131話 文化祭の出し物決め
世の中には、多数決という決め方がある。
その本質は、多数による力での押し付けだ。
「多数決、反対―っ!」
文化祭で1年3組が行う出し物について話し合う場で、多数決に対する反対意見が出た。
反対した綾村絵理は、多数決を真っ向から否定する。
「多数決って、賛成者が多ければ、正しくなくても通るよね。例えば……」
例えば、老人の人口が多い国家があったとする。
その国で『医療費の自己負担額は、老人が2割、若者が3割にしよう』という案が出たとする。
多数決であれば、数が多い老人の負担が少なくて、数が少ない若者の負担が大きい案が通る。
だが若者の負担ばかり重くすれば、若者に生活の余裕がなくなり、お金が掛かる活動が出来なくなる。それが少子化の要因となって、国家は衰退していく。
90代の寝たきり老人に医療費1000万円を注ぎ込んでも、将来性がない。
20代の若者に「結婚して子供が生まれたら1000万円あげます」と言えば、確実に子供が増える。生まれた子供は、将来の納税者となり、国力を支える力となるだろう。
だが多数決では、20代の若者から金を巻き上げて、90代の老人に注ぎ込む案が通る。
これに対する反対は無意味だ。
人数では老人が多く、多数決は法律で決まっており、その法律を変えるのも多数決である。
だがクラスの文化祭であれば、法律による強要は決まっていない。
「……というわけで、多数決には反対。メイド喫茶って、女子がメイドになるだけでしょう。だったら男子は、何をするのかなっ。負担は、公平にしろーっ!」
「なるほど」
絵理の主張に対して、卿華女学院から案を持ち帰った一樹は、理解を示した。
女学院で公平だったメイド喫茶は、男女共学の花咲高校では不公平になる。
正当な主張を受けて、司会進行を行うクラス委員長の北村択海も、調整を図ろうとした。
「男子も、同等の負担があれば良いか」
「それなら、別に良いけど」
同等の負担という部分で、絵理は応じる構えを見せた。
絵理が問題視するのは『男女間の不公平』で、それが解消すれば不平等は解決する。
北村は司会の立場から、公平負担について提案した。
「だったら男子も、メイドの格好をすれば解決だな!」
「「「はあっ!?」」」
北村の脳天気な提案に対して、ほかの男子からは即座に、否定の声が飛び交った。
「アホか、ヤメロ」
「うちの高校で、新種の妖怪を生み出すな!」
クラス委員長の北村は、陽気な阿呆だと、一樹は認識している。
学業成績が悪いわけではない。
だが判断基準が、一般常識から外れている。
クラスの男子全員にメイド服を着させて、メイド喫茶の店員をさせる決定くらいは、ノリと勢いで行える男だ。
――どうしてコイツが、委員長になった。
それはクラスで行った信任投票の結果である。
もっとも役員を決めた高校1年生の4月は、クラスメイト全体が猫を被っていた時期だ。
それで人柄など分かるはずもなく、立候補者がいれば『やる気がある』と評価されて支持された。
本日、一樹が花咲高校で学んだ最大の内容は、立候補者の主張や実績を見ることが大切だと言う点であった。
「おい北村、お前も着たくないだろう!」
「別に俺は構わないぞ」
「ふざけるな、俺等は着たくないし、見たくもない」
男子達が必死の抵抗を試みて、北村の暴走を阻止しようと図る。
袖口から溢れ出す筋肉や、スカートの下から伸びる足のすね毛は、一樹も見たくない。
――文化祭では、協会から急用を用意して貰おうかな。
一樹が現実逃避していたところ、最初に公平負担を求めた絵理が、スマホを掲げて訴えた。
「ねえねえ、男子が文化祭でメイド喫茶をやっている動画を見つけたよ」
「……あるのかよ」
一樹が担任のほうを振り向くと、スマホの使用を阻止する素振りは、見せていなかった。
生徒が文化祭の出し物を調べることは、学校にとっては教育の一環だ。調べる手段として、インターネットを用いることも、現代社会では一般的である。
認められていると判断した一樹は、自身もスマホを取り出して、検索を行った。
それから数十秒後、クラスの方々からうめき声が溢れる。
「うわぁ」
「ヒドい」
それは男子高校生が、野太い声でメイド喫茶を紹介する動画だった。
登場したホワイトボードには、男子高校生が可愛いポーズをした写真が、明るい色紙の枠を付けられて、華やかに飾られていた。
写真には赤とピンクのハートマークも付けられており、その時点で一樹は目眩を覚える。
画面が切り替わると、風船が吊り下げられて、可愛く演出された教室が映った。
そして動画には、恐ろしい妖怪が登場する。
それは頭にウサ耳を付けて、チェックのスカートを履いた、筋肉の固そうな妖怪であった。
それらの妖怪は、猫なで声で「お帰りなさいませ、ご主人様」と発声した。
「ぎゃああああっ」
「ぐえぇぇぇぇ」
1年3組の方々から、悲鳴が上がった。
――そのスカートは、誰から借りた。
スカートを履いた男子もおかしいが、貸した女子もおかしい。
女子が貸したことは、動画内の端に映る女子が同じスカートを履いていることで判別できる。
女子は笑っているが、笑いの種類は失笑であった。
1分にも満たない時間で、一樹の気力は尽きかけていた。
「おい、北村、やめろ」
死に体の一樹は、気力を振り絞って、愚か者の奇行を制止した。
「意外にウケると思うぞ」
「笑いを取るのと、笑いものになるのは、別だ」
「だけど綾村の公平負担も、分かるんだよなぁ」
北村の言い分を認めた一樹は、メイド喫茶の報告を持ち込んだ当事者として、代案を示す義務感に駆られた。
一樹は脱力しながらも、納得させなければならない相手に念を押した。
「あー、綾村さんや」
「なんだい、賀茂さんや」
「文化祭で出し物をするにあたり、男子が公平以上の貢献をすれば、良いんだよな」
「うん、それなら文句ないよ」
明言を得た事による安堵で、一樹は溜息を吐いた。
文化祭のメイド喫茶で、メイド以上に負担をすることは、通常であれば不可能だ。
何しろ市販されている食材の調達は簡単で、調理もほとんど無い。
――だけど、出来るんだよな。
花咲学園は、敷地から徒歩1分で海という立地だ。
周囲には港、船着き場、マリーナがあって、多数の船舶も停泊している。
そして一樹は、村上海賊船団の調伏と引き替えに、幽霊巡視船を自由に使える許可を得ている。
幽霊巡視船を手配することは、メイド服を着るどころではない負担であろう。
式神使いが式神を使えば、術の精度が上がる。
一樹が幽霊巡視船を使うことは、使役の精度を上げることに繋がる。
幽霊巡視船は、蜃や魔王に砲撃するために使用しており、有用だと示されている。一樹が幽霊巡視船を上手く使えるようになれば、より良い結果が期待できる。
そのような大義名分を掲げて申請すれば、魔王対策を陰陽師に依存している国は却下できない。
「メイド喫茶の場所を教室ではなく、高校の傍に停泊させた幽霊巡視船のヘリ甲板や公室にする」
幽霊巡視船ならば、厨房から食材を運び込める。
クラスメイト用の更衣室、休憩室、トイレなどもある。
そしてクルーザーに乗ってみたい女子高生にとっては、絶好の機会となる。
教室から離れて利便性は落ちるが、幽霊巡視船に乗ってみたい人間は多いはずなので、客には困らないだろう。
入れる場所を公室などに限定して、駄目な場所は幽霊船と幽霊船員に封鎖させれば、おそらく許可は出る。
「144億円の船上メイド喫茶、それでどうだ」
一樹が大盤振る舞いした結果、絵理は納得を示した。
「おっけー!」
かくして1年3組の出し物は、船上メイド喫茶となった。
























