116話 黄泉路の先導者
「このまま突き進む」
一樹達が乗る車は、片側一車線の道路を突っ切った。
路上には、煙鬼と化した人間が疎らに歩いている。
だが対向車は無いので、車は堂々と二車線を使いながら、器用に煙鬼を避けていった。
これは道路交通法違反だが、ゾンビが溢れる町では、緊急避難で違法性阻却事由にあたるだろう。
ゾンビのごとき煙鬼が溢れる町で、移動するために反対車線を爆走したところで、常識的に考えれば罪には問われない。
――避難者ではなくて、突撃している側だけど。
緊急避難の法律だけではなく、陰陽師の活動には、法的根拠もある。
警察官は『警察法』や『警察官職務執行法』があるように、陰陽師にも同様の法律が定められているのだ。
陰陽師が妖怪を調伏する際、法律に反しても、それが妖怪調伏に必要と認められる行為であれば、罪には問われない。
法律違反で発生する被害と、防げた被害を比べて、法益衡量説で阻却される。
そのためには煙鬼の1体も倒す必要があるが、もちろん一樹達は倒す予定だ。
「この車で煙鬼を跳ねた場合、どうなりますか」
一樹が懸念したのは、煙鬼の密度が上がって、道が塞がった後だ。
現在の大磯町は、煙鬼の姿は殆ど見られない。それは元々の人口が少ないか、避難命令範囲の境界線上に近いからだろう。
だが小田原市に入れば、あるいは発生源である御殿場市に近付けば、煙鬼の密度は上がる。
相手が霊体であろうとも、人や物に危害を及ぼせる。
そして、妖怪に衝突させても無事な車は、今のところ開発されていない。
なお車は神奈川県支部のもので、神奈川県の煙鬼を祓うことから借り受けている。
「壊れたら、路肩の車を借りよう」
「それはヒドい」
平然と言い放った堀河に、一樹は思わずツッコミを入れた。
静岡県は、現在の統括陰陽師がC級上位の力量だ。そのため静岡県のB級陰陽師である堀河は、次の統括陰陽師に成ることが確定している。
現在は堀河が大学4年生であるために、卒業する来春まで待ってからの交代となる。
そんな静岡県の次期統括が、神奈川県の支部から借りた車を壊すのは、もちろん好ましくない。だが堀河は、気にしない考えであるらしい。
「いや、ほんまやで。ほかのことを気にしとったら、自分が危ないわ」
京都府で次期統括に内定している晴也も、堀河と同様の考えを表明した。
借りている車は、世間に広く流通している一般車両だ。車体価格は数百万円だが、自分達の命に比べれば、安い物だろう。
現在の神奈川県は、人間の領域のうち半分が失陥している。
陰陽師協会が、世間から不満を向けられないためには、対応している姿を見せることも必要だ。そのために活動するのであれば、車の損失くらいは、必要経費だとも考えられる。
車載のドライブレコーダーで撮っている映像が失われた場合、至近からの映像が失われるので、肝心の宣伝効果は薄くなるが。
「まあ、そうかもしれないな」
一樹の感覚は、1年前までに体験した貧乏生活に由来している。だが改めて考えると、堀河や晴也のほうが正しいように思われた。
煙鬼が疎らな大磯町を抜けた車は、二宮町に入った。
道中、コンビニエンスストアの入り口が割れており、棚の商品が綺麗に消えている光景も見えた。
「コンビニの品は、封鎖前に持っていったのかな」
「マンションの高層階ならば隠れ潜めるかもしれないが、コンビニには来られないだろう。生きていられるのは陰陽師だけだろうが、そもそも立て籠もることに意味は無い」
一樹の呟きに、堀河が答えた。
これは全国規模でゾンビが発生したような事態ではなく、あくまで地域限定だ。
避難先は安全なのだから、普通に考えて安全地帯へ逃げていく。そのため避難命令の範囲内に、現在も人間が居るとは考え難い。
立て籠もった奇特な人間が居たとしても、すでに生きては居ないだろう。
それは相手が怨霊の煙鬼であり、建物に隠れ潜んだところで人間の気配を察知して、壁を抜けて襲ってくるからだ。
――鬼にとって、人間は獲物だからな。
ただし煙鬼は弱いので、正規の陰陽師であれば引き籠もれる。
もっとも陰陽師であれば、引き籠もってコンビニから物資を調達するよりも、避難範囲の外から式神を飛ばして日当を得るほうが儲かるが。
なお協会本部は、現地で活動する陰陽師に対して、内部留保金から独自に報酬を出している。
「今回はF級であろうとも、協会が高い報酬を払いますからね」
封鎖を手伝う陰陽師への報酬は、協会本部が出している。
その目的は、陰陽師達の安全を保ちたいからだ。
先に政府からの依頼で、致し方なく引き受けた蜃への攻撃では、A級陰陽師の花咲が殉職した。政府の依頼を受けると、陰陽師のペースで活動できないので、危険が跳ね上がる。
協会側は政府に先んじて、魔王対策に関わる全ての陰陽師に対して、自前で報酬を出し始めた。そのため政府は、自前で活動する陰陽師協会に対して、無理を言えなくなった。
警察や自衛隊が内部で作戦を行う際も、協力要請で式神だけ借りる形だ。
なお一樹達の行動も、政府が依頼したわけではなく、協会が独自にやらせている。
「押切橋を渡れば、小田原市だ。ここからは、煙鬼も増える」
車が開けた交差点に入ったところで、カーナビの現在地が小田原市に変わった。
静岡県民の堀河は、隣県の地理について一樹達よりも詳しい。
視界の開けた道の先には、二宮町から引き続いて住宅街が建ち並んでいた。だが暫く進むと、右手側には200戸近くある14階建てのマンションが見えてきた。
そこからは煙鬼の数も増えてきて、森戸川を越えた辺りから普通の走行が困難になっていった。
一樹はA級陰陽師として、B級陰陽師達に指示を出す。
「第二段階に入る。晴也は、キヨさんで周りの煙鬼を排除。堀河陰陽師は羅刹が出るまで、俺は魔王が出るまで、隠形で気を隠し続ける。車は一旦停車、キヨさんの行動開始後に徐行」
「了解」
「ようやく出番か。キヨ、頼むで」
最年少である一樹の指示に対して、2人のB級陰陽師は素直に従った。
そして晴也の隣からは、13歳くらいの白髪の少女が姿を現わした。
「はい。お手伝いしますね」
車のドアを擦り抜けて、怨霊のキヨは路上へと降り立った。
そして白い霧状の姿になって、次第に伸びていき、あっと言う間に白い蛇体へと姿を変じる。
その長さは、おおよそ20メートルほど。
蛇の胴体が車の周囲をグルリと囲む様子に、一樹はゴクリと生唾を飲み込んだ。
――蛇は苦手だ。
霊長類が蛇を怖がるのは、蛇が捕食者だからだ。
実際にキヨは、一樹達を捕食できるほどの力を持っている。
キヨが敵対する怨霊であれば、蛇体を使って一瞬で、車を押し潰せるだろう。
一樹はA級下位の牛鬼や信君を使役しているが、キヨはA級中位の力を持っている。
先手で攻撃されれば、本気で抗っても命の保証は無い。
「いきますね」
軽い口調で宣言した蛇の頭は、次の瞬間には一樹の視界から掻き消えた。
蛇が獲物を補食するように、身体をS字に縮めて、それを伸ばして跳ね飛んだのだ。
キヨが飛んだ先では、煙鬼の一体が蛇に喰われていた。
口から下半身だけ、はみ出していたが、煙を吸い込むように蛇が飲み込んで消えていった。
煙鬼を吸い込んだキヨは、蛇体を振り飛ばして、次の煙鬼に襲い掛かった。
――早過ぎる。
人間の反射神経では対応できない攻撃が、周囲の煙鬼達を蹂躙していく。
蛇のピット器官が、煙鬼の気を察知しているのか、視界には映らない煙鬼達も次々と捕捉されていく。
しかも怨霊のキヨにとっては、周囲の電柱や家屋などの建物も、障害物とは成り得ない。
瞬く間に周囲の煙鬼が蹴散らされて、路上の脅威が取り除かれていった。
キヨが倒している煙鬼は元人間だが、すでに死んで怨霊化しており、助ける手立てはない。
煙鬼が家族であったならば、助けたいと思う者も居るだろう。そのように考えることについて、一樹は理解できないわけでは無い。
だが煙鬼は、生きている人間を襲う。
人間が身を守るためには、煙鬼を調伏するほかに手が無かった。
「徐行運転で進む」
一樹が指示すると、堀河が運転を再開した。
キヨが煙鬼を排除する速度は想定以上であり、車は通常の走行に近い速度で、酒匂川に向かって進んでいく。
そのうちキヨは、車を先導するように前方を進み始めた。
――晴也の誘導が上手いのか、キヨさんの理解が早いのか、どっちだろうな。
いずれにせよ晴也とキヨのコンビは、的確に煙鬼を排除している。
前方の障害を取り除かれた車は、通常の速度で走行を始めた。
「強いな」
キヨの力を借りた晴也は、堀河にとっては羨望の対象だ。
父親を鬼に殺された堀河は、仇討ちのために『願掛け』を行って、一時的に呪力を増している。神仏に行う願掛けは、祈願に失敗することで霊魂が弱まる諸刃の剣だ。
晴也の方法であれば、願掛けのリスクは存在しない。
しかもキヨは、霊体の煙鬼を喰らって自前で呪力を回復するために、晴也は自身の呪力すら消費していない。
もっとも、堀河の内心を一樹が聞いたのならば、「結婚するまでが大変だったんだ」と言い返したくなっただろうが。
「これほど楽に進めるとは思わなかった」
避難命令範囲の内側にキヨを送り込んでおけば、いずれ煙鬼は全滅するかもしれない。
それほどの脅威を送り込まれた魔王側は、もちろん座視したりはしなかった。
御殿場市から伸びた霧が、箱根山の山頂に届く。
やがて霧に包まれた山頂からは、醜悪な黒鬼が姿を現した。
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★料理編のSSは、ふつうに料理を作る話ではありません!
私はYouTubeの動画が好きで、
『自分で食材を獲りに行って、料理する系の動画』をよく見ます
ところで一樹は、YouTubeにチャンネルを持っており、
おそらく視聴者から、「動画を投稿しろ」と言われます
そして世の中には、『食材になりそうな妖怪』が、沢山います
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