130話 氏神の継承
『奉鎮・鉄矛』
符呪から生み出された霊物の鉄矛が、小太郎の手元で鮮やかに回転する。
相対する青鬼は、咽を刺されながらも、逃げる素振りはまったく見せない。
憤怒の表情を浮かべ、小太郎を威圧して脅し掛けた。その右手は刺叉を握り締めており、一瞬の隙を窺っている。
対する小太郎は、ひたすら舞い続けた。
身体の動きを止めれば、そこから動き出すまでに、一瞬の間が生じる。青鬼の攻撃を迎え撃つか、避けるかの二択でしか動けなくなる。
だから小太郎は、流れるように矛を操って、一瞬の隙も生まないように舞い続けた。
舞い続けていれば、舞いに乗せて、複雑な対抗技を繰り出せる。
呪力を用いる小太郎の舞いは、咽を刺されて体力を失っていく青鬼よりも、長く保つ。
そして時間経過による不利を察した青鬼は、ついに動き出した。
「ウォォォオッ」
「はあっ!」
青鬼が刺叉を構えて、小太郎に突撃した。
対する小太郎は、青鬼を矛で薙ぎ払いながら、同時に後方へと跳んだ。
そして後ろに跳んだ直後、その場でステップを踏み、場に身体を保たせた。
直後、鉄矛は複雑な軌道を描いた。
小太郎の左手が鉄矛の柄を持ち、矛を頭上に掲げながら、矛先を青鬼に向けた。
右手が石突を掴み、それを押し込んで筒から撃ち出す砲弾のように、鉄矛を青鬼に突き出した。
瞬時に突き出された矛先が、青鬼の顔面に襲い掛かる。
「グオオオオッ!?」
声を上げた青鬼は、咄嗟に刺叉で鉄矛を打ち払った。
打ち払うと分かり切っていた小太郎は、流れる動作で鉄矛を操る。
弾かれた鉄矛の石突を左手で掴み、弾かれた勢いを活かしてグルリと、矛先を下から後ろへ回転させた。回転した矛先が、後方から前方へと戻ったのだ。
矛が弾かれてから、回転して襲い掛かるまで、わずか一秒にも満たない。
流星のように流れた矛先が、立て続けに青鬼を襲った。
「グァァッ!」
両手で刺叉を振るっていた青鬼の体勢は、崩れていた。
青鬼は慌てて、刺叉を頭上に掲げた。
それは小太郎にとって、絶好の機会となった。
小太郎は鉄矛の石突を持っており、それを起点として矛先を任意の場所に叩き付けられた。
「まずは右手だ」
刺叉の柄を握る青鬼の右手に、流星と化した矛先が落とされた。
握っていた柄と、降り注いだ矛先とに挟まれた青鬼の右手は、擂り潰された。
「ガアアアアアッ」
叩き付けられた矛先から、調伏の呪力が流し込まれる。
激痛で刺叉を放した青鬼の体勢は、さらに崩れていた。
そして小太郎は、まだ動き続けていた。
『地鎮祭』
小太郎の舞いと共に、複雑な軌跡を描く鉄矛が、青鬼に襲い掛かっていく。
払いで崩し、軽重の突きで手傷を負わせる。
鮮やかな舞いで青鬼の反撃を受け流し、体勢を崩したところを突いていく。
両者にあったのは、圧倒的な技量差だった。
愛奈が分霊と戯れていた年月、小太郎はひたむきに修行を行っていた。
花咲の直系である小太郎には、人外に劣る呪力を補うための様々な技術がある。
その差が、中鬼に対する圧倒的な対応力の差となって現れた。
さらに小太郎は、油断することも、手を緩めることも、一切なかった。
一瞬の隙すらも作らず、操る矛で確実に弱らせ、隙を突いて打撃を与え、青鬼を調伏した。
◇◇◇◇◇◇
金山城に設けられていた障害は、堅壁の先にも用意されていた。
道程としては道半ばであり、馬場曲輪、大堀切、月ノ池、大手虎口、石敷きの広場が残っていた。
だが助井と格田が脱落して、小太郎が愛奈の犬神を助けたところで愛奈が負けを認めるに至り、それ以上の選定は無意味となった。
カメラに映る愛奈は、小太郎に対して従順だった。
青鬼に捕まえられて、泥沼に放り込まれそうだったところを助けられたのだから、無理もない。
愛奈を助けるために自らの犬神を送り出した小太郎は、そのために1対1で青鬼と戦っている。そして赤鬼と戦っていた愛奈の犬神も助けた。
もはや勝負は着いている。
――主催者の春は、干珠に触れたら終了と言ったが、触れた者が勝ちとは言っていない。
犬神が誰に憑くのかは、犬神の自由だ。
そんな犬神は、生前に花咲家の隣家に住んでいた爺から、迷惑を掛けられた。
この先、助けられた愛奈が恩を忘れてゴールまでダッシュして干珠に触れたところで、意地悪な者に憑くことなど考えられない。
選定の義は、すでに勝敗が決したのである。
そのため堅壁よりも先の障害は、春の式神によって撤収された。
そして小太郎は、何ら妨害を受けずに、愛奈を引き連れてゴールの日ノ池まで辿り着いた。
「仲がよろしいことで」
一樹が思わず皮肉を口にしたのは、愛奈が小太郎の腕を組んでいたからだ。
選定試験の場で、それは流石に無いだろうと思った次第である。
『女子校の生徒は、男子への免疫が無くて、惚れっぽい』
それは卿華女学院の文化祭に行った際、一樹が水仙から教わった話だ。
愛奈が助けてくれた小太郎に惚れたらしいことは、傍目に一目瞭然だった。
他方、小太郎が粗略に扱わないのは、パートナーとして有望だからだ。
現在の小太郎は、若くして花咲家の当主、そして花咲グループの会長となる身だ。
高校生で経営手腕が未熟な小太郎であるが、パートナーが日本で三指に入る三戸グループであれば、小太郎の不備を補って余りある。
そして三戸家も、魔王が日本を荒らしている現在、娘がA級陰陽師の配偶者になるのであれば、世間への多大な宣伝効果が期待できる。
花咲家の当主となる小太郎は、大きな判断を下した様子だった。
そのため一樹は、引っ掛かった愛奈を捕まえた小太郎に、生暖かい目を向けたのであった。
「これが干珠か」
一樹の呟きを聞き流した小太郎は、日ノ池に設けられた台座に目を向けた。
台座には紫の敷物があり、その上には犬神が執着した干珠が鎮座していた。小太郎が助けて連れてきた愛奈は、干珠を横から奪おうという素振りは一切見せない。
ほかの妨害者もおらず、小太郎はゆっくりと干珠に手を伸ばし、そっと触れた。
「バウッ」
愛奈の傍に付いていた分霊・シロが、一鳴きして小太郎の分霊・皎に吸収された。
それを見ていた愛奈が寂しそうな顔をするが、小太郎が念じると、皎の霊体から分霊のシロが飛び出し、再び愛奈に憑いた。
「小太郎君、ありがとう」
「ああ」
愛奈が正面から小太郎に抱きつき、小太郎は抵抗しなかった。
用件が済んで、お邪魔虫を自覚した一樹は、すぐにでも帰宅する意志を持った。
だが一つだけ、どうしても見逃せない点があって口を開く。
「犬神の力が、先代に憑いていた時よりも増している。先代に憑いていた時はA級下位だったが、小太郎に憑いた今はA級中位だ」
「どういうことだ」
聞き捨てならなかった小太郎が、真顔で問い質した。
一樹の知覚は、愛奈の分霊が小太郎の分霊に重なり、継承者が確定した瞬間だ。
刹那に知覚した犬神の呪力は、A級下位の牛鬼を圧倒しており、A級中位の羅刹にも届くほどに大きかった。
一樹の呪力感知は、地獄で鬼を知覚し続けた魂が身に付けた能力だ。
その技能は、他の追随を許さないと自負する。
「予想だが、先代を殺された恨みが募り、怨念の力が増したのだろう。それだけではなくて、花咲の氏子を守っていた力も、一部を回収したと思う」
一樹の予想は、恨みが深くなるほど怨念が強まる常識に基づく。
花咲の犬神が、憑いていた当主を目の前で殺されて、恨まないはずがない。
花咲家の氏神である犬神は、殺された氏子の報復をしたり、次の氏子を殺されないように守ったりする。
ほかの氏子を守るために、勝てないと判断した羅刹から、一旦は引いたのだろう。
だが、干珠を諦めなかった犬神が、報復を諦めるとは思えない。
そのために必要なことをしたのだろうと、一樹は考えた。同時に一樹は、『このような犬神が相手では、妖狐も折れるしかなかったのだ』と納得した。
「魔王が居なければ、今の犬神は、羅刹を噛み殺せるかもしれない」
「そうか」
言葉少なげに応じた小太郎に、一樹は無謀を戒めるべく、小太郎と犬神に言葉を掛ける。
「静岡の統括となる堀河陰陽師も、二重に願掛けをして、父親の敵討ちを目指している。2人でやれば、確実に果たせるだろう。相手も出来たようだし、一人での特攻は避けろよ」
「ああ、そうだな」
言うべき事を言った一樹は、2人から離れて主催者である春の下に戻った。
「これで終わりでしょうか」
「はい、さようでございます」
興味深そうに一樹達を見守っていた春は、促されて頷いた。
「立会人を務めて頂き、まことにありがとうございました」
「役目を果たせたようで、何よりです」
役目を果たした一樹に向かって、春は丁寧にお辞儀をした。
「次回は、44年後くらいでしょうか。面倒でございますので、頻回には行いたくございません」
44年後であれば、小太郎が陰陽師としての定年を迎える頃だ。そのタイミングで犬神を継承するのであれば、死亡による交代ではない。
ようするに春は、小太郎に死ぬなと言ったわけである。
ただし距離が離れているので、小太郎には聞こえていないが。
「賀茂様がよろしければ、次も立ち会いをお願い致します」
「その頃に都合が付けば、構いません」
一樹に対しても死なないようにと告げた春に対して、一樹は軽く頷いて応じた。
かくして継承の儀は終わり、一樹は金山城を後にしたのであった。
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5月10日、書籍版1巻の発売日です。
最初から式神が居て、一樹も武器で戦いますので、
すべての戦闘が、まったく異なります。
Web版の10倍(当社比)、面白いです!
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