124話 女子校のメイド喫茶
沙羅の元同級生である愛奈に連れられて、一樹達は1年2組のメイド喫茶に入った。
すると出迎えの挨拶と共に、メイドを呼ぶベルのようなものが鳴らされる。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」」」
男性の姿を見て、条件反射的に挨拶したのだろう。
挨拶こそ早かったが、上がった声には驚きが含まれていた。
それが『女子校のメイド喫茶に突撃した男子高生』に対する驚きではなく、『紫苑の双子の沙羅が来たこと』や、あるいは『A級陰陽師の賀茂一樹が来たこと』に対する驚きであって欲しいと願いつつ、一樹は促されるままに席まで案内された。
「座席は、色々なパターンがあるんですね」
真面目に見学している蒼依が、座席の工夫に感心した。
1年2組のメイド喫茶は、生徒達の机を合わせて、テーブルクロスを掛けている。
窓際はカウンター席のような形で、綺麗に並べて、何人連れでも並んで座れるようになっている。そして教室の中央には、2人席と4人席を用意していた。
教室の壁は、風船や、色紙で作った輪飾りで明るく彩られている。
――配置や装飾は、参考になるな。
クラス全体で、色々と試行錯誤したのだろう。
メイド服の生徒達は、白板側に設けられた待機スペースに数名が立っている。クラス全員で給仕するのは人員が多すぎるので、交代制なのだろうと一樹は想像した。
待機スペースには、製菓や製パン用のコンテナである番重も置かれている。
そこには包装された焼き菓子やカップケーキが入っており、ほかには清涼飲料水など、保健所の許可を得られる飲食物も並んでいた。
「調理実習室から運んでくるんじゃないんだな」
「廊下を運び歩くのは、効率も衛生面も、悪いですから」
一樹が口にした疑問に、愛奈が理由を解説した。
納得した一樹は、机の端に立て掛けてあるメニュー表を手に取った。
メニュー表は、メイド喫茶の雰囲気に合うような可愛い動物のイラストが描かれており、手に取り易いようにラミネート加工されていた。
これらを模倣すれば、アイディア面では完成したようなものだ。
――クラスの話し合いは、意見を一致させるのが難しいからな。
文化祭における本来の目的は、文化活動を行うことだ。
文化活動の内容は、とても幅広い。
いかなる文化活動を行うか。それをクラスメイト30人に尋ねても、育ってきた環境や価値観が異なるのだから、答えが完全に一致することは有り得ない。
だが他校の内容が土台としてあれば、賛成か反対かの二択で進めていけるので、話が早くなる。反対の場合は、対案を出さなければならないので、対案が無ければ大筋では選択される。
生徒側が懸念を持つとすれば、教師からの介入だ。
教師から「不適切だ」と介入されれば、実行することが難しくなる。
だがメイド喫茶は、日本の文化の一つだ。
文化祭でメイド喫茶を出せば、単なる喫茶店では達成できない『文化祭で文化活動を行う』という本来の目的を果たせることになる。
――メイド喫茶が駄目というのならば、それは『文化に優劣を付ける行為』だ。
あらゆる文化について、優れているか劣っているかの優劣を付けるのは、誰にも不可能だ。
人間の適性は異なるのだから、ある人間にとっては文化Aのほうが有意でも、別の人間にとっては文化Bのほうが有意ということは往々にしてある。
学問にしたところで、算数のほうが国語よりも優れているなど、一体誰が決められようか。
・高尚な文化と、高尚ではない文化は、どのような基準で定められるのか。
・高尚ではない文化は、法律や道徳に反しなくても、学校教育で排除するのか。
生物は生存し、繁殖することが目的だ。
そのために人間は、人間社会で活動していかなければならない。
文系と理系の何れに進もうとも、どのように息抜きしようとも、各自の適性や選択であって、否定するのは間違っている。
知的な教師であれば、学問や文化に優劣を付けることや、文化祭で法律や道徳に反しない文化を否定することは、学校教育として間違っていると分かる。
やや残念な教師でも、日本政府がクールジャパンといって、アニメやポップカルチャーなどの日本文化を海外に普及している事実を指摘すれば、日本政府から認可される教育機関は否定できないはずである。
――もう、これで良いんじゃないか。
蒼依のメイド服姿に関心も沸いた一樹は早々に結論を下した。
かくして来校の目的を果たした一樹は、心に余裕を持って、周囲を見渡した。
女子生徒の客は多少居て、メイドに扮した友人達と話をしている。
本来のメイド喫茶でも、客とメイドは話をするだろうから、接客の範囲内だ。
男性客は、まったく居ない。
生徒の父親は来校できるが、だからといってメイド服を着た娘の同級生に給仕してもらうなど、今後の娘の立場に鑑みて、出来ないだろう。
だから一樹の存在は、クラス中から注目されている。
――期待されたからには、応えるべきかな。
初対面の女子生徒をからかうのは悪いと思うが、一樹に対して負けん気が強く、国家試験で突っ掛かった実績も持つ紫苑であれば、構わない。
そのように考えた一樹は、待機スペースに居る紫苑に向かって手招きをした。
「おーい、紫苑。ちょっと来てくれ」
名指しで呼ばれた紫苑は、怪訝な表情に警戒の色を含ませながら、渋々とやってきた。
ゆっくりと時間を稼ぎながら近寄る間、紫苑は沙羅へも視線を投げたが、沙羅が一樹の思い付きなど知る由もない。
傍までやって来た紫苑に対して、一樹は最初に普通の注文を行った。
「ワッフルとコーヒーを頼む」
「はい。ワッフルとコーヒーですね」
一樹の注文に対して、紫苑はツンとすました表情ながらも、常識的に応じた。
卿華女学院の文化祭に来た一樹の行動は、沙羅が半年前までの母校に、友人達へ会いに来たのだと解せば理解できる。
クラスメイトの愛奈と一緒に来ており、紫苑のクラスに寄ったのも、ごく自然な行動だ。
その際、一樹を連れてくることも、沙羅であれば充分に有り得る。
であれば、紫苑が過剰な反応をする必要もない。
そのような態度で一樹の注文をメモする紫苑の様子を見ながら、一樹はさらに注文を続けた。
「それと、『おいしくなる、おまじない』も頼む」
「……はっ?」
「ほら、メニュー表に書いてあるだろう。『おいしくなる、おまじない』だ」
メニュー表を紫苑に見せた一樹は、丸みを帯びた文字で書かれた、無料サービスを指差した。
そのメニューの傍には、わざわざハートマークも描かれている。
「可愛く頼むぞ」
「「キャアアッ」」
真面目な表情で一樹が要望すると、注視していた紫苑のクラスメイト達が思わず歓声を上げた。
もしも女子校の文化祭に来た男子高生が、クラスの女子に向かって下の名前で呼んで、可愛く頼むと言ったならば、どうなるのか。
クラスメイト達は、その先の展開を期待せざるを得ない。
普段クールな紫苑が、可愛くおまじないを行うのか。行うのであれば、絶対に見逃す手は無い。
クラスは紫苑のホームでありながら、紫苑の味方をする女子は一瞬で居なくなった。
「どうして?」
クラスメイトと異なり、当事者の紫苑は、一樹に恨みがましい表情を向けた。
問われた一樹は、もちろん「他校の文化祭の調査です」とは答えなかった。
「せっかく文化祭に来たのだから、何かしないとな」
「それでどうして、あたしに絡むのよ。そこの愛奈にでも絡みなさいよ。愛奈なら喜んでやるわよ」
「へっ、わたし?」
追い詰められた紫苑は、容赦なくクラスメイトを売り飛ばした。
「その子、旧華族で、日本で三指に入る旧財閥のお嬢様よ。その子にメイドをやってもらえる機会なんて、これから一生無いわよ」
「……なんだと」
日本で三指に入ると聞いた一樹は、驚きに目を見開いた。
三戸の名前を冠する企業グループの名前は、幼少期に上流階級と縁遠かった一樹でも、一般常識として知っている。
三戸銀行、三戸商事、三戸重工業、三戸造船、三戸自動車、三戸電機、三戸マテリアル、三戸製紙、三戸保険、三戸キャピタル……酒造業でも三指に入り、全国規模のコンビニもグループ傘下に収める。
日本の戦車は、三戸重工が作っている。
護衛艦や巡視船を作るのは、三戸造船だ。
全国のお嬢様学校が、通学する生徒のお嬢様度で競った場合。卿華女学院が「うちは三戸家の御令嬢が通っています」と言えば、それに勝てるお嬢様学校など基本的には存在しない。
一樹が愛奈に振り返ると、愛奈は笑顔で頷き、身元を肯定した。
それどころか、楽しそうにクスクスと笑いながら、自ら尋ねてくる。
「ご主人様って、お呼びしましょうか?」
紫苑のクラスメイト達は、愛奈が一樹をご主人様と呼ぶ展開でも楽しいらしく、やはり期待して見守っている。
安直な方向に歩みそうになった一樹は、首を横に振って、自身を戒めた。
「いや、俺のメイドさんは紫苑だ。紫苑、おいしくなるおまじないを頼むぞ」
「あっちゃー、振られちゃったかぁ。それじゃあ紫苑、頑張ってね」
愛奈は両手を合わせて、ハートマークを作ってみせた。
一樹が三戸を断ってまで選んだからか、紫苑は歯を食いしばって答えた。
「くっ……覚えてなさいよ!」
紫苑のメイド姿を覚えておけという要求に対して、一樹は堂々と頷き返して首肯した。
かくして文化祭の見学は、一名の犠牲を出しつつも無事に目的を果たしたのであった。
Q.今日は投稿日だっけ?
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