121話 出し物の下調べ
「ほかの学校の文化祭が参考になるって言われても、花咲市でやっているのか」
下校後、一樹は担任の課題に疑義を呈した。
全国的に文化祭は、9月から11月の秋頃に行われることが多い。
ほかのシーズンが避けられるのは、忙しさと、活動に不向きな気温からだ。
11月3日には『文化の日』も制定されており、学校が生徒に文化活動を行わせるのであれば、一般的には秋が最適となる。
そのため他校も、秋に文化祭を行っている可能性は高い。
だが9月は時期としては早くて、花咲市の他校では行っていないのではないかと一樹は考えた。
一樹がリビングで寛ぎながら愚痴をこぼしていると、熱いお茶を煎れた蒼依が、一樹の手前に湯飲みを置きながら賛同を示した。
「全国の高校だったら、どこかは文化祭をやっていると思います。でも花咲市だけだと、やっていないかもしれませんね」
「そうだよな」
そもそも花咲市は、花咲か爺さんの子孫が資金と年月を費やして、山里から発展させた市だ。
周辺全体が田舎で、人口も少ないために、高校の数も相応に限られている。
もっとも引っ越して1年半の一樹は、市内の高校を把握し切れていないが。
「花咲市は、公立と私立の普通科が2つずつ、農業、商業、工業が1つずつだったか」
「公立の普通科は3つですけれど、ほかは合っていますよ」
うろ覚えで一樹が尋ねると、地元民の蒼依が直ぐに答えた。
一応は受験生だった一樹がよく分かっていないのは、蒼依の第一志望校が花咲高校だったからだ。
一樹が蒼依の進路を変えないように、花咲高校と滑り止めの公立高校しか検討しなかった結果として、そのほかの高校はろくに調べなかった。
そのため公立と私立に普通科が複数あって、ほかに専門科3校がある程度しか記憶になかった。
蒼依の進路に合わせた一樹は、受験時に水仙を使ってズルをしており、学力的にはいくらか足りていない。
――今の立場だったら、裏口入学も行けたかな?
式神の水仙に頼らないで入学する方法について、一樹は想像を巡らせた。
文化・スポーツ推薦は、都道府県の教育委員会や学校が基準を設ける。
花咲高校のような私立高校であれば、学校が推薦入学の条件を定められる。
スポーツで推薦入学が認められるのであれば、陰陽師としての活動を以て入学したいというのも、認められるのではないか。そのように一樹は考えた。
推薦で入学すると、推薦された内容について高校でも活動を継続していかなければならないが、陰陽師を続けていく意志であれば一樹も持っている。
一樹が「受験勉強が忙しくて、魔王に構っていられません」と言えば、魔王によって300万人の避難民を出した日本政府は、問題を解決しようと図るだろう。
それが国内にある高校の1席であれば、政府による認識から、高校に連絡しての問題解決まで、1日は要しない。
もっとも当時の一樹はB級陰陽師であり、魔王も顕現前だったが。
「公立の普通科が3つだと、俺達が参考に出来る高校は、私立を含めて4つかな」
「どうしてでしょうか」
「だって農業高校の文化祭は、自分達で育てた和牛を牛串にしたり、ミルクティーを出したりする所もあるんだろう。真似できるわけがない」
一樹が不可能だと判断したのは、普通科と農業科の性質が異なるからだった。
農業高校では、植物、動物、食品、地域環境などについて、基礎的な知識や技術、その活用などを学んでいる。農業高校の文化祭は、その実践の場になっている。
農業高校が学校の独自色を出すことや、自分達が育てた家畜を食材として供させることなどは、生徒達にとっては有意義な取り組みだ。
愛情を持って育てた家畜を自分達の手で屠殺し、それが多くの人々に食べられる姿を見ることは、職業体験にも等しい経験を積める。
そのように一樹は理解するが、普通科に通う自分達では模倣できないので、参考にはならないと考えた。
「そうですね。出来ないと思います」
一樹の指摘に蒼依も賛同した。
あるいは担任は、そのような文化祭も見てきたらどうだと伝えたかったのかもしれない。同年齢の他人がやっていることは、おそらく参考になる。
妖怪を殺した経験は相応にある一樹も、家畜を屠殺して食糧として供給した経験は無い。
不意に担任の意図を理解した一樹は、意義については認めた。だが自分達の出し物については、考えなければならない。
さしあたって農業高校の文化祭は、真似できなかった。
「農業高校の文化祭は、参考にならない。それに工業高校も、難しいかもしれない」
「工業科の制作発表を見ても、わたし達には真似できないですよね」
「そうだな。見たところで、何をやっているのか、サッパリだろうな」
一樹はお茶を啜りながら、工業高校について考えた。
工業高校には、機械科、電気科、工業化学科、デザイン科、溶接科、電子機械科など様々な学科がある。
それら各学科が文化祭で披露する内容は、学校で学んだことが中心になると考えられる。
なぜなら学校側は、通学する生徒に教育し、生徒の保護者や見学に来た中学生にも技術の習得をアピールしなければならないからだ。
生徒達を就職させるためにも、文化祭では模擬店を開かせるよりは、学んでいることをアピールさせるほうが良い。
そもそも文化祭の目的が異なるのだから、普通科が工業科を模倣するのは困難だ。むしろ簡単に模倣できては、工業科の立つ瀬がないだろう。
農業科と工業科を模倣することを諦めた一樹は、残る商業科について想像を巡らせた。
「商業科だと、普通科に近い気もするんだけどな」
「以前、地元企業とコラボした商品の実演販売をしたって、ニュースで見ました」
「……よし、無理だな」
蒼依の指摘で、一樹は呆気なく白旗を揚げた。
専門科は相応に学んだことを実践しており、普通科が模倣するにはレベルが高すぎた。
「それで花咲市の普通科は、いつ文化祭があるんだ」
「調べてみますね」
学校の年間スケジュールは、一般公開されている場合もある。
とりわけ文化祭であれば、保護者が予定を組むためや、進学を希望する中学生が見学するために知りたいであろうから、わざわざ日程を隠したりはしないと考えられる。
蒼依がスマートフォンで調べていると、沙羅が自室からリビングにやってきた。
「卿華女学院だったら、今週末ですよ」
「そうなのか」
京都府にある中高一貫の卿華女学院は、中学まで沙羅が通っていた学校だ。そして現在も、双子の紫苑が通っている。
自分自身の国家試験後、沙羅から小まめな連絡を受けていたことを思い出した一樹は、沙羅が紫苑や元同級生達にも連絡を取り合っているだろうと想像した。
「前の学校で、沢山のSNSグループに入っていますから」
「それは、情報源も豊富だろうな」
沢山だと聞いた一樹は、どれだけ所属しているのか想像しきれずに困惑した。
クラスの連絡網、部活の連絡網、仲の良い友達で3つまでは理解できる。あるいは担任を省いた生徒だけのグループで4つ目を作ることもあるかもしれない。
だがその程度ならば、沢山とは言わないだろう。
沙羅の性格的に、誰かを意図的にハブって悪口を言うグループなどには所属しないという信頼はある。そのため一樹は、尚更分からなかった。
「さすが女子。それで紫苑達は、何をやるんだ」
理解を諦めた一樹は、本来の目的である出し物について尋ねた。
「紫苑のクラスは、喫茶店です。ネット通販で衣装を買って、使い捨ての紙皿や紙コップを用意して、簡単な食品を提供するそうです」
「喫茶店か。教室単位だと、狭くないか?」
学校の教室であれば、机と椅子に関しては困らない。
だが食材を提供するのであれば、30名から40名程度の教室であれば、客が20人も入れば一杯になってしまう。
「色々と工夫しているみたいですよ。見に行きますか?」
紫苑達の工夫について興味を持った一樹は、調べている蒼依に確認した。
「花咲市の高校は、来週に文化祭をするところは無さそうか」
「そうですね。10月ばかりで、来週は無いみたいです」
同じ市内であれば、中学校と高校の文化祭が被らないように時期を調整してきた結果として、高校の文化祭は何月だという風に概ね決まっていることもある。高校を見学したい中学生や、中学生と高校生の子供を同時に持つ親に配慮してのことだ。
それが花咲市でも適用されているのかについて定かではないが、結果として9月に文化祭を行う高校は無かった。
「それなら卿華女学院の見学に行くか。お嬢様学校だから、入場チケットが必要だよな」
「はい、在校生1人につき2枚です。それと入場できる男性は、在校生の3親等までで、前日までに届け出も必要です。一樹さんは、妹さんからチケットを貰えますか」
一樹の2歳下の妹である綾華は、卿華女学院に通っている。
それを知る沙羅は、入場については問題ないと判断した上で、チケットのアテについて尋ねた。
「綾華のチケットは使えないが、ひま……楓に頼めば大丈夫だろう。届け出だけ、出してもらうか」
かくして一樹達は、卿華女学院の文化祭を見学することになった。
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・あとがき(補足)
綾華は、1話で離婚した母親が引き取ったと出ていた、一樹の妹です。
Web版では、登場が唐突な感じになってしまい、申し訳ございません。
一樹が卿華女学院に入る手段として、妹の綾華は一番自然でした。
書籍版では、1巻(最初)から登場しており、違和感は無い形になります。
























