して一樹は、沙羅に視線を投げて、回答をパスする。
内容が頭に入っていた沙羅は、メモも見ずにスラスラと答えた。
「1着5000円もあれば、選べるみたいです。クラス全体で選んで、各自で購入して、喫茶店の売り上げから補助したそうです」
「意外にお手頃だね」
「お店で普段使いする制服ではなくて、学園祭だけの消耗品ですから」
絵理が高額を予想していたのは、卿華女学院がお嬢様学校だからだろう。
一樹の妹も通っているが、賀茂家の財政破綻は、一樹の父親が悪いだけだ。賀茂家と伏原家の家柄は、枝分かれした末端であろうとも入学できるレベルで良い。
卿華女学院であれば、文化祭で1着5万円のメイド服を購入しても、おかしくはない。
だが価格が高いと売れず、商売として成り立たないので、そもそも流通になかったらしい。
「それで、どれくらい各自の持ち出しになったの」
「喫茶店が儲からなくて、4000円くらい持ち出しになったそうですよ」
「それは高いね」
絵理をはじめとした女子の顔色が、4000円という金額に曇った。
高校1年生にとって、4000円は高額だ。
学校の行事であれば、親が出すかもしれないが、しわ寄せがあるかもしれない。
「困ったね。どうしようか」
絵理は、クラスの女子に向かって語り掛けた。
単純な解決策は、提案を持ち込んだ張本人であり、おかしな金額も稼いでいる一樹に集ることだ。
だが一樹は、女子がメイド喫茶の給仕役をする代わりに、幽霊巡視船で会場を提供する公平負担を請け負った。
幽霊巡視船の使用は、一樹が自分で言い出したことだ。
そして式神の使用には、金銭も発生していない。
そのため絵理は応じたが、衣装代まで一樹に求めるのは、絵理自身が主張した公平負担の観点からは間違っている。
世の中には、公平という言葉を方便に使って、自分が得する場面では沈黙する人間も居る。
だが絵理は、主義主張と行動が、一貫していた。
――律儀なことで。
絵理の態度を見た一樹は、絵理に対する評価を上げた。
だが実際に、高いものは高い。
考えを求められた女子からは、負担が重いという意見も出た。
それは負担しなくて済むようにしろということであり、具体的な方法を自ら提案はしないが、安易な結論を求める空気も流れていた。
「あのー、文化祭が終わった卿華女学院から借りるのはどうですか」
クラスに流れていた空気を吹き飛ばすように、空気を読まない柚葉が割って入った。
「どういうことかな?」
絵理に問われた柚葉は、持論を述べる。
「沙羅さんは、双子の妹さんに借りられますよね。あっちが女子校で30人いるなら、半分の人が貸してくれるだけでも、こっちの15人分を貸せると思いますよ」
「ふむふむ」
柚葉の案は、意外に良案に思われた。
一樹が属する花咲高校の1年3組は30名で、男女が半々だ。
卿華女学院の1年2組が何人であるのかは知る由もないが、その全員が女子である。15人以下の少人数クラスでない限り、一樹達のクラスの女子よりも人数が多い。
そして卿華女学院の文化祭は、つい先頃行ったばかりだ。全員が衣装を捨てているとも思えないので、貸してくれるならば数が揃う。
衣装が足りなくても、貸してくれた衣装の人数分だけを給仕にすれば済む話だ。
まとめて送れば、送料も安い。
衣装代の問題は、柚葉の案で解決する。
「その代わりに、衣装を貸してくれた人を文化祭に招待して、うちの喫茶店は無料にするとか」
「招待する交通費は、誰が出すの?」
「……あっ」
柚葉の思い付きは、途中までは良案に思われたが、欠点もあった。
そんな柚葉の様子に、自分を出し抜くなど不可能だと、一樹は安堵した。
――話を持ち掛けたら、実現するだろうけどな。
一樹のクラスには小太郎がいて、紫苑のクラスには三戸愛奈がいる。
そして両者は、カップルになった。
三戸愛奈は、日本で三指に入る旧財閥を経営する家の娘だ。
並大抵の家柄では、三戸家が付き合いを認めない。
だが小太郎は、売上高1兆円を超える花咲グループの会長になると確定しており、A級陰陽師に就任して公式発表されるのを待つ身となっている。
小太郎よりも良い相手など、まず居ない。
三戸家が「娘婿がA級陰陽師で、今は魔王対策を頑張っています」と言えば、中立的な者は応援に転じるし、批判的な者も三戸家にケチを付けられなくなる。
魔王が顕現して前当主が殺されて、危険だと思う者もいるかもしれない。
だがあれは、A級の蜃を弱らせてトドメを刺すだけと思っていた場面で、S級の魔王とA級の羅刹に不意打ちされたからだ。
今であれば、D級の小太郎は安全な後方に置いて、遠方から犬神を出させる。
犬神は集団行動や、敵味方の判断が出来る。
小太郎が現場で細かく指示しなくても、主人の仲間だと認識させた一樹達と連携して、羅刹と戦ってくれるだろう。
――三戸家なら、小太郎は『買い』だよな。
A級陰陽師がもたらす宣伝効果は、現代では極めて大きい。
家の利益に鑑みた三戸家は、小太郎と愛奈の付き合いを支援するだろう。
『衣装を貸してくれれば、小太郎のクラスで出す喫茶店に招待する』
そんなイベントがあれば、支援しないはずがない。
運転手付きのバスを手配して、クラス全員を送迎するくらい、三戸家が得られる利益と比べれば遥かに安いのだ。
あとは、紫苑のクラスメイト達が応じるかだが、声を掛けるのは紫苑の双子の沙羅だ。
しかも沙羅は、事前に一樹達と下見に来ており、出し物を模倣するにあたっての協力依頼を行っている。信用度に関しては、これ以上の相手は居ないだろう。
水仙であれば「女子校の生徒が、共学校から文化祭に誘われて、断るなんて無いんじゃない」と答えるだろう。
「声を掛けたら、応じると思うぞ。船内の公室を貸し切りにして、お礼用に使えば良いだろう」
結論に至った思考過程を省いて、一樹は結論だけを告げた。
「それじゃあ、頼んでみようかな。沙羅にお願いしても、大丈夫?」
「ええ、構いませんよ」
かくして一樹達のクラスは、他校からメイド服を借りることになった。
なお、話し合いを見守る担任の顔が引き攣っていた件に関しては、一樹はそっと目を逸らした。
























