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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第4巻 天狗の羽団扇

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113話 天津鰐

 天津鰐に喰われたのは、一樹の生き血で作った大鳩だ。

 背後から襲われて、背中に乗られ、ワニの強靱な顎で首の後ろを食い千切られた。

 大鳩は墜落に近い形で、一樹の下へと落ちてくる。


「一気に来るぞ!」


 蒼依が天沼矛、沙羅が金剛杖を構える中、一樹の影から式神達が続々と顕現していく。

 一樹が有する中で最強の幽霊巡視船は出せないが、それを補う術を一樹は持っている。一樹が取り出したのは、200枚もの式神符だった。

 あらかじめ呪力を籠めて描いた霊符に言霊を乗せて、一樹は符呪を放つ。


『臨兵闘者皆陣列前行。天地間在りて、万物陰陽を形成す。生は死、有は無に帰すものなり。ならば死は生、無は有に流転するもまた理なり。この者、木より流転し無の陰なれど、我が陽気を与えて生に流転せしむ。然らば汝、陰陽の理に基づいて、我が式神と成れ。急急如律令』


 日本で一般的な九字は、『臨兵闘者皆陣列在前』だ。

 それは「臨む兵、闘う者、皆、陣列べて前に在り」であり、「前に並んで立て」と命じている。

 術としては防衛の意味合いが強く、攻撃を命じていないので、攻撃にはまったく向いていない。この唱え方で攻撃する者達は、実のところ陰陽術を理解できていない。

 攻撃に使うなら、日本の九字の元になった中国の仙道書『抱朴子』にある九字が正しい。

 一樹が唱える『臨兵闘者皆陣列前行』は、「臨む兵、闘う者、皆、陣列べて前を行く」であり、式神達に突撃せよと命じている。


 ――守るのではなく、敵を討て。特攻して、相打ちになってでも殺せ。身など顧みるな。


 正しい術に強烈な意志を籠められた鳩達は、次々と舞い上がり、一樹の前方を行く。そして空間を埋め尽くしながら、天津鰐に襲い掛かっていった。

 それは地上から打ち上がる、莫大な呪力の迎撃ミサイルだった。

 大鳩に致命傷を与えながら降下してきた天津鰐は、無数の鳩達に全身を打たれ、全方位に発生する呪力の衝撃で何度も吹き飛ばされた。

 一樹がぶつけた呪力量は、A級中位分になる。

 高天原の天津鰐は神力を持つ存在であろうから、A級中位の神力をぶつけたところで妖力を削ったりする効果は無い。

 だが五行の術として生み出された爆炎は、呪力の分だけ天津鰐の全身を打ち据えた。


「グォオオオオオオオオッ」


 大型の爬虫類が、咽を鳴らして威嚇するような、重低音が剣尾山に響き渡った。

 そして上空からは、鷹からワニに変じた天津鰐が降ってきた。その身体は、8メートルの牛鬼よりもさらに大きい。

 牛鬼を人間の大きさとするならば、天津鰐は3メートルくらいのワニに見えた。

 八丈(24メートル)と記されるトヨタマヒメほどではないにせよ、六丈(18メートル)ほどはありそうだった。


「牛太郎、棍棒で打て!」


 落下してくる巨大なワニに向かって、牛鬼が駆けていく。

 木のような太さの棍棒が両手で振りかぶられて、落ちてきたワニの身体を打ち据えた。

 それは大岩をハンマーで殴るような、どちらも傷付く攻撃だった。天津鰐の鱗と牛鬼の棍棒が、どちらも一部欠けて、互いの身体と腕を痛めつけた。

 だが攻撃していたのは、牛鬼だけではなかった。


「ぬぇぇぇいっ!」


 天津鰐が落下した瞬間を狙った信君の刀が、左の後肢を骨が見えるほどに断つ。

 返す刀が傷口に再び滑り込んで、今度は骨を断った。そこから刀を押し進めて、残った肉を断っていく。

 天津鰐は身体を回転させて逃れたが、左後肢だけは身体の動きに付いていかず、回転に合わせて千切れ飛んでいった。


「よしっ!」


 一樹は思わず声を上げて、喝采を叫んだ。

 巨大な天津鰐に対して、信君の身体はあまりに小さい。大量の鳩の攻撃で傷付いていたにせよ、巨大な足の1本を奪えたのは快挙だった。

 山肌の上を回転する天津鰐に向かって、蒼依の矛と沙羅の鬼火が飛んでいく。

 矛は強靱なワニの鱗に突き立てられ、鬼火も鳩が傷つけた傷口に命中したものは、ダメージを与えているように見えた。

 水仙は尻尾の側に回り込んで、妖糸を木々と結び付けながら、天津鰐の動きを抑え込んでいく。


「蒼依、沙羅、絶対に接近戦はするな。沙羅は上空にも行くな。アイツは飛べる」

「はい、主様」

「分かりました。注意します」


 2人に告げた一樹は、自らが天津鰐から離れ始めた。

 天津鰐の姿は、イリエワニに似通っていた。

 イリエワニは、ワニの中でも最大級の大きさで、性格は獰猛、人間を含む様々な動物を襲うことでも知られる。顎の力は強靱で、ウミガメの甲羅を噛み砕く姿も動画に撮られている。

 霊体の式神は一樹が復活させられるが、生身の蒼依や沙羅は死んでしまう。八咫烏達も同様で、一樹は八咫烏達にも下がれと念じた。


 退避する一樹の動きを察知した天津鰐は、頭を一樹のほうに向けて、追う素振りを見せた。

 それを阻もうと牛鬼が前に出た瞬間、天津鰐が向き直り、牛鬼へ飛び掛かった。開いた大顎から生えた鋭い牙が、牛鬼の左足の太ももに食らい付く。


「ああっ!?」


 沙羅が短い悲鳴を上げたのは、左足を切断した過去がフラッシュバックしたからか。

 目を見開いた沙羅の視線の先では、牛鬼の左足に食らい付いた天津鰐が身体を回転させて、牛鬼を引き倒して左足を引き千切った。

 それはワニが獲物に噛み付いて、噛んだままに身体を回転させて、部位を食い千切るデスロールと呼ばれる技だ。水中であれば大量出血も重なって、獲物は瞬く間に命を落とすだろう。

 水仙が繋いでいた糸の先にある木々も引き倒されて、周囲には土埃が舞い上がっていく。


 左足を噛み千切られた牛鬼は、座り込みながらも棍棒を掴む。

 そして回転が終わって至近にいる天津鰐の左目に、棍棒の先端を突き入れた。


「グォオオオオオッ」


 左目を潰された天津鰐は、天に向かって咆吼した。

 それは「己が何故このような目に遭っているのか」と、理不尽さを訴えているかのようだった。

 もちろん一樹は、「因果応報だ」という答えを持ち合わせている。

 高天原から剣尾山に降り立った天津鰐は、そこで人間を喰っている。10人が山に入れば、5人は帰ってこなかった。

 人を喰っているのだから、人に調伏されるのは因果応報だ。

 事実として一樹は、金文の霊鳥や白鷹山の白鷹は、殺めていない。

 天津鰐が一樹に攻撃されているのは、それが生きるためであろうとも、これまで人を喰ってきたからである。


「「「キュイキュイ」」」


 牛鬼が天津鰐の頭部を受け持つ間、つむじ風に乗った鎌鼬3柱は、天津鰐の右肢を攻撃していた。

 左肢を失い、重い胴体の後部を片足で支えていた右肢に、兄神の棍棒が叩き付けられる。

 B級中位という力は、万全の天津鰐にとっては倒れるほどではなかった。だが今は片足となっており、左目に牛鬼から棍棒を突き入れられて、身体のバランスが悪かった。

 体勢を崩された天津鰐は、追い打ちで弟神から、鋭い鎌の攻撃を受ける。それは鳩の式神によって鱗を剥がされた部分に突き立てられて、皮膚を裂いて肉を斬っていった。


『神治は駄目だぞ』

『キュイッ!』


 一樹が意志を伝えると、ふくれっ面になったイタチの顔が、イメージとして送り返されていた。

 妹神は渋々と天津鰐の右肢に生えた指を掴み、それを引っ張って弟神が裂いた皮膚の傷口を広げていく。

 信君のように骨は断てていないが、骨が見える程には右肢の傷も開いていた。そして鎌鼬3柱が纏わり付いており、足の傷は拡大していく。

 四足歩行のワニが、陸上で後肢2本を失えば、移動力は半減する。

 前肢2本が残っていれば、這って進めるだろう。だが素早い動きはできなくなるので、戦闘力は激減する。


 牛鬼のほうは、目から突き入れた棍棒で頭を抑え、天津鰐の頭部の動きを封じ込んでいた。

 そして残り一手は、先に天津鰐の左肢を斬り落とした信君が、加えようとしていた。


「ぬおおおおっ!」


 信君は、牛鬼の左足を喰い千切られている間は接近を避け、牛鬼が左目を潰したのを見てから再接近していた。信君が狙ったのは、天津鰐に残る右目である。

 両目を失えば、視力に頼った戦闘ができなくなる。

 これまで視力に頼って戦っていた場合、急に臭いや音、呪力で見切る戦い方に切り替えることは、出来るだろうか。

 出来ると思うのならば、両目を瞑って試してみれば良い。

 等級が1つ下の相手にすら、勝つのは難しくなると分かるはずだ。


 信君の攻撃は、まさに決定打となる一撃だった。

 そんな状況を理解した天津鰐は、戦闘の継続を断念して鷹に変じ、大空に舞い上がって逃れようとした。

 だが鷹に変じた尾羽には、ワニの姿の時に絡められた水仙の妖糸が繋がれていた。その妖糸に引き摺られて、天津鰐は地上に滑空させられた。

 駆けていた信君は、それらの状況をつぶさに見て取った。

 そして瞬時に判断すると、滑空してきた鷹の首筋に、狙い澄ました一撃を叩き込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 信君強すぎて笑ったけど、 同時に賀茂のことを完全には認めないって強気な態度を取るだけの実力発揮しててなるほどなぁって気持ち。
[一言] 信君様を仲間にしてなかったら大苦戦してるな 信君様マジ強い
[良い点] 強敵だったワニ。 まぁ因果応報論で言うと、山に入って獣を狩った人も生きて下山できるかわからないと言うことになりますが、この世界だと尚更ですな
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