109話 煙鬼対策の進捗率
「せっかく夏休みに大活躍したのに、話題を魔王に掻っ攫われてしまったな」
授業が終わって同好会室に入ると、一樹は柚葉と香苗に新学期の変化を訴えた。
2人は陰陽師国家試験において、2位と3位の成績を収めた上で、エキシビションマッチに進んで1位の五鬼童凪紗を倒している。
滑石製の勾玉3個を使い、龍神の神降ろしや、狐霊の護法神まで召喚しての大決戦だったが、おかげで全国配信は大盛り上がりとなった。
トレンドに上がり、ニュースでも取り上げられたのだが、その後に出現した魔王によって完全に記憶を塗り替えられている。
「別に良いですよ。わたしは賀茂さんとの約束で、資格を取るのが目的でしたし」
柚葉はまったく気にした素振りを見せず、あっけらかんとした態度で答えた。
そして朗らかな笑みを浮かべながら新品のゲーミングチェアに着席し、もたれ掛かりながら、パソコンを立ち上げる。
ゲーミングチェアは、同好会員3人が合格した後に小太郎が父親に伝えて、手配した品だ。
1脚で数万円だが、それを容赦なく総入れ替えした。
元々大学の建物内にある同好会室で、高校生が使う椅子よりも良い物が使われていたが、ゲーミングチェアは1学期の椅子よりも優れている。
ゲーミングチェアと並んでオフィスチェアも良いと聞くが、一樹は楽な姿勢で長時間座れる点などでゲーミングチェアを選択した。
同好会の活動としては、すでに3人の合格で、明らかな結果が出ている。
これから卒業まで同好会室ではゲーミングチェアに座り、パソコンでネットサーフィンをしたところで、「活動のための情報収集です」などと理由付けさえすれば、怒られたりもしないだろう。
むしろ大人しくしている分だけ、顧問からは有り難がられるかもしれない。
同好会を発足させた一樹と小太郎の大勝利である。
そんな同好会の頭数と実績作りに貢献するのが、柚葉に求められた役割だった。
「香苗さんは、動画配信どころじゃなくなったか」
「そうですね。現状でチャンネルを作って歌配信をすると、批判されるかも知れません」
「そうかもしれないな」
香苗は妖狐のクォーターで、100%の人間ではない。
そして過去に「あたしには、存在を認められたいという承認欲求があります」と訴えて、「歌や音楽配信に協力してくれる条件ならば」と、陰陽師としての活動に参加していた。
承認欲求に関して香苗は、エキシビションマッチによって、意図せず満たされた形だ。
エキシビションマッチから数日間は、世間の話題を席巻しており、妖狐の陰陽師として、豊川の後継のような見方までされた。
豊川は、日本で最も人気の高い現役陰陽師であり、熱心なファンが沢山付いている。
豊川のように狐霊を従え、雪女を使役して五鬼童を下すという華々しいデビューを飾った香苗が活動を始めれば、おそらく万単位のファンが付く。
配信の収益化や、チャンネル登録者数1万人なども容易く達成できるだろう。
そんな香苗が避けるべきは、ネットでの炎上だ。
ネットでの炎上とは、社会的に受け入れがたい非常識、不道徳、不謹慎な行為に対して、不特定多数の相手から批判、非難、誹謗中傷が殺到して収拾が付かなくなることである。
「避難命令が出ているときに、五鬼童に勝ったようなC級陰陽師が、新規に歌や音楽配信のチャンネルを作って活動を始めたら、ネットでの炎上は不可避だろうな」
これが平時であれば、香苗が音楽のチャンネルを作っても、問題は無かったはずだ。
自己紹介動画を作って、最初に「あたしは妖狐のクォーターで、皆に認めてもらいたいと思って歌や音楽を練習してきました」と明言すれば、否定する側が不道徳になる。
そうやって滑り出せば、陰陽師YouTuberとして長く活動を続けていけただろう。そしてエキシビションマッチの記憶が残っている今は、デビューに最適なタイミングだった。
だが魔王が出現して、煙鬼が発生し、避難命令が拡大した今は、タイミングが最悪だ。
せめて人々の避難が完了して、状況が落ち着いた後でなければ、バッシングを避けられない。
「アカウントを作って準備していたのに、タイミングが悪すぎて、頭を抱えたいです」
「ご愁傷様です」
ほかに言いようのない一樹は、香苗のお気持ち表明に首肯した。
「それで実際、どうなんですか」
香苗の質問は、立場的には発せられて然るべきものである。
――クラスでは話せないが、同好会室でなら、多少は良いか。
クラスメイトは一般人だが、柚葉と香苗はC級陰陽師だ。
妖怪の危険が増した現在、陰陽師として安全に活動するためには、情報が必要だ。2人を陰陽師にした一樹には、情報収集の仕方を教える責任もあるだろう。
協会に所属していれば、全国的な情報は本部、地元の妖怪情報は支部から得られるが、それでは広くても浅いことしか分からない。
一樹の場合は、沙羅を介して五鬼童家から情報を得られる。
五鬼童家は、長らく先頭集団を走ってきた家柄で、他の陰陽大家と幅広い繋がりを持っている。そんな五鬼童家を介せば、様々な情報を入手できる。
A級に昇格して以降、一樹は常任理事会で、真のA級に限られる情報も得られるようになった。宇賀が一樹に情報を与えて、行動を誘導しているという見方も出来るが。
一樹と同じ情報収集は、柚葉と香苗には不可能だ。
一樹が2人にアドバイスをするならば、柚葉は一樹から情報を得て、香苗は一樹と豊川稲荷から情報を得るのが最適解となる。
すなわち香苗が一樹に聞くのは、正しい行動だった。
「今は、対抗手段を用意しているところだ。進捗率は11分の9で、8割を超えたところだ」
香苗を陰陽師に誘った師匠の責任として、一樹は今後の目処を語った。
「それを達成できれば、煙鬼に対する暫定的な人海戦術は、少し改善できる」
現在は、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、長野県、静岡県の1都5県に陰陽師を増員して、煙鬼対策を採っている。
そして五鬼童家に羽団扇を渡せば、対価として宇賀が五鬼童家を動員できるようになる。
五鬼童に渡される羽団扇は、8本の予定から3本くらい増えて、11本になる予定だ。
呪力の加算は、風切羽9枚が集まった現時点で1万2000。
合算すれば呪力13万2000で、F級下位の陰陽師で13万人分になる。
それだけでも13万人を現地に追加投入するようなものだが、五鬼童一族には元々の高い呪力もあるため、二倍以上の戦力投入が期待される。また現地にカメラを配置して監視員に報告させれば、飛行できる五鬼童家は、広範囲を担当できるだろう。
現状の人海戦術は、羽団扇の作成によって改善される見込みだ。
――まさか、ここまで事前に予知して集めさせたわけじゃないよな。
煙鬼を事前予知していなかったのだとしても、宇賀が手配している羽団扇は、煙鬼対策となっている。
宇賀の対応能力の高さに、一樹は舌を巻いた。
「11分の9って、おかしな数え方ですね。何かを11個、集めているのですか」
「良い読みだな」
咄嗟に誤魔化そうかと考えた一樹は、直ぐに思い直して、言外に肯定した。
宇賀は各地の協会支部に、B級以上の鳥の妖怪に関する情報提供を依頼している。
そのため各地の統括陰陽師、B級陰陽師、陰陽大家、それらの指示を受けた陰陽師、協力者は、本部の活動を知っており、羽団扇作成も相当数が予想できると考えられる。
協力者とは蒼依や支部職員などで、陰陽師ではない者も含まれる。
「残り2つは、どれくらいで集まるんですか」
「探している最中で、予想できない」
残り2枚となった風切羽は、B級以上の火行と水行が必要だ。
水行であれば海鳥が思い浮かぶし、青森県には海鳥の妖怪である善知鳥がいる。だが善知鳥は弱い鳥で、B級以上の条件に当て嵌まらない。
逆にB級以上の鳥の妖怪だけであれば、福島県に金鶏鳥という悪魔と化した妖怪がいる。だがそちらは、明らかに金行だ。
そのように両方の条件に当て嵌まる鳥の妖怪は、なかなか居ないのだ。
「ところで話は変わるが、柚葉の母親の龍神様は、昔から色々な妖怪を見てきたはずだよな」
「えっ、はい、そうだと思いますけど」
唐突に話を振られた柚葉は、戸惑いながらも素直に答えた。
「今も生きていて、強そうな鳥の妖怪の話は、聞かされなかったか」
「強そうって、呪力ですか?」
「そうだ。強くて、人間を沢山殺したようなやつが良いが」
五行まで分かれば尚良いが、そこまでは求められない。
「ムカデの話しか聞きませんでした」
「それは残念だ」
さぞや恨みが深かったのだろうと納得した一樹は、それ以上の質問を止めた。
さりとて香苗に聞いても、陰陽大家や千年以上を生きる龍神のような情報は持ち合わせていないだろう。
あまり期待せずに聞いた一樹が諦観して受け入れたところ、不意に蒼依が尋ねた。
「うちの山で、斑猫喰を見ませんでしたか?」
「…………あっ」
それは昨年、玄武が帰らずに探し回った時、相川家の山で見かけた妖鳥だった。
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・補足
一樹と蒼依が斑猫喰を目撃するシーンは、
書籍版1巻に付くSSに載ります。
逆輸入しました(o_ _)o