127話 花咲の氏神
「それでは準備を始めます」
金山城跡の総合案内板前に集った4人に向かって、春が宣言した。
すると春の傍らに控えていた犬神が、人懐っこい笑みを浮かべて、一吠えした。
「バウッ」
すると吠えた犬神の身体から、4つの煙が飛び出した。
――犬神の分霊か。
一樹が見抜いた4体の霊は、いずれも犬神の呪力を宿しており、本体と気が繋がっている。
近似としては、蛇神と柚葉の間にあったような繋がりだろうか。
分霊と繋がる本体は、分霊から情報を収集したり、分霊を操ったりできる。
――そうやって代々、継承候補の子供達を調べているのか。
花咲の子孫には、犬神の分霊が憑いている。
であれば子孫達が危険な目に遭いそうになった時は、犬神が察知できる。
『交通事故に遭いそうになれば、服を咥えて引っ張ってくれる』
『敵や暴漢に襲われそうになれば、それらを蹴散らしてくれる』
分霊が倒されようとも、分霊の気が相手に付着するので、それを辿って周囲の氏子に憑いた分霊や、本体が駆け付けられる。
A級の犬神が救援に駆け付けるのだ。
氏子が生きていれば救出できるし、殺されていても加害者は皆殺しであろう。
花咲一族が現代までの数百年に亘って、無事に血脈と財産を受け継いでこられた理由は、犬神に手厚く守られてきたからだと一樹は理解した。
姿を現した4体の分霊は、4人の候補者の下へ駆け寄っていった。
「シロちゃん!」
「バウワウッ」
分霊の一体が尻尾を振りながら、愛奈に正面から突進していった。
そして衝突の直前、分霊は自分で減速して、愛奈の身体にボフッと収まった。
「シロちゃーん!」
愛奈が分霊の身体をワシャワシャと撫でると、分霊は千切れそうなくらい勢い良く尻尾を振って応じた。
ほかの3体の分霊も、それぞれ3人の下に駆け寄って、各々の関係性で親愛を示している。
それら4体の分霊について、身体の大きさや呪力に差があることに一樹は気が付いた。
一樹の疑問を察したのか、春が4人に向かって分霊の大きさについて説明する。
「皆様が触れ合った時間と密度で、分霊には個体差がございます。分霊の力と、皆様の呪力を使い、競って下さい」
春から指摘された4人は、4体の分霊を見比べた。
分霊達の大きさは、意外なことに小太郎が一番ではない。
大きさの順では、愛奈、小太郎、助井、格田となっている。すなわち分霊に対して、もっとも時間を費やして呪力を籠めたのは、愛奈ということになる。
――意外でもないか。
呪力の大きさは、主に遺伝と環境要因に影響される。
遺伝に関しては、4者は花咲の後継候補に選ばれるほどには差がない。
そして修行の浅い幼少期であれば、呪力にも大差は無い。
であれば費やした時間で、差が付く。
大人達は、子供に犬神と接するようにと指示は出来ない。
子供が自発的に接するのと、親に言われて義務的に接するのとでは、前者のほうが犬神に評価されるに決まっている。
またライバルとなる親族の子供に教えるような不正も、花咲では出来ないだろう。
なぜなら犬神が、憑いて見ているからだ。隣家のイジワル爺に嫌がらせを受けた犬神は、イジワルな子孫には憑かなくなると予想できる。
小太郎は、謎の犬が分霊だとは知らなかったはずだ。
すると花咲家の後継候補者である小太郎は、花咲グループを引き継ぐ勉強や、陰陽師の勉強に力を入れることになる。
それに対して、旧財閥で旧華族の出自である女子の愛奈は、家を継ぐ立場にはない。
その差が、費やせる時間の差となって、犬神の力や大きさとして出たのだ。
「わたしのシロちゃんが、一番大きい?」
「そのようでございますね」
愛奈の確認に対して、春は頷いて応じた。
一樹が知覚した呪力は、小太郎がD級で、残る3人はE級だ。
4人の遺伝には大差がなくて、修行で呪力に差が出たのだと考えられる。
――いくら大きくても、使役に関しては、術を学んだ陰陽師が有利だと思うが。
一樹の記憶では、昨年と今年の合格者には三戸愛奈の名前は無かった。
もっとも合格者は、毎年500人以上。
流石に一樹も、全員の名前を覚えているわけではない。
助井と格田が受験したかもしれない数年前に関しては、合格者の名前すら確認していない。
候補者達の優劣を測りかねた一樹とは異なり、愛奈は余裕の表情で小太郎に話し掛けた。
「わたしが、有利みたいだね!」
愛奈は意気揚々としており、小太郎は苦々しい表情を浮かべていた。
理解しかねた一樹は、残る候補者が三戸の側に立っている様子を見て、ようやく事態を察した。
「助さんと格さんは、わたしの味方だよ」
愛奈が堂々と宣言すると、助井と格田は、それぞれ肯定した。
「すまんね。三戸家には、代々従っていてね」
「花咲には悪いのですが、三戸様からの鞍替えは、我らには有り得ません」
助井は悪びれずに笑顔で、格田は淡々と事実を告げるように、愛奈の陣営だと告げた。
血縁であれば、五鬼童家の本家と分家、五鬼童家と繋がる春日家のような関係性もあるだろう。それらの関係性は、犬神継承の儀に参加するからと言って、途切れるわけではない。
――陣営が偏るのは、致し方がないか。
日本で三指に入る旧財閥の三戸家であれば、従って享受できる利益は大きい。このような時に恭順すれば、恩恵も大きいだろう。
状況を承知した一樹は、あくまで立会人の立場で、春にルールを確認した。
「立会人の立場で確認しますが、3人で組むのは、アリですか」
「わたくしは、禁止致しません」
主催者の春は、禁止しないと明言した。
すると声が聞こえる範囲に居た愛奈は、小太郎に笑みを向ける。
「花咲グループの財産は、小太郎くん達で相続して良いよ。シロちゃんの継承に必要な部分だけ、頂戴ね」
愛奈は花咲グループの相続を放棄しつつ、氏神の継承を求めた。
対する小太郎は、訝しみながら質した。
「どうして氏神を継承したいんだ」
「A級って、影響力が強いよね」
「まあな」
愛奈の控えめな表現に対して、小太郎も控えめに答えた。
実際には、影響力が強いどころでは済まされない。
A級1人の有無は、魔王との決戦で、勝敗すらも左右しかねない。
魔王との戦いに敗北すれば、神奈川県の東にある東京が陥落する。
東京は煙鬼の支配する土地となり、日本が受ける被害は、国家の敗戦規模になるだろう。
現代におけるA級陰陽師とは、それほどの影響を及ぼす存在だ。
「わたしの家って、しがらみが多すぎて。だけどA級陰陽師なら、破天荒でも、意志を押し通せると思わない?」
「A級陰陽師を妨害すれば、日本中を敵に回す。今なら、大抵の破天荒も通るだろうな」
小太郎からの賛同に、愛奈は満足げな表情を浮かべた。
そして内心を吐露する。
「これをしてはいけません。これは相応しくありません。このような付き合いはいけません。このパーティに出席して下さい。服装は、贈り物は、挨拶は……。この人がお見合いの候補です。家柄は、学業は、スポーツは、三戸家との関係は……」
「ふむ」
「わたしは、もう少し自由に生きたいの。人並みとは言わない。せめて花咲くらい自由に。だから悪く思わないでね」
「考えは理解した」
小太郎が理解を示した愛奈の主張に、一樹は条件付きで理解を示した。
幼少期に空腹生活を強いられた一樹は、野道に咲いた花の蜜を探す生活よりは、不自由でも食べられる生活がマシだと考える。
空腹だと野生動物のように食糧を求めて、他のことなど何も考えられないのだ。
だが確実に餓えずに済む程度の金銭があれば、豪華な檻に閉じ込められるよりは、市井の自由が良いだろう。
愛奈は、自分の意志で犬神の継承を望んでおり、引く気は皆無と考えられる。
しかも我を通すために、陰陽師として花咲並の活動することも吝かではない様子だった。
――花咲の犬神を操れるなら、それだけでA級陰陽師に上がるか。
妖怪との戦いは、結果が全てだ。
B級上位の妖怪を確実に倒せる者は、A級と評価するのが正しい。
代々の花咲が、いかなる継承を行っているのか。
陰陽師協会が、いかなる評価を行っているのか。
それらを理解した一樹は、納得して受け入れた。
「わたくしと賀茂様は、終着点の日ノ池に参ります。そこから狐火の狼煙を打ち上げますので、皆様は日ノ池に向かって下さい」
春が4人の候補者に向かって、継承試験の流れを説明した。
「途中、様々な障害や妨害がございますが、ご自身の力や犬神の分霊を使い、突破して下さい。そして、誰かが干珠に触れれば、試験は終了でございます。質問はございますか」
「障害や妨害って、どういうものですか」
「色々と、ございますよ。多少は御出来にならないと、神など継承できませんでしょう。心技体、すべてお示し下さいませ」
愛奈の質問に対して、春は楽しげな表情を浮かべて答えた。
「それでは風雲・金山城、開城にございます」
春の宣言と共に、犬神を継承する子孫達の争いが、厳かに幕を開けた。
 
























