120話 魔王に適応した日常
「魔王が現れても、中間テストはあるんだよなぁ」
9月26日、2学期の中間テストを終えた一樹が、教室内で疑義を呈した。
すると右隣の席に座る蒼依が、おそらく正解であろう世間の認識を示す。
「状況が、落ち着いたからでしょうか」
断定ではなく、丁寧語の「でしょう」に、疑問の終助詞「か」を付けた蒼依に対して、一樹も素直に頷いた。
「そうかもしれないな」
現在日本では、総人口8000万人のうち300万人ほどが、避難生活を強いられている。
避難命令は、8月24日に発令された。
避難範囲は、神奈川県西部、山梨県全域、静岡県東部。
原因は、魔王が煙鬼を発生させたからだ。それはゾンビが押し寄せてくるのにも等しい事態で、政府も根本的な解決はできなかった。
かくして避難は長期化する。避難先にアテが無い人々は、各地の公共施設に設けられた仮設の避難所に行かざるを得なかった。
魔王による攻撃は、一過性の災害ではない。
戦争のように『害意を持って、持続的に行われる』行為だ。
だが避難範囲の外側では、ほぼ全ての学校で、通常通りテストが行われている。
それは蒼依が指摘したとおり、侵攻が防衛線で防がれて、状況が落ち着いたからだと考えられた。
「ここ最近は、境界線上で一進一退の攻防を繰り広げているからな」
日本政府は、広めの緩衝地域を取って、地形的に有利な相模川や富士川に防衛線を敷いた。
防衛には、各地の陰陽師協会と有志の陰陽師も参加しており、煙鬼の侵攻を防いでいる。
そして3日前、一樹達が偵察して魔王を引き付け、魔王は一樹達の後続を察知して引いた。
それから魔王は、迂闊には攻め込めなくなっている。
総力戦を行えば、魔王でも敗北する可能性がある。
2000年も水面下で暗躍するような魔王が、敗北の可能性が少なからずある状況で、単調に攻め込んで来るわけがない。
「第二段階でしたっけ?」
「まあ、そうなるな」
陰陽師協会が発表した第二段階は、五鬼童家と春日家の一部が、羽団扇を使って行う。
緩衝地の上空に、羽団扇を持った天狗の子孫達を飛ばす。
羽団扇の力の一端である霊毒を撒いて、煙鬼を潰し、魔王の力を削いでいくのだ。
兵隊が居なくなれば、魔王と羅刹が存在する場所だけが、魔王の実効支配する土地になる。すると魔王の占領地は、一気に減る。
なお羽団扇の材料集めから働き詰めだった一樹は、A級陰陽師に求められる役割を充分果たして、お役御免となっている。
世間は、『陰陽師協会が何らかの作戦を行っている』くらいしか分かっていない。
だが強かな宇賀や豊川、奥の手である諏訪を信頼しているらしく、日常に戻っていった。
――宇賀様が逃げろと言えば、流石に危機感を抱いて逃げるか。
世間の反応は、宇賀達の積み上げた実績に対する信頼だ。
そのように解した一樹は、ようやく納得して、同年代の避難者について思いを馳せた。
「避難した高校生は、おそらく偏差値に応じて、近くの公立高校に転校するんだよな」
「そうなるかもしれません。教科書が変わるかもしれませんし、テストも大変そうです」
一樹の予想を蒼依が肯定した。
転校を余儀なくされれば、勉強以外も気にしなければならない。生活やクラスの人間関係を再構築したり、部活動に途中入部したり、進路を考え直したり。
そんなことをしていれば、成績だって落ちるだろう。
「転校したら、学期制が変わるところも、あるかもしれないな」
「学期制ですか?」
「うちは3学期制だけど、前期と後期の2学期制という学校も、あるんじゃないか」
高校の教育課程には、1年間を分割した2学期制、3学期制、4学期制などがある。
日本の高校では、全体としては3学期制が多い。
だが、大学・短大・専門学校は大半が2学期制だ。
そして教育するにあたり、2学期制が3学期制に劣っているわけでもない。
「2学期制って、良いんでしょうか」
「負担が軽いのは、2学期制だろうな。学期ごとの学力テスト、始業式、終業式なんかが、1年に3度から2度に減るんだし」
学校は、生徒の成績を評価しなければならない。
そのため2学期制では2度、3学期制では3度、成績を評価するための試験が必要だ。
中間と期末の2度もテストがあるのは、1回では生徒の調子が悪かったなども起こり得るために、正確な評価を行えないからだ。
そのため学期ごとに中間と期末の2回、テストが必要になる。
テスト問題の作成、採点、解説などは、教師にとっては大きな負担だろう。
生徒側にとっては、テストが必ずしも負担だとは限らないが、学期制が異なる学校に通うとスケジュール感が乱れることは疑いない。
学期制が変わると、ほかの活動のスケジュールも乱れる。
差し当たって一樹は、この後に予定されている文化祭の打ち合せを想起した。
「お前達、楽しい文化祭の季節がやって来たぞ」
テスト後、教室に戻ってきた担任が、一樹達に向かって陽気に予定を告げた。
陽気さを作っているのは、暗い雰囲気を払拭するためだろう。担任の意図を推察した一樹は、黙して受け入れた。
花咲高校の文化祭は、10月に行われる。
花咲高校の文化祭自体は、配布された年間スケジュールに載っていた。ただし文化祭の内容について、一樹は理解していない。
何しろ高校1年生であり、はじめて参加するのだ。
小太郎に聞けば確実に知っているだろうが、現在は学校を欠席している。
『文化祭って、何をするのかな』
『わたしもサッパリ分かりません』
担任の話を遮らないように、一樹は呪力で繋がる蒼依に尋ねた。
すると蒼依のほうも、呪力で意志を送り返してくる。
『花咲高校は金が有るから、後夜祭でキャンプファイヤーをして、その周りでフォークダンスを踊って、特大花火でも打ち上げるとか』
『高校は分かりませんけれど、大学のほうは、やっているかもしれませんね』
花咲学園の敷地内には、高校のほかに大学、幼稚園、保育士の専門学校などがある。
高校と大学の文化祭は別日に行われるが、大学のほうが人数・予算・経験で圧倒的に勝る。
高校で行われなくても、大学では派手なことが行われる可能性がある。
――芸能人とか呼ぶのかな。
一樹が大学の文化祭に想像を巡らせていたところ、担任が出し物の具体例を白板に書き終えた。
クラス単位で行われる一般的な出し物
・飲食系 各種の模擬店
・展示系 創作物展示、研究発表など
・演出系 お化け屋敷、プラネタリウムなど
・遊戯系 射的、ヨーヨー釣り、型抜きなど
・発表系 演劇、音楽、漫才、ダンスなど
模擬店で取り扱いできる食品例(保健所に届出をして許可をもらえる物)
・焼物類 フランクフルト、お好み焼き、いか焼き、今川焼き、たい焼き
・揚物類 フライドポテト、フライドチキン、アメリカンドッグ、串かつ
・喫茶類 クッキー、パンケーキ、マフィン、清涼飲料水、コーヒー、紅茶
(生もの、生クリームなどは禁止)
担任が書き出した一覧は、花咲高校の文化祭でクラスが行える内容をまとめたものだ。
過去に行われた内容が調べられており、保健所への確認も済んでいて、生徒達が確認する手間が何時間か省かれている。
『こういう場合、学級委員長に司会をさせて、生徒達に考えさせるのが一般的なんじゃないか』
教育の観点からは、生徒達に考えさせることが望ましい。
そのように考えた一樹が蒼依に疑念を送ると、蒼依は少し間を置いてから答えた。
『ここまで詳しい一覧や、保健所への確認は、なかなか出せないと思います』
『まあ、そうだろうな』
蒼依が指摘したとおり、全くの手探りで生徒達に自由な提案させても、担任が出した一覧を揃えることや、保健所に確認することは出来ない。
それは高校1年生に求めるレベルを超えている。
もしも出来る生徒が居た場合、提案者を除く全員が、提案者に引っ張られるだけで思考しない。その場合は、ほかの生徒への教育としてはマイナスになる。
『適当に思い付いたものをやらせるのと、きちんと一覧を示して検討させるのだと、検討させたほうが教育に繋がるのかな』
『そうかもしれません』
適当に思い付いた内容を実行させて、無難に乗り切ることや、小さな失敗を体験させることは、生徒にとって大した成長には繋がらない。
だが揃えられた一覧を参考に、各プランを比較しながら考える形であれば、生徒達は広い視野を養える。
担任の選択は、お膳立てをしてでも、生徒全員が深く考えるよう仕向けることだった。
――やるな、サラリーマン。
一樹からの評価を上げた担任は、白板に書いた内容をプリントで配布しはじめた。
「1年3組が何をしたら成功するか、来週までに考えてこい。作業量とか、大まかな予算とか、色々考えろ。ほかの学校の文化祭とか、ネット情報とかも参考になるぞ」
かくして日常に戻った一樹は、文化祭の出し物を考えることになった。
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